核情報

2008.6.2

共和党マケイン候補の核兵器消滅の夢と「反黙示録の4騎士」

5月27日、共和党の大統領候補ジョン・マケイン上院議員が核兵器の消滅が自分の夢だとし、削減に向けて行動すると述べました。この背景には、昨年1月4日と今年1月15日に『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)紙の投稿記事で「核のない世界」の実現を呼び掛けた民主・共和両党の4人の大物政治家の動きがあります。これは核廃絶について語ることが米国の政治の主流においても可能になってきていることを示すものとして注目されます。1980年代の米国反核運動のスローガンは「核凍結」でした。

  1. キッシンジャーら4人のWSJ紙投稿記事の背景とマケイン発言
  2. 4人(キッシンジャー、シュルツ、ペリー、ナン)のWSJ紙投稿記事
  3. 各大統領候補の主張抜粋


キッシンジャーら4人のWSJ紙投稿記事の背景とマケイン発言

マケイン上院議員は、3月26日にも、「核不拡散条約(NPT)」の下での核軍備撤廃の「約束を新たにするべきとき」であり、米国は「核軍備撤廃に向けた世界的努力の先頭に立つべきだ」と述べていました。(ただし、この演説には主要国首脳会議にロシアを入れるべきでないとする反ロシア的主張も入っています。)

これらの発言を引き出した文章をWSJ紙で発表したのは、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官(ニクソン政権)、ジョージ・シュルツ元国務長官(レーガン政権)、ウイリアム・ペリー元国防長官(クリントン政権)、そして、サム・ナン元上院軍事委員会委員長(民主党)です。4人は、米国が核兵器の最終的廃絶を唱道することを呼びかけ、この目的を達成するために直ちに取るべきいくつかの措置の概要を提示しました。

上記の二つの文章作成の発端は2005年末にスタンフォード大学のフーバー研究所の特別研究員のシュルツ元国務長官(レーガン政権)とシドニー・ドレルが交わした会話です。米国政府の安全保障問題諮問科学者グループJASONのメンバーで物理学者のドレルは、スタンフォード大学の「国際安全保障・協力センター」の共同創設者でもあります。北朝鮮やイランをめぐる核拡散問題について憂える二人が話し合った結果、1986年10月のレイキャビク・サミットでレーガン大統領が提示した核廃絶案を復活させよういうことになりました。シュルツは、サミットに同席していました。

2人は、2006年10月にサミット20周年を記念してフーバー研究所で2日間の会議を開きました。参加者がその後協議を続けた結果が2007年1月の文章となりました。キッシンジャーとナンの2人は会議には参加していなかったのですが、文章作成にはかかわりました。これに対し、1月31日には、レイキャビク・サミットの相手ゴルバチョフ旧ソ連書記長が同じWSJ紙に投稿して賛同を表明しました。(会議の議事録は本として出版されています。

2007年10月にフーバー研究所と「核脅威イニシアチブ(NTI)」が開いた2度目の会議の結果が今年1月の文章です。NTIは、2001年にCNNの創設者のテッド・ターナーとナンが設立した「非政府組織(NGO)」です。
2度目の会議の会議録。)

4人は、終末を描いたヨハネの黙示録に登場する4騎士をもじって、「反黙示録の4騎士」と呼ばれるなど、注目されています。もともと反核闘士というわけではもちろんありませんから、4騎士は、「核兵器は、冷戦の間は国際的安全保障を維持するためには不可欠だった。抑止手段だったからだ。」と主張します。しかし、「だが、冷戦の終焉が米ソの相互抑止を時代遅れのものにし」「核兵器への依存はその危険性を増している」と宣言しています。

4人のアイデアには、米国の歴代9政権の元国務・国防長官及び国家安全保障担当大統領補佐官24人のうち17人が支持を表明しており、後で見るように民主党の大統領候補の演説にも影響を与えてきました。2月にノルウェー外務省がナンとシュルツを招いて開いた会議「核兵器のない世界の達成」には29ヶ国から100人以上の専門家が集まりました。共和党のマケイン候補の発言は、このような流れの中で出てきたものです。『ニューヨーク・タイムズ』紙(2008年5月27日)は、マケイン陣営からの情報として、5月27日の演説原稿の執筆には、キッシンジャーも関わったと報じています。

選挙戦の間の発言が、大統領就任後の政策に結びつかないことが多いのは言うまでもありません。しかし、米国の核問題専門家ジェフリー・G・ルイスは、「ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)」のニュースレター(2008年4月号)(英文)で次のように述べています。

しかし、今回の大統領選キャンペーンは異なっている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の投稿記事が一つの要因だ。おそらく、同じく重要なのは、米国は漸進主義的な政策には適していない問題──核拡散、気候変動、信用危機など──に直面しているとの意識が高まっていることだろう。候補者らが大きな約束をしているのは、今が、大きなアイデアに適したときだからである。このような大胆さは、選挙ポスターが消え、選挙応援のボランティアたちが家に戻り、次期大統領が就任した後も続くかもしれない。しかし、そのためには、問題に関するこれまでのものよりもさらに大きなコミットメント──大統領、その他の米国のオピニオン・リーダー、そして広範な大衆による──が必要となるだろう。

以下、4人の文章の抜粋訳の後に、これに関連したマケイン上院議員の発言の一部を抜粋して訳しました。そのあとに、マケイン上院議員より先に、4人の文章を意識して核廃絶に触れていた民主党候補の発言の抜粋訳を載せておきます。

M.T.

4人のウォール・ストリート・ジャーナル紙投稿記事

2007年1月4日

核のない世界(英文, pdf)

核兵器は、冷戦の間は国際的安全保障を維持するためには不可欠だった。抑止手段だったからだ。冷戦の終焉が米ソの相互抑止を時代遅れのものにしてしまった。抑止は、多くの国にとって他の国々から脅威に関して意味のある要素となっている。しかし、この目的のための核兵器への依存は、その危険性を増す一方、効果的でなくなってきている。

・・・

レーガンは、「全く非合理的で、全く非人間的で、人を殺すのにしか役立たず、地球上のすべての生命と文明を破壊する可能性がある・・・すべての核兵器の」廃絶を訴えた。ミハイル・ゴルバチョフは、この見解を共有した。

2008年1月15日

核のない世界に向けて(英文, pdf)

急速化する核兵器、核のノウハウ、そして核物資の拡散の結果、我々は核の劇的変化を目前にしている。これまで発明された中で最も恐ろしい兵器が危険な者たちの手に渡る可能性が極めて現実的なものになっている。我々が現在これらの脅威に対処するために講じている措置は、存在する危険から言って十分なのものではない。核兵器が手に入りやすくなっている現在、抑止は、その効果が下がってきている。一方抑止に伴う危険は高まっている。

4人が提唱する具体的措置の要約

  • 1991年のSTART(2009年失効)の検証措置の延長(*)
  • 一触即発の発射態勢の変更(**)
  • 大量攻撃のための作戦計画の放棄
  • 多国間のミサイル防衛に向けた交渉
  • 核兵器・核物質の保安強化
  • 海外配備の戦術核の統合と最終的廃棄
  • NPT違反行為のモニタリング強化
  • CTBT発効に向けたプロセス
  • 核燃料サイクルに伴う核拡散リスク管理の国際的システム

注:

*2002年5月にブッシュ及びプーチン両大統領が調印した「戦略攻撃兵器削減条約」(SORT=モスクワ条約)は、2012年までに配備戦略核を2200発以下にすることを定めているが、その過程についても、検証措置についても規定がない。2012年12月31日の時点で2200以下になっていれば良い。しかも、条約の有効期限は同日で切れるという常識破りの「条約」だ。検証措置が定められている1991年締結の「戦略的核兵器削減条約(START)」は、2001年12月に1万発以上から約6000発への戦略核削減を終了させており、2009年12月5日に失効する。このSTARTの検証措置を何らかの形で延長させて、SORTか次の条約に組み入れるべきだとの提案がされている。(STAR2は発効しないまま消滅した。)

**米ロの大陸間弾道弾は30分ほどで相手国に到着する。その前に自国のミサイルを発射できなければ、報復できない。報復能力の欠如は抑止の欠如を意味する。そこで決定から数分で発射できる態勢が取られている。それは先制攻撃の決定から数分で発射できることも意味するので互いが疑心暗鬼に陥る。敵ミサイル発射の情報を得てから報復の発射の決定に残された時間は数分。判断ミスの影響は壊滅的だ。現在でも両国合わせて2000発ほどがこのような態勢に置かれている。

各大統領候補の主張抜粋

ジョン・マケイン上院議員

2008年3月26日ロサンゼルスでの演説

我々は、世界中の核兵器の量を減らすための努力をすべきだ──我々のものから始めて。40年前、五つの宣言済み核保有国は、核不拡散条約を支持するために団結し、軍拡競争を終わらせ核軍備撤廃に向けて進むと誓約した。あの約束を新たにするときだ。我々は、現在保有している核兵器をすべては必要としない。米国は、我々の権益と平和の大義に従った形での核軍備撤廃に向けた世界的努力の先頭に立つべきだ。

・・・

我々は、まず、G8──8つの高度に工業化された国々のグループ──が主要な市場・民主主義国のクラブになるようにすることだ。これは、ブラジルとインドを含めるべきだが、ロシアは排除すべきだ。ロシアによる核の脅迫やサイバー・アタックを容認するのではなく、西側諸国は、NATOの団結──バルト海から黒海に至るもの──は分断できないものであり、この組織のドアは、自由の防衛にコミットしているすべての民主主義国に開かれていることを明確にすべきだ。

2008年5月27日デンバーでの演説

四半世紀前、ロナルド・レーガン大統領は、「我々の夢は核兵器が地球上から消滅した日を見ることだ。」と宣言した。あれは、私の夢でもある。それは、遠くて難しい目標である。我々は、それに向かって慎重に、現実的に向かわなければならない──われわれの安全保障や我々に依存する同盟国の安全保障に関心を集中しながら。しかし、冷戦は20年近く前に終わっている。世界の核兵器の数を劇的に減らすためにさらなる措置を講じるときが来ている。米国にとって、世界が我々に期待するようなリーダーシップを示す時が来ている──人類に対する核の脅威を減らすために働いてきた米国大統領の伝統に従って。

・・・

今日、何千発もの核兵器を配備している。これより相当小さな数の戦力にするためにできるだけ速く動きたいというのが私の望みだ。

・・・

ロシアと米国は、深刻な相違はあるが、冷戦が終わった今、もはや不倶戴天の敵ではない。我々両国は、世界の核兵器の圧倒的多数を保有しており、その数を減らす特別の責任を負っている。我々は、私が求める核削減を反映した新しい軍備管理協定を結ぶ用意がなければならない。さらに、我々は、信頼性と透明性を高めるために、現在START条約の下で効力を持っている措置に基づいて拘束力のある検証措置に関してロシアと合意できるはずである。同盟国と密接に協議しながら、米ロがヨーロッパにおける戦術核の配備を減らす──願わくば無くしてしまう──ことのできる方法について探究したい。私は、また、我々のミサイル防衛についての信頼を高めるためにロシアと協力すべきだと考える──早期警戒データの共有やミサイル発射の事前通告などのイニシアチブを通じてのものも含め。・・・

この他にも、大量破壊兵器に対する防護を強化するためにロシアとパートナーシップの下に協力できる分野がある。私は、中距離核戦力廃棄条約を世界化するするために協力しようとのロシアの最近の提案を真剣に検討したい。また、核、化学、生物兵器がテロリストや非友好国の手に渡るリスクを減らすための共同の努力を再強化したい。

・・・

中国とも戦略・核問題について対話を始めるべきだと思う。・・・中国と話し合うことによって、NPTで認められた他の4つの核兵器国の慣行に従うよう奨励するべきだ──核兵器核戦力の低減や更なる核分裂性物質の生産モラトリアムに向けての話し合いも含め。

・・・

核実験の問題も扱わなければならないと考える。大統領として、私は、アメリカの現在の核実験モラトリアムを続けることを誓約する。が、同時に、安全保障あるいは我々の核抑止の存続可能性を脅かさず、そして、検証可能な形で核実験を制限する方向に進む道を見出すために、我々の同盟国と、そして米国上院との対話を始める。これには、包括的核実験禁止条約について、それを発効させないでいる欠陥を克服するために何ができるかを探るために、再検討することも含まれる。私は、1999年にこの条約に反対したが、あの時、将来の展開については心を開いておくと述べている。

・・・

堅固な地中貫通型核兵器──戦略的にも政治的にも意味をなさない兵器──のこれ以上の作業をすべてキャンセルする。

・・・

最も危険な核物質の生産を中止するために核分裂性物質生産禁止条約の交渉を他国とともに迅速に進める。

ジョン・エドワーズ元上院議員

2007年5月23日 外交問題評議会(CFR)会合での質疑応答(英文) 

まず最初に、キッシンジャー、サム・ナン、その他が署名記事で示した考え方に賛同を表明したい。私は、あれは非常によく考え抜かれたものだと思った。基本的に彼らが言ったことは、覚えている限り──正確な表現は覚えていないが──核のない世界を目指すべきだいうことだと思う。私はこれに同意する。

バラク・オバマ上院議員

2007年10月2日シカゴ市での演説 

私は大統領としてこう言う。アメリカは、核兵器のない世界を求める。

我々は、一方的軍備撤廃はしない。核兵器が存在する限り、我々は、強い核抑止を維持する。しかし、我々は、核兵器廃絶に至る長い道程において核不拡散条約(NPT)の下でのわれわれの約束を守る。我々は、ロシアと協力して、米国とロシアの弾道ミサイルを一触即発の警戒態勢からはずし、我々の核兵器及び核物質のストックを劇的に減らせる。我々は、まず、核兵器用核分裂性物質の世界的生産禁止を追求する。そして、我々は、米ロの中距離ミサイル禁止を拡大してこの合意を世界的なものにすることを目標とする。

ヒラリー・クリントン上院議員

2008年1月8日『シカゴ・トリビューン』紙掲載インタビュー(英文)

米国は、核兵器の恐ろしい危険を減らすため、そして、トルーマンからクリントンに至るすべての大統領が共有してきた目標──いつか核兵器を終わらせること──に向けて進むための世界的な努力の先頭に立たなければならない。私は、ヘンリー・キッシンジャー、サム・ナン、ビル・ペリー、ジョージ・シュルツが打ち出した核兵器のない世界というビジョン、それに、そのビジョンに向けた具体的な措置を講じるという彼らのアイデアを支持する。


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