核情報

2005.2.17

NPT再検討会議と核兵器

 2000年4月24日から四週間に渡ってニューヨークで開催された核不拡散条約(NPT)の再検討会議は、核保有国が「核廃絶への明確な約束」をし、これからとるべきいくつかの具体的な措置に合意する形で幕を閉じた。1995年にNPTの無期限延長が決まってから初めてのこの再検討会議を成功と見るか失敗と見るかは、どれほどのものを期待していたかによって異なるだろう。

 米ロ、米中関係が悪化していたことなどからすると無事最終文書を採択できただけでもまずまずの成功といえる。しかも、核保有国がいやがっていた「明確な約束」も勝ち取れた。だが、核廃絶への道筋がはっきり見えてくることを期待していたなら会議は失敗だったといわざるを得ない。

 また、日本政府が核軍縮のために活躍する姿を期待していた人々も失望しただろう。会議で活躍したのは一九九八年六月に『核のない世界に向けて−−新しいアジェンダの必要』という宣言を出した国々(ブラジル、エジプト、アイルランド、メキシコ、ニュージーランド、南アフリカ、スウェーデンで、「新アジェンダ連合(NAC)」と呼ばれる[当初入っていたスロベニアは米国の圧力で脱落])や、このところ北大西洋条約機構(NATO)の中で比較的柔軟な動きを見せているヨーロッパの国々(ドイツ、オランダ、ノルウェー、イタリア、ベルギーでNATO5と呼ばれる)である。新アジェンダ連合が核軍縮を強く要求しNATO5が核保有国との仲介に回るという図式ができあがった。

 外交官やニューヨークで会議の動きをずっと見ていた各国のNGO関係者から、日本が重要な役割を果たしたという話は聞こえてこない。オランダの外務大臣は、六月二日、同国下院でつぎのように述べている。「NATO5は、内容面でも貢献をし、核保有国とNACとの間ではっきりとした仲介的役割を果たした。オランダは、NATO5内での協議の中で指導的な役割を果たした。さらに、ノルウェー、オランダ、それにドイツは、核保有国とNACとの間でのさまざまな非公式な交渉の中で仲介者として同席するように要請された。」自己宣伝を差し引いても日本が登場しないことには変わりない。

 ここでは、最終文書を概観した後、決定事項のいくつかを選んで、現在の核状況との関係を見ていきたい。

 合意内容を記した最終文書第一巻は、三十数ページに及ぶものである。その大半が一九九五年以降の状況について検討し、今後とるべき措置を挙げた第一部で占められている。NPTの中核をなす第一条から第七条(それと各条項に関連する前文の諸段落)を順番に「検討」し「措置」を提示する形になっている。核軍縮を扱ったNPT第六条と前文第八段落から第一二段落を扱う項は、一五段落からなり、第一四段落までが「検討」部分で、最後の第一五段落が現実的措置を示してしている。第一五段落は、さらに一三項目に分かれ、

が論じられている。

 第九項がとるべき措置として挙げているのは、一方的核削減の努力、核兵器能力や核削減についての透明性の強化、一方的な措置を基礎とした非戦略核の更なる削減、核兵器システムの運用状態を下げるための措置、核兵器の使用の可能性を最小限にし廃絶を容易にするための安全保障政策における核兵器の役割の低下、すべての核保有国の核廃絶過程へのできるだけ早期の関わりを挙げている。

 以下、いくつかの項目を拾って現状と比べる形で課題を探ってみよう。
<明確な約束> 「核廃絶の明確な約束」は大きな争点となった。NPTの第六条でも核廃絶を約束しているのに何をいまさらという感もある。だが、第六条は、核軍縮に関する措置と、全面的かつ完全な軍縮に関する条約とについて交渉するとの表現をとっているため、生物・化学兵器も通常兵器もすべてなくなれば核兵器もなくすと言っているようにもとれる。(この場合の軍縮はともに軍備撤廃の意味。)前述の第一五段落は、「第六条の下ですべての加盟国が誓っている核軍縮に至るように自国の核兵器の完全な撤廃を達成するとの核兵器国による明確な約束」を第六項で行った後、第一一項で全面的完全軍縮の重要性を確認している。だから、全面的完全軍縮とは切り放して核軍縮を約束したといえる。

 一九九四年に日本が国連で「究極的核廃絶」を唱った決議案を出した際、米国側は激怒したと『ワシントン・ポスト』紙が報じている。廃絶の約束を迫られるのが気にいらなかったのである。だが、その後、日本案には核保有国も問題なく賛成するようになっている。最近は「究極的」を入れるか入れないかで議論となってきていた。これを見ると、今回の約束も、別項で全面的完全軍縮に触れているし、達成時期も明記していないからいいと言うことになるかもしれない。約束を盾に実行を迫れるかどうかが問題となる。

 現実にこの約束が実行されそうな状況かどうかを見ておこう。  世界の核兵器の数は、いまでも、約三万二〇〇〇発に上る。確かにピーク時の一九八六年の約七万発、九五年の四万三二〇〇発と比べると減ってはいるが廃絶にはほど遠い。内訳は、米国一万五〇〇、ロシア二万、英国一八五、フランス四五〇、中国四〇〇である。これにイスラエル、印パのものが加わる。(これは、米国の「自然資源防護協議会(NRDC)」の数字である。異なる数字もあるので目安程度に考えておくとよい。)

 しかも戦略核の配備数はしばらく下がらない仕組みになっている。米国が七二〇〇、ロシアが五四〇〇程度と見られている戦略核配備数は、第二次戦略削減条約(START2)が発効すれば、二〇〇七年末までに三〇〇〇〜三五〇〇発に減らされる予定である。だが、米国の戦略核は、START2が発効しないとSTART1の上限の約六〇〇〇発以下にさがらない。START2は後で延べる理由によりしばらくは発効しそうにない。

 米国の戦略核の数が下がらないのは、九五年以来、国防歳出権限法案の修正案の形でつけられた条項が、それを禁止しているからである。今年、この制限を撤廃しようとする修正案が出されたが、NPT再検討会議の終了から一カ月もたっていない六月七日、別の修正案の方が上院で可決されてしまった。START2が発効するまでの間は、二〇〇一年末に終了予定の戦略見直しで、戦略兵器の弾頭数を下げても安全保障が保たれるとの結論が出るまではSTART1レベル以下に下げてはならないとするものである。下院ではこれまでと同じ制限案が通過している。上下両院の調整が行われるが、いずれにしても二〇〇一年末までは状況は変わらないことになる。

 さらに上院では、地中深く貫通して地下の目標を破壊できるような新しい低威力の核兵器の研究を許す条項も六月*日通過した。これまでは、九四年の法律によってこのような核兵器の開発に至る可能性のある計画・開発が禁じられていたのである。「明確な核廃絶の約束」に米国議会は気づいていない。

<START2> START2は、米国が一九九六年に、ロシアもNPT再検討会議直前の四月一四日に批准したが、しばらくは発効の見込みはない。九七年に合意された一連の文書を米国がまだ批准していないからである。START2の実施時期の延長に関するものと、ソ連崩壊後のABM制限条約の継承国をロシア、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナとするものなどである。ロシアの方は、九三年の条約自体と、これらの文書をまとめて批准していが、その批准文書は、九七年の合意文書が米国での批准されることを条約発効の条件として明記している。米国の上院の共和党中には、ソ連が崩壊した時点で弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約は消滅したとの立場をとっている強い勢力がある。しばらくは、九七年の合意文書が上院に送られ批准される見込みはない。

<ABM制限条約の維持・強化> 一九七二年に署名され発効し、七四年に改正された米ソ間のABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約は、国全体の防衛のためにABMを配備することを禁止している。米国は、今年一〇月にも、「本土ミサイル防衛(NMD)」システムを二〇〇五年から配備し始めるかどうかを決めようとしている。これは現行のABM制限条約に違反するため、現在米国はロシアに条約修正を迫っている。交渉が決裂すれば、計画実施のためには米国はABM制限条約を脱退しなければならない。アラスカのシェミャ島でのレーダー基地建設のためにコンクリートの注入を始める六カ月前の一一月までにABMを脱退するか、条約修正の合意を成立させるかする必要があるとの判断を米国は示してきた。ただ、コンクリートの注入は条約違反を意味しないとの解釈が政権内部で浮上している。ロシアのSTART1とSTART2の批准文書はともにABM制限条約の遵守を発効の条件にしているから、NMDの配備を進めるなら条約修正で合意が成立しなければ、STARTは無効となる。修正に合意できれば、米国はそれを条約の維持・強化と呼ぶだろう。だが、その場合米国に届くミサイルを二〇発ほどしか持たない中国は、抑止力が脅かされると考え、その核戦力の近代化に拍車をかける恐れがある。そうするとインドが反応し、それにパキスタンが応じる、という形の連鎖反応が起きるかもしれない。

<START3> 前述の一九九七年の合意で米ロは、START3では戦略核の配備数を二〇〇〇発〜二五〇〇発に下げることを決めている。。ロシアの側は、経済的問題で多数の核兵器の維持が難しいことから、一五〇〇発まで下げることを主張している。だが米国側はこれを拒否してきた。ABM制限条約の修正と引き替えに米国は一五〇〇発という数字を受け入れるのではとの観測が流れている。

 上院軍事委員会のジョン・ウォーナー委員長は、この動きを阻止しようとして、五月二三日軍部関係者を呼んで公聴会を開いた。証言に立ったヘンリー・シェルトン統合参謀本部議長は、一九九七年の合意を支持すると述べた。ジェイ・ジョンソン海軍作戦部長は、九七年の合意の「枠組みなら問題ない。それから離れるのなら、立ち止まって、必要な分析をしてみなければ。」二〇〇〇〜二五〇〇発を維持するべきだと言うことである。

 この数字は、クリントンが一九九七年に出した大統領令に従って国防省が定めた核兵器の攻撃目標の数からきているのだと、ワシントンのシンクタンク「防衛情報センター(CDI)」のブルース・ブレアはいう。戦略空軍にいた経歴を持つブレアは、つぎのように説明する。(五月一八日に「核の危険を減らすための連合(CRND)」が出した声明の中でブレアが触れているこれらの数字は、ロバート・ケリー上院情報特別委員会副委員長が六月上旬に上院で挙げており、事実上公式のものになったに等しい。)

 核戦争計画を記した秘密文書「単一統合作戦計画(SIOP)」に載っている攻撃目標の数は、レーガン時代の一万六〇〇〇をピークに、一九九五年には二五〇〇にまで減っていたのが現在では三〇〇〇になっている。最近の増加の原因の一つは、九七年の大統領令の結果、それまでSIOPからはずれていた中国が二〇年ぶりに復活したことだろうと見る。ロシアには、SIOPが最重要の範疇に入れている攻撃目標が二二六〇ある。内訳は、核兵器システムが一一〇〇、通常兵器が五〇〇、指導部が一六〇、戦争支援産業が五〇〇である。戦略計画担当者らは最重要目標の八〇%を破壊することを目指すから、二二六〇の八〇%、つまり、約一八〇〇発がロシアに間違いなく到達する計画となる。これに余裕を見た分と中国を加え、さらにSIOPには入っていないロシア、中国の目標、それにイラン、イラク、北朝鮮などを加えると戦略核が最低限二五〇〇発必要との数字が出る。

<CTBT> 署名国が一五五、批准国が五六(英・仏・ロを含む)。ロシアが再検討会議の直前に批准したが、米国は上院は昨年一〇月批准を拒否しまった。イスラエルは署名しているが未批准。NPT未加盟の印パは署名もしていない。これらの国々を含む原子力技術国四四カ国の批准が条約の発効条件になっており早期発効の見通しは暗い。古くなった核兵器は作りなおすという方針をとらずに、科学的研究・実験によって信頼性・安全性を維持するとしているクリントン政権は研究が進んでいないと言われて反論できないでいる。

<核兵器の役割の低下> 昨年四月にワシントンで発表された北大西洋条約機構(NATO)新戦略概念の策定に当たって、ドイツやカナダが先制不使用政策の採用を主張したが結局取り入れられなかった。その妥協策として、現在、軍縮・信頼醸成のためのオプションが作成されており、年末にはそれらのオプションが外相会議に提出されることになっている。いまのところ画期的な政策が出てくるとの情報はない。

 一方、新戦略概念に基づく軍事的再編成のルールを定めるMC四〇〇/二が化学兵器・生物兵器に対して核兵器を使用することを明確に示すものになるのではないかと心配されていた。五月一六日にNATO理事会によって承認されたこの秘密文書について、NATOの高官は、『ディフェンス・ニューズ』誌(六月一二日)に対し、核兵器に新しい役割を与えるものではないと説明している。だが、同時に、核兵器は「われわれの唯一の大量破壊兵器だ。NATOあるいはそのメンバーに対し[生物・化学兵器も含めた大量破壊兵器による]脅威が生じた際、われわれが持っている唯一の抑止力となる。」ともいう。

 日本の外務省も、北朝鮮の生物・化学兵器の攻撃に対して核兵器で米国が報復するオプションを持っておいて欲しいということで、先制不使用政策に反対している。

<運用状態> ブレアによると、米国の二二〇〇発の戦略核が高い警戒態勢(アラート)状態に置かれている。陸上配備の大陸間弾道ミサイル全体の九八%が二分で、四隻の潜水艦のミサイルが一五分で発射できる状態にある。地上配備のものは敵のミサイルが発射された場合、それが到達するまでに発射しなければ破壊されてしまうということで、準備時間が短くなっている。ロシア側でも、ほぼ同数の陸上配備のミサイルが警戒態勢状態におかれて、にらみ合うという冷戦時代の態勢が続いている。大陸間弾道ミサイルが発射されてから攻撃目標に到達する時間は約三〇分。ミサイル発射の探知を知らされてからしてから、報復発射の決定までに大統領に与えられる時間は数分しかない。誤認による核戦争が起きる危険がここにある。

 ABM条約の修正の交渉過程で米国側がロシアに対し、警戒態勢の維持を奨励するような発言をしていることが、再検討会議の第一週の四月二八日、『ニューヨーク・タイムズ』紙の報道で明らかになった。(最初に文書を入手したのは『ブリティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』誌。)最悪の場合でも、向こう一〇年、そしてその後も、一〇〇〇発は戦略核を維持し、それを警戒態勢におくだろうから、たとえ米国が奇襲の先制攻撃をかけても少なくとも数百発のミサイルが発射できる。米国のNMDシステムを破るのに十分だという主張である。つまりNMDが配備されれば、ロシアは核兵器の数も警戒態勢も下げられないということを意味する。

<消極的安全保障> 冒頭の概観では触れなかったが、今回の文書においてNPT第七条の非核兵器地帯を扱った部分では「核兵器国によるNPT加盟の非核兵器国に対する法的拘束力を持つ安全保障が核兵器拡散防止体制を強化すること」を確認している。この一つが、非核兵器国には核攻撃をかけないとする「消極的安全保障」である。日本は、昨年新アジェンダ連合が国連に出した決議案の消極的安全保障の段落に賛成票を投じた。だが、外務省は後に、生物・化学兵器のことは何も書いていないから、これらの兵器に対して核で応じないと約束する法的文書を作ることに日本が合意したわけではないと説明している。

 今回の再検討会議の合意を空約束に終わらせないためには相当の努力が必要である。

* 田窪雅文「NPT再検討会議と核兵器」『軍縮問題資料』 2000年8月号


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