核情報

2009.8.13

先制不使用─「いかがなものか」と使い古しの作文を読む麻生首相

麻生太郎首相は、8月9日、核兵器の先制不使用について、意図の検証方法のない考え方で日本の安全を確保できないとの考え方を示しました。ここには議論の混乱があります。求められているのは、「敵国」の先制不使用宣言ではありません。日本の同盟国であり、圧倒的な通常兵器と核兵器を併せ持つ米国の先制不使用宣言です。核兵器の役割を他国による核使用の抑止に限ることにより、分単位で発射できるミサイルの警戒態勢の解除や、大幅核削減を可能にしようという話なのです。

  1. 議論のすり替え
  2. 先制不使用宣言は、ゼロへの第一歩
  3. 冷戦的思考の残滓
  4. 一触即発の発射態勢
  5. これまでの政府答弁



議論のすり替え

長崎の記者会見で、「米国に対し、核兵器の先制不使用を提案するべきだとする意見もあるが、首相はどのように考えるか」と聞かれた麻生首相は、次のように答えています。

国際社会の中では、今は核戦力を含む、大きな軍事力が現実に存在している。これが大前提。核兵器だけをほかの兵器と切り離して議論することは、抑止のバランスを崩し、安全保障を損なうことになりうる。

 またもう一点は、核兵器を保有している国が、先制攻撃をしませんと仮に言ったとしても、その意図、お腹のなかを検証する方法はない。したがって、先制不使用の考え方を取ることは、日本は守ってもらう立場だが、日本の安全を確保する上で、現実的にはいかがなものか。

これは、基本的に、1999年08月06日の衆議院外務委員会での高村正彦外務大臣の答弁の焼き直しでした。元をただせば冷戦時代、1982年の政府答弁に縛られたものです。

他国が先制不使用を約束して、それを破ろうとした場合にどうするか。その場合には、米国の報復攻撃が頭にあるから、それによって、使用を抑止されるというのが核抑止の基本的考え方です。だから、先制不使用策に対する反論として、他国の意図や検証方法などを持ち出すのは議論のすり替えです。

先制不使用宣言は、ゼロへの第一歩

求められているのは、米国の先制不使用宣言です。核攻撃を受ければ、すぐではなくとも、いつか核報復を加えるという警告の役割だけを核兵器に与えるということです。つまりは、核戦争の遂行という発想を取り除くと言うことです。そうすれば、敵の核兵器システムに対して奇襲の先制攻撃をかける能力は不必要になる。敵のミサイルの数などとは関係なく、核攻撃を受けた際に備えて少数の報復用核兵器だけを当座維持するということが可能なる。また、敵のミサイルが発射されたという情報が入ると自動的に飛び立つような一触即発の態勢を物理的に除く方向に進める。敵の攻撃に対する脆弱性を持たない核兵器を少数維持してさえいれば、報復の警告は維持できる。これは、ロシアの側の一触即発の態勢の解除を促し、米国自身の安全保障の強化に役立つ。つまり、先制不使用宣言というのは、核兵器ゼロに向けた第一歩を踏みだすということです。

米国の憂慮する科学者同盟(UCS)、自然資源防護協議会(NRDC)、米国科学者連合(FAS)の3団体が昨年2月に発表した『真の安全保障に向けて──米国の核兵器政策を変えるために、次期大統領が講じるべき10の措置』 (2001発行:2008年2月改訂)(英文)は、先制不使用について次のように述べています。

核兵器禁止をゴールにし、それを真剣に追求することは、現在以上の国々が、そして、いずれはテロリストが、核兵器を取得するのを防ぐために極めて重要である。米国は、このゴールに向けて進むために必要な状況を作り出す努力をすることによって、国家及び国際的安全保障にとって極めて重要な貢献をすることができる。

そのために欠かすことのできない最初のステップの一つが、米国の核兵器の唯一の目的は他国による核兵器の使用を抑止し、そして、最後の手段として、これに応酬することにあると宣言するというものである。

そして、続けて、このような考え方に基づけば可能になる大幅削減と警戒態勢の解除について説明しています。

米国は、その核兵器を一方的に合計で核弾頭1000発以下に削減すべきである。向こう10年間、あるいはその後を考えても、「生き残り可能な」核兵器を数百発以上保有することを正当化するような信じられる脅威は存在しない。また、米国の核戦力の規模を他国のそれにリンクさせる軍事的理由はない。

また、数分以内に核兵器を発射する能力を米国が維持することを必要とするような信じられる脅威は存在しない。いや数時間以内の発射についても同様である。これらの兵器を発射するのに必要な時間を長くすることによって、米国は、自国の核抑止力が脆弱になり得ると考えるロシアの懸念を低減することができる。そうすると、ロシアも自国の核兵器について、もっと安全な核態勢を採用するインセンティブを有することになる。これは、偶発的な、あるいは、許可のない、または、誤解によるロシアの攻撃の可能性を大幅に減らすことになる。

具体的には、次期大統領は、今日の政治的及び戦略的現実に合った形に米国の核兵器政策を変えるために、以下の10の一方的措置を講じるべきである。

  1. 米国の核兵器の唯一の目的は、他国による核兵器の使用を抑止し、必要な場合には、それに応酬することにあると宣言する。
  2. 分単位で測れる時間内ではなく、日単位で測れる時間での核戦力の発射の態勢となるように配備方式を変えることによって、短時間での発射のオプションを無効にする。

・・・

自然資源防護協議会(NRDC)と米国科学者連合(FAS)による「カウンターフォース(対軍事力)から最小限抑止へ」(pdf)は次のように説明しています。

「最小限抑止のドクトリンを採用し、核兵器や運搬手段、配備などに関して適切な物理的変更を加えることは、敵の大量破壊兵器戦力に対する奇襲の報復能力剥奪的先制攻撃を遂行する能力を放棄することを意味する。」

冷戦的思考の残滓

元々、米国の先制使用オプションについての政府説明は、冷戦時代の米国の政策を追認する形でなされたものです。1982年に横路孝弘議員が、米国の先制使用オプションについて質問したのがきっかけでした。北大西洋条約機構(NATO)は、1950年代初め以来、核の先制使用のオプションを維持してきました。NATOの方針は、圧倒的優位を誇るとみなされていた旧ソ連・ワルシャワ条約機構(WTO)の通常兵力による進攻に対し、核兵器による対処の可能性を示すことによって、ヨーロッパへの進攻を抑止するというものでした。

横路議員は、米国のロストウ軍縮庁長官が1981年に、ヨーロッパと同様日本においても、もしソビエトが通常戦力で攻撃した場合には、場合によっては核を使用すると述べたが、日本政府もそういう理解かと質問したのです。これに対して、1975年8月7日の三木・フォード両首脳の新聞発表がその理解を表していると政府が答えて以来、官僚の作文を読む形で、先制使用のオプションがなければ日本の安全保障が保てないとの答弁が繰り返されているのです。この状況に触れた山陰中央新報 のコラム「被爆国発の渋滞」 (2009年8月5日)は述べています。

「安全保障のハンドルは、正統な政治が握る番だ。」



参考

一触即発の発射態勢

米ロの大陸間弾道弾は三〇分ほどで相手国に到着します。核ミサイルをすべて破壊する目的で攻撃が仕掛けられた場合、敵ミサイルの到着前に自国のミサイルを発射できなければ、報復できません。このゲームの世界では、報復能力の欠如は抑止の欠如を意味します。「攻撃されたら報復するから、攻撃するんじゃないぞ」と言えなくなってしまうからです。そこで発射決定から数分で発射できる態勢が取られています。それは先制攻撃の決定から数分で発射できることも意味するので、たがいが疑心暗鬼に陥ってしまいます。発射態勢問題に詳しいブルース・ブレア(元戦略空軍ミサイル発射要員で現在は世界安全保障研究所所長)は、二〇〇八年二月のオスロの会議で、この問題を次のように説明しています。

「ホワイトハウスで発射命令が出されると米国の地上発射ミサイル基地の要員は、ほとんど瞬間的に命令を受け、発射キーとそのコードを金庫から出し、発射命令の許可コードと金庫に入っているものとを比較し、発射キーを差し込み、選択された戦争計画の番号を打ち込み(これが自動的にミサイルに対し、そのコンピュータ・ファイルからどの特定の攻撃目標ファイルを取り出すか、どの軌跡を取るべきかを告げます)、ミサイルに搭載されている弾頭を作動状態にする発射命令の入った「許可コード」を打ち込み、発射キーを回す。これによって、地下サイロ群に広がった、操作員のいないミサイルに「発射」の命令が送られます。

これらすべてのステップを、米国中央部の平原部にあるミニットマン基地で実施するのに必要な時間は、一、二分(ミニット)です(これらのミサイルがミニットマンと呼ばれているのには、理由があるのです)。海洋では、潜水艦の乗組員がとる同様のステップには、特別の発射キーを金庫のなかの金庫から取り出すことが含まれています。この金庫へのアクセス・コードは、上層部からの発射命令によって与えられます。この段階から、矢継ぎ早の行動でミサイルがその発射管から出ていくまでには、約一二分しかかかりません。

非常によく似た手続きとスケジュールがロシアにもあてはまります。両国の大量の警戒態勢のミサイルで非常に高度の発射準備態勢が保たれているのです。通常時に、戦略戦力の約三分の一が、即座の発射態勢にあります。分単位で測れる短時間で発射できる核兵器は合計すると、高い威力の核弾頭二五六五発になります(米国が一三二八発、ロシアが一二七二発)。広島原爆にして約一〇万発に匹敵します(広島原爆の爆発力が[TNT火薬換算で]一五キロトンだったと想定して)……大統領の決定のための時間は、通常一二分程度です。ただし、極端な状況の下ではずっと短くなります。本当に攻撃を受けているのか。平和利用のロケット発射ではないのか。コンピューターのミスなのか。判断のために残された極めて短い時間「警告時間」の間に犯してしまうかもしれない判断ミスの影響は壊滅的です。」

このような発射態勢のミサイルは、SORT(モスクワ条約)履行のための核削減作業や、潜水艦を常時パトロールに出せなくなってしまったロシアの事情などが重なった結果、減ってきてはいます。数年前まで米ロそれぞれ二〇〇〇発程度ずつとされていたその弾頭数は、二〇〇八年五月現在合計で二三〇〇発ほどになっているとクリステンセンらは見ます(米国一二〇〇弱、ロシアが約一一〇〇)。ブレアーもこの推定に同意します(両氏からの私信:二〇〇八年五月一四日)。半分程度に減っているわけです。しかし、冷戦終焉後二〇年近くたったいま、このような態勢のミサイルが何のために必要というのでしょう。ナン元上院議員は、これらの兵器に焦点を当てるべきだと述べています。たとえば何らかの物理的手段によって、米ロの核兵器を発射に一週間かかるような態勢に置くべきだと言います。このような措置は、条約による必要はなく、圧倒的に強い立場にある米国がまず一方的に取るべきです。それが米国自身の安全を高めます。

冷戦終焉後にはこの種の提案がいろいろ出されました。前述のグッドビー元大使とファイブソン教授の報告書も警戒態勢の解除を提案しています。ブレアーとファイブソン、それに、プリンストン大学のフランク・フォンヒッペル教授が『サイエンティフィック・アメリカン』誌一九九七年一一月号で発表した論文が、具体的な措置を詳しく論じたものとして知られています。そこで提案された措置のひとつは、ミニットマンV型ミサイル約五〇〇基の安全スイッチにピンをさし込み開けたままにするというものでした。一九九一年にブッシュ(父)大統領が、ミニットマンU型ミサイルの警戒態勢を解除した際にもこれを実施しました。ピンを外すには要員がサイロのなかに入り込まなければなりません。ロシアの対応を見て、さらに発射に時間のかかるものにするという案をブレアーらはしています。このような提案は、その後、ブッシュ(息子)政権になってからは、受け入れられる可能性がないということで、あまり議論されなくなっていました。

出典:『核兵器全廃への新たな潮流─注目すべき米国政界重鎮四人の提言─』

これまでの政府答弁

1982年2月19日衆議院予算委員会

横路孝弘委員

私、昨年、社会主義インターナショナルの軍縮委員会というのがございまして、アメリカでロストウ軍縮庁長官といろいろ核軍縮について話をしたのです。そのときに、ロストウ軍縮庁長官はこういう発言をしたのですね。アメリカは、ヨーロッパと同様日本においても、もしソビエトが通常戦力で攻撃した場合には、場合によっては核を使用する、こういう発言をしたわけであります。これは当時ワシントンの日本大使館の方でも、じゃ、そういう発言があったかどうか国務省に確認をしてみようというようなことを言っておられまして、多分外務省でも確認をされていると思うのですが、この通常兵器による攻撃に対してもアメリカは核を使用するという点に関しては、日米間に合意並びに協議というのはあるのでしょうか。

淺尾政府委員 横路委員よく御承知のとおり、アメリカは第五条によって日本防衛の義務を負っております。その防衛の義務の行使に際しては、通常兵力であれ核兵力であれ日本を防衛するということでございまして、ちょっと私ここにテキストを持っておりませんが、三木・フォード共同声明の中でその点が確認されております。

1982年06月25日 衆議院予算委員会 

横路委員 もう一つ、これは私、この春にも質問をした点なんですが、先日またロストウ軍縮庁長官が、六月二十日ですか、日本であれヨーロッパであれ、ソビエトの通常兵力による攻撃に対して、場合によっては核を使用することもあり得るんだ、それがアメリカの抑止力だ、こういう発言をされています。この前、一月の議論の中では、その点に関して、日米間ではいわゆる五十年のときのですか、三木・フォード会談の四項目、「大統領は、総理大臣に対し、核兵力であれ通常兵力であれ、日本への武力攻撃があった場合、アメリカは日本を防衛する」ということの中に、実は通常兵力の攻撃に対してアメリカは核を使うんだということについてもいわば日米間で合意があるという趣旨の御答弁があったように承っているのですが、それは間違いないでしょうか。

松田政府委員 お答え申し上げます。

 御指摘のとおり、昭和五十年八月六日の三木総理大臣とフォード大統領の首脳会談におきます共同声明において、第四項で、わが国への武力攻撃があった場合、それが核によるものであれ通常兵器によるものであれ、米国としては日本を防衛する、そういうことを大統領が確言しておりますことの中にはあらゆる意味での措置が含まれておるという意味において、核の抑止力または核の報復力がわが国に対する核攻撃に局限されるものではないという趣旨と私どもは理解しております。

1982年08月04日 参議員安全保障特別委員会 

国務大臣(宮澤喜一君) 結局問題は、わが国はこういう姿でございますから、わが国に対して加えられることがあるべき攻撃に対して、仮に通常兵器だけでそれを抑止するような十分な力にならないという状況であれば核兵器も使用されることあるべしと、絶対に核兵器が使用されることがないというのではこれは抑止力になりませんから、通常兵器と核兵器と総合した立場で抑止力というものも考える、それは私はごくごく当然の立場ではないかというふうに思っておるわけであります。

1998年8月5日 広島で開かれたパネル・ディスカッション

外務省森野泰成軍備管理・軍縮課首席事務官

先制不使用を約束してしまった場合、核の抑止力の効果がかなり薄れてしまう。日本の安全を守れるのだろうかという懸念を強く持っている。……米国と日本が先制不使用を約束したとしても、ほかの国が本当に先制不使用を守ってくれるのだろうかという問題がある。

1999年08月06日 衆議院外務委員会(先制不使用と日本の安全保障)

高村国務大臣 まず、核の先制不使用を考える前提でありますが、政府の最大、最重要の責務である国の安全保障が結果的に核が使用されない形で確保されるのであれば、その方が望ましいということは、これは言うまでもないことだ、こう思っております。さらに、将来的には、安全保障を害しない形で核兵器のない世界が実現されることが最善のシナリオである、こういうふうにも考えているわけでございます。

 他方で、現実の国際社会において、いまだ核戦力を含む大規模な軍事力が存在しており、核兵器のみを他の兵器と全く切り離して取り扱おうとすることは、それは必ずしも現実的ではない、かえって抑止のバランスを崩して、安全保障を不安定化させることもあり得ると考えているわけでございます。

 したがって、安全保障を考えるに当たっては、関係国を取り巻く諸情勢に加え、核兵器等の大量破壊兵器や通常兵器の関係等を総合的にとらえて対処しなければならない、こういうふうに考えております。

 こういった基本的な認識に立って、我が国としては、核の先制不使用について、核兵器国間の信頼醸成及びそのことを通じた核兵器削減につながる可能性があることを積極的に評価すべきとの考え方があることは承知をしておりますが、これまでも申し上げたとおり、いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難であると考えているわけでございます。

 いずれにいたしましても、核先制不使用の問題については、現時点では核兵器国間での見解の一致が見られていないと承知しており、我が国としては米国との安全保障条約を堅持し、その抑止力のもとで自国の安全を確保するとともに、核兵器を含む軍備削減、国際的核不拡散体制の堅持、強化等の努力を重ねて、核兵器を必要としないような平和な国際社会をつくっていくということが重要である、こういうふうに考えています。


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