核情報

2009.3.5

先制不使用宣言をと米国政府に呼びかける川口順子国際賢人会議共同議長(元外相)

だが、先制不使用政策に反対する日本の立場は変わってないとする外務省
さあ、どうする、日本の反核運動?

ワシントンで開かれた日豪主導国際有識者会議「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」第2回会合後の記者会見(2009年2月15日)で、川口共同議長は、「ノーファーストユース(先制不使用)を言ってくれないか」と米政府要人らに訴えたと発言しています。決して先に核兵器を使わないと言って欲しいというのです。



  1. 相手が約束などしない状態で機能するのが抑止ではなかったのか?
  2. 必要なのは米国の宣言
  3. 日本の核政策を作るのはだれか
  4. 今こそ国会内外での議論を
  5. 2月15日記者会見の両共同議長の発言(先制不使用問題関連部分)
  6. 参考


これは、米国の核の傘の意味は、日本が核攻撃以外の攻撃を受けた場合も、米国がこれに核兵器で反撃する可能性があるということだと説明してきた日本の元外務大臣の発言としては画期的なことです。

日本は、これまで、先制不使用政策に一般的に反対を唱えてきているだけでなく、北朝鮮を巡っては、核兵器計画を完全に放棄した場合には核攻撃をかけないと米国が約束することに難色を示して来ました。その日本の元外務大臣が、米国に先制不使用宣言を求めているのです。求められた側でこれまでの事情を知っている人々は、びっくりしたでしょう。

いよいよ日本は、核軍縮に本気になったのかと考えてしまいそうですが、そうではありません。3月4日、民主党核軍縮促進議員連盟(会長:岡田克也議員)の会合で、犬塚直史議員から外務省の現在の考え方について説明を求められた外務省軍備管理・軍縮課の森野泰成課長は、「政府の立場に変更はないとしか申し上げられません」と答え、次のような趣旨の説明をしています。
先制不使用は、検証できないし、果たして、先制不使用の約束が守られるのかと言う問題がある。核軍縮の手段として明確性を欠いているのではないかと考える。

オーストラリアのケビン・ラッド首相と福田康夫前首相との合意によって設立された国際委員会の共同議長を務める川口元外相と外務省の考えが異なっているのです。

森野課長の発言は、1998年8月5日に広島で開かれたパネル・ディスカッションにおける同氏(当時同課首席事務官)の発言と基本的に同じです。

「先制不使用を約束してしまった場合、核の抑止力の効果がかなり薄れてしまう。日本の安全を守れるのだろうかという懸念を強く持っている。……米国と日本が先制不使用を約束したとしても、ほかの国が本当に先制不使用を守ってくれるのだろうかという問題がある。」

同じ考え方を、高村外務大臣が1999年8月6日の衆議院外務委員会において表明しています。

「我が国としては、核の先制不使用について、核兵器国間の信頼醸成及びそのことを通じた核兵器削減につながる可能性があることを積極的に評価すべきとの考え方があることは承知をしておりますが、これまでも申し上げたとおり、いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難であると考えているわけでございます。」

相手が約束などしない状態で機能するのが抑止ではなかったのか?

森野・高村両氏は、「先制不使用政策は検証できない」とか、「他の国が約束を守ってくれるだろうか」と言います。しかし、米国の核軍縮派が求めているのは、他の国の約束ではなく、圧倒的な核および通常戦力を持つ米国の政策転換です。米国およびその軍隊、あるいは同盟国が核攻撃を受けたとき以外、核兵器を使わないと宣言し、その先制不使用政策に基づいて、分単位で発射できるミサイルの警戒態勢を解除するとともに、核の大幅削減を実施する。こうして、「核の存在意義を薄める」ことによって、核兵器全廃への道筋を示し、核拡散防止の協力体制を強化するのです。

この段階では、相手が核攻撃をかけてきたら、核兵器で報復するという方針は維持されています。核報復の脅しによって相手の核攻撃を抑止する。これが中核的核抑止です。最初から「相手の約束」とか、「当事国の意図」などは問題にしていないのです。先制不使用宣言をすることによって、相手の核攻撃が抑止できなくなるということはありません。最初から、核抑止などは機能しないという立場もありますが、それはまた、別の話です。

必要なのは米国の宣言

米国が先制不使用宣言で約束するのは、次の二つです。

  • 1)核兵器を持っていない国には、核攻撃を一切かけない。(攻撃を仕掛けてくれば、通常兵器で応じる。)これは、非核兵器国に対する「消極的安全保障」と呼ばれるものです。
  • 2)核保保有国に対しては、先に核攻撃をかけない。(核兵器で攻撃してくれば、核兵器で応じる。核兵器以外の兵器で攻撃してくれば、通常兵器で応じる。)

1)と2)を包含する概念が、先制不使用です。

日本の核政策を作るのはだれか

川口共同議長は、元外相です。その人物が米国に先制不使用宣言を求めているというのは重要な意味を持ちます。しかし、あくまで元外相です。では、先制不使用に反対する現政権の立場を維持しているのは誰なのでしょう。

古くは、1975年の宮澤・キッシンジャー会談、三木・フォード会談で先制使用の了解を米国に与えたのかと問われた宮沢喜一官房長官(当時)が1982年8月4日の参議院安全保障特別委員会で、次のように述べています。

「我が国に対して加えられることがあるべき攻撃に対して、かりに通常兵器だけでそれを抑止するような十分な力にならないという状況であれば核兵器も使用されることあるべし、と、絶対に核兵器が使用されることがないというのではこれは抑止力になりませんから、通常兵器と核兵器と総合した立場で抑止力というものを考える、それは私はごくごく当然の立場ではないかというふうに思っておるわけであります。」

外務省は、冷戦が終わり、米国が圧倒的通常戦力を持っている今日もこの解釈をとり続けているのです。官僚機構としては、一度言明した方針・解釈は変えられないということなのでしょうか。米国が先制不使用政策をとれば、それがいかに正しいかを外務省が説明し始めるのかもしれません。しかし、北朝鮮に関連して、消極的安全保障に反対したように、日本が米国の政策変更に抵抗する可能性もあります。その場合、日本の主張が受け入れられて、米国の核政策の変更に時間が掛かってしまえば問題ですし、日本の意向と関係なく、核政策が変更されると言うのも情けない話です。

国会議員が先制不使用に関する日本の政策をどれくらい理解しているのか、かなり怪しいと言わざるを得ません。例えば、1998年の印パの核実験直後の5月31日、野中広務幹事長代理(当時)は、広島市内の講演で「被爆国として、核保有国に、『あなた方が核をなくした上で他国が核武装しないようにいいなさい』という勇気がなぜないのか」と述べています。また、梶山静六前官房長官は6月2日の自民党総務会で、「保有国に核廃絶を説得できるのは日本だけだ」と述べています。先制不使用についての日本の政策を理解していれば、このような発言はできないはずです。「あなた方」のうちの少なくとも一国の核がなくなっては困るのです。日本の政策は、日本に対する核攻撃以外についても核で報復する可能性を米国が維持することを望んでいるのですから。

今こそ国会内外での議論を

川口元外相の発言は、この問題に焦点を当てる絶好の機会です。キッシンジャーら米国政界4人の重鎮の「核兵器のない世界」の提言で生まれた核兵器全廃への新たな潮流を背景に具体的に日本は何をすべきか。先制不使用に関する日本の政策を変えることが重要な一歩であることは間違いありません。

2月15日記者会見の両共同議長の発言(先制不使用問題関連部分)

両議長らが、米国政府の要人ら──ジョセフ・バイデン副大統領、ジム・ジョーンズ大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、ジム・ケリー上院外交問題委員会委員長、ハワード・バーマン下院外交問題委員会委員長、ブラッド・シャーマン下院テロリズム・不拡散・貿易小委員会委員長、ジェームズ・スタインバーグ米国務副長官──に会ったことに関し。

1)午前 共同議長記者会見 エバンズ元外相

「最後に、[米]政権に私たちが訴えている第5のポイントは、米国の核ドクトリンに目に見える変化があることが非常に重要だということです。私たちは、米国の核兵器の唯一の目的は、米国およびその同盟国を、他国による核兵器の使用から守ることであるべきだということ、そして、核兵器の関わらない他の脅威に対して、核兵器の使用の威嚇をしたり、使用を認めたりするのは米国のドクトリンの一部であってはならないということを明確に主張しました。もちろん、現在拡大抑止を享受している同盟国のための安全の保証が必要ですが、このような変化は、国際的に心理的状況を変え、軍縮と拡散防止の両方のための弾みを強化する上で、他のものと同様、非常に重要な一歩だと信じています。」

2)夕方 川口元外相の日本人記者用会見

「核のドクトリン、核兵器の役割を核兵器に対する抑止に限定をするという姿勢で。もちろん、核抑止という傘の下に日本はあるわけですから、その場合も日本への安全保障あるいは、非核国への安全保障、拡大抑止の下にあるのは日本だけではありませんから、そういった国への安全保障をきちんと保証するということは前提なのですが、という話をしました。」

[質問:抑止に限定という風におっしゃっていましたけれども、エバンズさんの説明を伺っていると、消極的安全保障を何らかの形でアメリカとして明文化せよと言うようなことをおっしゃっているのかと思ったのですけれども、そういうことではないんですか]

「ノーファーストユースを言ってくれないかと言うことですけども、それは、抑止の問題があるわけでして、抑止についてはきちんと抑止を守るということを条件として、とそういうことですね。抑止の下にあるのは日本だけじゃなくて他にたくさんあるわけで、それはなんらかのかたちでコミットをするということを前提にして、ということです。」

[質問:それは裏を返せば、非核国とか、あるいは、テロリストでも良いんですけど、さきほどのエバンズさんの表現だと、核の脅威を伴わない行動に対して、核兵器でもって威嚇したり、核兵器を使用することはいかんと言うことをアメリカ政府として言って欲しいということ要望したという風におっしゃっていたと思うんですけど、そういうことではないんですか。]

「おおざっぱにそういう風に、彼、ちょっと私、きちんと彼が言ったことを覚えてませんけど、基本的には、核のドクトリンの今の状況をこのままで良いかどうか考えて少し前に進めてくれと言うことなんです。」

*先制不使用と消極的安全保障

先制不使用は、核保有国と非核保有国の両方を含めた概念。核攻撃を受けない限り、核兵器を使わないという考え方。

消極的安全保障は、核兵器を持っていない国に対しては核攻撃をしないという立場。北朝鮮に関しては、核開発を放棄すれば、核攻撃をかけないとの約束を米国がすると言う文脈で問題になってきた。現在では、北朝鮮が核保有を宣言しているので、北朝鮮が核兵器以外の兵器で日本に攻撃をかけてきたときには、米国は核で報復しないと言う意味で、先制不使用の概念の方が当てはまる。北朝鮮が核兵器を破棄したことが検証された暁には、米国は核攻撃を北朝鮮に加えないと言う約束は、消極的安全保障の概念となる。

参考

1)北朝鮮をめぐる先制不使用・消極的安全保障問題

2003年8月22日付の『読売新聞』

「北朝鮮の核開発問題に関する北京での六ヶ国協議で焦点となる北朝鮮への安全の保証をめぐって、日本政府が米政府に対し、核兵器の不使用を確約しないよう求めていたことが二十一日、明らかになった。米国が北朝鮮への核不使用を約束すれば、仮に北朝鮮が日本への攻撃を考えた場合に、核兵器による米国の抑止力が機能しなくなり、日本の安全保障にとって重大な支障が出ると判断したためだ。」

この意向を米国側に伝えたのは、藪中三十二外務省アジア大洋州局長(現事務次官)とのことです。

1994年の核危機の際にも日本側が同じ態度をとったことを米朝交渉に当たったロバート・ガルーチ元北朝鮮核問題担当大使がその著書で述べています1994年10月21日の米朝合意枠組みでは、結局、日本の要望は無視され、「米国による核兵器の脅威とその使用がないよう米国は北朝鮮に公式の保証を与える」との文言が入りました。大量の通常兵器や生物・化学兵器にも核抑止を使うと説明してきた日本政府の立場と矛盾することになってしまったわけです。

2)核情報記事

  1. 先制不使用に反対する日本は核兵器全廃の足かせになるのか─日豪主導国際委員会の行方:10年目の正直?
  2. 核の役割限定に焦点を合わせる米国の運動──核以外の攻撃にも核の傘を望む日本〜ひとまず核の役割を核攻撃の抑止のみに限定して、大幅核削減と偶発的核戦争防止へ

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