軍縮問題資料 2000年1月号 (1999年発行) 再掲
トーマス・グレアム・ジュニア 軍備管理・核不拡散・軍縮問題担当米国大統領特別代表 (1994~97年)
毎年、8月になると世界は、二つの核兵器が広島・長崎の両都市にもたらした恐ろしい破壊に思いを巡らす。原爆投下から50余年、日本の人々は、他の国にほとんど例を見ないような優雅さと強さを示してきた。悲劇から生まれ、1945年に経験したことの重大さに根ざす強さだ。現代の歴史において最もひどいものに属する破壊の犠牲になってから数年で、日本は、世界でも最も強力な経済を築き上げ、米国との戦略的同盟を形成し、そして、核兵器の究極的な廃絶のための国際的努力における道徳的指導者として登場した。
核兵器の拡散がわれわれの世界にとって最も深刻な脅威をなしている現在、日本の指導力は、核拡散防止条約(NPT)──この大きな脅威に対する防衛の最前線──を維持する上で、中心的な役割を果たしうる。NPTは、この30年間、核兵器の広範な拡散を防ぐのに成功し、ほとんどの国が遵守しているが、この体制は、微妙で脆弱なバランスの上に成り立っている。NPTは、大きな取り引きなのだ。181の非核兵器国が、核兵器を取得しないと約束し、それと引き替えに5つの核兵器国が、条約の第6条の下でいずれ核兵器を廃絶すると約束したのである。この取り引きは、1995年にニューヨークでNPTの無期限・無条件延長が決まった際に再確認された。しかし、最近の核削減の動きが遅いこと、そして、核兵器の政治的価値が高いと見られていることが、核拡散防止の努力の障害となり、NPTの基盤を深刻なかたちでむしばんでいる。
核兵器の政治的価値を大幅に減らし、NPT第6条の核軍縮の約束の履行に向けた賢明な措置となりうる政策を採用するように核兵器国に迫る上で、日本は先頭に立つことができる。とりわけ、日本は、最も緊密な戦略的同盟関係にある米国に対し、非公式に、あるいは、公式に、いかなる状況においても紛争に際して核兵器を最初に使う国にはならないとする政策をとるよう要請すべきである。このような政策──普通、先制不使用政策と呼ばれる──を採用することは、何にもまして、核兵器の政治的価値を減らす効果を持ち、それだけ核保有の可能性のある国々にとって核兵器の魅力が小さくなる。
核兵器の使用の可能性に関する米国の現在の政策は、1978年に米国が行なった約束と矛盾している。この年に開かれた国連の軍縮特別総会で、当時米国国務長官だったサイラス・バンスは、NPTに加盟している非核保有国に対しては核兵器を使わないという約束を初めて公式に明言している。消極的安全保障(NSA)と呼ばれるものである。1995年4月5日、NPTの無期限延長のための交渉の過程で、当時の国務長官ウォレン・クリストファーは、大統領のステートメントとして、NPT加盟の非核保有国に対して消極的安全保障を提供する米国の政策を再確認している。そのステートメントにはつぎのようにある。
「米国は、以下の場合を除き、核兵器の不拡散に関する条約の締約国である非核兵器国に対して、核兵器を使用しないことを再確認する。すなわち、米国、その準州、その軍隊もしくはその他の兵員、その同盟国、又は、米国が安全保障上の約束を持っている国に対する侵略その他の攻撃が、核兵器国と連携し、又は同盟して、当該非核兵器国により実施され、又は支援される場合を除き、それらの非核兵器国に対して核兵器を使用しないことを再確認する」
この約束が適用されない国は、核兵器国(フランス、英国、ロシア、中国)とNPTの締約国でない国(インド、パキスタン、イスラエル、キューバ)だけである。言うまでもなく、米国はフランス、英国、ロシア、中国とは核戦争を始めることはないだろう。したがって、米国がそのNPTに関連した約束を忠実に守るとすれば、論理的に言って、先制使用のオプションの対象は、インド、パキスタン、イスラエル、キューバだけとなる。これらは、米国にとって脅威ではない国々である。その一方で、このような先制使用のオプションは、米国の核拡散防止の努力やNPT体制にとって障害となっているのである。このような観点からすると、米国の現在の政策は、正当化が難しいものと言える。
さらに、米国は、1997年12月に大統領決定命令(PDD)60を出し、その消極的安全保障に関する政策を再確認している。米国国家安全保障会議の上級スタッフ、ロバート・ベルによると、PDD60は、過去4、5年に渡ってクリントン政権が表明してきた政策を、ほとんどそのまま、明確に再確認するものだという。また、1998年5月6日に、ノーマン・ウルフ氏(現核拡散防止担当大統領特別大使)は、つぎのように述べている。すなわち、1995年4月5日に出された消極的安全保障に関する大統領の声明は、米国の世界政策に関する明確なステートメントであり、また、各地域の非核地帯条約の議定書に関連して米国が行なった約束は、文書による留保の表明なしになされたものであり、核兵器の使用も、使用の威嚇もしないとの法的拘束力を持つ厳粛な約束である、と。
これらの約束は、どれも、化学・生物兵器(CBW)による攻撃に対する報復として核兵器を使うことを認める例外規定のないものである。だから、核兵器を最初に使う権利を──たとえそれがCBWの攻撃を抑止するためのものであっても──保留するとする政策は、米国が20年以上に渡って一貫して提供してきた消極的安全保障の約束と矛盾するものである。米国が先制不使用政策を宣言すれば、NPTに加盟している非核保有国で、核軍縮に向けた進展が見られないことに懸念を持つ国々に対して、米国はその消極的安全保障と第6条の下での約束を真剣にとらえているとのメッセージを送ることになり、NPT体制を強化するのに役立つ。
化学・生物兵器による攻撃に対する報復として核兵器を使う権利を維持することは、日本や米国の安全保障を高めるのことにはならず、逆に、核兵器の政治的価値を高め、核保有の可能性のある国々にとっての魅力を大きくすることによって、両国の安全保障を低下させることになる。世界で最も強力な通常兵器の力を持つ米国が、たとえば、サダム・フセインの化学兵器を抑止するために核兵器による報復の威嚇を必要とすると主張するのなら、なぜ、イランやエジプトも、いや、その他のいかなる国であれ、核兵器を必要とするということにならないのか、との疑問がわいている。米国の先制使用のオプションは、非核兵器国に対して、核開発をしないようにと説得する努力に、真っ向から対立するものである。核兵器の使用の可能性に関する米国の現在の政策は、核兵器の先制使用のオプションを保留し続け、核兵器の役割を、他国による使用を抑止するという中核的抑止機能に限定しないことにによって、核兵器にすでに与えられている高い政治的価値を強化し、それによって、核削減や核拡散防止の達成をそれだけ難しいものにする。
さらに、化学・生物兵器を抑止するために核兵器が使われうる、あるいは、必要とされると主張することは、化学・生物兵器の政治的を価値を高めることになる。なぜなら、化学・生物兵器が核兵器を相殺するのに使えるということになるからである。化学・生物兵器の攻撃を防げるのは核兵器だけだとの主張は、「貧者の核兵器」という化学兵器のイメージを強化し、化学兵器の魅力をそれだけ高めるものである。すべての大量破壊兵器──核兵器であれ、それ以外のものであれ──の政治的価値をできるだけ下げ、これらの兵器の拡散の可能性を最小限にすることを保障するのが、日本にとって得策であることは言うまでもない。日本にとってこれを達成する最良の方法は、米国との間にある特別の関係を利用し、米国に対し先制不使用政策を採用するよう要請することである。
米国が先制不使用政策をとることに反対するものは、このような政策は、米国が日本に提供している「核の傘」を弱め、日本に対し、非核兵器国としてのその地位について再考を促すことになると主張する。日本の憲法は、多大な軍備を禁止しているから、日本は、第二次大戦後のほとんどの期間、米国の「核の傘」の主たる受益国の一つとなってきた。拡大抑止──同盟国に対する核攻撃を、米国の核兵器によって抑止するという政策──は、日本やドイツが核武装をしないと約束した主たる理由だと言われてきた。米国が先制不使用宣言をすれば、この防護を取り除くことになり、日本を独自の核開発に向かわせることになると主張されている。
この議論は、誤っており、誤解を招くものである。先制不使用政策の採用は、米国が日本に提供している既存の「核の傘」を弱めるものでも損なうものでもなく、いかなる意味でも日本の安全保障に悪影響を及ぼしはしない。「核の傘」は、先制使用のオプションとして機能することを意図されたことはないし、日本に対する核以外の攻撃に対する核の報復を正当化するために考えられたものでもない。それは、歴史的にいって、攻撃的なものとしてではなく、防御的なものとして用意されたものである。つまり、最初に核攻撃を仕掛ける必要はなかったし、そのようなことをするとの申し出もなかったのである(訳注1)さらに、核以外の大量破壊兵器あるいは通常兵器による攻撃は、侵略国の政権に厳しい制裁を加えるべく計画された通常兵器による大規模で圧倒的な報復の威嚇によって抑止できるし、また、そうすべきである。
核攻撃あるいは核攻撃の威嚇を防ぐ以外の役割を核兵器に与えることは、日本の国益、あるいはアジアにおける米国の国益にかなうものではない。それどころか、米国の先制使用政策は、核保有の可能性のある国々にとっての核兵器の魅力を高めることによって、両国の安全保障を低めるものである。1998年5月、インドが核実験を行った後、同国のアタル・ビハリ・バジパイ首相は、インドは、今や核兵器を持っているから、大国になったと述べている。このような発言は、危険な心理の反映であり、それは、非核兵器国にとっての核の魅力を高めることによって、核兵器の拡散の可能性を高めるものである。
米国が、自国あるいはその同盟国に対する化学・生物兵器あるいは通常兵器による攻撃を防ぐために、紛争において核兵器を導入する権利を保留しなければならないと主張し続けることは、核拡散防止体制を崩壊させる現実的な可能性を持っている。米国がNPTの6条の約束を履行しないでいることに不満を持つ国がある程度まで増えると、それらの国々はNPT体制から抜け出すという選択をし、NPT体制を崩れさせてしまうかもしれないからである。このような状況になれば、日本は、現在よりも無防備な状態におかれることになるだろう。とりわけ、北朝鮮が、NPT脱退国の中に入っている場合はそうである。NPT体制に悪影響をもたらす米国の政策を支持するのは、日本の安全保障の観点からいって明らかに得策ではない。
したがって、日本は、その最も親密な関係にある戦略的同盟国である米国に対し、先制不使用政策をとるよう積極的に働きかけるべきである。このような勧告をする公式な発言を日本政府の高官が行ない、先制不使用政策を米国がとっても、日本は非核兵器国としての地位を再検討するようなことはないと公式、非公式に言明すれば、それは米国の現政権に対して──あるいは将来のいかなる政権に対しても──影響力を持つだろう。米国が先制不使用政策をとれば、それは、核拡散防止と核軍縮に向けた重要な一歩となるだろう。なぜなら、それは、米国の「通常兵器の傘」によって、核以外のいかなる攻撃からも日本を十分守れると日本が確信していることを世界に示すことになり、核兵器が国家の安全保障において欠かすことができないものだとする神話を払拭するのに役立つからである。
結論を述べよう。いかなる状況にあっても紛争において核兵器を最初に導入することは──化学・生物兵器による攻撃に対する報復の形でも──しないとの政策を米国がとっても、それは日本の安全保障に対する脅威とはならないのである。米国の通常兵力は、核以外のいかなる攻撃からも日本を守るのに十分であり、先制不使用政策は、核兵器の使用あるいは使用の威嚇から日本を守るとの米国の約束に悪影響を与えるものではない。日本は、米国に対し、先制不使用政策を採用するよう働きかけるべきである。なぜなら、それは、あらゆる大量破壊兵器の政治的価値を下げることによって日本の安全保障を高めるからである。日本のそのような行動は、核拡散防止体制の強化に役立つだけでなく、核拡散防止・核軍縮の分野で日本が世界的指導者であることを再度示すことにもなるだろう。
田窪雅文訳
訳注1
外務省は1975年8月6日の三木・フォード会談の日米共同新聞発表が米国からのそのような申し出を示すものだとしている。その第4項に日米両首脳は、「米国の核抑止力は、日本の安全に対し重要な寄与を行うものであることを認識した。これに関連して、大統領は、総理大臣に対し核兵力であれ通常兵力であれ、日本への武力攻撃があった場合、米国は日本を防衛するという相互協力及び安全保障条約に基づく誓約を引き続き守る旨確言した。」とある。これだけでは、米国が先制使用のオプション維持を日本に約束したとはとれない。だが、政府は、1982年6月25日の予算委員会において、この下りに関し、「核の抑止力がわが国に対する核攻撃に局限されるものではないという趣旨と私どもは理解しております」と述べている。外務省の立場は、米国の先制不使用のオプションがなければ、日本の安全保障に責任が持てなくなるというものである。
著者紹介
「世界の安全保障を目指す法律家同盟(LAWS)会長」。1994~97年、軍備管理・核不拡散・軍縮問題担当米国大統領特別代表。95年のNPT再検討・延長会議では、無期限延長を達成しようとする米国の活動の中心的役割を果たした。
訳者あとがき
この文章は、今年[1999年]の原水爆禁止世界大会(原水禁系)の一環として8月2~3日に広島で開かれた国際会議に招かれながら出席できなかった氏が、会議のために送ってきたものである。極めて明快な論理展開で、解説を試みるのは蛇足としかならないが、日本政府の立場について若干追加しておきたい。
核兵器以外の兵器による日本への攻撃を抑止するのにも米国の核兵器の威嚇が必要であり、米国からそれが約束されているとの外務省の見解は訳注で触れた通りである。
昨年に続いて今年も国連第一委員会に提出された「核兵器のない世界に向けた新アジェンダの必要性」という決議案に日本は棄権したが、外務省によるその投票行動の説明が日本の立場をさらに明確にしている。外務省の説明のうち、先制不使用問題に関連したものを検討してみたい。
決議文の本文第1パラグラフは、「速やかかつ全面的な核廃絶」の実現を約束するよう核保有国に求めるものとなっている。外務省は、これは核抑止を否定するものだからよくないという。この場合の核抑止とは、核兵器に対するものだけでなく、生物・化学兵器及び大量の通常兵器に対するものも含まれるとの説明である。つまり、米国の核兵器が単に核攻撃から日本(及び他の同盟国)を守っているだけでなく、他の兵器による攻撃からも守っており、それを速やかになくしてしまうのは困るという意味である。
また、決議の一部は分割投票に付されたが、日本が賛成票を投じた本文第18パラグラフは、「核兵器の使用あるいは核兵器の使用の威嚇に対する効果のある保障をNPTに加盟している非核兵器国に提供するために、国際的な法的拘束力をもつ法的文書を締結する」ことを求めるものとなっている。これは、グレアムが触れている消極的安全保障の声明を法的拘束力を持つものにしようとするものである。
これらの声明は法的拘束力を持つものでないから、北朝鮮などに対する核の威嚇が依然として効いているのだとの声が外務省内部にあった。それを拘束力のあるものにすることに日本が賛成したということは態度の変化を意味するものともとれる。ところが、外務省は、このパラグラフは、生物・化学兵器について何も触れていないから、これらの兵器による攻撃に対して核兵器を使わないということを約束する文書を求めるものではないという。その論理でいくと、通常兵器についても何も触れていないから、通常兵器による攻撃についても同じことがいえることになる。そうすると、日本が賛成する法的文書は何を約束するのだろうか。
日本は唯一の被爆国として核の速やかな廃絶を望んでいるが、そのことを米国にはっきりいえないでいるとの見方が日本国内にも世界にもあるが、外務省の説明を見る限りそうではない。このことを国民も政治家も明確に認識して議論する必要がある。
核情報再掲版用注
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訳注1にある外務省の見解については次を参照。今ふたたびの先制不使用問題へ──10年の年月を経て 核情報 2009.2.4
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訳者あとがきにある国連決議案「核兵器のない世界に向けた新アジェンダの必要性」に関する外務省説明については以下を参照。新アジェンダ連合決議案と日本の投票──田窪雅文(現 核情報主宰)1999年11月16日付けメモ 2024年3月24日