核情報

2004.2.5

イラン核開発疑惑で揺れるNPT体制

 イランは、昨12月18日、国際原子力機関(IAEA)との間の保障措置協定の追加議定書に調印した。これは、11月26日にIAEA理事会が出した決議の要求に従ったものだ。議定書は批准を必要とする。IAEAは、議定書調印を評価しているが、イランが議定書を批准しても、それですべてが終わるわけではもちろんない。

 イランは、平和利用目的だと主張しているが、長年に渡って秘密裏にウラン濃縮やプルトニウムの抽出を行ってきたという事実には変わりがない。また、調印の翌日の19日にリビアが核兵器計画を持っていたと認め、それを放棄すると発表したことは──放棄の決定自体は喜ばしいことだが──NPTの弱点に焦点を当てることになった。NPTはその4条で原子力の平和利用に関する「奪い得ない権利」を非核保有国に認め、設備・科学技術情報を最大限に提供することを各国の義務としているからだ。NPTは、核拡散を防ぐことを目的としながら、核拡散を可能にする技術の拡散を推進するものなのだ。
 2005年のNPT再検討会議を控えて、このNPTの矛盾がますます議論を呼ぶことになるだろう。以下、イランの核問題について整理しておきたい。

反体制組織が核兵器開発計画を暴露

 イランは、核拡散防止条約(NPT)の加盟国として、原子力平和利用で使われるウランやプルトニウムを核兵器用に転用していないことをIAEAが確認するための保障措置協定を同機関との間で結んでいる。追加議定書は、1991年の湾岸戦争の後、イラクの核兵器計画が予想以上に進んでいたことが判明し、保障措置協定に基づく査察だけでは、秘密計画の進行を防げないとの反省から生まれたもので、短時間(2時間あるいはそれ以下)の通告による検査や環境中の放射能のサンプリングなどを可能にし、秘密計画の探知を容易にするためのものだ。97年に理事会が承認したモデル議定書に基づいてIAEAと議定書を結び発効させている国は、昨年6月現在で日本を含め35ヶ国だ。(もっとも、追加議定書は万能というわけではない。議定書があっても、小規模の核開発研究などは探知できない可能性があるとIAEAのエルバラダイ事務局長は認めている。)
 イラン核開発疑惑が大きく取り上げられることになった発端は、2002年8月14日にイランの反体制組織(イラン抵抗全国会議)が、イランは少なくとも2カ所で核兵器開発計画を進めていると発表したことだった。これを受けて03年2月にIAEA事務局長らがイランを訪問した際、イラン側は、初めて、2つのウラン濃縮プラント(完成間近のパイロットプラントと建設中の実用規模プラント)と兵器用プルトニウムの製造に適した原子炉に関連した計画の1部についてIAEAに説明した。また、1991年に中国からウランを輸入していたことも認めた。
 核兵器を作るには、高濃縮ウランかプルトニウムが必要だ。ウランの中の核分裂を起こしやすいウラン235の比率を高めるのがウラン濃縮だ。ウラン235の比率を90%以上にしたものが兵器用の高濃縮ウランだ。日本の原発では、低濃縮ウランを使う。1方、ウラン燃料を使って原子炉を運転すると燃料中にプルトニウムが生まれる。使用済み燃料からプルトニウムを取り出して兵器用にするのが核兵器開発のもう1つの方法だ。ウラン濃縮にしても、プルトニウム抽出にしても、平和利用と宣言しIAEAに報告して進めることはNPTに違反しない。問題は、イランがこれらの技術の開発を秘密裏に進めていたことだ。核兵器開発の意図があったと疑われてもしょうがない。IAEAは、今のところ、イランの計画を核兵器用だったとは断言していない。

秘密裏の実験非難 情報の公開は評価

 イランは、IAEAによるサンプリングで濃縮ウランが検出された後も、イランは、ウランを使った濃縮実験やプルトニウムの分離実験はしていないと主張し続けた。このような実験を行う際には、イランは保障措置協定の下でIAEAに申告する義務を負っている。IAEAの専門家たちは、パイロットプラントの規模から言って、建設開始以前にウランを使った濃縮実験をまったくしていないとは考えられないと判断した。
 IAEA理事会は、9月12日の決議で、10月末までにIAEAが持つすべての疑問に答える措置をとることと、ウラン濃縮・プルトニウム抽出関連の活動をすべて中断することとを要求した。イランは、期限切れを控えた10月21日、事態の打開を求めてテヘランを訪問していた英仏独外務大臣との会談の結果を声明の形で発表し、追加議定書の調印・実施と上記の活動の中断の意向を明らかにした。イランは、また、同日付けのIAEA宛の書簡で、つぎのように認めた。「1998年から2002年にかけ、1991年に輸入した6フッ化ウランを使ってカライ電気会社で遠心分離器の実験を行った。1991年から2000年まで、[ラシュカール・アバドで]レーザー濃縮プログラムを実施していた・・・1988年から92年にかけて、7kgの2酸化ウランを照射し、[テヘラン原子力研究センターで]少量のプルトニウムを抽出した。」(しかし、イランは、ナタンツやカライで検出された濃縮ウランについては、輸入機器に付着していたものだとする主張を変えていない。輸入先の情報をイランから得たIAEAは、この主張の裏付け調査を進めている。)
 IAEA理事会は、11月26日、冒頭で触れた決議で、イランが秘密裏にウラン濃縮やプルトニウム抽出を長年に渡って行ってきたことを非難すると同時に、同国が情報の公開に向けて動き始めたことを評価した。同決議は、また「イランの深刻な義務違反がさらに明らかになった場合には・・・可能なあらゆるオプションを検討する」と述べている。決議は、イランの行為が保障措置協定の不履行にあたるとして、国連安保理への付託を主張する米国と、これに反対する英仏独などの妥協の産物だった。安保理付託となれば、経済制裁などの措置がとられる可能性があり、そうなるとイランがNPTから脱退する事態も予想されたのだ。NPTを守るための圧力が、北朝鮮に次ぐ第2のNPT脱退宣言をもたらし、逆にNPTの危機を招くという事態をかろうじて避けた格好だ。外からの圧力が強すぎると、イラン国内の保守派が比較的穏健な現政権の存続さえを脅かすことになりかねないのが、この問題の複雑なところだ。

イランの核関連施設地図
各施設のポイント、地名をクリックすると、グローバル・セキュリティー科学・国際安全保障研究所(ISIS)のサイトにあるそれぞれの衛星写真などのページを開く、クリッカブル・マップ。リンク先の写真の多くはさらに大きな写真へのリンクになっています。
軽水炉 重水炉 重水製造工場
ウラン濃縮施設 ウラン鉱山 その他の研究炉・研究施設

ウラン濃縮装置の輸入先調査に注目

 11月の決議は、また、IAEA事務局長に対し、調査を進め包括的な報告書を2004年2月半ばまでに出すことを求めている。この過程でイランがまだ事実を隠していることが判明すれば、安保理付託問題がまた出てくる。もう1つ注目されるのは、ウラン濃縮装置の輸入先についての調査だ。
 英独仏は、イランにウラン濃縮・プルトニウム抽出計画を完全に放棄させるには、原子力平和利用に協力することが必要だという。その中核をなすのがブシェール原発だ。ペルシャ湾北岸に建設中のこの原発は、ドイツの会社が1974年に建設を開始、その後、イラン革命、イラン・イラク戦争などの影響で中断されていた2基のうちの1基の工事をロシアが再開したという変わり種だ。燃料もロシアが提供する計画だ。ロシアは、使用済み燃料のロシアへの返還についての確約を得た上で05年に運転を開始する意向だが、米国は、石油・ガス資源の豊富なイランが原子力に頼る必要がないとして反対している。
 また、最初から大っぴらにウラン濃縮やプルトニウム抽出計画を進めるのはいいのかという問題がある。現在のNPTの下では、核兵器用物質の製造能力を確立しておいてから、3ヶ月前に宣言して脱退することが可能だ。中東のような地域で、各国が互いに疑心暗鬼に陥ることの危険性は測りしれない。エルバラダイIAEA事務局長は、『エコノミスト』誌(2003年10月18日)で、濃縮・再処理を多国間の管理化にある施設でのみ行うことを提案している。英独蘭合弁のウラン濃縮会社ウレンコのようなものを想定しているのだろう。この案だと、日本の核燃料サイクル計画は違反することになる。
 核保有国以外によるウラン濃縮を禁止し、プルトニウム抽出は、全面的に禁止するというのがもう1つの可能性だ。これには核保有国・非核保有国間の不公平を高めるものとの批判が当然でてくるだろう。
 さらに、イスラエルや米国の核兵器、中東情勢全体を無視してイランの核だけを論じるわけにもいかない。エルバラダイ事務局長は、上述の論文でつぎのように述べている。「核兵器の存在そのものが、その追求をもたらす。」核による抑止が効かないテロ集団を前にした今「『対テロ戦争』をきっかけとして、すべての国の利益になると同時に核兵器への依存を時代遅れとするような世界的安全保障文化に向かって動くべきであろう。」

(田窪雅文 社会新報1月28日号より)



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