一触即発の発射態勢の米ロの核兵器、ヨーロッパ配備の米国の核兵器など
広島、長崎から60年以上、冷戦終焉から20年近くたった今、核保有国は合わせてまだ2万発以上の核兵器を保有しています。専門家らによる各国の保有量の推定は?核戦争になるとヨーロッパの非核兵器国のパイロットが運ぶという米国の核爆弾は?
各国の核兵器の数は秘密にされていますが、専門家たちが、さまざまなデータを基に推定しています。秘密性の他にもこの推定作業や、推定値同士の比較を複雑にする要因がいくつかあります。例えば、総数は、「退役」と宣言されて解体を待っている核兵器を計算に入れるかどうかで変わってきます。冷戦時代は、米ソは新し核兵器を大量に作る一方で、古いものを大量に解体するという作業を進めていました。米国は、1960年には、1年で7000発以上も作っています。冷戦後は、状況が変わりました。1990年代には、生産は中止された状態で、年間1000発以上のレベルで解体が進んでいましたが、近年は100発以下に落ち込んでいたと2006年に『ワシントン・ポスト』紙が報じました。
さらに、2002年5月にブッシュ及びプーチン両大統領が調印した「戦略攻撃兵器削減条約」(SORT=モスクワ条約)「戦略攻撃兵器削減条約」(SORT=モスクワ条約)で、当時それぞれ6000発程度配備していた戦略核兵器を、2012年までに2200発以下にすると合意された結果、これに従った削減作業が進められており、両国の配備核の数が日々変わってきています。配備核の定義も複雑です。この条約は、数え方を明確に定義していませんが、米国は、調印に先立つ、2001年11月13日の声明で、点検・修理中の潜水艦に搭載されたミサイルの弾頭や、いざというときのために保持しておく「状況対応」用の弾頭などは「配備核」に数えないと宣言しました。
また、核戦争の危険性という観点からすると、戦略核の削減が進む一方、分単位という極めて短時間で発射可能な一触即発の態勢に置かれた核兵器がいまだに米ロ合わせて2000発以上もあるという事実を忘れてはなりません。さらに、ヨーロッパのNATO諸国6カ国7基地に置かれている数百発の米国の核爆弾も、核不拡散条約との関係やの保安体制の悪さなどから言って注目すべきものです。
以下、核兵器の数を追い続けている専門家として著名な「米国科学者連合(FAS)」のハンス・クリステンセンと「自然資源防護協議会(NRDC)」のロバート・ノリスの二人のデータをまとめました。他の数字も参考に掲げてあります。二人は、米国の核問題専門誌、『ブリティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』(BAS)誌に毎号掲載されている「ニュークリア・ノートブック」にデータを載せています。クリステンセンは、「ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)」の年鑑の核問題部分の主要執筆者の一人ですが、BASやSIPRIに載せた情報の更新を、FASののサイトで行っています。
世界の核兵器 2008年
表1は、FASのサイトにクリステンセンが載せているもの(2008年4月9日更新)です。右端の2項目は、表の説明文とBAS誌の記事を参考に付け加えました。世界の核兵器は、実際に配備されているもののほか予備などを含む「保有核総数」が2万発以上、退役して解体待ちのものを入れると、約2万5500発という推定です。*表2は昨年のデータです。
2008年の世界の「保有核」の総数が、2007年の2万6000発弱から2万発強に減っているのは、主として、米国の「保有核が」1万弱から5400発に減ったためです。米国の数が減った理由は、2007年12月18日に米国政府がその保有核を年末までに2001年の半分のレベルにすると発表したことにあります。これにより約5000発が公式に「退役」となりました。これについては後で触れます。
なお、昨年の世界の保有核総数は2万6000発弱には、昨年時点での米国の「退役核」は入っていません。ロシアなどは情報不足で「保有核」と「退役核」の区別がつかないので保有核総数の中に「退役核」かもしれないものも入っていました。今年のロシアの「保有核」のうち約3000発ほどは、退役核の可能性があるとクリステンセンらは見ています。さらに、ロシアは、昨年1000発程度の「退役核」を解体したため、その総数は、1万5000から1万4000発に減ったと推定しています。
ロシアにおける解体作業は、「閉鎖都市」チェリャビンスク州トゥレフゴルヌイ(ズラトウスト36)及びレスノイ(スベルドロフスク45)で行われており、前者が電子部品等を扱い、後者が核分裂性物質部品の解体を行うという連携方式のようだとロシアの核問題専門家パベル・ポドビッヒは言います(私信:2008年6月22日)。
表3は、2008年SIPRI年鑑の要約部分に載せられた表です。右端の「スペア・予備及び解体待ち退役核含む総数」は、表の説明に基づいて追加しました。
(*様々な不確かさのため、合計は各項目を足したものと合わないとの注が付いています。)
国名 | 戦略核 | 非戦略核 | 配備 operational | 予備含む保有核総数 stockpile | 解体待ち退役核 | 退役核含む総数 |
ロシア | 3,113 | 2,079 | 5192 | 約14,000 | 左のうち約3,000? | 約14,000 |
米国 | 3,575 | 500 | 4075 | 5400 | 約5,000 | 約10,500 |
フランス | 348 | 該当せず | 348 | >348 | ||
中国 | 180 | ? | 約193 | 約240 | ||
英国 | 160 | 該当せず | <160 | 約185 | ||
イスラエル | 約80 | 該当せず | 該当せず | 約80 | ||
パキスタン | 約60 | 該当せず | 該当せず | 約60 | ||
インド | 約50 | 該当せず | 該当せず | 約50 | ||
北朝鮮 | <10 | 該当せず | <10 | |||
合計 | 7,715 | 2,830 | 9,968 | 約20,373 | 約25,500 | |
出典 FAS Status of World Nuclear Forces |
核弾頭総数 | 総メガトン | ||||
国名 | 戦略核弾頭 | 戦術核弾頭 | 作戦配備 | 保有総数 | |
ロシア | 3,340 | 2,330 | 5,670 | 15,000 | 1,587 |
米国 | 4,663 | 500 | 5,163 | 9,938 | 1,299 |
中国 | 145 | ? | 145 | 200 | 273 |
フランス | 348 | n.a. | 348 | >348 | 46.8 |
英国 | 160 | n.a. | <160 | 200 | 14.4 |
イスラエル | 80 | n.a. | n.a. | 80 | 1.6 |
パキスタン | 60 | n.a. | n.a. | 60 | 0.7 |
インド | 50 | n.a. | n.a. | 50 | 0.60 |
北朝鮮 | <10 | n.a. | n.a. | <10 | 0.01 |
合計 | 8,846 | 2,830 | >11,616 | 25,886 | 3,000 |
http://www.nukestrat.com |
国名 | 戦略核 | 非戦略核 | 配備核総数 | スペア・予備及び解体待ち退役核含む総数 |
米国 | 3,575 | 500 | 4,075 | |
ロシア | 3,113 | 2,076 | 5,189 | |
英国 | 185 | 185 | ||
フランス | 348 | 348 | ||
中国 | 161 | 15 | 176 | |
インド | 60-70 | |||
パキスタン | 60 | |||
イスラエル | 80 | |||
合計 | 10,183 | >25,000 | ||
出典 2008年SIPRI年鑑(要約 原文pdf) |
参考
カーネギー国際平和財団が2007年6月に発表した核拡散状況を示す地図(pdf)にある表を参考のために下に掲げておきます。
中国 | 410 |
フランス | 350 |
インド | 75-110 |
イスラエル | 100-170 |
パキスタン | 50-110 |
ロシア | 約16,000 |
英国 | 200 |
米国 | 約10,300 |
合計 | 約27,600 |
出典 カーネギー国際平和財団 http://www.carnegieendowment.org/files/2007_map_prolif_status1.pdf |
なお、「国際原子力機関(IAEA)」のエルバラダイ事務局長は、今年2月にノルウェー政府が開いた国際会議「核兵器のない世界の達成」での演説(英文, pdf)で
「これらの9ヶ国の<兵器庫>にまだ2万7000発ほどの核弾頭があります。その95%が米ロの手にあります。」
と述べています。エルバラダイは、2005年12月のノーベル平和賞受賞式でも
「未だ、2万7000発の核弾頭が存在しています。これは、2万7000発多すぎると思います。」
と述べていました。外交官らは、この数字を引用しているようです。
米国の核兵器 2008年
米国の核兵器の状態を示す表5は、BAS誌2008年3/4月号の「ニュークリア・ノートブック」からのものです。表6はこれをまとめたものです。
運搬手段数 | 配備年 | 搭載個数 弾頭名X威力kt | 配備/スペア | 予備含む保有核総数 | 解体待ち退役核 | 退役核含む総合計 | 保管ピット | |||
ICBM | ミニットマンIII | |||||||||
Mk-12 | 138 | 1970 | 1 W62 x 170 | 214/20 | ||||||
Mk-12A | 250 | 1979 | 1-3 W78 x 335 (MIRV) | 450/20 | ||||||
Mk21/SERV-12A | 100 | 2006(1986) | 1 W87x300(注a) | 100/10 | ||||||
合計 | 488 | 764/50 | ||||||||
(2012年予定) | 450 | 500/? | ||||||||
SLBM | トライデント II D5(注b) | |||||||||
Mk-4 | n/a | 1992 | 6 W76 x 100 (MIRV) | 1,344/80 | ||||||
Mk-5 | n/a | 1990 | 6 W88 x 455 (MIRV) | 384/20 | ||||||
合計 | 336 | 1,728/100 | ||||||||
爆撃機 | B-52Hストラトフォートレス | 94/56(注c) | 1961 | ALCM/W80-1 x 5-150 | 528/25 | |||||
B-2A | 21/16 | 1994 | B61-7, -11, B83-1 | 555/25 | ||||||
合計 | 115/72 | 1,083/50(注d) | ||||||||
戦術核 | トマホーク SLCM | 325 | 1984 | 1 W80-0 x 5-150 | 100 | |||||
B61-3, -4 爆弾 | n/a | 1979 | 0.3-170 | 400 | ||||||
合計 | 325 | 500 | ||||||||
総計 | ~4,075/200 | 約5,400 | 約5,150 | 約10,500 | >14,000 | |||||
(2012年予定) | 約4,500 | |||||||||
Bulletin of the Atomic Scientists, March/April 2008 |
配備/スペア | 予備含む保有核総数 | 解体待ち退役核 | 退役核含む総合計 | 保管ピット |
4,075/200 | 約5,400* | 約5,150 | 約10,500 | >14,000 ** |
*2012年予定 約4,500 | **うち5,000は非常時用に核兵器用として保存計画 |
米国の削減発表
前述のとおり、米国の「保有核」(ストックパイル)は、昨年末に一挙に半分ほどになりました。これ自体は歓迎すべきことですが、「退役核」は消えてしまったわけでありません。これらの兵器の管轄が、核兵器の利用者である国防省から、核兵器の生産・解体作業に責任を負うエネルギー省に移っただけです。しかも、これらの「退役核」は、しばらくは、各地の基地にそのまま置かれるということです。解体が進まなければ、退役核も含めた総数は減りません。米国政府は、今回退役となった核兵器がすべて解体されるのは、2023年だとしています。
この削減発表の経緯について簡単に見ておきましょう。米国ホワイト・ハウスは、は、2007年12月18日、『ブッシュ大統領は保有核兵器の重大な削減を承認』と題されたプスリリースで次のように発表しました。
大統領は、米国の保有核兵器の重大な削減を2007年末までに実施することを承認した。・・・大統領の決定は、2004年の重大な削減発表に従ったものである。この結果、米国の核保有量は、冷戦終了時の大きさの4分の1以下になる。
核兵器の研究・製造・解体に責任を負う「エネルギー省核安全保障局(NNSA)」のサイトにある『解体及び処分』という項目は、これについて次のように説明しています。
このゴールが5年早く達成されたので、大統領は、さらに、2012年までにこれに加えて15%近く削減するよう指示した。現在、保有核は、アイゼンハワー政権以来最小のものとなっている。
ブッシュ政権は、2004年5月に、2012年までの戦力構成について定めた「国家安全保障命令(NSPD)34」『2004年―2012年核兵器保有量計画』を出し、核兵器の総量を半分近くに削減することを決めていました。(クリステンセン『アームズ・コントロール・トゥデー』誌2005年9月号)この計画について、NNSAのリントン・F・ブルックス長官(当時)が翌月、カーネギー国際平和財団主催の国際会議で発表(pdf)しました。長官は、その後、2006年1月25日、「軍備管理協会(ACA)」の会議における演説(pdf)でも、この削減計画に触れ、次のように説明しています。
2004年5月、大統領は、米国の保有核──配備されたものだけでなく、非配備のものも含め──を減らすための措置を講じました。2012年までに、核兵器総量は、2001年のレベルと比べ、2分の1近く削減されます。これにより、総量は、アイゼンハワー大統領以来最小のものになります。これは、冷戦終了時から比べ約4分の1への削減を意味します。
この2004年発表の削減計画を当初の予定より5年早く達成できたので、2007年末に、2001年のレベルの半分近くを公式に「退役」させると宣言し、今後さらに15%削減すると発表したという次第です。クリステンセンらは、2001年の米国の保有核を約1万500発と推定していました。この半分近く、5000発程度が「削減」されたのですが、前述のとおり、今回の宣言で核兵器が消えてしまったわけではありません。事実上「退役」になっていたものの帳簿上の処理を、2007年末に公式に完結すると発表したということです。
進まぬ解体作業
核弾頭を分解して中の核物質を取り出すという作業が進まなければ、核兵器の総数は変わりません。 『米国の核兵器解体状況と核開発の歴史的データ』 の表が示すように、 米国は1990年から1999年の間に約1万2000発の核弾頭を解体しています。(1999年5月12日、2000年の「核不拡散条約(NPT)」再検討会議向けた準備委員会の場で、米国代表は、「我々は、、1988年から1999年4月1日までに1万3495発の核弾頭を解体した」と述べました。原文)1999年以後、米国政府は、解体のデータの発表をしなくなりました。しかし、1990年代には、1997年と99年を除き、毎年1000発以上を解体していた工場の作業がスローダウンしているのは間違いありません。『ワシントン・ポスト』紙 (2006年5月4日)は、「正確な数は機密事項だが、議会・政府筋は、年間解体される核弾頭の数は近年、100以下になっていると述べている」と報じています。
この記事は、また、データを公表した最後の年に示された政府の2000年度予算(1999年10月1日に始まる)は、2003年に解体される核弾頭の数を120としていたと説明しています。現在、米国の核兵器の解体作業を行っているのは、テキサス州パンテックスの工場だけです。解体の速度が落ちているのは、パンテックス工場が、核弾頭の改修・寿命延長作業に優先順位を置いて運転されていて、解体作業が軽視されているからです。議会では解体速度を上げるためにネバダの施設の利用の可能性も提案されています。
NNSAは、2007年10月1日、『核兵器解体速度146パーセント・アップ』というプレスリリースを出し、次のように得意がって見せています。
米国は、2007年度、その核兵器解体の速度を相当に上げた。・・・NNSAは、前年と比べ、解体速度を驚くべき146パーセント増大したことを確認した。これは、49パーセントの増大というゴールの3倍近くに達する。・・・われわれの成功は、これらの核兵器は2度と使えないことを意味し、この政権は、米国の保有核の数を削減することに今もコミットしているとのメッセージを世界に送るものである。
146パーセントの伸びというのは、素晴らしく聞こえますが、出発点があまりにも低いので、10倍ぐらい伸びないことには、解体核を短期間で処理することはできません。クリステンセンらは、2006年度に解体されたのは100発程度、2007年度は、250発程度と推定しています。
NNSAの2006年10月の報告書『核兵器施設群2030』(pdf)は、「現在退役が計画されている過去の遺産の核兵器の解体の完了時期を2034年から2023年に前倒しする」ことを唱っています。現在もこれが目標です。つまり、昨年暮れに公式に発表された核兵器の解体が終わるのは2023年だということです。
米国が本当に核削減のメッセージを発したいのであれば、一方的措置によって解体速度を上げるとともに、「退役核」が2度と「現役」に戻されることがないよう米ロの条約などによって検証可能な形で保証しなければなりません。また非配備核が突然配備核に代わってしまわないように保証することも重要です*。
*モスクワ条約は、2012年までに配備戦略核を 2200発以下にすることを定めているが、その過程についても、検証措置についても規定がない。2012年12月31日の時点で2200以下になっていれば良い。しかも、条約の有効期限は同日で切れるという常識破りの「条約」だ。検証措置が定められている1991年締結の「戦略的核兵器削減条約(START)」は、2001年12月に1万発以上から約6000発への戦略核削減を終了させており、2009年12月5日に失効する。このSTARTの検証措置を何らかの形で延長させて、SORTか次の条約に組み入れるべきだとの提案がされている。(STAR2は発効しないまま消滅した。)
解体の次は?
解体が終わると、取り出されたプルトニウムの処分という問題が待っています。放っておくと、また核兵器に使われる可能性があります。現在パンテックスには、核兵器から取り出したプルトニウムの芯(ピット)が1万4000個ほどあります。このうち5000個は、いざという時のために核兵器用としてそのまま保存しておく計画です。2007年10月1日のNNSAのプレスリリースは、パンテックスについて次のように説明しています。
核兵器が退役となると、NNSAのパンテックス工場に運ばれる。ここで、高性能化学爆薬が特殊核物質から取り外され、プルトニウムの芯が核兵器から取り出される。プルトニウムは、パンテックスで、極めて厳格な保安体制の貯蔵状態に置かれる。最終的には、余剰物質は、サバンナ・リバー・サイトの混合酸化物(MOX)燃料製造施設で燃料に変えられる。MOX施設の工事は、2007年8月1日に始まった。
・・・・
昨年、NNSAは、米国の保有核の中にある最後のW56型核兵器を解体した。現在、NNSAは、W62及びB61-3とB61-4を解体中である。これは数年かかる予定である。
2000年の合意で米ロそれぞれ核兵器用に要らないと宣言した「余剰プルトニウム」を34トンずつ処分することが決められたものの、一向に進んでいません。当初、余剰プルトニウムを核廃棄物と一緒に地下に処分する方針が検討されいましたが、ロシアの方針に合わせるということもあってMOX燃料とする方向に話が進んでしまっています。その工場の建設が2007年8月1日に始まったということです。工場は、現在の予定では2016年に運転開始となることになっています。
減ったが多すぎる一触即発の核ミサイル
モスクワ条約履行のための核削減作業や、潜水艦を常時パトロールに出せなくなってしまったロシアの事情などが重なった結果、一触即発の発射態勢に置かれているミサイルの数も減ってきています。これらのミサイルは偶発的核戦争の原因になりかねないという意味で重要です。米ロの大陸間弾道弾は30分ほどで相手国に到着します。ロシアに接近した米国の潜水艦からなら12分ほどで到着可能です。自国のミサイルを狙った攻撃があった場合、これらのミサイルが到着する前に自国のミサイルを発射できなければ、報復できないことになります。報復能力の欠如は抑止の欠如を意味します。そこで決定から数分で発射できる態勢が取られています。それは先制攻撃の決定から数分で発射できることも意味するので互いが疑心暗鬼に陥ってしまいます。この「ゲーム」では、敵ミサイル発射の情報を得てから報復の発射の決定に残された時間は数分。判断ミスの影響は壊滅的です。発射態勢問題に詳しいブルース・ブレア(元戦略空軍ミサイル発射要員で現在は世界安全保障研究所所長)は、米国の場合、高度な警戒態勢に置かれた大陸間弾道ミサイルは2分で、潜水艦のミサイルが12分で発射できる状態にあるといいます(2007年10月9日国連総会第1委員会での米国代表の発言に対する反論:2007年11月6日)。
数年前まで米ロそれぞれ2000基程度ずつとされていたこのような発射態勢のミサイルは現在合計で2300発ほどになっているとクリステンセンらは見ます。(米国1200弱、ロシアが約1100)。ブレアーもこの推定に同意します。(両氏からの私信:2008年5月14日)。半分程度に減っているわけです。しかし、エルバラダイの言葉を借りるなら、これは2300発多すぎます。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙で核廃絶を呼びかけた米国政界の4人の重鎮のうちの一人、サム・ナン元上院議員は、『アームズ・コントロール・トゥデー』誌のインタビュー(邦訳:『世界』2008年8月号<7月初旬発売>掲載予定) で、これらの兵器の数に焦点を当てるべきだと述べています。例えば何らかの物理的手段によって、米ロの核兵器を発射に1週間かかるような態勢に置くべきだと言います。
ニュージーランド他が昨年の国連総会に提出した警戒態勢の解除を呼びかける決議案は、賛成139、反対3(英米仏)、棄権36で採択されました。ブレアーの文章は、この時の米国の主張に対する反論の形で書かれたものです。日本は決議案に賛成票を投じました。ここまでくれば、核兵器を最初に使う国にはならないとする先制不使用宣言先制不使用宣言を日本は支持すべきです。
参考
ずさんな保安体制の欧州配備の米国戦術核兵器──NPTにも違反
表7は、ヨーロッパに配備されている米国の戦術核兵器(B61核爆弾)についてのFASの推定を示した表です(FASの戦略安全保障ブログ 2008年6月19日及び2008年6月25日の表をを合わせたもの)。冷戦から20年近くたった今、ヨーロッパの5ヶ国6基地に150〜240発もの核爆弾が、配備されたままになっているのです。実は、最近まで6ヶ国7基地と言われていたのですが、クリステンセンは、6月25日、英国にある米軍基地から核爆弾が撤去されていることが明らかになったと報告しました。この撤去は、2001年のギリシャからの撤去、2004-2005年のドイツのラムスタイン基地からの撤去に続くもので、当然、他の基地のものがなぜ撤去できないかとの疑問がでてくるとクリステンセンは指摘しています。
国名 | 基地名 | 投下機 | 推定核兵器数 |
---|---|---|---|
ベルギー | クライネブローゲル | ベルギー軍F-16機 | 10-20発 |
ドイツ | ビュッヘル | ドイツ軍トーネード機 | 10-20発 |
オランダ | フォルケル | オランダ軍F-16機 | 10-20発 |
イタリア | アビアノ | 米軍F-16機 | 50発 |
ゲディトーレ | イタリア軍トーネード機 | 20-40発 | |
トルコ | インジルリク | 米軍機 | 50-90発 |
合計 | 150-240発 | ||
出典: Hans M. Kristensen, USAF Report: “Most” Nuclear Weapon Sites in Europe do not Meet DOD Security Requirements, FAS Strategic Security Blog,June 25,2008 |
クリステンセンらが情報公開法を使って入手した『核兵器政策・手順に関する空軍ブルー・リボン評価』(pdf)は、これらの「ほとんどのサイトは、国防省の保安要件を満たすためには、相当の追加的リソースを必要とする」としています。9ヶ月しか現役勤務の経験のない徴集兵が核兵器の警備に当たっていたという例もあるとのことです。
クリステンセンが6月19日にこの報告書についての記事をブログに載せた直後の6月23日、ベルリーナー・ツァイツゥング紙が、ドイツ野党自由民主党のギド・ヴェスターヴェレ党首が、米国の核兵器を撤去するよう要求したと報じました。
報告書作成のきっかけとなったのは、昨年8月29-30日ノースダコタ州マイノット空軍基地からルイジアナ州のバークスデール空軍基地まで、巡航ミサイルが6基が運ばれた際、これらのミサイルに核弾頭が装着されていることに軍部が気づくまで36時間もかかったという事件です。B52の到着したバークスデール基地では、これらのミサイルは、警備員もつかないまま9時間も放置されたままになっていました。この件と、3月に発覚した台湾への大陸間弾道ミサイル関連部品の誤発送事件とが重なったため、6月5日、米空軍トップ二人の更迭が発表されました。
ヨーロッパにある米国の核兵器は、受け入れ国内の米軍基地に置かれたものと、ベルギー、ドイツ、オランダ、イタリア各国の空軍基地に置かれたものとありますが、後者の50〜100発の核爆弾は、いざ核戦争となった場合は、これらの空軍のパイロットが運んで行って投下することになっています。これは、非核兵器国への核の移譲を禁止しているNPTに矛盾するものです。米国は、「戦争開始の決定が下されるまで核兵器あるいは核兵器の管理の移譲はなく、戦争が始まってしまえば条約の効力はなくなるから」問題ないとの立場をとっています。NPTとの関係を除いても、保有国外の基地に置かれた唯一の例となっているこれらの戦術核には別の本質的問題があります。
ナン元上院議員は、前述のインタビューで、次のように述べています。
「米ロ間で──NATOが関わる必要がありますが、基本的に戦術核兵器には問題があると合意することです。テロリストの攻撃に遭いやすいという事実。配備された場合、指揮・管理の問題がより難しいという事実。・・・」
まずは、米国が保安体制の不十分なヨーロッパからこれらの核兵器を即座に引き上げるべきです。冷戦終焉後も、「北大西洋条約機構(NATO)」は、ヨーロッパ各国と米国の政治的きずなの象徴として、これらの核を配備し続けるべきだとの態度をとってきました。昨年7月の会合でも、この配備が、「同盟のヨーロッパと北アメリカのメンバー間の欠くことのできない政治的及び軍事的リンクを提供する」と述べています。大西洋の両側の指導者らが絆についての心理的不安からいつまでも抜け出せないとは思われませんが、彼らの不安を解消するには、核爆弾の代わりに、『ピーナッツ』にスヌーピーらとともにに登場するライナスが持っている「安心毛布(セキュリティー・ブランケット)」でも与える必要があるのかも知れません。
もともと、米国の核兵器の欧州配備は、1949年に設立された「北大西洋条約機構(NATO)」が旧ソ連およびその同盟国側(「ワルシャワ条約機構(WTO)」(1955年設立))の圧倒的通常兵力に対抗するために進めたものです。
1954年から核砲弾、核爆弾、短距離ミサイル、核地雷など米国のさまざまな核兵器の欧州配備が進められ、1971年には、その数は最高の約7300発に達しました。冷戦終焉時には約4000発だったその数は、大幅に減り、種類も核爆弾だけになったのですが、WTOは崩壊し、米ロの立場が完全に逆転しているにも関わらず、配備が続いています。
ヨーロッパにおける米国の核兵器の推移
参考
- Missteps in the Bunker Washington Post September 23, 2007
- B-52爆撃機、誤って核弾頭搭載のまま飛行 AFP 2007年09月06日
- ずさん管理に不信拡大 核搭載機の米本土上空飛行で米議会 産経新聞(共同通信) 2007.9.13
- 米空軍トップ2人を更迭 核兵器関連不手際で 西日本新聞(共同通信)2008年6月6日
- 米空軍、文民・制服両トップ更迭 核ずさん管理続発で 朝日新聞 2008年6月6日