核情報

2010. 7. 2

日米安保関連略年表・リンク集

日米安保関連略年表(リンク付き)

1951年9月8日
サンフランシスコ平和条約
英文
旧日米安全保障条約
英文
関連文書集 外務省
1954年7月1日
自衛隊設立 (6月9日自衛隊法)
(防衛庁設置法)
1957年5月2日
国防の基本方針
1960年1月19日
日米安全保障条約
英文
日米地位協定 対訳 (pdf)
関連文書 外務省

両国が極東における国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有することを考慮し

・・・

第五条 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

 前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従つて直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。

第六条 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

1965年1月13日
佐藤・ジョンソン共同声明
英文

総理大臣は,日米相互協力及び安全保障条約体制を今後とも堅持することが日本の基本的政策である旨述べ,これに対して,大統領は,米国が外部からのいかなる武力攻撃に対しても日本を防衛するという同条約に基づく制約を遵守する決意であることを再確認した。

『わが国の外交政策大綱』p.67

『わが国の外交政策大綱』p.67

1969年9月25日
外務省「内部文書」『わが国の外交政策大綱』完成 外交政策企画委員会
(秘密指定解除された文書(pdf)、その1その2その3)
『わが国の外交政策大綱』p.68

『わが国の外交政策大綱』p.68

  • 新たに公開された わが国の外交政策大綱(pdf)(3,387KB)外務省 2010年11月29日
    ─「"核"を求めた日本」報道において取り上げられた文書等に関する調査について関連文書
  • 琉球新報関連記事(抜粋入り:2010年2月21日)
  • 一部を除いて開示すべきとの答申(2004年3月31日, pdf)
  • 一部不開示は妥当との答申(2006年4月4日, pdf)
  • 核兵器については、NPTに参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器の製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する掣肘をうけないよう配慮する。又核兵器一般についての政策は国際政治・経済的な利害得失の計算に基づくものであるとの趣旨を国民に啓発することとし、将来万一の場合における戦術核持ち込みに際し無用の国内的混乱を避けるように配慮する。
    p.67 〜 p.68
    1969年11月21日
    佐藤・ニクソン共同声明 沖縄復帰合意
    英文

    総理大臣は、核兵器に対する日本国民の特殊な感情およびこれを背景とする日本政府の政策について詳細に説明した。これに対し、大統領は、深い理解を示し、日米安保条約の事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく、沖繩の返還を、右の日本政府の政策に背馳しないよう実施する旨を総理大臣に確約した。

    1971年6月17日
    沖縄返還協定
    英文
    1972年1月7日
    佐藤・ニクソン共同発表
    英文

    本年5月15日を期して沖縄の日本への返還を実施することを決定した」「両者は,また,日米協力関係の維持がアジアの平和と安定にとつて不可欠の要素であることを認めた。

    1975年8月6日
    三木・フォード新聞発表
    英文

    両者は,さらに,米国の核抑止力は,日本の安全に対し重要な寄与を行うものであることを認識した。これに関連して,大統領は,総理大臣に対し,核兵力であれ通常兵力であれ,日本への武力攻撃があつた場合,米国は日本を防衛するという相互協力及び安全保障条約に基づく誓約を引続き守る旨確言した。

    1976年7月8日
    日米防衛協力小委員会設置決定 (日米安全保障協議委員会第16回会合)

    日米安全保障条約及びその関連取極の目的を効果的に達成するため,軍事面を含めて日米間の協力のあり方について,研究・協議することが必要であることを認め,その下部機構として防衛協力小委員会を設置した。

    1976年10月29日
    防衛計画大綱 「昭和52年度以降に係る防衛計画の大綱」

    核の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存するものとする。」「限定的かつ小規模な侵略については、原則として独力でこれを排除し、また、独力での排除が困難な場合にも有効な抵抗を継続して米国からの協力をまってこれを排除し得ること。

    ◎1977年防衛白書の説明:
    ◆空白地帯

    核時代の今日において,いわゆる大国以外の国々もそれぞれしかるべき軍事力を持って,いわば力の空白地帯をつくらないよう努め,いずれの国からも軍事力で挑戦できないような連結した国際的な体制を作っていくことが重要であり,またそうすることがその地域の安定的均衡を維持し,国際の平和に役立つものである・・・

    ◆基盤的防衛力

    その防衛力は、前記一においてわが国が保有すべき防衛力について示した機能及び態勢を有するものであり、かつ、情勢に重要な変化が生じ、新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには、円滑にこれに移行し得るよう配意された基盤的なものとする。

    (構想は久保卓也)参考:戦略思想としての「基盤的防衛力構想」道下 徳成 (pdf)
    1978年6月6日
    金丸信防衛庁長官衆院内閣委員会で「思いやり」発言
    防衛施設庁史第4章第3節「在日米軍駐留経費負担の開始」 (pdf)
    1978年11月27日
    「日米防衛協力のための指針」(旧ガイドライン)
    1980年7月2日
    総合安全保障研究グループ(大平総理の研究会:猪木正道議長、高坂正堯幹事)報告書
    1981年5月8日
    鈴木善幸首相、ワシントンのナショナル・プレスクラブで日本周辺数百マイル、シーレーン約1000マイルを守ると発言
    浅尾新一郎北米局長(当時)が、後に、オーラル・ヒストリーのインタビュー(英文)で、この件を事前に知らされていなかったと証言。
    1990年4月19日
    ブッシュ政権「東アジア戦略構想(EASI)」第1版 (アジア太平洋戦略枠組み(英文)**A Strategic Framework for the Asian Pacific Rim: Looking toward the 21st Century: The President's Report on the U.S. Military Presence in East Asia (released April 19, 1990)
    ロバート・エルドリッジの論文のAppendix6(p177:181/319)にも収録(英文、pdf)
    1990年8月2日
    ブッシュ大統領コロラド州アスペンでの演説で、冷戦終焉を受け、1995年までに戦力の25%削減と発表 (同日、イラク、クウェート侵攻)
    1990年12月26日
    日米安全保障協議委員会(SCC)構成変更「2+2」に
    (米側メンバーを駐日米大使と太平洋軍司令官(在日米軍司令官が代理も可)から国務長官と国号長官とすることを決定。日本側は以前から外務大臣と防衛庁長官(現防衛大臣))
    1992年7月
    「東アジア戦略構想(EASI)」第2版**East Asia Strategic Initiative, 1992
    A Strategic Framework for the Asian Pacific Rim Report to the Congress 1992 ロバート・エルドリッジの論文のAppendix 7(p.184:188/319)に収録 (pdf)
    1993年9月1日
    米クリントン政権戦力「ボトムアップ・レビュー(BUR=徹底的見直し)」(英文html前半のみ)
    (pdf画像全文)
    1994年9月22日
    米クリントン政権「核態勢の見直し」発表 国防省プレスリリース(英文pdf)
    国防省スライド資料(英文pdf)
    ハンス・クリステンセン解説(英文)
    1994年8月12日
    防衛問題懇談会報告「日本の安全保障と防衛力のあり方‐21世紀へ向けての展望‐」(樋口レポート:西広整輝ら9人。細川首相が委託、提出は村山首相に)
    「新たな時代における防衛力のあり方」として「冷戦的防衛戦略から多角的安全保障戦略へ」という方向を提唱
    1995年2月27日
    「東アジア戦略報告(EASR)」(ナイ・リポート=「東アジア戦略構想(EASI)」第3版))英文
    関連記事(日本語)
    「在日・在韓米軍を中心に東アジア・太平洋地域に展開する十万人規模の米軍の戦力配置を継続」
    1995年9月4日
    沖縄女子小学生暴行傷害事件
    1995年11月
    沖縄に関する特別行動委員会(SACO)設置
    1995年11月28日
    防衛計画大綱 「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱」

    「核兵器の脅威に対しては、核兵器のない世界を目指した現実的かつ着実な核軍縮の国際的努力の中で積極的な役割を果たしつつ、米国の核抑止力に依存するものとする。」「米国との安全保障体制は、我が国の安全の確保にとって必要不可欠なものであり、また、我が国周辺地域における平和と安定を確保し、より安定した安全保障環境を構築するためにも、引き続き重要な役割を果たしていくものと考えられる。」「我が国はこれまで大綱に従って、防衛力の整備を進めてきたが、この大綱は、我が国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、自らが力の空白となって我が国周辺地域における不安定要因とならないよう、独立国としての必要最小限の基盤的な防衛力を保有するという『基盤的防衛力構想』を取り入れたものである。・・・、今後ともこれを基本的に踏襲していくことが適当である。」「国際平和協力業務の実施を通じ、国際平和のための努力に寄与するとともに、国際緊急援助活動の実施を通じ、国際協力の推進に寄与する。」

    1996年4月17日
    日米安全保障共同宣言─21世紀に向けての同盟─(橋本・クリントン)
    英文

    「(日米安保条約)を基盤とする両国間の安全保障面の関係が、共通の安全保障上の目標を達成するとともに、21世紀に向けてアジア太平洋地域において安定的で繁栄した情勢を維持するための基礎であり続けることを再確認した。」「米国は・・・約10万人の前方展開軍事要員からなる現在の兵力構成を維持することが必要であることを再確認した。」

    1996年6月
    ガイドライン見直し作業開始
    1996年6月28日
    「物品役務相互提供協定」
    (ACSA:Acquisition and Cross Servicing Agreement)
    1996年12月2日
    沖縄に関する特別行動委員会(SACO)SACO最終報告
    1997年5月19日
    米国「4年ごとの防衛見直し(QDR)」
    1997年9月23日
    「日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)発表

    この指針の目的は、平素から並びに日本に対する武力攻撃及び周辺事態に際してより効果的かつ信頼性のある日米協力を行うための、堅固な基礎を構築することである。また、指針は、平素からの及び緊急事態における日米両国の役割並びに協力及び調整の在り方について、一般的な大枠及び方向性を示すものである。

    外務省Q&A (pdf)
    1998年11月25日
    「東アジア戦略報告(EASR)」(EASI第4版)英文 (pdf)
    1999年5月28日
    周辺事態法
    2000年10月
    『米国と日本:成熟したパートナーシップに向けて』(アーミテージ・レポート)(英文, pdf)和訳 (pdf)
    関連文書概説英文pdf
    2001年
    米国4年毎の「国防計画見直し」報告(QDR) (英文、pdf)
    (統合参謀本部議長 ヘンリー・H・シェルトンのステートメント 米大使館訳)
    外務省概説
    2001年9月1日
    米国同時多発テロ攻撃
    2001年11月2日
    テロ特別措置法
    2001年11月16日
    テロ特別措置法関連閣議決定
    2002年1月8日
    米ブッシュ政権「核態勢の見直し」(議会提出は2001年12月31日)リーク部分(英文、pdf)
    核情報解説
    2002年12月10日
    米国『大量破壊兵器と戦う国家戦略』大使館訳
    核情報解説
    2003年6月6日
    武力攻撃事態対処関連三法可決
    2004年6月14日
    有事関連7法可決
    2004年10月
    「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書『未来への安全保障・防衛力ビジョン』(座長荒木浩) (pdf)
    12月10日
    防衛大綱 「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱」
    英文 (pdf)

    核兵器の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存する」「今後の防衛力については、新たな安全保障環境の下、「基盤的防衛力構想」の有効な部分は継承しつつ、新たな脅威や多様な事態に実効的に対応し得るものとする必要がある。また、国際社会の平和と安定が我が国の平和と安全に密接に結びついているという認識の下、我が国の平和と安全をより確固たるものとすることを目的として、国際的な安全保障環境を改善するために国際社会が協力して行う活動(以下「国際平和協力活動」という。)に主体的かつ積極的に取り組み得るものとする必要がある。

    2005年10月29日
    日米安全保障協議委員会(「2+2」)会合 「日米同盟:未来のための変革と再編」
    骨子

    地域及び世界における共通の戦略目標を達成するため、国際的な安全保障環境を改善する上での二国間協力は、同盟の重要な要素となった。この目的のため、日本及び米国は、それぞれの能力に基づいて適切な貢献を行うとともに、実効的な態勢を確立するための必要な措置をとる。

    2006年
    米国4年ごとの防衛政策見直し(QDR)英文 (pdf)
    防衛省訳(pdf)
    2006年5月1日
    日米安全保障協議委員会(「2+2」)会合
    「再編実施のための日米のロードマップ」
    2007年2月16日
    「米日同盟 2020年に向けアジアを正しく方向付ける」
    第二次アーミテージレポート(英文)
    翻訳
    2009年2月
    在沖縄海兵隊のグアム移転に係る協定)
    外務省概説
    2009年8月「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書 (日英) (pdf)
    構成議事録など 官邸
    2010年2月1日
    QDR2010
    防衛省概要説明  (pdf)
    米弾道ミサイル防衛見直し報告(BMDR)英文
    2010年4月6日米オバマ政権「核態勢の見直し」英文pdf
    核情報解説・抜粋訳など
    2010年5月28日
    日米安全保障協議委員会「2+2」共同発表 

    2006年5月1日のSCC文書『再編の実施のための日米ロードマップ』に記された再編案を着実に実施する決意」「代替の施設の位置,配置及び工法に関する専門家による検討を速やかに(いかなる場合でも2010年8月末日までに)完了

    2010年12月17日
    防衛大綱 「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱」

    核兵器の脅威に対しては、長期的課題である核兵器のない世界の実現へ向けて、核軍縮・不拡散のための取組に積極的・能動的な役割を果たしていく。同時に、現実に核兵器が存在する間は、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠であり、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に協力していくとともに、併せて弾道ミサイル防衛や国民保護を含む我が国自身の取組により適切に対応する。


    参考リンク集


    核情報ホーム | 連絡先 | ©2010 Kakujoho