7月8日、東京電力福島第一原子力発電所事故の損害賠償を支えるための「原子力損害賠償支援機構法案(政府案)」が衆議院で審議入りしました。この仕組みと、もともとあったはずの賠償制度、原子力損害賠償紛争審査会、経営・財務調査委員会(第三者委員会)、事故調査・検証委員会などとの関係についてリンク方式で整理しました。リンク編に入る前に、問題点について簡単にまとめておきましょう。
注
- 2011年8月3日原子力損害賠償支援機構法(PDF形式:1,531KB)成立
(原子力発電所事故による経済被害について 経産省)
- 解説 神話を守る虚構
- 相互扶助という虚構
- 原子力事故の被害の大きさを無視した原子力損害賠償責任保険の保険金額
- 見本となった米国の制度は民間企業に原子力分野への参入を促すため
- 「絶対安全」の神話を維持するための「無限責任」:新たな虚構へ?
- 無限責任を負うのは国民?
- 原子力部門の国有化と推進?
- 資料リンク1 賠償関係
- 原子力損害賠償に関する二つの法律の説明
- 原子力損害賠償に関する二つの法律 1961年6月17日(最終改正2009年4月17日)
- 文科省サイトから 原賠法の説明及び「原子力損害賠償紛争審査会」
- 経産省サイトから 東電福島原発事故賠償スキーム
- 政府の賠償スキームに対する批判
- 資料リンク2 東電・事故関連委員会
神話を守る虚構
相互扶助という虚構
5月13日に関係閣僚会合で決定し、6月14日に閣議決定した仕組みは、東京電力を破綻させないように維持しながら、政府が数兆円に上ると見ている事故の賠償責任を同社に果たさせるためのものです。仕組みは、5月10日に東京電力の清水正孝社長(当時)が海江田万里経産相に会い、賠償金支払いに関して支援を要請したのを受けて考案されました。
新しく支援機構を作って、そこから東電に資金を交付する。東電は、これを賠償に充て、少しずつ機構に「返済する」。政府は、必要な時に現金化できる「交付国債」を機構に交付するとともに、金融機関から機構への融資に政府保証を与える。機構は、他の電力会社へ奉加帳を回して、「分担金」の支払いを求める。これが実態ですが、名目上は、これからの事故も対象とした相互扶助機関として機構を設立し、そこに、東京電力を含む原発所有電力会社9社と日本原子力発電と日本原燃の計11の原子力事業者が「相互扶助の考えに基づき」負担金を支払うという形態をとっています。東電以外の会社が機構に収めるのが、「一般負担金」、東電が収めるのが、「返済金」ではなく「特別負担金」となっています。事前に決めていなかった「分担金」を他の事業者から遡及的に徴収することを正当化するために考案された名目でしょうが、これが話をややこしくしています。
▲ページ先頭へ戻る原子力事故の被害の大きさを無視した原子力損害賠償責任保険の保険金額
1961年に制定された原子力賠償制度では、原子力事業者は、事故による被害について、無過失・無限責任を負うことになっています。「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)が定めたこの制度は、2本仕立てになっていて、原子力事業者は、まず、民間保険で賠償金を支払う用意(賠償措置)をしておかなければなりません。この責任保険の金額は、現在、1事業所当たり1200億円です。そして、「地震又は噴火によつて生じた原子力損害」など民間保険で対処できないものについて、「原子力事業者が賠償することにより生ずる損失を政府が補償する」ために補償料を納付する契約を政府と結ぶことになっています。この措置額も1200億円です。この詳細を定めたのが「原子力損害賠償補償契約に関する法律」です。
ただし「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは」、事業者は賠償責任を負わず、国が対処することになっています。(現在のところ、事故は、「巨大な天災地変」によるものではないとして、東京電力が無限責任を負うことになっています。)
事故は、地震によって生じたため、民間保険ではなく、政府との補償契約から出てくる金が福島第一原子力発電所分として1200億円ということになります。隣接している福島第二原子力発電所の分を合わせることにしても、合計2400億円。
ところが、事故の賠償額は少なくとも数兆円とされていて、これを何とか捻出しなければなりません。原賠法では、政府は、「損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする」と定められています。この規定に基づいて出てきたのが今回の法案です。原子力事業者が無過失・無限責任を負うとしながら、賠償措置額を1事業所当たりわずか1200億円としていたところに根本的問題があります。
(なお、賠償に関して紛争が生じた場合における和解の仲介や指針の策定を行う「原子力損害賠償紛争審査会」を文部科学省に置くことができるとあり、これは、4月11日に同省に設置されています。)
▲ページ先頭へ戻る見本となった米国の制度は民間企業に原子力分野への参入を促すため
1957年制定の賠償制度の手本となった米国のプライス・アンダーソン法の内容と日本の制度とを比べてみると、問題がはっきりします。同法に関する英文ウィキペディアの説明を要約すると次のようになります。
2011年現在、各電力会社の賠償措置額は1基当たり3億7500万ドル(約300億円)。これで足りない場合は、全国の電力会社が、自社が所有する原子炉1基当たり最高1億1190万ドルを支払うことになっている(1億1190万ドル/基X104基=122億2000万ドル)。合わせて約126億ドル(1兆80億円)が賠償金の最高額となる。つまり有限責任。これを超えた分については、議会で議論し、電力会社の責任額の増額や連邦政府の支出など、対処方法を決めると定められている。
このような有限責任にしておかなければ原子力分野に入ってくる民間会社がないとの考えが背景にありました。他の会社からの遡及的徴収は、事前に決められています。安全だといいながら、賠償責任額の上限を低く定めたところに矛盾があります。
▲ページ先頭へ戻る「絶対安全」の神話を維持するための「無限責任」:新たな虚構へ?
日本の場合は、「絶対安全」という神話を維持するためには、絶対起こらない事故については、当然無限責任を負う用意が電力会社の側になければならないという虚構のもとに現在の仕組みが決められてしまいました。小さな賠償措置額と、原子力発電所の事故がもたらしうる大きな被害に対する無限責任の組み合わせです。今回、無限責任を負った東電の負担を減らすために他社からの遡及的徴収をするに当たって考えられた虚構が、将来の事故にも備えているという「相互扶助」制度でしょう。原賠法の目的は、被害者の保護を図るとともに、「原子力事業の健全な発達に資すること」にあります。
▲ページ先頭へ戻る無限責任を負うのは国民?
東電だけが払うにしても、他の原子力事業者が分担金を支払うにしても、東電を現在のまま存続させるという前提のもとに、電力料金に上乗せすれば、結局払うのは国民です。国が支援するにしても、同じことです。
国民負担の最小化を目的に、政府は、「東京電力の経営・財務を調査することにより、東京電力が最大限に行ない得る資産売却等の経営合理化の内容を明らかにすべく「東京電力に関する経営・財務調査委員会」を開催することを5月24日、閣議決定しました。政府は、同日、「事故による被害の拡大防止及び同種事故の再発防止等に関する政策提言を行うことを目的として」「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の開催を決めました。これらの委員会での議論は、賠償の枠組みや東京電力の再編・解体の可能性、さらには、電力事業全体の見直しに影響を与えうるものです。その議論を先取りする「原子力損害賠償支援」の枠組みを急いで決めてしまうことには無理があります。9月中に中間報告を出す予定の経営・財務調査委員会では、「発送電分離」についても議論されることになっています。
6月21日、自民党など野党5党は、支援の枠組みを作ることよりも、賠償の手続きなどを東電に任せるのでなく、政府がひとまず東電に代わって早急に仮払いする仕組みを作るべきだとして、「原子力事故被害緊急措置法案」を参議院に共同提出しました。この法案も、7月8日、参院で審議入りしました。
政府案について、自民党などは、国の賠償責任を明らかにすべきだと主張しています。自民党政権の下、国が安全神話のもとに原子力を推進してきたのは確かです。政権交代の後、民主党政権が自民党と同様の政策をとってきたことも事実です。東電だけが悪いというわけでないでしょう。自民党や地震対策を取らなくていいとしてきた各種委員会の関係者がどのような責任を取るのかは注目されます。しかし、自民党や公明党が、東電の株主や融資をした銀行の責任を無視したまま、国に責任があるから、国民が賠償金を支払うべきだと主張するのを国民はどう見るでしょうか。
▲ページ先頭へ戻る原子力部門の国有化と推進?
一方、賠償支援の仕組みがどう決められるかとは関係なく、原子力部門の国有化の議論が起きているとの報道もあります。FACTA誌(2011年7月号)は、東電の原発部門を国有化するプランが政府内に浮上していると報じています。記事によると、このプランは、東電の原発部門切り離しの動きが西日本にも広がることを想定しており、いずれは、原発部門を再処理などの「核燃料サイクル」も国有化する方向だとしています。また毎日新聞(7月3日)は、仙谷由人官房副長官ら政権中枢が「地域独占の電力供給のゆがみ是正と東電の体制見直しを本格検討する」と事実上の「東電解体」を目指す内部文書を作成していたと報じています。文書は、原子力損害賠償支援機構法案は「あくまで応急措置」と明記しているとのことです。東電の送電事業(送電・変電・配電)を売却し、原発は国有化して、東電は火力、水力などの発電事業だけとなるという構想だとのことでFACTA誌の記事の内容と呼応しています。もっとも、民主党政権には何もできないとの見方も経産省にあるとのことです。
いずれにしても、東電を国有化した後、送配電部門を売却して得られる資金、事故を起こして止まったままになっている高速増殖原型炉「もんじゅ」用その他の核燃サイクル開発用資金、再処理用の積立金などを賠償に充てるべきだとする議論がありますが、これとは全く別の議論が政権内部でなされているようです。
▲ページ先頭へ戻る資料リンク1 賠償関係
原子力損害賠償に関する二つの法律の説明
- 我が国の原子力損害賠償制度の概要(pdf)
(原子力損害賠償制度の在り方に関する検討会(第1回:2008年6月6日)配付資料1-4)
*この資料の図と似ているが、法律の条項との関係が明確なのは、アトミカの原子力損害賠償制度説明図どちらも、賠償措置額600億円となっているが、これは、JCO事故後のこの検討の結果、現在では1200億円となっているので注意。) - (参考:原子力損害賠償に関する国際条約の概要 資料1ー6, pdf)
*これら二つの資料の口頭説明は、原子力損害賠償制度の在り方に関する検討会(第1回)議事録に。 -
参考:原子力産業協会による概要説明(pdf)