昨年3月23日にプリンストン大学のフランク・フォンヒッペル教授がニューヨーク・タイムズ紙に、表題の文章を投稿し、原子力は、規制が産業側に支配される「規制の絡め捕り」問題の典型的なケースだと論じていました。スリーマイル・アイランド以前に提案されていたフィルター付きベント設置案、9/11の同時多発テロ後に指摘された使用済み燃料の稠密なプール貯蔵の危険性の問題などが米国規制当局に無視されたことを説明しています。また、核拡散・核テロの危険性を高める高速増殖炉・再処理やウラン濃縮技術の規制の必要性も主張しています。著者の承諾を得て、この文章を訳出しました。
米国でも起こりうる
フランク・フォンヒッペル
2011年3月23日 ニューヨーク・タイムズ紙投稿
(著者の承諾を得て翻訳掲載)日本の福島第一原子力発電所の惨事の影響の全貌について知ることができるのは何年も先のことだろう。だが、同原発での問題によって一般の関心が高まった結果、米国や世界全体の場所で原子力政策について再考する──そして他の場所で同じような惨事が起こる危険性を減らす──機会が与えられることになった。
見方によっては、原子力は驚くほど安全であった。1986年のチェルノブイリ事故は、最終的に1万人の死をもたらすことになるだろう。ほとんどがガンによるものだ。石炭火力発電所は、ずっと多くの死を招く。石炭火力が生み出す微粒子大気汚染は、毎年、米国だけで約1万人の死をもたらしている。
もちろん、ほとんどの人にとって、このような数字は、関係の無いことだ。メルトダウンが起きるかもしれないとの可能性だけでもその恐怖は大きく、それは、原子力産業が事業を続けることを国民に認めてもらおうとするなら、継続的で積極的な規制が必要だということを意味している。
しかし、1979年のペンシルバニア州スリーマイル・アイランド原子力発電所の事故にも関わらず、原子力規制委員会(NRC)は、米国の104基の商業用原子炉が安全に運転されるのを保証するという点でしばしば臆病にすぎた。原子力は、「規制の絡め捕り」問題の典型的なケースだ。産業側が規制担当当局を支配するという「規制の絡め捕り」は、国民による厳格な監視と議会による監督によってのみ対処することができる。しかし、スリーマイル・アイランド以来、32年間が経る中で、原子力の規制に関する関心は、急速に衰えている。2002年、NRCが、オハイオ州のデイビス・ベッセの原子炉が危険な状態で運転されていると疑いながら、その早期点検要求を引き下げた際、NRC自身の監査長官がNRCは「安全上の問題の取り扱いに関して、公衆の健康と安全を維持する上での合理的な程度の保証が得られていなければ問題ありとするのではなく、問題の存在についての絶対的な証拠の提示という高いハードルを非公式に確立してしまったようだ」と結論付けている。
実はスリーマイル・アイランド以前に、原子力技術者らのグループが、原子炉を取り囲む建造物──加熱した燃料から放出されるガス類を閉じ込めるためのもの──にフィルター付きベント(vent=排気システム)を設置することを提案していた。これらの格納容器内の圧力が──福島で起きたように──危険なレベルに上昇した場合、ベントからガスが、フィルターによって放射能を大幅に下げた後、放出されることになる。
フランスとドイツは、このようなフィルターをその原子力発電所に取り付けた。しかし、NRCは、これを義務づけることを拒否した。米国の先例が持つ影響力からすると、NRCがフィルター付きベントの追加を要求していれば、これらは、世界中で──日本も含め──義務づけられていたことだろう。
もっと最近では、独立のアナリストらが、NRCのために実施されたリスク分析に基づき、米国が設計時に想定された量の5倍の使用済み燃料を原子炉の冷却プールに詰め込むのは危険であり、使用済み燃料の80%は、プールから取り出して別のところに安全に貯蔵できる程度に冷えていると主張した。しかし、それは同時に、より高くつく。NRCは、原子力発電所を有する電力会社の指導に従い、この提案を拒絶した。NRCは、米国の原子炉の周り10マイル(16キロメートル)の緊急避難地域を超えた地帯でヨウ化カリウム錠を配布すべきだとの提案に対して──最近では議会の要求に対して──頑なに抵抗してきてさえいる。大量の放射能の放出が生じる確率は極めて低く、費用を正当化するようなレベルではないと主張の下に。ところが、東京の米国大使館は、福島原子力発電所から140マイル(224キロメートル)離れたところの米国人にヨウ化カリウム錠を配布している。
NRCの擁護派は、しばしば、安全上の要件からくるコスト上昇が原子力産業の息の根を止めることになり得るからNRCは用心深くなければならないと主張する。しかし、既存の原子力発電所からの発電コストは、実は低い。建設費用はすでに支払いが済んでおり、運転費用は比較的安い。原子力発電所の運転者らに新しい安全システムを設置するよう義務づけても、発電所の運転停止をもたらすことにはなりはしない。
従って、福島の惨事に照らして成すべき最も重要なことは、おそらく、産業・規制当局間の関係を変えることだろう。歴代政権は、産業側が「反原発」と見なす人物をNRC委員に指名せず、そして、上院は承認しないというのが慣行になっている。この「反原発」派には、何であれ原子力産業のやっていることについて批判をしたもの全てがはいる。NRCには優れたスタッフがいる。必要なのは、もっと強気の政治的リーダーシップである。
福島は、また、もっと本質的に安全な原子炉を開発する必要があることを示している。世界の発電用原子炉のほとんど全てが、福島を含め、1950年代に米国が潜水艦用に開発したずっと小さな原子炉から派生している。福島の事故で見たとおり、壊滅的な事態を防ぐ上でポンプに依存している。大きな弱点である。ポンプへの依存度の低い新しい設計のものが開発されているが、それらが効果的に機能することを保証するための研究が不足している。
有望な設計の一つが、高温ガス冷却黒鉛炉である。その燃料は、何重もの物質に囲まれた小さな粒子の形になっており、冷却システムが故障しても放射能が閉じ込められるようになっている。米国は、1960年代にこの種の原型炉を2基作っている。ドイツは、1980年代に1基作っている。米国及び西ヨーロッパで新規原子炉の発注がほとんど途絶えている上、この型の原子炉の発電能力が現在の水冷却炉と比べ小さいことから、その後は追求されていない。
しかし、過去5年間の原子力発電所建設の60%以上を占める中国は、この原型炉を2基計画している。これらがうまくいけば、さらに36基を建設する計画である。このような実証は、ガス冷却黒鉛炉が世界で商業的に生き延びられるかどうかを判断する上で役に立つだろう。そして、エネルギー省は、その国立研究所の専門知識を提供して、中国がこの試みにおいて成功を収められるように手助けすべきである。
もう一つ検討すべき分野がある。福島の事故には関係ないが、この危機によって高まった関心の一部から恩恵を被るだろうものである。すなわち、原子力技術が核兵器の開発に悪用されるのを防ぐ障壁の強化の必要性である。
政府の研究開発の多くの意図せぬ効果は、核拡散を容易にするというものだった。とりわけ、開発国は過去50年間に1000億ドルほどを、プルトニウム増殖炉を商業化するという失敗に終わっている努力に費やしてきた。このような原子炉は、ウランをもっと効率的に使うだろうが、同時に、プルトニウム──核兵器の主要要素の一つ──の分離を必要とする。
プルトニウム増殖炉はまだ、商業生産に向けた研究開発段階を超えていないが、原子力発電所の使用済み燃料から核兵器何万発分ものプルトニウムが分離され、安全保障上の大きなリスクとなっている。この技術の拡散は,軍事目的への転用のリスクを高める。実際、これはすでに起きている。1974年にインドがその増殖炉計画のために分離されたプルトニウムを使って核兵器の設計の実験を行った。
一方、ゼネラル・エレクトリックは、商業用のウラン濃縮のためにレーザーを使うプラントを建設するための許可申請を行った。これは、核兵器用兵器級物質を作るもう一つの道を提供するものである。物理学者からなる職業団体米国物理学会が先頭に立った連合体が、NRCに対して、許可を出す前にこのテクノロジーが核不拡散努力にもたらすリスクを検討するよう請願している。NRCは、予測されたとおり、これに難色を示している。
このような危険な核技術をコントロールするためのもっと効果的な方法を見出すことが決定的に重要である。1946年、米国は、ウラン濃縮とプルトニウムを国際的コントロールの下に置くことを提案した。冷戦の到来のために失敗に終わった提案である。
もっと最近では、国際原子力機関(IAEA)の元事務局長モハメド・エルバラダイが、このような危険な活動を単に多国間のコントロールの下に置くというもっと控えめな提案を行った。一つの国家が軍事的目的のためにこの物質を転用することがもっと難しくなるというものである。実際、西側で最も大きな成功を収めているウラン濃縮事業体であるウレンコは、すでに、ドイツ、オランダ、イギリスの共有下にある。米国は、この産業モデルを国際的なものにするために協力すべきである。全ての濃縮工場を多国間コントロールの下に置くものである。そうすれば、イランのような国が、核兵器物質を作るのに使える自国の濃縮工場を建設することを正当化できなくなる。
向こう25年間は、米国で新しい原子力発電所が建設されることはなさそうだが、原子力は電力の20%を提供しており、気候変動面で優しい。従って、我々は、既存の原子炉をより安全なものにするとともに、より安全な設計の新世代のものを開発し、原子力が核拡散を助長するのを防がなければならない。福島の惨事は悲劇的なものだが、このような目標に向かって進む上で貴重な機会を提供している。
フランク・フォンヒッペル(核物理学者)は、プリンストン大学の公共・国際問題の教授。1993年から94年まで、ホワイトハウスの科学・技術政策局で国際安全保障問題を担当。
- It Could Happen Here By FRANK N. VON HIPPEL: March 23, 2011