核情報

2013. 2. 22〜

同時多発テロ後の使用済み燃料関連論争
火災リスクを減らすため取り出し後5年の使用済み燃料を乾式に

福島第一原子力発電所4号炉の事故の教訓の一つは、原子力発電所の使用済み燃料プールあるいはその冷却システムが地震や津波で破損すると、原子炉が稼働していなくても大事故になり得るというもです。米国では、2001年の同時多発テロの後、テロ攻撃の結果、プールの水がなくなるとどうなるのかとの懸念が生じました。そして、このような場合にプールで火災が起き得ることを示した報告書が2003年に発表され、論争を巻き起こしました。

『米国における貯蔵された原子力発電所の使用済み燃料の危険性を減らす』(Robert Alvarez, Jan Beyea, Klaus Janberg, Jungmin Kang, Ed Lyman, Allison Macfarlane, Gordon Thompson and Frank N. von Hippel, Reducing the Hazards from Stored Spent Power-Reactor Fuel in the United States, Science and Global Security, 11:1-51, 2003, pdf)というこの論文は、次のような点を強調しています。

プールでは、設計時の計画よりも多くの燃料が入れられており、ほとんど原子炉内のような状態になっている。燃料集合体は、臨界を防ぐため、中性子吸収材を含む「箱」に入れられている。従って、水がなくなった場合、空気による冷却が効きにくくなり、燃料被覆の発火が起きやすくなる。「箱」がなければ、空気が燃料棒の間を自由に通り抜けて空冷効果が生じる。全部水がなくならないで集合体の一部が水面より上に出た場合、特に問題が起きる。水が完全になくなれば、箱の底から空気が入るが、底の部分が水につかった状態だと空気が入ってこない。(要約)

加圧水型原子炉使用済み燃料ラック:オープン方式と稠密方式(デンス・パック)
(出典: 左 NUREG/CR-0649,SAND77-1371, 1979; 右:著者等)

そして、炉から取り出してから5年以上経った使用済み燃料を乾式貯蔵に移すことによって、プールを元の設計の貯蔵密度に戻すべきだと論じました。

以下は、上記論文の共著者の内の二人ロバート・アルバレスとフランク・フォンヒッペルによるまとめです。

ファクトシート

使用済み燃料稠密貯蔵(デンスパック)プールのリスク

ボブ・アルバレス、フランク・フォンヒッペル

2003年に原子炉の冷却プールにおける使用済み燃料の稠密状態(デンスパック)での保管がもたらす危険に関して業界や政府から独立したグループが検討した結果をまとめた報告書がピアレビュー(査読)のある専門誌「科学と世界安全保障」(Science and Global Security1)に掲載された。

報告書は次のように警告していた。稠密状態のプールでは、臨界を防ぐために使用済み年燃料集合体が中性子吸収材の入った壁で仕切られた箱形のラックに納められているため、プールの水位が使用済み燃料集合体の底部の方に下がっていくと空冷が有効に機能しなくなる。その結果、燃料はジルコニウム被覆の発火温度まで上昇する可能性がある。これにより使用済み燃料火災が生じると、チェルノブイリ事故がもたらした避難区域よりもずっと広範な地域を居住不能にするのに十分なセシウム137が放出されることになりうる(図1)。2

同様の推定は、2011年3月25日に福島第一原子力発電所4号機の使用済み燃料プールを巻き込んだ最悪ケースの事故に関して日本原子力委員会の近藤駿介委員長(当時)が菅直人総理大臣に提出した報告書でもなされている。3



図1 セシウム137が(a)1.3x1017 Bq、(b)1.3x1018 Bq放出された場合の汚染地域。それぞれ、典型的なプールにある400トンの使用済み燃料の10%、100%が燃えた場合に相当する。グレーは3.17x106 Bq/m2以上、黒は3.17x107 Bq/m2以上の汚染地域を示す。風速5メートル/秒、沈着速度1センチメートル/秒と想定して計算。グレーの地域に10年間住んだ人のガン死の追加リスクは、非常に大まかに言って、1~10%と推定される。黒の地域に住んだ人の追加リスクは、10%より大きくなる(つまり、ガン死の生涯リスクが「通常」20%であるのが、30%以上になるということ)。チェルノブイリでは、セシウム137の汚染レベルが1.5x106 Bq/m2以上の地域が強制避難地域となった。そして、厳重放射線管理区域に指定された0.56 ― 1.5x106 Bq/m2地域では住民の半分が自主的に移住した。4

2003年の業界・政府から独立の専門家による報告書(以下、独立報告)は主として以前に米国原子力規制委員会のために実施された技術的研究結果をまとめたものだったが、NRCと原子力産業は、報告書の結論に反論した。その結果、議会が米国科学アカデミーに対し、論争について調査するよう依頼した。

2006年、科学アカデミーの調査委員会は、米国のプールはテロ攻撃及び壊滅的火災に対して脆弱であると報告した。5

「プールの損傷または崩壊による冷却材の喪失事故は、深刻な結果をもたらし得る・・・原子力発電所――使用済み燃料貯蔵施設を含む――がテロリストにとってターゲットとして望ましくないものと一蹴するのは賢明ではない・・・状況によっては、テロリスト攻撃が使用済み燃料プールの水の部分的あるいは完全な流出をもたらした場合、ジルコニウム被覆火災と大量の放射性物質の環境中への放出を伴う可能性がある・・・このような火災は、熱プルームを発生させ、大気の状態によっては、それによって放射性エアゾールが何百マイルも先の風下まで運んで行かれる可能性がある」。

古くなった使用済み燃料の乾式貯蔵


図2 二つの種類のキャスク(容器)。左は、鋳鉄製のキャスクでCastor(キャスター)と呼ばれる。ドイツで開発されたもので、貯蔵と輸送の両方に使える。右は、これより安価のキャスクで、米国で貯蔵用に開発されたものである。この場合、使用済み燃料は比較的薄い鋼鉄製のキャニスターに入れられ、キャニスターが分厚い鉄筋コンクリートの外殻の中に納められる。コンクリートの構造物が保護と放射線遮蔽の両方を提供する。

2003年独立報告書は、この危険性を減らすために、プールで5年以上冷やした使用済み燃料をすべて、空冷式の乾式貯蔵キャスク(容器)に入れることを提案した。これによってプールを元のオープン・ラックの設計に戻すことが可能となる。そうすれば、水がなくなった場合に、空冷がより効果的となる(図3)。6


図3 右は、貯蔵可能量を増やすために現在原子炉のプールで使われているデンス・ラックの例。使用済み燃料は、ほとんど、炉心内におけると同じぐらいの稠密度で貯蔵されている。それで、連鎖反応を防ぐため、使用済み燃料は「箱」上のラックの中に入れ、燃料集合体間の鋼鉄板の仕切りを入れ、そこに中性子吸収用のホウ素を埋め込んでいる。しかし、プールの水がなくなった場合、このラックの「壁」は、使用済み燃料集合体の間を通り抜ける空気の流れを減らしてしまう。この空気循環の減少は、水の流出が部分的なものに留まり、ラックの底部にある空隙を水が覆う状態が続いている場合は完全なものとなってしまう。左は、元々プールに入れられていたオープン・ラックの設計。使用済み燃料は、再処理工場に搬出されるまでの数年間だけプールで貯蔵されるとの考えに基づくもの。

原子力規制委員会の田中俊一委員長も2012年9月の就任後最初の記者会見で同じ提言をしている。7

「できるだけ早く地上に下ろしていただきたい…強制冷却が必要でないような燃料については乾式容器に入れて保管する…多分、5年くらいは水冷却をする必要があります…ほかのサイトについて、そういうことをするように求めていきたいと思います。」

2006年の米国科学アカデミーの報告書は、2003年独立報告書ほど強い結論には達しなかった。乾式貯蔵の方がプール貯蔵より安全だという点では同意したが、業界やNRCの提案で十分と考えたようだ。プールの水やスプレーのための予備の水源を準備し、最近炉から出された「ホットな」燃料集合体を分散させ、取り出し後時間が経って温度の低くなった燃料集合体で取り囲むようにするというものである。しかし、福島事故後の2011年12月、議会は、科学アカデミーに対し、使用済み燃料プールの安全性も含め、米国が学びうる教訓があるかどうか福島事故について調査するよう求めた。8 科学アカデミーのグループは、本体の研究の後で使用済み燃料プール問題について別途研究することに決めた。9 2014年9月現在、使用済み燃料の研究が始まる段階にある。(*注:2015年9月発表予定)

乾式貯蔵のコスト

2003年の独立報告書は、原子炉から取り出し後5年以上経った使用済み燃料を、プールから出して乾式貯蔵キャスクに移す措置は、10年間で達成可能であり、そのコストは30億~70億ドルと推定した。このコストは、原子力発電の小売り価格に、わずか0.4~0.8パーセントの上昇をもたらすだけですむ。

2010年、米国の電力業界の資金で運営されている「電力研究所(EPRI)」は、報告書を出して、次のように論じた。10

「(原子炉での利用から)5年以上経った使用済み燃料を使用済み燃料プールから乾式貯蔵に移すという規定は、公衆になにも安全上の利益をもたらさない一方、経済性及び労働者被曝の点では重要な影響をもたらす。」

EPRIの報告書は、コストは約36億ドルになると推定した。2003年の独立報告書の推定範囲の下限の値である。そして、次のように述べている。11

「コスト増は、主として、新しいキャスクの資本コストと乾式貯蔵施設の建設コストに関連したものである。「現在価値」コストの増加は、典型的な2基一組の加圧水型原子炉の場合9200~9500万ドル、典型的な単一ユニットの沸騰水型原子炉の場合1800~2000万ドル、典型的な単一ユニット新規原発の場合2200~3700万ドルである。」

EPRI報告書は、同時に次のような結論に達した。

「乾式貯蔵システム製造能力の3~4倍の増強は、NRCによるキャスク設計者、製造者、乾式貯蔵装荷作業の検査・監督の増加を必要とする。さらに、20箇所以上の原子力発電所サイトで毎年15基の乾式貯蔵システムに装荷しなければならない。現在の年間キャスク装荷率の2~4倍の増加である。これは、通常運転時及び運転中止時における使用済み燃料プールのクレーンその他のシステムに対する重圧となる。」

2003年の独立報告書は次のような結論を下していた。12

「キャスクの入手可能性は、原子炉サイトにおいて、古い使用済み燃料をプールから乾式貯蔵に移すペースを制限する要因となり得る。米国のキャスク製造能力は、年間約200基である。ただし、製造ペースはその約半分である。200基だと、米国の原子力発電所が毎年生み出す使用済み燃料約2000トンに匹敵する能力である。しかし、米国の主要メーカー2社によると、その合計製造能力を、数年で、年間約500基に増強することができるという。」

コスト増や、原子炉所有者、NRC、キャスク・メーカーに対する追加的負荷に加えて、EPRIの報告書は、5年で使用済み燃料を乾式キャスクに移すことは労働者被曝の増大をもたらすと論じた。具体的には、向こう88年間で、使用済み燃料管理に関連した労働者の集団線量が4%増大するというものである。この集団線量の約64%は乾式キャスクの毎年の保守点検、そして、25%が乾式キャスクの装荷、そして0.7%が建設に関連したものである。13

NRCのデータによると、使用済み燃料の取り扱い・貯蔵は、米国の原子力発電所の集団線量4万7600人・レムの約3分の1を占める。労働者被曝の残りの3分の2は、原子炉部品交換、蒸気発生器部品交換、格納容器サンプの改修、溶接修理、他の点検などから来る。発電レベルを上げると、相当の部品・機器改修増加をもたらし、これが労働者被曝を増大させる。14

しかし、NRCは、2008年、米国の原子力産業は10年間で、50%の労働者被曝の削減を達成したと報告した。EPRIの報告書で乾式使用済み燃料貯蔵の加速化によって生じると予測されている4%の増加は、おそらく、放射線遮蔽や管理監督の向上の継続によって相殺されるだろう。


  1. Robert Alvarez, Jan Beyea, Klaus Janberg, Jungmin Kang, Ed Lyman, Allison Macfarlane, Gordon Thompson and Frank N. von Hippel, “Reducing the Hazards from Stored Spent Power-Reactor Fuel in the United States,” Science and Global Security, Vol. 11 (2003) pp. 1-51.
  2. Ibid.
  3. http://www.asahi-net.or.jp/~pn8r-fjsk/saiakusinario.pdf
  4. UN Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation, Sources and Effects of Ionizing Radiation, Vol. II, Effects, Annex J, “Exposures and effects of the Chernobyl accident” (United Nations, 2000)
  5. Safety and Security of Commercial Spent Nuclear Fuel Storage (National Academies Press, Washington D.C.National Academies Press, Washington D.C. (2006), pp. 49, 35, and 50.
  6. “Reducing the Hazards from Stored Spent Power-Reactor Fuel in the United States,” op cit.
  7. http://www.nsr.go.jp/kaiken/data/20120919sokkiroku.pdf.
  8. U.S. House of Representatives, Military Construction and Veterans Affairs And Related Agencies Appropriations Act, 2012, Conference Report to Accompany, H.R. 2055, 15 December 2011, p. 881
  9. Lessons Learned from the Fukushima Nuclear Accident for Improving Safety of U.S. Nuclear Plants (National Academy Press, 2014).
  10. E. Supko, Impacts Associated with Transfer of Spent Nuclear Fuel from Spent Fuel Storage Pools to Dry Storage After Five Years of Cooling, (Electric Power Research Institute, 2010) p.vii.
  11. ibid.
  12. Reducing the Hazards from Stored Spent Power-Reactor Fuel in the United States,” op cit.
  13. Impacts Associated with Transfer of Spent Nuclear Fuel from Spent Fuel Storage Pools to Dry Storage After Five Years of Cooling, op. cit., Table 4-3.
  14. Nuclear Energy Agency, Organization for Economic-Co-operation and Development, Occupational Exposures at Nuclear Power Plants,. Eighteenth Annual Report of the ISOE Programme, 2008, NEA No. 6826, p. 100. http://www.oecd-nea.org/rp/reports/2010/nea6826-occupational-exposures.pdf

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