核情報

2010. 1.25

湾岸戦争では、核使用の脅しが化学兵器の使用を阻止?

核兵器の役割を核攻撃の抑止に限る方針に反対する外務省関係者は、せっかく核兵器があるのだから、生物・化学兵器を相手が使えば、核で報復するかもしれないとの曖昧性を残すべきだと主張してきました。同種の主張をする際によく使われるのが、湾岸戦争において、「イラクによる化学・生物剤の使用は核報復を招く恐れがあるとの印象を意図的に残した」ことがこれらの兵器の使用の阻止に役立ったと言う「証拠」です。

このような主張は、そもそも核廃絶に反対する議論だという点が忘れ去られているようですが、それはさておき、ここでは、「証拠」の信憑性に関する4人の専門家の議論を紹介します。

なお昨年10月21ー22日に笹川平和財団ーウッドロー・ウィルソン国際学術センター共催の「『核のない世界』に向けた日米パートナーシップ」と題された日米共同政策フォーラムに招かれたウイリアム・ペリー元米国防長官は、日本に対する北朝鮮の生物・化学兵器の抑止には通常兵器による報復の威嚇で十分だと述べています。北朝鮮は、通常兵器の報復で体制崩壊に追いやられることを知っており、それを無視して攻撃を仕掛けて来るほど北朝鮮は自殺的ではないとの立場です。さらに、北朝鮮程度の核兵器であれば、これも通常兵器による報復の威嚇で抑止できるとも述べています。

関連記事:生物・化学兵器の脅威には、通常兵器抑止の方が信憑性







ハンス・クリステンセン(「米国科学者連合(FAS)」)

湾岸戦争は、説得力のある例ではない。米国の「脅し」は、壊滅的な米国の対応を呼び起こしうる3つの行為について、警告を出すものだった。

  1. 大量破壊兵器の使用
  2. 油田に火を付けること
  3. テロ攻撃

1と3は起きなかったが、2は起きた。とすると、核抑止は働いたのか?私の知っている限り、フセインが実際に大量破壊兵器を使うことを計画したが使わなかったということを示す証拠は無い。最も有力なのは、化学兵器を使えば米国が報復として核兵器を使うかもしれないと考えたとする元イラク高官の証言だが、このような証言は、しばしば後知恵でなされたもので、実際の証拠を伴わず、さらに、これらの人々が我々の側が聞いたいと思っていることを言うというリスクを伴っているものである。

・・・

また、そもそも北朝鮮が日本を生物化学兵器で攻撃しようとすると考えるのかが良く分からない。最悪のシナリオを描くのはいつでもでき、望んでいるものの正当性を論じることができるが、こういうものはほとんど価値のないものだ。なぜなら、様々な仮定や仮説的シナリオの泥沼に入ってしまうからだ。

出典:

核情報への返答 2009/07/22

ウイリアム・アーキン(軍事問題専門家)

[ジェイムズ・]ベーカーが回想録『外交の政治学』(シャトル外交激動の4年)で述べている通り、大統領は、[1990年]12月に、たとえイラクが化学兵器を使ったとしても米軍は核兵器で報復しないと内密に決めた。「言うまでもなく、イラク側にこのことを知らせる理由はなかった」とベーカーは言う。

「計算された曖昧性」は1990年代を通じて米国の政策として続いていた。そして、恐らく、今日も、現在のブッシュ政権による2002年の先制攻撃政策にも関わらず、続いているのだろう。実際、イラク戦争においてイラクが化学兵器を使うとの「確実性」にも関わらず、第2ブッシュ政権は、核報復については一度も検討せず、サダムに対して実際的で深刻な脅しを伝えはしなかった。

 なぜだろうか。米国の核時代は終わってしまい、米国の通常戦力が改善されたために「体制変換」や「大量報復」は、通常兵器で達成出来るようになったためかもしれない。(イラク戦争の失敗は、後からどうするかというものである。米国の通常兵器の軍事力についての疑問はまったくない。)

出典

The Iran Consensus Grows More Dangerous Washington Post, May 9, 2008

チャールズ・ホーナー元大将(湾岸戦争の多国籍軍空軍司令官)

私の知っている限り、湾岸戦争では核兵器の使用を計画する企てはなかった。あれば私こそそれをやるはずの人間だったが・・・。

 核兵器を所有しており、イラク側に対し、イラクが大量破壊兵器を使えば核兵器が使われるかどうかについて曖昧性を残しました。

[将来の核兵器の役割について]

正気の人なら誰でも、ロシアを抑止する以外の有用性は核兵器にないことは分かるでしょう。

出典:

Master Sgt. David P. Masko, Air Force News Service, “Desert Storm Weapons,” 25 March 1996 (Nuclear Weapons & GW Bush’s “War on Terrorism”より)

スコット・セイガン(スタンフォード大学政治学教授:国際安全保障・協力センター(CISAC) の共同ディレクター)(佐藤行雄元国連大使の主張に対する反論)

曖昧性について語る場合、歴史を誤用し、歴史の最近の解釈について忘れてしまう傾向があると思う。例えば、サダム・フセインに対し、彼の外務大臣を通じて表明された曖昧性が、化学兵器の使用を思いとどまらせる上で決定的に重要な役割を果たしたとしばしば言われる。第一に、これは歴史的に疑わしい。第二に、米国の大統領[ブッシュ(父)]がその回想録で、あの状況では核兵器を使うつもりは全くなかったと言っている。だから、本来的な曖昧性は幾分存在するが、少なくとも、人々が後で言ったことを検討すべきだし、そのような発言によって、曖昧なステートメントでも、その信憑性が減じると言うことを理解すべきだ。

出典:

国際会議で先制不使用政策に反対する日本:2009年カーネギー会議 核情報

参考

2008年の米国の『年次脅威評価報告書』の結論(日本に対する生物・化学兵器の攻撃にも当てはまると考えるのが妥当だろう。)

ピョンヤンは、恐らく、その[核]能力を、戦闘のためというよりは、抑止と強制的外交のためのものとみなしており、特定の限られた状況でのみ核兵器の使用を考えるだろう。我々はまた、ピョンヤンは、その体制が軍事的敗北の危機に瀕しており、回復不能な統制の喪失の恐れがあるとみなさない限り、米軍や米国領土に対して核兵器を使おうとはしないだろうと評価する。


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