核情報

2023.11.24

核を先には使わないと米国が宣言するのを嫌がる日本が橋渡し?
──ロシアによるウクライナ侵攻を背景に高まる核使用についての懸念

G7サミット広島

撮影:2023年5月19日G7広島サミット公式サイトより


G7広島サミットでは、核兵器の役割を認める「広島ヴィジョン」を採択

11月27日から12月1日までニューヨーク国連本部で開かれる核兵器禁止条約の第2回締約国会議に関し、日本はオブザーバー参加して「核保有国と非保有国の橋渡し役」を果たすべきだという声が上がっている。8月5日に広島で開かれた核廃絶問題に関する与野党討論会でも、与党公明党の山口那津男代表と国民民主党の玉木雄一郎代表が同趣旨の主張をした。

だが、核を先には使わないと米国が宣言するのを嫌がる「唯一の被爆国日本」は果たして「橋渡し役」を担える立場にあるのだろうか。以下、日本の「核の傘」政策の歴史を振り返りながら、「橋渡し」の可能性について考えてみよう。

ウクライナ侵攻におけるロシアの核威嚇と日本の核の傘政策

昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻開始以来、ロシアが核兵器を使うのではないかという懸念が各方面から表明されている。ロシア側から核使用の可能性をほのめかす発言が様々な形で出ていることがこの懸念につながっている。今回の無謀な侵略事態と同列に論じることはできないにしても、実は、このような懸念が出てくるのは、絶対的な破壊力を持つ核兵器に内在する一つの側面とも言える。

明言するかどうかは別として、どのような状況で核兵器を使うか分からないと敵国に思わせておけば、攻撃一般を抑止できるのではないかという保有国側の期待が存在する。意外に思われるかもしれないが、日本にとって、米国の「核の傘」は同様の意味合いを持つものとなっている。日本が望んでいるのは、敵国が日本に核攻撃を仕掛けてくれば、米国が核で報復する可能性を示すことによって核攻撃を抑止することだけではない。日本に対する「生物・化学兵器及び大量の通常兵器」による攻撃に対しても核による報復の可能性を残して、これを未然に防ぐことが含まれるのだ。これが日本の期待する核「抑止力」だ。

このため、日本政府は、米国が「先制不使用宣言」をすることに反対している。米国が検討してきた先制不使用宣言は、先には核を使わない、つまり、自国または同盟国が核攻撃をかけられない限り核兵器を使わないと一方的に明言しようというものだ。これによって敵対する核保有国との緊張を減らすことを目指す。また、核の役割の重要性を強調する政策を続けると、一部の非核保有国の側に核を持とうとする動機や口実を与えることになるとの懸念も背後にある。宣言推進派は、敵国が米国及びその同盟国に核攻撃を仕掛けた場合に核報復する権利は放棄しないから、敵の核攻撃に対する抑止はこれで十分だと考える。だが、「核の傘」にもっと多くを期待する日本政府はこれでは困るという。

大量(大規模)攻撃の境界は定義しがたく、このような期待は小競り合いが核使用、核戦争に繋がる危険性をはらんでいる。

米国の先制不使用宣言に反対する日本が核保有国と非保有国の橋渡し?

「橋渡しを!」との主張は、2022年6月にウイーンで開かれた第1回締約国会議の前にも、条約に好意的な新聞の社説などによって展開された。これらの社説の「橋渡し」論の根底には、次のような発想があるようだ。

「唯一の被爆国日本」は米国の核の傘の下にあるが、核戦争の悲惨さをよく理解していて、核廃絶を強く願っている(はずだ)。だから、条約に加盟すべきだ。それができないとしても、会議にオブザーバー参加して「核保有国」 と「非保有国」の間の「橋渡し」をすべきだ。

だが、以下に見るように、先制不使用についての態度を尺度として、核の役割に対する期待度の小さい方から並べると、「条約加盟国」、「先制不使用政策の採用を検討する米国」、「同政策に断固反対する日本」となる。つまり、「橋渡し」ができるのは実は米国となってしまうのだ。

米国が先制不使用宣言をすると日本は核武装?

クリントン政権(1993~2001年)以来、米国の民主党政権で先制不使用宣言が検討されてきた。そして、宣言案が放棄されるたびに、日本の核武装の可能性が放棄の重要な理由として挙げられてきた。例えば、オバマ政権末期の2016年9月、宣言をすれば不安に感じた日本が核武装するかもしれないとしてケリー国務長官が反対したとニューヨーク・タイムズ(9月6日)が報じた。

オバマ政権の副大統領を務めたバイデン大統領は、大統領選時から、次のような考えを表明していた。

米国は先制不使用宣言、あるいは、「唯一の目的宣言」(核攻撃を抑止すること──そして、必要とあれば核攻撃に対し報復すること──を米国の核兵器の唯一の目的とする、との宣言)をすべきだ。

だが、同大統領は「核態勢の見直し(NPR)」においてこのような宣言をすることを最終的に断念した。読売新聞(2021年11月10日)は、「日本政府は『先制不使用は中国などへの誤ったメッセージとなり、抑止力が低下する』(外務省幹部)」との懸念を非公式にバイデン政権に伝えたと報じている。

また、2022年8月の第10回NPT再検討会議の最終文書草案にあった「核保有国に先制不使用政策採用を求める」との文言について、現地に派遣された武井俊輔外務副大臣が同23日、反対を表明している(産経新聞8月24日)。共同通信(同26日)は次のように報じた。「[米国が問題の記述の削除を求めたと]米政府関係者が明らかにした。米国の『核の傘』の下にある日本や欧州の同盟国の抑止力低下に対する懸念に配慮した形だ。」

1982年に表明された「先制使用支持」方針とその後の議論

日本における先制使用・不使用を巡る議論の起源は、1950年代に採用された北大西洋条約機構(NATO)の核政策にある。当時、旧ソ連・ワルシャワ条約機構(WTO)の通常兵力は圧倒的優位を誇っているとみなされていた。このため、NATOでは、その通常兵力による進攻に核報復で応じる(あるいはその姿勢により進攻を抑止する)との考えが採用された。1982年、NATOの場合と同様の方針について「日米間に合意並びに協議というのはある」のかと横路孝弘議員(社会党)が国会で質問する。これに対し、宮澤喜一官房長官(当時)その他の政府側代表が、NATOと同様の考えについて日米で合意していると応じた。

クリントン政権時代の1997年、米国科学アカデミー(NAS)の「国際安全保障・軍備管理委員会」がまとめた報告書が、米国による一方的宣言を勧めた。他国が核兵器を取得しようとするインセンティブを減らすためにも「米国の核兵器の唯一の目的は米国及びその同盟国に対する核攻撃を抑止することだと発表して、核兵器の先制不使用を公式の宣言政策として採用すべきだ」というのだ。

1998年6月9日、新アジェンダ連合(NAC)と呼ばれる8カ国が『核のない世界に向けて──新しいアジェンダの必要』という宣言を出した。日本がこれに参加しなかった。その理由の一つは、宣言にある「核保有国の間での先制不使用の共同の約束」の要求だったと日本政府は認めている。外務省軍備管理軍縮課の森野泰成主席事務官が、同年8月5日に広島で開かれた国際会議でそう発言し、次のように続けた。

[米国が]先制不使用を約束してしまった場合、核の抑止力の効果がかなり薄れてしまう…[共同の約束の形で]アメリカと日本が先制不使用を約束したとしても、ほかの国が本当に先制不使用を守ってくれるのだろうかという問題がある。

1998年から99年にかけて、NAC諸国が98年の宣言に基づいて国連総会に提出した決議案の投票に日本は棄権する。この時点では、日本の反対もあって、決議案からは上述の先制不使用の文言は消えていた。それでも、日本は決議案に棄権表を投じた。

1999年11月12日に開かれた社民党の外交防衛部会で外務省は、日本の棄権の理由の一つについて次のような趣旨の説明をしている。

「速やかかつ全面的な核廃絶を実現する」との文言は、核抑止を否定するものであり、問題」である。生物・化学兵器及び大量の通常兵器による攻撃を、核の威嚇によって抑止する核抑止は重要であり、国際情勢を無視して、速やかに核をなくしてしまうことはよくない。

その後の政府答弁のひな形となる1999年高村外相答弁

1999年8月6日の衆議院外務委員会で、玄葉光一郎議員(民主党)が、高村正彦外相にこう問いかけた。「(1) もし米国が核の先制不使用を宣言した、(2) あるいは核兵器保有国同士が核の先制不使用の協定を結んだ、そうしたときに、日本の安全保障にとっては何が困るのか。」(番号挿入は筆者)。

高村外相の答えはこうだ。

いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難であると考えている。

ここで挙げられている宣言反対の二つの理由を言い換えると次のようになる。

  • ①核使用の脅しによって、核以外の「大量破壊兵器を含む多大な軍事力(=生物・化学兵器及び大量の通常兵器)」による攻撃も抑止する必要がある。
  • ②日本の敵国が「核の先制不使用」を約束する共同宣言に参加してもその「意図に関して何ら検証の方途」がない。

①は冒頭でみた核攻撃の威嚇により攻撃全般を抑止するとの立場だ。この立場に立つと、敵の先制不使用の約束がたとえ検証可能であっても、米国に先制不使用宣言をして欲しくないということなる。だから、「検証可能性」を条件として日本が賛成できるかに思わせる②は、①と矛盾する。

高村答弁は、変形を伴いながら歴代首相の答弁のひな形として使われている。その一つに、民主党政権時代の2009年の答弁がある。当時、岡田克也外務大臣が米国による独自先制不使用宣言を支持する立場を表明していた。公明党の浜田昌良議員がこれに触れて、政府見解を求める質問主意書を提出した。

鳩山内閣として、核の先制不使用論及び消極的安全保障政策を支持するのか。支持するというのであれば、日米安全保障との関係をどのように整理しているのか。通常兵器による我が国への攻撃は核兵器ではなく、通常兵器だけによる抑止力を期待するという関係で理解しているのか。

これに対し、政府(官僚)は、11月10日の鳩山由起夫首相名での答弁で、こう答えた。

核兵器の先制不使用宣言は、すべての核兵器国が検証可能な形で同時に行わなければ有意義ではなく、これを達成するには、まだ時間を要するものと考えている。

質問は、米国の即時の一方的宣言についてだが、答弁では、検証可能な同時共同宣言だけが意味があるとし、それは遠い先になるとする議論のすり替えが行われている。上述の②の変形型だ。実際は、たとえこのような宣言が実現したとしても、①の立場から反対なのは先に見た通りだ。

質問をした当の公明党(本部)は、同年夏に、米国による一方的先制不使用宣言について、「国際社会全般のコンセンサスが形成されることが先決だ」と述べている。米国の先制不使用宣言に関するNGOのアンケートに対する答えだ。「条件付きで賛成」を選択し、そこで「条件」として示したのがこれだ(8月14日付けのアンケート結果まとめ)。これは、②の変形型を使った実質的な「反対」の表明だ。同党からはその後も見解変更の発表はない。

最近の答弁例:読む場所を間違えている茂木外相?

茂木敏充外相(当時)は、2021年4月6日の記者会見で、米国による核先制不使用宣言検討について聞かれているのに、①ではなく、共同宣言に反対する論理②の変形(鳩山首相型応用)を読み上げている。

全ての核兵器国が検証可能な形で同時に行わなければ有意義ではないと。現時点で、当事国の意図に関してなんら検証の方途もない核の先制不使用の考え方に依存して、日本の安全保障に十全を期すことは困難だと。

「核以外の攻撃」を核で抑止できなくなるから反対という肝心の理由(①)を消したのが意図的かどうかは不明だ。

ちなみに、2014年4月25日の衆議院外務委員会で、河野太郎議員(自民党)に、「アメリカに対して、核以外の攻撃に対して核の傘の提供を断ったこと」があるかと聞かれた際の岸田外相の答えはこうだ。

「米国の核兵器は……核兵器国及び自国の核不拡散義務の非遵守国による通常兵器または生物化学兵器による攻撃を抑止する役割を依然として担う可能性は残っている。

日本が求めているものを説明した①型の答弁だ。上述の通り、日本はこの「役割」の維持を米国に強く要求し続けてきた。

広島G7サミットの結果に失望?

2023年5月に広島で開催されたG7サミット(先進7カ国首脳会議)の結果が失望をもたらしたとの報道が多く見られた。2022年11月にインドネシアで開かれたG20サミットの首脳宣言に「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との表現が入ったことが期待を大きくした一因となったようだ。G7諸国(日、米、英、独、仏、伊、加(+欧州連合(EU)))および中ロを含むG20の参加国すべてがこの文言に賛同したのだから、「被爆地広島」で開催されるG7サミットでも、これを再度表明できるはずだとの発想だ。一歩進めると、G7は「先制不使用宣言」も支持できるはずだとなる。だが、これは幻想にすぎない。G20の文言はロシアによるウクライナ侵攻を背景に、ロシア批判として出されたものであり、G7諸国の核政策を表明する文書にこれを入れるというのは、あり得ないことだった。

結局、「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」(5月19日)にはこう書かれている。

「我々は、ロシアのウクライナ侵略の文脈における、ロシアによる核兵器の使用の威嚇、ましてやロシアによる核兵器のいかなる使用も許されないとの我々の立場を改めて表明する……我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。

岸田首相は核保有国の主張に負けてやむなくこの文言に同意したというわけではない。米国の先制不使用宣言に反対する日本の首相がこれに同意するのは論理的に当然なのだ。

広島G7サミットの際のような「期待」と「失望」を繰り返さないためにも、日本の核政策についての議論を、国会、マスコミ、反核運動など、様々な場所、形態で深めることが必要だ。少なくとも、「米国による先制不使用宣言に反対しない」と表明してからでないと、たとえ核兵器禁止条約の締約国会議に「オブザーバー参加」をしても、日本が「橋渡し役」になることは期待のしようがない。


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