核情報

2021.11. 3

核兵器の先制使用と日本政府 2021年4月

2021年1月22日、核兵器禁止条約が発効した。日本では、これを受けて、日本も条約に加盟すべきであり、加盟できないとしても、締約国会議にはオブザーバーとして参加し、加盟国と核保有国の間の橋渡し役をすべきだという声が出ている。その声は、反核運動だけでなく、新聞各紙からも上がるなど、拡がりを見せている。しかし、そんなことは可能なのだろうか。そして、日本政府に要求すべきことはそれだけだろうか。

日本政府は、核兵器を先に使用しないという「先制不使用宣言」を米国が発することに反対してきている。これは、日本への核兵器以外の兵器による攻撃についても、核で報復する可能性があるとの威嚇を続けるよう米国に望んでいるということだ。核兵器禁止条約は、加盟国に対して、核兵器の生能・保有・使用、使用するとの威嚇に加えて、使用や威嚇を核保有国に求めることをも禁止している。つまり、現状のままでは、日本は条約に参加することはできない。また、米国の核の役割低減を阻止している状況では、条約加盟国と核保有国の「橋渡し」も期待できない。

バイデン政権と日本

大統領選挙キャンペーン中に先制不使用宣言支持を表明していたジョー・バイデンが、核兵器禁止条約発効の2日前の1月20日に大統領に就任した。バイデン政権は、先制不使用宜言、あるいは、「米国の核兵器の唯一の目的は、核攻撃を抑止すること──そして、必要とあれば報復すること」だとする「唯一の目的」宜言を検討すると見られている。バイデン大統領自身がオバマ政権の副大統領として約束した核の役割低減を実現するためだ。

トランプ前政権がもたらした核政策の混乱を解消するために取り組むべき課題は多い。「米国科学者連合(FAS)」の核問題専門家ハンス・クリステンセンによると、現在、世界では、2000発ほどが短時間で発射できる一触即発の「警戒態勢」に置かれている(2021年2月18日私信)。このほとんどが米口のものだ。米国の軍縮運動は、偶発的及び意図的核戦争勃発の危険性を減らすため、この警戒態勢のレベルを下げること、大統領一人で発射命令が出せる現在の状況を変更することなどを要求している。

先制不使用宣言は、その中で日本が直接影響を及ぼすことのできる課題だ。「米国が宣言することに反対しないし、宣言したからと言って日本が核武装することは決してない」と日本側が伝えるだけで、宣言が発される可能性が大きくなるのだ。核禁止条約発効によって高まる核問題への関心を、この宜言実現のために活かせるかどうか。これが日本の反核運動の喫緊の最重要課題の一つだ。

これまで米国では、クリントン政権とオパマ政権で先制不使用・「唯一の目的」宣言が検討されたが、日本を始めとする同盟国の反対が重要な理由となって断念された。1997年8月末、クリントン政権で要職を務めて退任したばかりの二人の人物──トーマス・グレアム元大統領特別代表(軍縮担当、1994ー97年)とモートン・ハルペリン元大統領特別顧問・国家安全保障会議メンバー(1994ー96年)──が日本を訪れた際、筆者はこの問題について説明を受けた。米国が先制不使用宣言をすると、自らの安全が保障されなくなったと感じる日独が核武装するのではとの懸念がワシントンにあり、これがクリントン政権内における先制不使用宣言に向けた動きの唯一のでないとしても、重要な障害の一つになっているというのだ。

また、記憶に新しいところでは、オパマ政権が2016年に先制不使用宣言を検討した際には、ジョン・ケリー国務長官が「米国の核の傘のいかなる縮小も日本を不安にさせ、独自核武装に向かわせるかもしれないと主張した」ことが断念の―つの理由となったとニューヨーク・タイムズ紙が報じた(2016年9月5日)。ウォールスストリート・ジャーナル紙は、その1カ月前に、同年7月に開かれた国家安全保障会議(NSC) の関係者の話として、アシュトン・カーター国防長官が「先制不使用宜言は米国の抑止力について同盟国の間に不安をもたらす可能性があり、それらの国々の中には、それに対応して独自の核武装を追求するところが出てくる可能性があるとして宣言に反対した」と伝えていた(8月12日)。また、ワシントン・ポスト紙は安倍晋三首相が米政府に先制不使用宣言反対の意向を伝達したと報じていた(8月15)(首相は5日後にこれを否定した)。

ここで「唯一の目的」宣言と先制不使用宣言の関係について簡単に整理しておこう。米国では先制不使用は旧ソ連と中国のプロパガンダと見られてきた歴史があるうえ、先には使わないと約束すること自体への抵抗も強い。このため、別の表現の「唯一の目的」宣言の方が受け入れられやすいと見られている。だが、「唯一の目的」宜言では、敵の核攻撃が目前に迫っているとの判断あるいは口実の下での核使用を認める可能性も残り、先制不使用宣言の方が「先には使わない」ことが明確になるとする見方もある。ただし、「使用の可能性は核攻撃に対する報復に限る」と強調すれば、先制不使用と同じ意味になるとクリステンセンは説明している。この問題については後でさらに検討する。

日本政府による先制不使用反対の歴史

先制使用の議論の起源は、冷戦時代の北大西洋条約機構(NATO)の政策にある。圧倒的優位を誇るとみなされていた旧ソ連・ワルシャワ条約機構の通常兵力による進攻に核報復で応じる可能性を示すことによって、進攻を抑止するとの考えだ。これに関し、1982年に横路孝弘議員が国会で、日本にも同様の考えがあるのかと質問したのに対し、宮澤喜一官房長官や政府委員から同様の考えについて1975年以来、日米で合意しているとの説明があった。これが日本の国会での議論の始まりだ。

その後、1999年8月6日に高村正彦外務大臣が国会で「いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難であると考えている」と発言した。同様の文言は歴代政権が国会などで繰り返し使っている。日本政府の説明の問題は、生物・化学兵器と核兵器を大量破壊兵器という言葉で同列に扱うとともに、通常兵器による攻撃の抑止のためにさえ核使用の威嚇が必要だとしている点だ。米国では、冷戦終焉後、核のない世界に向かうための提言が反核団体や研究者などから出されたが、その中で重要な要素となったのが先制不使用政策だ。例えば、クリントン政権時代の1997年に出された米国科学アカデミーの報告書は、他国が核兵器を取得しようとするインセンティプを減らすためにも「米国の核兵器の唯一の目的は米国及びその同盟国に対する核攻撃を抑止することだと発表し、核兵器の先制不使用を公式の宜言政策として採用すべきだ」としている。そして「米国は、生物・化学兵器の脅威に対応するために核抑止力の使用を必要としておらず、それを望むべきでもない」と解説している。

もう―つは「検証の方途」という言葉だ。これは敵国の先制不使用の約束は信用できないという意味だ。だが米国で提案されているのは日本の同盟国米国による一方的宣言だ。敵国の核攻撃は核報復の威嚇で抑止するとされる。

日本などが核武装する恐れがあると警告した米議会委員会

クリントン政権(1994年)とブッシュ(子)政権(2002年)が自発的に行なった「核態勢の見直し」(NPR)──米国の安全保障における核兵器の役割の見直し──を次政権でも行なうことを義務付けた2008年度国防歳出権限法は同時に、NPRの参考に供する報告書作成を目的とした超党派の「米国戦略態勢議会委員会」の設置を定めた。委員会の会合(2009年2月25日)に招かれた在米日本大使館の秋葉剛男公使(現外務省事務次官[1])が説明に使った文書は、米国の核抑止に期待する能力を列挙した後、「日本は、米国の拡大抑止に──それが信頼性を持つ限りにおいて──依存する」と述べている。オバマ政権発足直後の2009年5月に発表された委員会報告書は、米国は先制不使用政策を採用すべきでないと結論付けた。

副委員長のジェイムズ・シュレシンジャー元国防長官は最終報告書に関する下院公聴会(2009年5月6日)で、「日本は、米国の核の傘の下にある30ほどの国の中で、自らの核戦力を生み出す可能性の最も高い国」であり、日本との緊密な協議が重要だと主張した。これを受けて、委員長のウイリアム・ペリー元国防長官は、ヨーロッパやアジアにおける「我が国の拡大抑止の信頼性についての懸念」を無視すると「シュレシンジャー博士が言ったように、これらの国々が、自前の抑止力……つまり、自前の核兵器を作らなければならないと感じる」と述べている。

この委員会の委員となっていた前述のハルペリン元大統領特別顧問は、委員会報告書公表の約5月後に掲載された論考において、先制不使用宣言は国内で反対の「政治的嵐」を巻き起こすから、「核兵器の役割は核攻撃の抑止に限る」との宣言を目指す方が現実的だと主張した。

このような事情を背景に、オバマ政権は、「唯一の目的」宣言を目指した。だが、2010年4月に発表されたNPRでは、「唯一の目的」宣言には至らなかった。採用されたのは、「米国あるいはその同盟国・パートナーに対する核攻撃の抑止を米国の核兵器の唯一の目的とすることを目標」とするとの表現だった。そして、「唯一の目的」宣言をしても同盟国が安心できるように、地域的安全保障構造を強化することが「約束」された。

2016年の試みとバイデン演説

冒頭で述べたとおり、オバマ政権末期の2016年にも先制不使用宣言が検討されたが、日本の核武装の懸念が主要な理由の一つとなって断念された。しかし、バイデン副大統領は、オバマ政権退陣の直前の2017年1月11日、カーネギー財団での演説で、「核態勢の見直し」(NPR)の中で行なった「約束」は果たされ、「唯一の目的」宣言の準備は完了しているという趣旨の説明をしている。

今回の選挙戦中、バイデン候補は、2019年7月11日、ニューヨークでの演説でこの演説に触れ、「2017年に言ったように、私は、我が国の核兵器の唯一の目的は核攻撃を抑止し、必要なら、核攻撃に報復することであるべきと信じており、同盟国及び軍部と協議してこの信念を実現するために力を尽くす」と述べている。この表現は、同月末に民主党の選挙網領にそのまま取り入れられた。またバイデン候補は、2019年6月4日の集会で、先制不使用を支持するかと問われ、20年前から支持していると応じている。また、同じ6月、「生きられる世界のための協議会」が行なったアンケートで「米国は、兵器を最初に使う権利を保持するという現在の政策を見直すべきか」という問いにイエスと答えている。

バイデン政権は、NPRの作業をするとは明言していない[2]。実施される場合も先制不使用宣言は、NPRと別途検討されるかもしれない。延期されている核不拡散条約(NPT)再検討会議が8月[3]に予定されており、それまでに何か成果を見せようと考えるかもしれない。

日本政府への先制不使用支持要請

米国の軍縮派は、同盟国が支持すれば米国は先制不使用宜言ができるとの考えから、日本に対して先制不使用支持を呼び掛けてきた。最近では、前述の「米国戦略態勢議会委員会」の委員長として2009年に先制不使用宣言に反対したペリー元国防長官が、プラウシェアーズ財団のトム・コリーナ政策部長との共著『ボタン』(邦訳『核のボタン』)で次のように訴えている。「日本のような米国の同盟国は、[核以外の攻撃に]核で報復するぞという米国の威嚇は信憑性がなく、これらの国々の安全を高めはしないと悟るべきである。……核攻撃を受けた唯一の国として、また、核廃絶を支持する国として、日本は、その目標に向けた一歩として先制不使用を支持すべきである」(筆者訳)。

同委員会の委員だったハルペリン元大統領特別顧問は、日本は米国政府に対し先制不使用政策を採用するよう要請すべきであり、また、「南北朝鮮が参加する用意があるのであれば、日本も北東アジア非核地帯に参加する用意がある」と表明すべきだと述べている(2021年1月6日私信)。

非核地帯と先制不使用の関係

ここで先制不使用支持と非核地帯への参加意思表明がセットで提案されている意味を考えてみよう。非核地帯では、域内の国が核兵器を保有・配備しないと約束すると同時に、核保有国が議定書で域内国に核攻撃をしないと約束することが必要となる。日本が南北朝鮮と日本から成る北東アジア非核地帯に参加する意思を持っためには、北朝鮮からの核攻撃以外の攻撃には米国が核で報復する必要はないとの考え方がなければならない。また、中口からの通常兵器による攻撃に対して核による報復のオプションを米国が維持することを望みながら、米国には日本への核配備を、中ロには日本に対する核攻撃を禁止する条約を提案するというのは無理な話だ。非核地帯に賛成を表明する政党・議員には、「先制不使用も支持するか」と聞いてみなければならない。

一方、北朝鮮側を非核兵器地帯構想に誘うには、米韓日の通常兵器による脅威を北朝鮮が感じなくてすむような状況を作り出すことが必要だ。

核兵器禁止条約の精神を支持するために

「日本が核武装なんてあり得ない。それが理由・ロ実になってアメリカの先制不使用宣言が断念されてきたなんて」──そう驚く読者も少なくないだろう。しかし、放っておくと今回も、「日本の核武装の懸念」を理由に宣言断念となりかねない。2009年4月に米国での会議で先制不使用宣言に反対した佐藤行雄元国連大使は、その著書『差し掛けられた傘』(2017年)で、米国に懸念があるのは悪くはないと述べている。米国の核の傘提供の大きな動機が日本の核武装阻止にあるとの考えからだ。産経新聞は「『核の傘』日米共同声明に明記へ」(2021年1月3日)で、宣言採用なら「中国や北朝鮮は米国の核攻撃を警戒せず、通常兵器で周辺国を攻撃できる」とし、日本政府が米国に宣言反対の立場を伝える意向であることを示唆している。

日本政府に条約参加などを求めるだけでは、この問題は明確にならない。少なくとも「米国による先制不使用宜言に反対しない」と表明するよう政府に求める運動が必要だ。そして、各政党・議員も、「先制不使用を要請・支持する」、あるいは、「宜言に反対せず、米国が宣言しても日本の核武装はない」とのメッセージを米国に送るべきだ。それは、核兵器禁止条約の精神を支持するものにもなる。


(注)

  1. 2021年7月から国家安全保障局長兼内閣特別顧問 ↩︎
  2. 2021年8月13日、米国防省代表が「アームズ・コントロール・トゥデー(ACT)」誌に対し、NPRは7月初旬に始まっており、「国防戦略」と連動して2022年初頭に完結すると明らかにした。ただし、その結果が独立したものとして発表されるか、「国防戦略」の中に統合されるかは未定とした。次を参照。 ↩︎
    Biden Administration Begins Nuclear Posture Review September 2021
    By Kingston Reif
  3. 2021年10月25日、2022年1月4~28日の予定で開催決定との発表 ↩︎

初出 『世界』2021年4月号


参考


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