──ペリー元国防長官も新著で日本に先制不使用支持を呼びかけ
大統領選挙キャンペーンで、紛争において核を最初に使わないとの「先制(先行)不使用宣言」支持を表明していたバイデン氏が1月20日大統領に就任しました。バイデン政権では、先制不使用宣言が検討されると見られています。クリントン政権とオバマ政権が先制不使用宣言を検討しながら放棄した主要な理由は日本を含む同盟国の反対の声でした。
過去のこれら両政権内での検討の事情に精通するモートン・ハルペリン元国務省政策企画本部長(1998-2001年)が、日本は米国政府に先制不使用政策を採用するよう呼びかけるべきだと強調しています(2021年1月6日の核情報へのメール。以下『日本への提言』)。理由は同盟国が賛成すれば、米国は先制不使用を宣言できるからということです。
参考:核兵器の先制使用と日本政府 2021年4月 核情報 2021.11.3
- 日本が米国政府に対し先制不使用政策を採用するよう要請することを強く支持するとハルペリン氏
- 2009年には、国内の強い抵抗のため先制不使用は機が熟していないと結論──背景は同盟国の懸念
- 先制不使用の機が熟してないと言ったから、ハルペリン氏は「唯一の目的」宣言にも反対したのだろう?
- 日本に先制不使用支持を呼び掛けるのはなぜ?
- 北東アジア非核地帯の前提としての先制不使用の考え方と、米国の通常兵器の脅威の削減
- 日本は核廃絶に向けた第一歩として先制不使用を支持すべき、とペリー元国防長官
- 「米国戦略態勢議会委員会」委員長とメンバーだった二人
- 委員会は、先制不使用を宣言すると日本などの同盟国が核武装する恐れがあると警告
- 佐藤行雄元国連大使は、日本の核武装の可能性についての米国の懸念を歓迎
- ハルペリン氏と同じく、日本に先制不使用支持を訴えるペリー氏
- 北朝鮮の核攻撃を防ぐために米国による核の先制使用が必要?
- 資料編
ウイリアム・ペリー元国防長官も新著(核の『ボタン』)で日本に先制不使用支持を訴えています。ペリー氏は、オバマ政権の2010年発表の「核態勢の見直し」に大きな影響を与えた「米国戦略態勢議会委員会」の委員長、ハルペリン氏は委員の一人でした。同委員会の報告書の結論は、同盟国の懸念を考慮し、米国は先制不使用宣言をすべきでないというものでした。バイデン新政権の登場(1月20日)と核兵器禁止条約発効(1月22日)が重なった今年、日本にとっての核問題を考えるために、以下、この委員会での議論と二人の今日の日本への呼びかけを合わせて見てみましょう。
バイデン政権は「核態勢の見直し(NPR)」の作業をするとは明言していませんが、2月2日、キャサリーン・ヒックス国防副長官候補が上院の承認委員会で、自分はまだ部外者だがNPRがなされると理解していると語っています。オバマ政権のNPRが発表されたのは、就任翌年の4月でしたが、今回のスケジュールは不明です。(バイデン大統領が2月4日の外交演説で発表した米軍の世界的配備態勢の見直しとの関係も不明です。)先制不使用宣言は、NPRと別途検討されるかもしれません。延期されている核不拡散条約(NPT)再検討会議が8月に予定されており、それまでに、何か成果を見せる必要もあります。つまり、日本の反核運動にとっても残された時間はあまりないということです。
日本が米国政府に対し先制不使用政策を採用するよう要請することを強く支持するとハルペリン氏
2009年には、国内の強い抵抗のため先制不使用は機が熟していないと結論──背景は同盟国の懸念
2009年夏、英国国際戦略研究所(IIS)のサバイバル誌(2009年6-7月号)にスタンフォード大学のスコット・セイガン教授(政治学者)の「先制不使用論(The Case for No First Use)」(pdf)が掲載されて話題となりました。この論文について同誌が4人の専門家にコメントを求めた結果、誌上公開討論Forum: The Case for No First Use: An Exchange(pdf)(2009年9月28日オンライン発行)が実現しました。そのコメントの一つが、ハルペリン氏の『約束と優先順位』(以下、『優先順位』でした。
現在オープン・ソサエティ財団上級顧問を務めるハルペリン氏は、日本ではキッシンジャー大統領特別補佐官の下で沖縄返還交渉に関わったことで知られています。クリントン政権下では国防次官補、大統領特別補佐官、国務省政策企画部長などを歴任し、実務家と研究者の両側面を持つ軍縮問題の「知の巨人」です。
『優先順位』において、ハルペリン氏は、先制不使用宣言より、核兵器の役割は核攻撃の抑止に限るとの宣言を目指す方が現実的だと主張しました。当時(今も)、米国では、先制不使用宣言は抑止力、特に拡大抑止を弱体化し、不安に感じた同盟国が核武装してしまう可能性があるとの強い主張がありました。このため、ハルペリン氏は、「不本意ながら、先制不使用は良いアイデアではあるがまだ機が熟していないとの結論に達した」のです。
ハルペリン氏の説明はこうです。
自分も、1961年に『核兵器使用禁止の提案』でセイガンと同様の議論をしたことがある。米国が通常兵器で勝利できず、核兵器の使用が必要になるとのシナリオについては、セイガンも自分も、明確に反論することが出来る。これらのどのシナリオにおいても「核使用の威嚇は信憑性がない。そして、核使用が必要かもしれないと示唆することは通常兵器による抑止の信憑性を下げることになる」というものだ。だが、それでは、核を絶対先には使わないとの宣言がもたらす国内における「政治的嵐」に対処できない。「同盟国と協議を続けたとしても、米国が先制不使用宣言をすれば、ナーバスになる国が出てくることは間違いない」と。
先制不使用の機が熟してないと言ったから、ハルペリン氏は「唯一の目的」宣言にも反対したのだろう?
先制不使用宣言と「唯一の目的」宣言は、細かい議論はあるが、基本的に同じと説明する専門家が(ペリー元国防長官も含め)多いため、ハルペリン氏は「唯一の目的」宣言にも反対したのだろうと解釈されることがあるようです。しかし、実際は、『優先順位』は「唯一の目的」宣言に近いものを先制不使用宣言の代案として提案していました。
『優先順位』は次のように論じています。オバマ大統領は、プラハ・スピーチで、核の役割の低減のほか、新START条約締結・批准、包括的核実験禁止条約(CTBT)批准、核兵器用核分裂性物質生産中止条約交渉開始という難しい3つの目標を目指すと約束している。これらの困難な課題を考えると、先制不使用ほど論争を呼ばない形で、先制不使用で期待される効果の多くを実現できる方法を試みたほうがいい。つまり
米国の大統領は、米国は核兵器を核攻撃の抑止の目的のために維持すると宣言すべきである。「米国が核兵器を維持するのは、わが国、米国軍、友好国、同盟に対する核攻撃を抑止し、必要ならこれに対応するためだ」と。大統領やその補佐官らは、米国が核兵器を維持する理由についての事実を述べたものとする以外、宣言の意味について詳述することを拒否すべきである。
ですから、ハルペリン氏が「唯一の目的」宣言支持を求めるオバマ大統領・鳩山首相宛公開書簡(2009年9月22日)に署名しているのは、当然と言えます。
オバマ政権が2010年4月に発表した「核態勢の見直し(NPR)」では「米国あるいはその同盟国・パートナーに対する核攻撃の抑止を米国の核兵器の唯一の目的とすることを目標」とするとの表現が使われました。(米国「核態勢の見直し(NPR)」(2010年4月) 抜粋 参照)
*米国では先制不使用は旧ソ連と中国のプロパガンダと見られてきた歴史があるうえ、先には絶対使わないと約束することへの抵抗も強く、唯一の目的宣言の方が受け入れられやすいとの議論がある。だが、唯一の目的宣言では、敵の核攻撃が目前に迫っているとの判断あるいは口実の下での核使用を認める可能性も残り、先制不使用宣言の方が「先には絶対使わない」ということが明確になるとする見方もある。ただし、「使用の可能性は核攻撃に対する報復に限る」と強調すれば、先制不使用と同じ意味になると理解されている。
参考:唯一の目的宣言と先制不使用宣言
日本に先制不使用支持を呼び掛けるのはなぜ?
ハルペリン氏は、2016年にオバマ政権が先制不使用宣言を検討していた際、日本に対する米国先制不使用(No-First-Use)政策支持の要請(2016年7月27日)や、日本政府に米国の核兵器先制不使用政策に反対しないよう求める国際公開書簡(2016年8月6-9日)に署名しています。これらの署名と『優先順位』の結論の間に矛盾があるように受け取られるのではないかとの問いに対する答えが『日本への提言』でした。
矛盾はない。米国の同盟国が米国に先制不使用宣言を呼びかければ、米国政府はこの政策を採用することが出来る。
私は、日本が米国政府に対し先制不使用政策を採用するよう要請することを強く支持する。
実は、ハルペリン氏は、これらの署名の20年近く前の1997年8月末、トーマス・グレアム元大統領特別代表(軍縮担当)とともに日本を訪れ、米国が先制不使用宣言をすると自らの安全が保障されなくなったと感じた日独が核武装するのではとの懸念がワシントンにあり、これがクリントン政権内における先制不使用宣言に向けた動きの障害の一つになっていると日本の反核運動に対して注意を促していました。
(なぜ、いま核の先制不使用宣言か No.2 核情報 2016.10. 7 参照)
北東アジア非核地帯の前提としての先制不使用の考え方と、米国の通常兵器の脅威の削減
ハルペリン氏は、『日本への提言』で続けて次のように述べています。
また、日本は、「南北朝鮮が参加する用意があるのであれば、日本も北東アジア非核地帯に参加する用意がある」と表明すべきだと考える。
日本が南北朝鮮と日本から成る北東アジア非核地帯に参加してもいいと考えるようになるためには、核攻撃以外の脅威には米国が核で報復する必要はないとの考え方がなければなりません。北朝鮮が核を放棄した後も、北朝鮮からの生物・化学兵器及び通常兵器による攻撃に核で報復するオプションを米国が維持することを望んでいるのでは、非核地帯を支持する考えになりません。また、中ロからの通常兵器による攻撃に対しても核による報復のオプション維持を望みながら、米国には日本への核配備を、中ロには日本に対する核攻撃を禁止する条約に入ろうというのは無理な話です。その意味で、先制不使用支持は、非核地帯参加の前提とみなすべきでしょう。また、先制不使用に反対してる限り、日本が核兵器禁止条約に賛成することなどありえないのは言うまでもありません。
一方、北朝鮮側が参加しようと考えるには、北朝鮮が核を放棄した場合に米国は核攻撃しないとの保証と同時に、米朝平和条約などにより、通常兵器による脅威を北朝鮮が感じなくてすむような状況を作り出すことが必要でしょう。その点で、『優先順位』での次の指摘は重要です。
我々は、米国を潜在的な敵国と見る国々が核保有を追求する可能性があるのは、単に米国の核の脅威を防ぐためだけでなく米国の通常兵器の優位性を相殺するためでもあることを認識すべきである。…イランの核兵器計画を阻止し、北朝鮮の核兵器能力を逆戻りさせるには、米国は米国の通常兵器の能力の可能性について両国が持つ懸念に直接対処する必要がある。地域的安全保障の取り決めと政治的措置が必要となる。
日本は核廃絶に向けた第一歩として先制不使用を支持すべき、とペリー元国防長官
「米国戦略態勢議会委員会」委員長とメンバーだった二人
オバマ政権の登場に先立って、米国政府に「核態勢の見直し」を義務づけた2008年度国防歳出権限法は、同時に、「核態勢の見直し」の参考に供する報告書作成を目的とした超党派の「米国戦略態勢議会委員会」の設置を定めました。正副委員長プラス10人の委員という構成で、ハルペリン氏は委員の一人でした。委員長を務めたのはペリー元国防長官です。
2009年5月に発表された委員会報告書(英文)(pdf)には、「米国は、先制不使用政策を採用することによって、計算された曖昧さを放棄してしまうようなことがあってはならない」と記されています。『優先順位』の発表は冒頭で触れたとおり、同年9月末でした。
*委員会に呼ばれた日本の外務省側の発表文書と、この文書について委員会スタッフからハルペリン氏に宛てて送られたメモを巡る議論については資料編の「米国戦略態勢議会委員会」と日本を参照
委員会は、先制不使用を宣言すると日本などの同盟国が核武装する恐れがあると警告
副委員長のジェイムズ・シュレシンジャー元国防長官は最終報告書に関する下院公聴会(英文)(pdf)(2009年5月6日)で、「日本は、米国の核の傘の下にある30ほどの国の中で、自らの核戦力を生み出す可能性の最も高い国であり、現在、日本との緊密な協議が絶対欠かせない」と述べています。これを受けて、ペリー委員長は、ヨーロッパやアジアにおける「我が国の拡大抑止の信頼性についての懸念」を無視すると「シュレシンジャー博士が言ったように、これらの国々が、自前の抑止力を持たなければならないと感じてしまう。つまり、自前の核兵器を作らなければならないと感じる」と述べています。日本を始めとする同盟国の核武装の可能性を考えれば、米国は先制不使用宣言をすべきでないと結論付けたということです。結果的に、日本は核武装の可能性を武器にして、米国の先制不使用宣言など、核政策の抜本的見直しを阻止していることになります。
*正副両委員長の発言については以下を参照
佐藤行雄元国連大使は、日本の核武装の可能性についての米国の懸念を歓迎
佐藤行雄元国連大使は、『差し掛けられた傘』(2017年 時事通信社)で米国側の懸念は悪くないとの感想を漏らしています。
結論的に言えば、日本の核武装の可能性についての外国の懸念は払拭し切れるものではない。また、米国については若干の懸念が残っていることも悪いことではないとすら、個人的には考えている。米国が日本に核の傘を提供する大きな動機が日本の核武装を防ぐことにあると考えるからだ…北朝鮮の核兵器開発を防ぐための外交努力に中国を巻きこむために、米国が中国に対して、北朝鮮が核武装すれば日本が核武装する可能性が大きいと主張したこともよく知られている。
pp.306-307
日本はすぐにも核武装をしそうな国だ、と思われていた方が都合がいいと日本の元国連大使が言っているというのは、興味深いことです。核兵器禁止条約発効後の初の「核不拡散条約(NPT)」再検討会議を8月に控えて、外務省の公式見解を確認してみる必要があります。
*生物・化学兵器には核抑止が必要として先制不使用宣言に反対する立場を米国での会議で表明した佐藤氏の発言については、生物・化学兵器に核兵器で対処する必要?を参照。
ハルペリン氏と同じく、日本に先制不使用支持を訴えるペリー氏
「米国戦略態勢議会委員会」の委員長を務めたペリー元国防長官も、プラウシェアーズ財団のトム・コリーナ政策部長との共著『ボタン』(邦訳『核のボタン』(2020年 朝日新聞出版)で、日本に先制不使用支持を呼びかけています。
米国の先制不使用策に反対している日本のような米国の同盟国は、[核以外の攻撃に]核で報復するぞという米国の威嚇(脅し)は信憑性がなく、これらの国々の安全を高めはしないと悟るべきである。実のところ、米国は信憑性のない核報復の威嚇をすることによって、他の形の報復の威嚇の信憑性を低下させているのである。米国の同盟国は、先制不使用を支持し、核不拡散体制の強化に努めたほうがいい。もちろん、危機においては、米国は日本の(そして他の同盟国の)防衛にあたるべきである。しかし、危機が日本に対する核攻撃を伴うものでない限り、米国による核の威嚇は必要ない。
核攻撃を受けた唯一の国として、また、核廃絶を支持する国として、日本は、その目標に向けた一歩として先制不使用を支持すべきである。すべての[核保有]国が先制不使用を宣言すれば、そして、それらの宣言が信憑性のあるものであれば、これらの国々は核兵器を必要としないことになり、その廃絶に向けて協力できることになる。先制不使用に反対することによって日本は、核廃絶の考え方自体に反対していることになるのである。
(核情報訳)
ここで、「米国戦略態勢議会委員会」報告書発表の公聴会におけるペリー委員長の次の発言を想起する必要があります。ヨーロッパやアジアにおける同盟国が持つ「我が国の拡大抑止の信頼性についての懸念」を無視すると「これらの国々が、自前の抑止力を持たなければならないと感じてしまう。つまり、自前の核兵器を作らなければならないと感じる。」
「米国が先制不使用(唯一の目的)宣言をしても、日本が核武装することはないと」との発信が日本からなければ、また、宣言放棄の理由として日本の核武装の懸念が挙げられることになる可能性があるということです。
参考
- 核兵器禁止条約発効とバイデン新政権──日本の反核運動の課題──キーワードは「先制不使用」 核情報 2020.12.18
- 核の「先制不使用宣言」を支持する日本の声をバイデン政権に──国会議員署名? アンケート調査? 核情報 2020. 1.17
北朝鮮の核攻撃を防ぐために米国による核の先制使用が必要?
北朝鮮が核攻撃を仕掛けようとしていることが判明した場合、米国が核の先制使用をする必要が出てくるとの議論があります。最後にこのシナリオについて、二つのコメントを紹介しておきましょう。
ハルペリン氏は、核情報へのメールでこのシナリオについてどう思うかとの問いに次のように答えています。
DPRK(朝鮮民主主義人民共和国)が今まさに核攻撃を仕掛けようとしていると判断したときに米国の側から核攻撃を掛けるという方針を持つのは、あまりにも危険すぎる。この方針は、トーマス・シェリングが「奇襲攻撃の恐怖の相互作用(Reciprocal Fear of Surprise Attack)」と呼んだ状況を作り出す。米国と韓国が北朝鮮による核攻撃が迫っていると考えた場合には、賢明なのは、指導部を狙った通常兵器による攻撃だろう。DPRKに対する核攻撃は、朝鮮半島のすべての人々にとって大惨事となる。繰り返して言うと、現実的なオプションは、通常兵器攻撃だ。
2021年2月3日
*ハルペリン氏は、ハーバード大学時代の1961年、師事していたトーマス・シェリング教授と『戦略と軍備管理』(Strategy and Arms Control)を共同執筆している。シェリング教授は、2005年にゲーム理論に基づいた紛争解決・戦争回避に関する研究成果が認められ、ノーベル経済賞を受賞した。
元ホワイトハウス科学技術政策局次長のスティーブ・フェター・メリーランド大学大学院長の答えは、こうです。
私は、米国が先に核兵器を使い、核戦争を始める軍事的に必要、あるいは、米国またはその同盟国の安全保障に役立つというシナリオについては承知していない。中国あるいは北朝鮮に対して先に核兵器を使うこと、あるいは、先に使うと脅すことは、核報復とエスカレーションをもたらすだろう。米国が先に核兵器を使うというのは、軍事的に必要でもなく、適切でもないから、核使用を先に始めるというのは、信憑性がなく、効果的な抑止にならない。
例えば、もし、米国あるいはその同盟国に対するミサイル攻撃の準備を北朝鮮がしていると、米国が探知した場合には、発射場を通常兵器で破壊することが出来る。米国はこの地域に相当の通常兵器を展開していて、これは、危機においては増強できる。発射場が見つからない場合は、核兵器ででも破壊できない。だから、この目的のために核兵器を使うぞという脅しは、信憑性のある抑止力にはならない。一方、敵側が「先制的な先の核使用(preemptive first-use)」の脅しを信じるとすると、それは、一触即発の態勢をもたらす可能性が高い。米国の攻撃の最初の兆候を見つけ次第、自分たちの核兵器を発射できるようにするためである。これは、状況を悪くするだけで、安定化をもたらしはしない。
2021年2月3日
参考 Steve Fetter & Jon Wolfsthal, No First Use and Credible Deterrence (29 Mar 2018, Published online)
スティーブ・フェター元ホワイトハウス科学技術政策局次長インタビュー記事(週刊東洋経済2017年3月25日号掲載)転載 原子力資料情報室
資料編
時系列の整理
- ハルペリン氏、『核兵器使用禁止の提案』発表 1961年10月
- ハルペリン氏訪日時、日本は先制不使用の障害と説明 1997年8月年(なぜ、いま核の先制不使用宣言か No.2 核情報 2016.10. 7参照)
- 「米国戦略態勢議会委員会」報告書(pdf)発表の下院公聴会(pdf)(2009年5月6日)
- サバイバル誌2009年6-7月号、スコット・セイガンの「先制不使用論(The Case for No First Use)」(pdf)掲載
- 「唯一の目的」宣言支持を求めるオバマ大統領・鳩山首相宛公開書簡(2009年9月22日)にハルペリン氏署名
- サバイバル誌誌上公開討論Forum: The Case for No First Use: An Exchange(pdf)(2009年9月28日オンライン発行)に『約束と優先順位』掲載
- 米国「核態勢の見直し(NPR)」発表 2010年4月
- 日本に対する米国先制不使用(No-First-Use)政策支持の要請 (2016年7月27日)にハルペリン氏署名
- 日本政府に米国の核兵器先制不使用政策に反対しないよう求める国際公開書簡(2016年8月6-9日)にハルペリン氏署名
「米国戦略態勢議会委員会」と日本
- オバマ・トランプ両政権の「核態勢の見直し」核情報 2018. 3. 1〜
2009年米議会委員会への日本側提出文書から見る米核政策の裏側
米NGOが入手──提出者は現外務次官 - 「沖縄にカラの核貯蔵庫」案容認?──核削減に不安な日本が「それはいい」と安堵? 核情報 2018. 3. 26〜
2009年米議会委提出の外務省文書と「日米核コミュニティー」のコンセンサス 核情報 2018. 4.10
生物・化学兵器に核兵器で対処する必要?
生物・化学兵器による攻撃を抑止するには、核報復の脅しが必要との議論については以下を参照。
- 国際会議で先制不使用政策に反対する日本:2009年カーネギー会議
佐藤行雄(元国連大使)vsパーコビッチ(カーネギー国際平和財団副所長)核情報 2009.6.23佐藤
曖昧性に関して一点。生物兵器あるいは化学兵器について言ったように、抑止の対象を核兵器だけに狭めるというアイデアに反対する。すべてに対して核兵器を使うべきだと言っているのではない。しかし、生物(あるいは化学)兵器に対して核兵器を使わないと宣言することと、この問題について何も言わないこと、抑止の対象を曖昧なままに保つこととの間には、一定の差がある。この文脈においても、曖昧さが必要だと思う。・・・
セイガン
一つだけ簡単に。曖昧性について語る場合、歴史を誤用し、歴史の最近の解釈について忘れてしまう傾向があると思う。例えば、サダム・フセインに対し、彼の外務大臣を通じて表明された曖昧性が、化学兵器の使用を思いとどまらせる上で決定的に重要な役割を果たしたとしばしば言われる。第一に、これは歴史的に疑わしい。第二に、米国の大統領[ブッシュ(父)]がその回想録で、あの状況では核兵器を使うつもりは全くなかったと言っている。だから、本来的な曖昧性は幾分存在するが、少なくとも、人々が後で言ったことを検討すべきだし、そのような発言によって、曖昧なステートメントでも、その信憑性が減じると言うことを理解すべきだ。
(核情報訳。この前の部分の議論については出典の核情報の記事を参照)ちなみに、この会議の翌年出版された論文集Shared Responsibilities for Nuclear Disarmament: A Globalの基調論文でセイガン氏はこの時の一連のやり取りについて紹介している。佐藤氏は、セイガン氏の要約について次のように不満を表明している。
セーガンは、この論文集の基調論文で、ワシントン会議での私の発言について、「北朝鮮が、将来、化学兵器か生物兵器を使ったら核兵器で報復すると、米国が脅かす(threaten)ことを提唱した(has recommended)」と書いた。議事録にのこっている私の発言は、「生物・化学兵器の使用を抑止するために頼りうる手段がない以上、核抑止の目的を核兵器の使用を抑止することだけに限ることは早過ぎる。このことは、北朝鮮が生物・化学兵器の双方を保有していると考えられている北東アジアでは、特にいえることだ」となっていたにもかかわらず、である。
そこで、私も、おなじ論文集への寄稿で、生物・化学兵器の使用を抑止するために核兵器が適当かどうかについて疑問が残ることは事実だが、これらの兵器の脅威を抑止するために有効な手段がないことも事実だと指摘して、このような戦略環境においては、生物・化学兵器を保有していると考えられる北朝鮮のような国が、核兵器で報復されるかもしれないことを恐れて、これらの兵器を使用することを控える可能性を排除してしまうことは望ましくないと、改めて主張した。」
p. 213-214問題の部分は、佐藤氏の翻訳を使うと、「化学兵器か生物兵器を使ったら核兵器で報復する<可能性がある>と、米国が脅かすことを佐藤氏は提唱した」とセイガン氏が述べていたら合格だったのだろうか。
- 湾岸戦争では、核使用の脅しが化学兵器の使用を阻止? 核情報 2010. 1.25
- 生物・化学兵器の脅威には、通常兵器抑止の方が信憑性──米国科学アカデミー1997年報告書 核情報 2010. 1.15