核情報

2016.10. 7

なぜ、いま核の先制不使用宣言か No.2 2016年10月

なぜ、いま核の先制不使用宣言か(1999年)では1999年当時の議論を紹介していますが、現在の状況の中で日本の反核運動の課題としてこの問題を検討し直してみましょう。日本は相変わらず、核を先に使わないという政策を米国が表明することに反対し続けています。日本の反核運動の覚悟が問われています。

  1. 最近の報道の整理
  2. 冷戦終焉後出されてきた核のない世界に向けた提案の一つ
  3. 日本が核軍縮の足を引っ張る構図の歴史
  4. 日本政府の先制不使用反対論の歴史と問題点
  5. 日本の反核運動の課題

参考:

米国は紛争において核兵器を先には使わないとする核の先制不使用宣言をオバマ政権が検討していることが今年7月以来、日本でも報じられてきた。この宣言に日本が反対していることが米国による同政策採用の障害になっているとの報道に驚いている読者も少なくないだろう。だが、日本はこれまで一貫して先制不使用に反対する方針を取っており、この方針を変えさせることこそ日本の反核運動の二つの最重要課題の一つであり、世界に対する責任である。以下、最近の流れを概観した後、日本の方針の問題点を検討する。

最近の報道の整理

まず共同通信が7月15日、日本政府内では「『「核の傘』弱体化への懸念から反対論が根強く、米側に協議を申し入れていること」を「日本政府関係者が明らかにした」と報じた。1ヶ月後の8月16日、時事通信が、先制不使用に「反対する立場を米政権に伝えたこと」を日本政府関係者が明らかにしたと後を追った。「日本政府は、核政策の抜本見直しにつながらないよう米側と緊密に協議する方針だ」という。朝日新聞は8月19日、「米国が先制不使用政策を採れば、通常兵器で攻撃する限り核攻撃を受けないという誤ったメッセージとなり、安全保障上の危機が増す」との政府関係者の発言を紹介した。

日本の懸念が重要な意味を持つのは、これを無視すると日本は核武装するかもしれないとの見方が米国政府内にあるからである。8月12日、ウォールストリート・ジャーナル紙は七月に開かれた国家安全保障会議(NSC)の会合について報じた中で、次のように述べている。政府関係者によると、カーター国防長官は「先制不使用宣言は米国の抑止力について同盟国の間に不安をもたらす可能性があり、中にはその結果、独自核武装を追求する国が出てくるもしれないとして、先制不使用宣言に反対したという」。また、ニューヨーク・タイムズ紙は、9月5日、同盟国の懸念などのため「オバマ、核兵器の先制不使用の宣言しない見込み」と報じた記事の中で、ケリー国務長官は「米国の核の傘のいかなる縮小も日本を不安にさせ、独自核武装に向かわせるかもしれないと主張した」と述べている。結果的に、日本は核武装の可能性を武器にして、米国の「核政策の抜本見直し」を阻止しているのである。

米国政府内の日本核武装論の背景には、日本が原子力発電所の使用済み燃料を再処理して核兵器に利用することのできる物質プルトニウムを取り出す政策を続けていることがある。プルトニウムを取り出して燃料に使うのはウラン燃料を使う場合の10倍ほどもの費用がかかる。経済的に意味をなさないこの再処理政策を変えさせることが日本の反核運動のもう一つの最重要課題である。

冷戦終焉後出されてきた核のない世界に向けた提案の一つ

冷戦終焉後、核のない世界に向かうための提言が反核団体や研究者などからいろいろ出されてきたがその中で重要の要素となっているのが先制不使用政策である。例えば米国科学アカデミーの1997年の報告書は、他国が核兵器を取得しようとするインセンティブを減らすためにも「米国の核兵器の唯一の目的は米国及びその同盟国に対する核攻撃を抑止することだと発表して、核兵器の先制不使用を公式の宣言政策として採用すべきである」と提言している。この報告書の作成に当たった委員会には、現在オバマ政権に入っているジョン・ホルドレン(大統領補佐官:ホワイトハウス科学技術政策局長)、スティーブ・フェター(同政策局次長)、ローズ・ガテマラー(国務次官)らが名を連ねていた。

先制不使用政策とセットで提案されることが多いのが核ミサイルの高度の「警戒態勢」の解除である。米ロの大陸間弾道弾は30分ほどで相手国に到着する。核ミサイルをすべて破壊する目的で敵の攻撃が仕掛けられた場合、敵ミサイルの到着前に自国のミサイルを発射できなければ破壊されて報復できなくなる。そのため、発射決定から数分で発射できる「警戒態勢」が取られている。「米国科学者同盟(FAS)」のハンス・クリステンセン氏らによると、現在、短時間の発射態勢に置かれた核弾頭が米ロ合わせて1800発ほどあるという。これらのミサイルは見方を変えると、先制攻撃の決定から数分で発射できることも意味するので、互いが疑心暗鬼に陥ってしまう。監視衛星などから来る誤情報のため報復のつもりで核戦争を始めてしまう可能性が危惧されている。米国が一方的に「唯一の目的」・先制不使用政策を取り、これに基づいて一触即発の陸上配備の核ミサイル(ICBM)の発射態勢も中止すれば、監視衛星の技術的問題を抱えるロシアにも安心感を与え、偶発的核戦争の可能性を減らせる。米国及び世界の安全保障が高まる。さらに現在400基余りのICBMの配備そのものを止めれば、それだけで配備戦略核兵器の数を1000発程度に減らせる。欧州配備の核爆弾も撤去できる。更なる低減も可能となる。もし、その後、米国に倣う核兵器国が出れば、それだけ、核のない世界に向けた前進が期待できる。「憂慮する科学者同盟(UCS)」は警戒態勢解除に焦点を当てたキャンペーンを展開している。だが、上述のニューヨーク・タイムズ紙の記事は、この警戒態勢解除案も採用されないことが決まったと報じている。

日本が核軍縮の足を引っ張る構図の歴史

米国の核政策の抜本的見直しに日本が抵抗するという構図は今に始まったことではない。1997年8月末、日本を訪れた元大統領特別代表(軍縮担当)のトーマス・グレアムは、米国が先制不使用宣言をすると自らの安全が保障されなくなったと感じた日独が核武装するのではとの懸念がワシントンにあり、これがクリントン政権内における先制不使用宣言に向けた動きの唯一の障害となっていると筆者に述べた。同行していたモートン・ハルペリン元国務相スタッフに確認を求めたところ、唯一ではないが、重要な理由の一つだとの返答を得た。ハルペリンは後に国務省政策企画本部長(1998-2001年)となる。

同じことは、オバマ政権が2009年に「核態勢の見直し」の作業をした際にも起きた。議会が設置した超党派の「米国戦略態勢議会委員会」最終報告書に関する公聴会(2009年5月6日)で、副委員長のジェイムズ・シュレシンジャー元国防長官が次のように発言している。「日本は、米国の核の傘の下にある30ほどの国の中で、自らの核戦力を生み出す可能性の最も高い国であり、現在、日本との緊密な協議が絶対欠かせない。」委員長のウィリアム・ペリー元国防長官は、この発言に同意を表明した。ヨーロッパやアジアにおける「我々の拡大抑止の信頼性についての懸念」を無視すると「シュレシンジャー博士が言ったように、これらの国々が、自前の抑止力を持たなければならないと感じてしまう」

2010年4月に発表された「核態勢の見直し」の結論は、「米国は、米国あるいはその同盟国・パートナーに対する核攻撃の抑止を米国の核兵器の唯一の目的とすることを目標として、通常兵器の能力を強化し、非核攻撃の抑止における核兵器の役割を低減し続ける」「米国は、核攻撃の抑止を核兵器の唯一の目的とする政策に移行するのが賢明と言える状況に関して、同盟国・パートナーと協議する」というものだった。

ベン・ローズ米大統領副補佐官は、これに関連して、今年6月6日「軍備管理協会(ACA)」ので講演において、大統領の残された任期中に「米国の戦略の中で核兵器の役割を減らすために、そして偶発的核使用のリスクを減らすために講じることのできる更なるステップがあるかどうかについて我々は検討を続ける」と約束した。この後プリンストン大学のブルース・ブレアー(元ミニッツマンICBM発射オフィサー)が米政治専門メディア『ポリティコ』誌(6月22日)で、政府関係者等から得た情報として、オバマ政権は近々先制不使用を宣言するだろうと述べた。30日にはACAのダリル・キンボール事務局長がローズの発言に触れ、オバマが取り得る重要なステップの一つは先制不使用を宣言することだと論じた。そして、7月10日、コラムニストのジョン・ローギンが、ワシントン・ポスト紙のコラムで、オバマ政権が検討しているステップの一つに先制不使用が含まれていると聞いていると述べ世界的に注目されるに至った。

日本政府の先制不使用反対論の歴史と問題点

先制使用の議論の起源は、冷戦時代の北大西洋条約機構(NATO)の政策にある。圧倒的優位を誇るとみなされていた旧ソ連・ワルシャワ条約機構(WTO)の通常兵力による進攻に核報復で応じる可能性を示すことによって、進攻を抑止するとの考えである。これに関し1982年に横路孝弘議員が国会で、日本にも同様の考えがあるのかと質問したのに対し、宮澤喜一官房長官や政府委員から同様の考えについて日米で合意しているとの説明があったのが日本での議論の始まりである。その後、1999年8月6日に高村外務大臣が国会で「いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難であると考えている」と発言した。同様の文言は歴代政権が国会などで繰り返し使っている

岸田文雄外務大臣も2014年4月25日、衆議院外務委員会で「米国の核兵器は、……核兵器国及び自国の核不拡散義務の非遵守国による通常兵器または生物化学兵器による攻撃を抑止する役割を依然として担う可能性は残っている」と米政策を説明する形で同様の考え方を確認している。

政府の説明の問題は、生物・化学兵器と核兵器を大量破壊兵器という言葉で同列に扱うとともに通常兵器による攻撃の抑止のためにさえ核使用の威嚇が必要だとしている点と、「検証の方途」という言葉を使うことによって提案されているのが先制不使用条約であるかのように論じている点にある。上述の科学アカデミー報告書は、「米国は、生物・化学兵器の脅威に対応するために核の抑止力を使うことを必要としていないし、それを望むべきでもない」と述べている。また、提案されているのは米国による一方的宣言であり、他の国が先に核を使うことを考えた場合には、米国による核報復の可能性は残されている。日本政府は一体どのようなシナリオにおいて米国が先に核を使うことを望んでいるのだろうか。強大な通常兵力を誇る米国と同盟関係にありながら、北朝鮮の核以外の攻撃を抑止するために核報復の威嚇が必要だと言っていては、北朝鮮の核開発を防ぐための協力を世界に呼びかけても説得力がない。

日本の反核運動の課題

国連核軍縮作業部会(OEWG)は、8月19日、核兵器禁止条約の交渉を2017年から始めるよう勧告する報告書を賛成68、反対22、棄権13で採択した。米国ではほとんど報道されていないこの作業部会についての日本での関心は高く、日本が棄権したことが大きな話題となった。しかし、先制不使用反対の方針が変わらない限り、日本が核兵器禁止条約制定に向けて積極的役割を果たそうとするわけがないことは自明である。先に核は使わないとする最初の一歩にさえ反対する国が禁止条約に向かって突き進むはずがない。

日本が北東アジア非核地帯設立のために行動することもあり得ない。非核地帯条約では、域内の国に核攻撃をかけないことを核保有国が約束することが求められるが、北朝鮮が核を放棄しても他の兵器を持っている限り、北朝鮮に核攻撃をかけないと米国が約束するのは困るというのが日本の立場だからである。

筆者は、7月末、「紛争において最初に核兵器を使うことはしないと米国が約束することに反対しないで下さい」という一文の公開書簡を安倍晋三首相に宛てて送ろうと世界各地の団体・個人にメールで呼びかけた。「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)」や「国際平和ビューロー(IPB)」など5つ国際組織と17カ国から集まった120筆の署名を添えたこの書簡を8月9日に長崎から首相に送った(8月6日に広島から送付したものにその後の署名者を追加した)。外国側のものが70筆に達した。米国からは上述のグレアム、ハルペリン、キンボール、クリステンセンなどの面々やUCS関係者らを含め33筆の署名が集まった。署名を呼びかけたものとして、これを活用して大きな成果を上げられないでいることに責任を感じる。

私たち日本の反核運動は、せめて、米国の先制不使用宣言には反対しないという最初のステップを日本政府に踏ませなければならない。オバマ政権が先制不使用宣言をしなかったとしても、この取り組みが重要なことに変わりはない。被爆者が核廃絶を外国で訴える際に、日本政府に対してどういう働きかけをしているのだと問い返されないようにするためにも、これは日本の反核運動が全力を挙げて取り組むべき課題だろう。日本は非核保有国と核保有国の橋渡し役でもなければ、米国の代弁者でもない。日本が問題なのである。

最後にブレアとジェイムズ・カートライト(元統合統合参謀本部副議長・元米戦略軍司令官)の言葉に耳を傾けてみよう(ニューヨーク・タイムズ紙への投稿(8月14日))。二人は、米国は「歴史上類のない世界的な絶対的軍事力を形成」しており、敵が核兵器を使わない限り核兵器を使う必要はない断言する。「ロシアや中国に対して核兵器を先に使えば、大々的な報復を呼び起こすことにより、我が国及び我が国の同盟国の存続そのものを脅かすことになるだろう。……北朝鮮に対する核の先制使用は、恐ろしい放射性降下物で日本を、そして場合によっては韓国を覆うことになる可能性が高い。」

安倍首相や広島選出の岸田外務大臣に聞いてみたい。


初出:月刊社会民主 2016年10月号


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