核情報

2020.12.18

核兵器禁止条約発効とバイデン新政権

日本の反核運動の課題──キーワードは「先制不使用」

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核兵器禁止条約の批准国・地域数が10月24日、規定の50に達し、90日後の2021年1月22日に発効となることが決まりました。これを受けて、条約に好意的な各紙の社説は、核兵器国との橋渡し役となるよう政府に呼び掛けていますが、果たして、米国を始めとする核保有国と条約批准国の間をつなぐ架け橋に日本がなるということはあり得るのでしょうか。

ここで想起されるのが、オバマ政権が2016年に「核兵器を先には使わない」とする「先制(先行)不使用(NFU)」宣言を検討しながら断念するに至った経緯です。宣言に反対する日本の姿勢が断念の重要な要因となったと米紙が報じています。条約発効の2日前の1月20日に米国の新大統領に就任するのは、そのオバマ政権で副大統領を務めたジョー・バイデン氏です。

以下、日本の「役割」について考える際の前提として、橋渡し論を概観した後、先制不使用を巡る日米での議論を整理しておきましょう。



「橋渡し」論の幻想

まず「橋渡し」に触れた社説のいくつかの例を見てみよう。

「日本は核保有国と非保有国の『橋渡し役』を自任するが、両者の対立を和らげる成果は出せていない…日本が果たすべき役割は、会議に参加し、核廃絶の議論に耳を傾け、実効性ある核軍縮を考え、世界に発信することではないか」(毎日)。「日本は唯一の戦争被爆国である。核廃絶への国際努力を先導するとともに、米国などに軍縮を促す責務がある…核保有国と非核国の橋渡し役というなら、まずは保有国に働きかけ、核禁条約を敵視せず、対話せよと説得すべきだろう」(朝日)。「唯一の戦争被爆国として日本の振る舞いは注目を集める。会議に参加し、核廃絶の議論に耳を澄ますべきだ。それが国際社会から求められている役割であり、被爆者たちの願いに応えることにもなる」(河北新報)。「双方の溝がこれ以上広がらないよう橋渡しする日本の役割も重要度を増している」(日経)。条約に批判的な論調でも「橋渡し」論は変わらない。「日本は唯一の被爆国として核保有国と非保有国の対話を仲介し、亀裂を修復する必要がある」(読売)。そして、菅義偉首相も言う。「核廃絶というゴールは共有している…引き続き立場の異なる国の橋渡しに努め、核軍縮の国際的議論に積極的に貢献したい」。

橋を渡してどうするかが判然としないという点はおいておくとして、要約するとこういうことのようだ。「非核保有国(核兵器禁止条約推進国)」(A)と「核保有国」(B)の間で対立がある。「唯一の被爆国日本」は米国の核の傘の下にあるが、核戦争の悲惨さをよく理解していて、核廃絶を強く願っているはずだ。だから、AとB(とりわけ米国)の橋渡しをすることができるはずで、また、そうすべきだ。

だが、A、日本、Bというこの位置関係の想定は、先制不使用を巡る米国内の議論と日本の関係を見ると、幻想であることが分かる。

米国における先制不使用議論と日本

オバマ政権は、その末期の2016年、米国は決して先に核兵器を使うことはないとの「先制不使用」宣言をすることを検討したが、、最終的にこれを断念した。ニューヨーク・タイムズ紙は「オバマ、核兵器の先制不使用の宣言しない見込み」(2016年9月5日)の中で、同年4月に広島を訪れたばかりのジョン・ケリー国務長官が「米国の核の傘のいかなる縮小も日本を不安にさせ、独自核武装に向かわせるかもしれないと主張した」ことが一つの理由だと報じた。ウォールストリート・ジャーナル紙はその1カ月ほど前の16年8月12日、7月に開かれた「国家安全保障会議(NSC)」の関係者の話として、アシュトン・カーター国防長官が「先制不使用宣言は米国の抑止力について同盟国の間に不安をもたらす可能性があり、それらの国々の中には、それに対応して独自の核武装を追求するところが出てくる可能性があるとして、先制不使用宣言に反対した」と伝えていた。

クリントン政権において先制不使用宣言が検討された際にも、オバマ政権が誕生した2009年に、「核態勢の見直し(NPR)」の中で「米国の核兵器の唯一の目的(役割)は他国による核攻撃の抑止とする」との政策の採用が検討された際にも、日本の不安や独自核武装の可能性が断念の理由の一つとされた。

オバマ政権のNPRの参考に供する報告書を作成するためとして議会が設置した「米国戦略態勢議会委員会」のジェイムズ・シュレシンジャー副委員長(元国防長官)は、議会公聴会(2009年5月6日)で次のように述べている。

日本は、米国の核の傘の下にある30ほどの国の中で、自らの核戦力を生み出す可能性の最も高い国であり、現在、日本との緊密な協議が絶対欠かせない。…最近中国がその能力を高めており、日本の懸念が高まっている。それで日本は我が国との協議を望んでおり、我が国のさらなる確約を求めているのだ。

ウィリアム・ペリー委員長(元国防長官)も、これに同意した。

現在でも、ヨーロッパとアジアの両方において我々の拡大抑止の信頼性についての懸念が存在している。彼らの懸念について注意することが重要だ。抑止が我々の基準において有効かどうか判断するのではなく、彼らの基準も考慮しなければならない。それに失敗すると、シュレシンジャー博士が言ったように、これらの国々が、自前の抑止力を持たなければならないと感じてしまう。つまり、自前の核兵器を作らなければならないと感じる

つまり、日本側の懸念とそれによる核武装の可能性が、米国での核の役割の低減を妨げている構図だ。「非核保有国(核兵器禁止条約推進国)」、「米国核穏健派」、「米国核保守派+日本政府」というのが正確な位置関係と言えるだろう。

日本における先制不使用議論のまとめ

日本政府は、米国が先制不使用を宣言すると日本の安全が保障されなくなるとの立場をとってきている。日本に対する核攻撃だけでなく、生物・化学兵器及び大量の通常兵器による攻撃にも核で報復するオプションを米国が維持することを望んでいるのだ。

例えば、1982年6月25日の国会で、米国は欧州ではソ連による通常戦力による攻撃に対し核で報復する可能性があるとしているが、日本でも同じことが想定されているのかと聞かれた際、政府代表が次のような解釈を示している。米国の「核の抑止力または核の報復力がわが国に対する核攻撃に局限されるものではない」。また、1999年8月6日には、高村正彦外務大臣が、「いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難である」と述べている。この種の答弁が、民主党政権時代も含め、繰り返されてきた(民主党の岡田克也外相は先制不使用に理解を示したが、外務省が首相用に準備する文章は変えられなかったようだ)。

下線部分は、「先制不使用条約」についての反論のようだ。だが米国で議論されているのは、米国による一方的宣言だ。敵国の先制使用は、米国側の核報復の威嚇で抑止する考えだ。核攻撃に対する核報復は否定されていない。そもそも、一般の人々は、日本が頼っている核の傘は、核報復の威嚇によって、核攻撃を抑止するだけのものだと理解しているのではないだろうか。

バイデン元副大統領の「信念」と米国の核軍縮運動

バイデン副大統領は退陣直前の2017年1月11日、カーネギー平和財団での演説で、「核攻撃を抑止すること──そして、必要とあれば核攻撃に対し報復すること──を米国の核兵器の唯一の目的(役割)とすべきであると確信している」と述べている。「唯一の目的」は、定義に曖昧な点があり、敵の核攻撃が目前に迫っているとの判断あるいは口実の下での核使用を認める可能性が残るが、「使用の可能性は核攻撃に対する報復に限る」と強調すれば、「先には絶対使わない」とする先制不使用と同じ意味になると理解されている。

米国では、今回の大統領選挙に向けて、民主党のどの候補が大統領となっても先制不使用宣言をするよう保証することを目指す運動が展開された。その一つに、「社会的責任を考える医師の会(PSR)」と「憂慮する科学者同盟(UCS)」が2017年秋に構想したキャンペーンがある。米国政府に対し核兵器禁止条約の受け入れと、核戦争防止のための緊急措置の実施を同時に要請する決議を米国の州や自治体の議会が採択するように働きかける運動だ。決議は、政府に対し、「条約に即座に署名し批准せよ」と迫るのではなく、考えとして受け入れるよう求め、同時に、先制不使用宣言や、数分で核兵器を発射できる一触即発の警戒態勢の解除などによって、核戦争の可能性を小さくすることを要請しているのが特徴だ。反核・核軍縮・平和団体、宗教関連団体など200団体以上の支持を得たこの運動によって、先制不使用宣言などを求める約50の決議が採択されている。国民の関心を高め、それを背景に、大統領候補に対してこれらの政策を採用するよう迫るという戦略だ。

この運動の一環として、UCSは、専門機関に委託して、2019年3月~2020年3月に6州で核問題についての世論調査を実施した。その結果、過半数の州民が先制不使用を支持していることが明らかになった(ニューハンプシャー州73%、アイオワ州57%、ミシガン州67%、オハイオ州65%、ジョージア州61%、サウスカロライナ州62%)。

ニューハンプシャー州調査結果(2019年2月18日~2月26日)
核兵器を先に使うべきでないとの先制(先行)不使用策について
図1

  • 黄色 先制使用を容認する状況が存在 20%
  •  他国の核攻撃があった場合にのみ 55%
  • 赤紫 決して使ってはならない 18%
  • 灰色 分からない 7%


同時に、集会などで各候補の見解を質すという戦術も採用された。バイデン候補は、2019年6月4日の集会で、先制不使用を支持するかと問われ、20年前から支持していると答えている。また同じ6月、「生きられる世界のための協議会(CLW)」が行ったアンケートで「米国は、核兵器を最初に使う権利を保持するという現在の政策を見直すべきか」という問いにイエスと答えている。

バイデン候補は、2019年7月11日、ニューヨークで行った演説で、上述のカーネギー財団での演説に触れ、「2017年に言ったように、私は、我が国の核兵器の唯一の目的は核攻撃を抑止し、必要なら、核攻撃に報復することであるべきと信じており、同盟国及び軍部と協議してこの信念を実現するために力を尽くす」と述べている。これは、同月末に民主党の選挙綱領にそのまま取り入れられた。また、バイデン候補のサイトでは、7月11日の演説のビデオへのリンクを貼るとともに、上記引用部分を公約として載せている。また、同サイトにリンクが貼られているフォーリン・アフェアーズ誌2020年3・4月号投稿論文でも、引用部分はそのまま使われている。

日本の反核運動は米国の運動に呼応できるか

日本の反核運動の一部には、先制不使用という言葉は、核攻撃に対する報復のための核使用の容認を含むから良くないという議論があるが、そういう話ではない。米国の軍縮運動は、バイデン新政権に対し、先制不使用宣言を要請する取り組みを強化していくだろう。その時、「核を先に使うことはしない」という最低限の宣言を米国がするのを日本政府が邪魔する可能性がある。日本の運動はそれを放っておいていいのかということだ。米国による先制不使用宣言を支持する声を上げ、日本政府の政策を変えさせる。それさえできないで「橋渡し」の話をしていてもしょうがない。日本政府による条約支持など望みようもないことは言うまでもない。マスコミも前述のような世論調査を日本でやってはどうだろうか。

最後に、「憂慮する科学者同盟(UCS)」のスティーブン・ヤング上級ワシントン代表が本稿のために送ってくれたメッセージを紹介しておこう。

核戦争の可能性を減らすには、バイデン大統領が『先制不使用』を宣言することにより、米国は核戦争を始めることはないと明確にすることが重要だ。米国がまだそうしていない主たる理由の一つは、このような宣言は同盟国に対する米国のコミットメントの弱体化を意味すると恐れている一部の同盟国が──もっと正確に言うなら、一部の同盟国の安全保障政策の指導者たちが──懸念を表明していることにある。だから、実は日本の国民が、そして、政治的指導者の多くが先制不使用政策を支持しているのだということを明確にすることが、バイデン大統領がこれを米国の政策とするための地ならしをする上で非常に重要なのだ。

初出:月刊社会民主2020年12月号

参考

「橋渡し論」社説類

先制不使用を巡る日米の議論の歴史

バイデン演説

米国における先制不使用キャンペーン活動の例

選挙後の米国の軍縮運動の状況を示す例(英文)


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