米国の「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」が、12月2日、『イランは核兵器製造ブレイクアウト(突破)能力を得たか?まだだが、もうすぐ』と題された報告書を発表し、イランは、2009年中に、それまでに蓄積した低濃縮ウランを使って数ヶ月内に核兵器一発分の高濃縮ウランを製造できるようになると論じています。
ISISの報告書 (pdf) (2008年12月2日)は、イランに関するIAEA報告書 (pdf) (2008年11月19日)にある数字の意味を説明しながら、いつイランが核兵器1発分の高濃縮ウランを手にする可能性があるかを分析したものです。ISISは、IAEAの報告書の発表の直後にも、これを解説した報告書 (pdf) (2008年11月19日)を出していました。また、2008年11月13日には、核兵器用プルトニウムの生産に適した重水炉建設の進捗状況を示す衛星写真 (pdf)を発表しています。
以下、これらの報告書の内容を簡単にまとめました。なお、『アームズ・コントロール・トゥデー』誌2007年11月号に掲載されたISISの論文A Witches’ Brew? Evaluating Iran’s Uranium-Enrichment Progressも参考にしました。
- IAEA報告書(2008年11月19日)の重要なポイント
- 核兵器一発分の材料の製造能力とは?
- 遠心分離機の設置状況(ナタンツ燃料濃縮工場(FEP))
- 低濃縮ウランから高濃縮ウランに
- 2008年11月7日現在までの低濃縮ウラン生産量は?
- 簡単な設計の原爆を1発を作るのに必要な高濃縮ウランの量は?
- 一発分の高濃縮ウランの製造に必要な低濃縮ウラン(4%)の量は?
- 一発分の高濃縮ウランの生産に必要な低濃縮ウランが蓄積できるのはいつか?
- 生産された700-800kgの低濃縮ウランを高濃縮ウラン(20-25kg)にするのに必要な時間は?
- 2009年中に、核兵器1発分の高濃縮ウランを数ヶ月で製造する能力を達成
IAEA報告書(2008年11月19日)の重要なポイント
ISISの報告書(2008年11月19日)はIAEAの報告書について次のようにまとめている。
- イランはその遠心分離機の開発・運転に関して前進を続けている。
- イランは、建設中のアラク重水炉へのIAEAの「設計情報検証(DIV)」訪問を拒否し続けている。
- イランは、核兵器関連との疑惑を持たれている活動について検討する作業に抵抗し続けており、IAEAはこれを問題だとしている。
核兵器一発分の材料の製造能力とは?
イランは、ナタンツ(地図)にあるウラン濃縮工場(FEP)(工場の説明及び衛星写真)で低濃縮ウラン(4%)の製造を続けている。現在までに生産されている低濃縮ウランの量は約425kg。この量が700-800kgになると、これを材料として遠心分離機に入れて核兵器1発分の高濃縮ウランを生産することができる。これは、FEPにおいてあるいは秘密施設において、短期間に行うことができる。この過程が「ブレイクアウト(突破)」と呼ばれていて、このブレイクアウト能力の達成がいつになるかが議論されている。実際にイランが兵器用の高濃縮ウランを製造するかどうか、するとしていつそれをするかはイランの決定次第。このブレイクアウト能力達成は、政治的判断とは別の物理的能力上の一里塚として重要視されている。
遠心分離機の設置状況(ナタンツ燃料濃縮工場(FEP))
第1モジュール完成(P1型)
カスケード=遠心分離機164台
モジュール=カスケード18=遠心分離機約3000台
第2モジュール(P1型)(2008年11月7日現在)
5つのカスケードが濃縮中
13のカスケードが設置・試験中
第3モジュール (P1型)
2009年初めに設置開始予定とイラン側IAEAに説明
*P1型は、オランダがウレンコ用に開発した設計をパキスタンのカーン博士が盗んでパキスタンで再現したもの。
P2型は、ドイツがウレンコ用に開発した設計をカーン博士が盗んでパキスタンで再現したもの。P1型の2.5倍の生産能力を持つ。
IR2及びIR3は、P2を元にイランが開発中のもの。
参考:
- ISISの2008年5月29日の報告書 (pdf)の写真(p5-p10)
- P1とP2についてはISISのこちらの報告書 (pdf) (2008年2月7日)を参照
低濃縮ウランから高濃縮ウランに
FEPの通常の運転方法
天然六フッ化ウランの注入点からパイプで18のカスケードにつなぎ、18のカスケードを並行的に運転して低濃縮ウランを生産。
兵器級高濃縮ウランの3つの製造方法(カスケード内で臨界に達しないよう注意が必要)
- 施設を改修し、ひとつのカスケードの生産物を次のカスケードへと次々に流すようにする
- バッチ・リサイクリング=カスケードの生産物を同じカスケードに戻す
- FEPあるいは秘密工場で別個に3つの小さな遠心分離機モジュールを作る。(パキスタンはこの方式を採用。カーンがイランに設計情報を提供。)
2008年11月7日現在までの低濃縮ウラン生産量は?
IAEAによると:
低濃縮六フッ化ウラン(UF6) 630kg=低濃縮ウラン(4%)425kg=ウラン235約17kg
*さらなる濃縮(90%以上まで)及び核兵器製造過程でのロス20%以上
簡単な設計の原爆を1発を作るのに必要な高濃縮ウランの量は?
20-25kg
*これは長崎型(爆縮型)の設計で、プルトニウムの代わりに高濃縮ウランを使った場合。広島型の設計(ガンバレル)だと約50kg必要。広島に投下された原爆で実際に使われたのは、平均濃縮度約80%のウラン64kg。
一発分の高濃縮ウランの製造に必要な低濃縮ウラン(4%)の量は?
ISISの推定:低濃縮ウラン700-800kg=低濃縮六フッ化ウラン1030-1180kg
(低濃縮ウラン900kgあるいは1000kg以上とする推定もある)
一発分の高濃縮ウランの生産に必要な低濃縮ウランが蓄積できるのはいつか?
低濃縮ウラン700kgまで 後3ヵ月
低濃縮ウラン800kgまで 後4-5ヶ月
生産された700-800kgの低濃縮ウランを高濃縮ウラン(20-25kg)にするのに必要な時間は?
P-1遠心分離機2000台を使うと 3ヵ月
P-1遠心分離機3000台を使うと 2ヵ月
2009年中に、核兵器1発分の高濃縮ウランを数ヶ月で製造する能力を達成
ISIS報告書(12月2日)の結論
「2008年11月にマスコミ報道の一部が、イランは核兵器能力を達成したと結論付けたのは時期尚早だったが、イランは、この能力に向けて着実に進んでおり、2009年中に、イランはさまざまなシナリオにおいてこのポイントに到達する。短期的対応措置としては、イランに対する経済的制裁の増大とイランの各計画の運命と透明性に関する米国主導の対イラン交渉のタイムテーブルの加速とが含まれるべきである。」
●重水減速・冷却炉の進捗状況
ISISは2008年11月13日、核兵器用プルトニウムの生産に適した重水炉(IR-40)建設の進捗状況を示す衛星写真 (pdf)を発表。
2008年10月7日の衛星写真(figure 1)と2008年2月25日の衛星写真(figure 2)を比べると工事が進んでいるのが分かる。原子炉ドームが完成に近付いており、隣接の建物の建設も進んでいる。冷却塔の建設も完了の模様。
規模 熱出力40メガワット
生産能力 プルトニウム8-10kg(最高で核兵器2個分)/年
工事予定 (IAEAに近い高官による)
2011年末 工事終了
2013年 臨界
参考
- 核兵器用プルトニウムの生産に適した重水炉の建設を進めるイラン 核情報2005年3月7日