7月26日、米国下院で、核拡散防止条約(NPT)の枠外で核保有に至ったインドへの原子力協力を可能にする「米印原子力協力促進法案」(英文pdf)が通過しました(賛成359、反対68)。これは、昨年7月18日のワシントンでの米印首脳共同声明、続く今年3月2日のニューデリーでの同共同声明で明らかにされた両国の原子力協力合意の実現に向けての重要な一歩をなすものです。上院は秋に同様の法案を可決するだろうと見られています。もしこのまま米国での手続きが終われば、NPTの根幹に関わる両国の合意の行方を決めるカギとなるのは、核技術・物質の輸出規制で協力している「原子力供給国グループ(NSG)」諸国(日本を含む45ヶ国)がインドを規制の例外にすることに合意するか否かです。NSGのつぎの会合(協議グループ=Consultative Group会合)は10月に予定されています。
米国下院を通過した法案は、NPT非加盟国インドに原子力関係の機器・技術を輸出することを禁じている米国の現行法を改訂して、「米印原子力協力協定」を締結することを可能にするものです。ただし、最終的な協定内容が確定した段階で、再度議会の承認を得ることを義務づけています。
燃料供給などの面での米国の協力と引き替えにインドが3月2日に約束したのは、基本的に、22基の運転中及び建設中の原発のうち14基を国際原子力機関(IAEA)の保障措置下に置くということだけです。しかも、6基は外国製であるため元々保障措置が義務づけられいるものです。つまり、国産原子炉16基のうち、半分の8基だけを2014年までに保障措置下に置くというのが、インドの「譲歩」の中身です。軍事用プルトニウム生産炉に加えて、国産の残りの8基は、保障措置の対象とせず、軍事用のプルトニウム生産に使う可能性を残し、新たに建設される原発については、保障措置下に置くかどうかインドが好きなように決める、高速増殖炉は、保障措置下に置かないということになっています。
以下、米印合意の内容・背景について簡単にまとめました。
- 米印原子力協力関係略年表
- インドの核保有データ
- 天然ウラン需給関係
- 2005年7月18日共同声明の原子力協力に関する主な内容
- 2006年3月2日共同声明
- 3月2日に合意された分離計画の中身
- 「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」による分離例
- 参考
米印原子力協力関係略年表
- 1950年代
- 米国、「平和のための原子」政策の下にインドの原子力開発に協力
- 1969年
- 米国GE社製原発2基タラプールで運転開始
- 1970年
- 核拡散防止条約(NPT)発効
- 1974年
- インド核実験(米国提供の重水を利用したサイラス炉で作ったプルトニウムを利用)
- 1975年
- 米国の主導で原子力供給国グループ(NSG)設立
- 1978年
- 原子力供給国グループ(NSG)ガイドライン
米国核不拡散法(包括的保障措置のない国への核関連輸出禁止) - 1998年
- インド・パキスタン核実験
国連安保理決議1172(印パ両国に核兵器を放棄し、非核兵器国としてNPTに加盟することを求めたもの) - 2004年1月12日
- 米印「戦略的パートナーシップの次のステップ」署名
米国は、民生用の宇宙計画及び高度技術の貿易、ミサイル防衛の試み、民生用原子力活動などにおいてインドに協力すると謳っている。 - 2005年7月18日
- 米印共同声明で原子力協力について基本合意
インドは民生用と軍事用の核施設を分離し、米国は前者に協力するとの内容 - 2006年3月2日
- 米印共同声明でインドの分離計画を承諾
- 2006年6月1-2日
- ブラジルでNSGの総会 インドの例外措置見送り
- 2006年7月26日
- 「米印原子力協力促進法案」米国下院通過
- 2007年4月19-20日
- 南アフリカ共和国のケープタウンでNSG総会 インドの例外措置先送り
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インドの核保有データ
現在の推定保有量 50発程度
将来の計画 300〜400発?
核兵器用プルトニウム
保有量 500kg? (約100発分)
生産能力 (年間7発分程度)
サイラス生産炉 2010年の運転停止までに合計約45kg
ドルーバ生産炉 20−25kg/年
可能性
ドルーバ規模をもう1基建設 20−25kg/年
保障措置下にない重水減速原発の1基を使用 60−100kg/年
(炉の最大能力は、150−200kg/年/基。実際の製造量はウラン供給能力によって決まる。)
高速増殖原型炉(2010年完成予定) 130−140kg/年
合計すると、年間40−50発分程度になる可能性
さらなる可能性
既存の加圧型重水原発の使用済み燃料(保障措置下に置かれない)の利用
原子炉級プルトニウム 11トン分=約1400発 (主用途は高速増殖炉用か)
*出典 印パの専門家らによるDraft report for the International Panel on Fissile Materials (pdf)*
▲ページ先頭へ戻る天然ウラン需給関係
需要 (2006年5月現在) | |
---|---|
発電用原子炉(保障措置下のCANDU炉2基を含む) | 430トン/年 |
(299万kW 設備利用率80%として計算。2007−8年に加圧型重水原発5基運転開始) | |
核兵器用プルトウム生産炉2基 | 35トン/年 |
ウラン濃縮施設 | 10トン/年 |
合計 | 475トン/年 |
供給 | |
国内ウラン生産 | 300トン/年以下 |
ストック | (米印取引がなければ2007年で枯渇と推定) |
*出典 印パの専門家らによるDraft report for the International Panel on Fissile Materials (pdf)
▲ページ先頭へ戻る「実際のところ、我々は必死だった。核燃料は、二〇〇六年末までの分しかないんです。この合意ができなければ、原子炉を停止することになっていたかもしれない──そして、その延長として、原子力計画を。」
インドの政府関係者──BBCの2005年7月26日付け記事 Indian PM feels political heatより
2005年7月18日共同声明の原子力協力に関する主な内容
+米国側
大統領は、インドの大量破壊兵器拡散防止の取り組みを高く評価し、インドが、責任ある行動をとる先進核技術国を持つ国として、同様の他の国と同じ恩恵と利点を享受できるようになるべきだと考え、つぎのことを約束。
- 1)インドとの完全な民生用原子力協力の実現に努力する。
- 2)上記の実現にために、大統領は、米国の法律・政策の変更について議会の合意を求める*1。また、米国は、インドとの民生用原子力協力・貿易を実現するため国際的体制を変更すべく友好国・同盟国に働きかける*2。これには、タラプールの保障措置下の2基の発電用原子炉の燃料供給の早急の検討も含まれる*3。
- 3)米国は「国際熱核融合実験炉(ITER)」計画へのインドの参加について各国と協議する。
- 4)米国は、「第4世代国際フォーラム(Generation IV International Forum:GIF)」へのインドの参加について各国と協議する。
+インド側
首相はつぎのことを約束。
- 1)核関連施設を民生用と軍事用に分離し、民生用についてIAEAに申告し、これを自主的に保障措置下に置く。
- 2)民生用施設について、IAEAと包括的保障措置追加議定書を結びこれを遵守する。*4
- 3)インドの自主的核実験モラトリアムを継続する。*5
- 4)核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の締結に向けて米国と協力する。*6
- 5)濃縮・再処理技術を持っていない国へのその移転を控え、その拡散制限のための国際的努力を支持する。
- 6)核物質・核技術の輸出規制を保証する。
- 7)「ミサイル技術管理レジーム(MTCR)」および「原子力供給国グループ(NSG)」ガイドラインを遵守する
+両国
両首脳は、これらの約束を果たすのに必要な行動をとるための作業グループを設立し、米国大統領が2006年に訪印する際にその進展状況について検討することで合意した。
- *1核情報注:7月26日に下院を通過した法案は、この約束を果たすためのもの。
- *2核情報注:米国は、1970年の核拡散防止条約(NPT)発効後の1974年にインドが核実験を行った後、他の原子力技術先進国に働きかけて、原子力技術・機器の輸出規制のために「原子力供給国グループ(NSG)」を組織した。これは一つには、インドが核実験用のプルトニウムの製造に使ったカナダ製の重水炉の重水を提供したのが米国だったことによる。この炉は、Canadian-Indian-U.S reactorの意からCIRUS(サイラス)と命名されている。米国は、NSGに対し、その誕生をもたらしたインドを例外とするよう働きかけている。日本はこれまでのところ、慎重派に属していが、米国の圧力、国内の原子力業界などの思惑も絡んで、次回のNSG総会でどういう態度をとるか予断を許さない状況である。
- *3核情報注:国際的に孤立しているインドはウラン燃料の輸入ができず、困っていた。米国にとって、合意は、ウランの提供と引き替えに、大量破壊兵器拡散防止面でのインドの協力を得、同時に米国原子力産業の市場を確保するとの意味があると見られている。これに対し、発電用のウランの供給について心配がなくなれば、インドは限界のある自国のウラン資源を核兵器用だけに使うことができるようになり、それが核兵器の増強を促すことになるというのが合意に対する批判の一つである。(もう一つに批判は、合意が、核を持たないとの約束と引き替えに原子力開発協力を保証するNPT体制の根幹を揺るがすというものである。)ところが2006年3月16日に明らかにされた印ロの取り決めにより、ロシアがタラプールの2基の原子炉(米国GE製)用の低濃縮ウラン燃料を提供したので話がややこしくなった。米国は、NSGの規則を正式に変更するまでウラン燃料をインドに送らないように要請していたが、ロシアはこれを無視して搬入した。(ロシアは、2001年初頭にも、安全性を理由に、タラプールの原子炉用にウランを提供している。)
- *4核情報注:発電用原子炉をインドが勝手に民生用・軍事用どちらにも指定できるような仕組みでは「包括的保障措置」でありようがない。
- *5核情報注:インドは包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名さえしていない。「米印原子力協力協定」に向けた交渉において、インドは、その一方的なモラトリアムの誓いを破っても、米国による燃料供給の保証が続くようなかたちにしようと試みている。
- *6核情報注:インドとパキスタンは兵器用核分裂性物質の生産を継続中。中国とパキスタンが米印と同様の取り決めをしてNSGの例外措置を求める可能性がある。
つぎを参照:パキスタン、大型プルトニウム生産炉建設中?
2006年3月2日共同声明
両首脳は
「インドの分離計画に関する話し合いが成功裏に完結したことを歓迎し、核協力に関する2005年7月18日の約束の完全な実施を期待する。この歴史的な偉業は、両国が、インドと米国の間、そして、インドと国際社会全体との間の、完全な民生用原子力協力という両国共通の目標に向けて前進することを可能にするだろう。」
▲ページ先頭へ戻る3月2日に合意された分離計画の中身
インド政府が、2006年5月11日に同国議会に提出した「2005年7月18日インド・米国共同声明の実施:インドの分離計画」(英文 pdf)によると、合意されたインドの分離計画は次の通り
1)2006年から2014年の間に発電用原子炉(熱中性子炉)14基を保障措置下に置く炉として提供する。
この文書にある表に示されている14基は、原子力百科事典ATOMICAの「インドの原子力発電所一覧表」でいうと、次の通り。
- 現在保障措置下にある4基
- タラプール1&2
- ラジャスタン1&2
- 建設中のロシア製原子炉2基
- クランダム1&2
- インド製加圧型重水炉8基
- ラジャスタン3−6
- カクラパー1&2
- ナローラ1&2
2)高速増殖炉
カルパカムにある原型高速増殖炉(PFBR)及び高速増殖実験炉(FBTR)は、保障措置下に置かない。
3)将来の原子炉
「インドは、将来の民生用熱中性子炉と民生用高速増殖炉をすべて保障措置下に置くことを決定した。インド政府は、このような原子炉を民生用と決定する独占的権利を保持する。」*
:核情報注:
インドが民生用と呼ぶことに決めた炉は保障措置下に置くが、民生用と呼ばないことにした炉は、保障措置下に置かない、ということ。
4)研究炉
「インドは、サイラス(CIRUS)原子炉を2010年に永久的に閉鎖する。インドはまた、フランスから購入されたAPSARA炉の炉心を2010年に「バーバ原子力研究センター(Bhabha Atomic Research Center,BARC)」の外に移動し保障措置下に置くべく提供する用意がある。」*
*核情報注:
研究炉サイラスとドルーバは、実際は軍事用プルトニウム生産炉
サイラス 重水減速 天然ウラン 熱出力 40メガワット
ドルーバ 重水減速 天然ウラン 熱出力 100メガワット (継続利用)
APSARA 軽水減速 中濃縮ウラン プール型 熱出力 1メガワット
5)再処理施設
「インドは、タラプール動力炉燃料再処理工場(PREFRE)に関しては、2010年以後、『キャンペーン』モードで保障措置を受け入れる用意がある。」
*核情報注:
保障措置下にある燃料の再処理を行っている期間(キャンペーン)中に限って、IAEAの保障措置を受ける用意があるという意味。
1977年に運転を開始したPREFRE(100tHM/yr)は、軍事用のサイラス、ドルーバの使用済み燃料の他、加圧重水炉とラジャスタン1及び2号の使用済み燃料を再処理してきた。インドは、保障措置下にあるラジャスタン炉(カナダ型のCANDU炉)の燃料を再処理する場合だけ、IAEAの保障措置を受け入れてきた。米印の合意でインド独自開発の加圧重水炉8基が保障措置下に置かれるようになると、インドはこれらの原子炉の使用済み燃料を再処理する場合にも、保障措置を受け入れる用意があるということである。
一方、1997年に運転を開始したカルパカム再処理工場(KARP:100tHM/yr)は保障措置に置かれない。この工場では、マドラス原発(加圧重水炉)とカルパカムの高速増殖実験炉(FBTR:1998年運転開始)の燃料を再処理する。
この他、同じパルパカムの二つの高速増殖炉用再処理施設(1.実証用:2003年運転開始 2.実用規模:運転開始予定不明)も保障措置下に置かれない。
▲ページ先頭へ戻る「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」による分離例
「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」は、その論文Separating Indian Military and Civilian Nuclear Facilities(2005年12月19日 pdf)において、インドの施設を1)民生用施設、2)兵器用核分裂性物質生産施設、3)海軍艦船用原子炉計画の三つに分け、ブラジルの例に倣い、海軍用のものも保障措置下に置くべきだと述べている。インドが発表した分離計画では、3)のカルパカムの原型海軍用原子炉(PWR)とマイソールのウラン濃縮施設(遠心分離)の他、1)の8基の発電用原子炉や高速増殖炉、再処理施設、ウラン濃縮研究・開発施設などが保障措置から外されている。
下は、ISISが兵器用の核分裂性物質生産施設と分類したもの
グループ2 核兵器用核分裂性物質生産
名前 | 場所 | タイプ | 開始年 | 機能 |
---|---|---|---|---|
サイラス | トロンベイ | 40MW重水炉 研究炉 | 1960 | カナダ提供 兵器級プルトニウム生産 |
ドルーバ | トロンベイ | 100MW重水炉 研究炉 | 1985 | 兵器級プルトニウム生産 |
燃料製造施設 | トロンベイ | 135tHM/yr | 1982 | 天然ウラン燃料 サイラス、ドルーバ用 |
プルトニウム 分離工場 | トロンベイ | 30-50tHM/yr | 1964 | サイラス・ドルーバ燃料再処理 主として核兵器用 |
プルトニウム 兵器部品施設 | トロンベイ | 規模不明 | 不明 | 核兵器用プルトニウム部品 |
名前 | 場所 | タイプ | 機能 |
---|---|---|---|
稀少物質プロジェクト (RMP) | マイソール | ガス遠心分離施設 | 核兵器用ウラン濃縮可能 |
ウラン兵器部品施設 | 不明 | 規模不明 | 核兵器用ウラン部品 |
参考
- 米下院、インドとの「原子力協力促進法案」を可決 (読売新聞 7月28日)
- 対印核協力法案を可決 米下院、年内成立の公算 (共同通信7月27日)
- 米印合意の承認見送り 原子力供給国グループ総会(共同通信 6月3日)対インド原子力協力、合意先送り 日本など慎重論
- 他人事でない米印原子力協力問題(日経新聞 2006年4月26日)
- 世界平和アピール七人委員会『米国とインドの原子力協力推進についての要望書』
- 原子力委員会国際問題懇談会
- 第1回会合(2006年4月28日)インドをめぐる国際動向について
- インドの原子力開発動向など意見交換−原子力委・国際問題懇談会が初会合(電気新聞 2006年5月2日
- 第2回会合(6月23日)インドをめぐる国際動向について
- インドを巡る国際動向で議論−原子力委国際問題懇、米・アジアとの関係踏まえ(電気新聞 2006年6月26日)
- 日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター小山謹二客員研究員論文
『核兵器廃絶への道は閉ざされるのか──米印原子力協力協定の及ぼす影響』 - 原子力百科事典ATOMICA インドの原子力開発と原子力施設
- Press Briefing by Under Secretary of State for Political Affairs Nick Burns New Delhi, India (March 2, 2006)
- 米国議会調査サービス(CRS)報告書(2005年7月29日)U. S. Nuclear Cooperation With India: Issues for Congress (PDF)
- 「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」論文Separating Indian Military and Civilian Nuclear Facilities(2005年12月19日 pdf)
- 米印合意に反対する12人の専門家が合意を支持するエルバラダイIAEA事務局長に宛てて出した公開書簡(2006年7月24日)(英文 pdf)
- 米国NGO「軍備管理協会(ACT)」米印原子力協力取引問題特集