核情報

2006.8.10

NPTの根幹を揺るがす米印原子力協力

7月26日、米国下院で、核拡散防止条約(NPT)の枠外で核保有に至ったインドへの原子力協力を可能にする「米印原子力協力促進法案」(英文pdf)が通過しました(賛成359、反対68)。これは、昨年7月18日のワシントンでの米印首脳共同声明、続く今年3月2日のニューデリーでの同共同声明で明らかにされた両国の原子力協力合意の実現に向けての重要な一歩をなすものです。上院は秋に同様の法案を可決するだろうと見られています。もしこのまま米国での手続きが終われば、NPTの根幹に関わる両国の合意の行方を決めるカギとなるのは、核技術・物質の輸出規制で協力している「原子力供給国グループ(NSG)」諸国(日本を含む45ヶ国)がインドを規制の例外にすることに合意するか否かです。NSGのつぎの会合(協議グループ=Consultative Group会合)は10月に予定されています。

米国下院を通過した法案は、NPT非加盟国インドに原子力関係の機器・技術を輸出することを禁じている米国の現行法を改訂して、「米印原子力協力協定」を締結することを可能にするものです。ただし、最終的な協定内容が確定した段階で、再度議会の承認を得ることを義務づけています。

燃料供給などの面での米国の協力と引き替えにインドが3月2日に約束したのは、基本的に、22基の運転中及び建設中の原発のうち14基を国際原子力機関(IAEA)の保障措置下に置くということだけです。しかも、6基は外国製であるため元々保障措置が義務づけられいるものです。つまり、国産原子炉16基のうち、半分の8基だけを2014年までに保障措置下に置くというのが、インドの「譲歩」の中身です。軍事用プルトニウム生産炉に加えて、国産の残りの8基は、保障措置の対象とせず、軍事用のプルトニウム生産に使う可能性を残し、新たに建設される原発については、保障措置下に置くかどうかインドが好きなように決める、高速増殖炉は、保障措置下に置かないということになっています。

以下、米印合意の内容・背景について簡単にまとめました。

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米印原子力協力関係略年表

1950年代
米国、「平和のための原子」政策の下にインドの原子力開発に協力
1969年
米国GE社製原発2基タラプールで運転開始
1970年
核拡散防止条約(NPT)発効
1974年
インド核実験(米国提供の重水を利用したサイラス炉で作ったプルトニウムを利用)
1975年
米国の主導で原子力供給国グループ(NSG)設立
1978年
原子力供給国グループ(NSG)ガイドライン
米国核不拡散法(包括的保障措置のない国への核関連輸出禁止)
1998年
インド・パキスタン核実験
国連安保理決議1172(印パ両国に核兵器を放棄し、非核兵器国としてNPTに加盟することを求めたもの)
2004年1月12日
米印「戦略的パートナーシップの次のステップ」署名
米国は、民生用の宇宙計画及び高度技術の貿易、ミサイル防衛の試み、民生用原子力活動などにおいてインドに協力すると謳っている。
2005年7月18日
米印共同声明で原子力協力について基本合意
インドは民生用と軍事用の核施設を分離し、米国は前者に協力するとの内容
2006年3月2日
米印共同声明でインドの分離計画を承諾
2006年6月1-2日
ブラジルでNSGの総会 インドの例外措置見送り
2006年7月26日
「米印原子力協力促進法案」米国下院通過
2007年4月19-20日
南アフリカ共和国のケープタウンでNSG総会 インドの例外措置先送り

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インドの核保有データ

現在の推定保有量 50発程度
将来の計画 300〜400発?
核兵器用プルトニウム
 保有量 500kg? (約100発分)
 生産能力 (年間7発分程度) 
  サイラス生産炉 2010年の運転停止までに合計約45kg
  ドルーバ生産炉 20−25kg/年
 可能性
  ドルーバ規模をもう1基建設 20−25kg/年
  保障措置下にない重水減速原発の1基を使用 60−100kg/年
 (炉の最大能力は、150−200kg/年/基。実際の製造量はウラン供給能力によって決まる。)
  高速増殖原型炉(2010年完成予定) 130−140kg/年

   合計すると、年間40−50発分程度になる可能性

 さらなる可能性
  既存の加圧型重水原発の使用済み燃料(保障措置下に置かれない)の利用
  原子炉級プルトニウム 11トン分=約1400発 (主用途は高速増殖炉用か)

 *出典 印パの専門家らによるDraft report for the International Panel on Fissile Materials (pdf)*

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天然ウラン需給関係

需要 (2006年5月現在)
 発電用原子炉(保障措置下のCANDU炉2基を含む)430トン/年
(299万kW 設備利用率80%として計算。2007−8年に加圧型重水原発5基運転開始)
 核兵器用プルトウム生産炉2基 35トン/年
 ウラン濃縮施設 10トン/年
 合計475トン/年
供給
 国内ウラン生産300トン/年以下
 ストック(米印取引がなければ2007年で枯渇と推定)

 *出典 印パの専門家らによるDraft report for the International Panel on Fissile Materials (pdf)

「実際のところ、我々は必死だった。核燃料は、二〇〇六年末までの分しかないんです。この合意ができなければ、原子炉を停止することになっていたかもしれない──そして、その延長として、原子力計画を。」

インドの政府関係者──BBCの2005年7月26日付け記事 Indian PM feels political heatより

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2005年7月18日共同声明の原子力協力に関する主な内容

+米国側

 大統領は、インドの大量破壊兵器拡散防止の取り組みを高く評価し、インドが、責任ある行動をとる先進核技術国を持つ国として、同様の他の国と同じ恩恵と利点を享受できるようになるべきだと考え、つぎのことを約束。


+インド側

 首相はつぎのことを約束。


+両国

 両首脳は、これらの約束を果たすのに必要な行動をとるための作業グループを設立し、米国大統領が2006年に訪印する際にその進展状況について検討することで合意した。

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2006年3月2日共同声明

両首脳は

「インドの分離計画に関する話し合いが成功裏に完結したことを歓迎し、核協力に関する2005年7月18日の約束の完全な実施を期待する。この歴史的な偉業は、両国が、インドと米国の間、そして、インドと国際社会全体との間の、完全な民生用原子力協力という両国共通の目標に向けて前進することを可能にするだろう。」

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3月2日に合意された分離計画の中身

インド政府が、2006年5月11日に同国議会に提出した「2005年7月18日インド・米国共同声明の実施:インドの分離計画」(英文 pdf)によると、合意されたインドの分離計画は次の通り

1)2006年から2014年の間に発電用原子炉(熱中性子炉)14基を保障措置下に置く炉として提供する。

この文書にある表に示されている14基は、原子力百科事典ATOMICAの「インドの原子力発電所一覧表」でいうと、次の通り。

2)高速増殖炉 

カルパカムにある原型高速増殖炉(PFBR)及び高速増殖実験炉(FBTR)は、保障措置下に置かない。

3)将来の原子炉

「インドは、将来の民生用熱中性子炉と民生用高速増殖炉をすべて保障措置下に置くことを決定した。インド政府は、このような原子炉を民生用と決定する独占的権利を保持する。」*

:核情報注:

インドが民生用と呼ぶことに決めた炉は保障措置下に置くが、民生用と呼ばないことにした炉は、保障措置下に置かない、ということ。

4)研究炉

 「インドは、サイラス(CIRUS)原子炉を2010年に永久的に閉鎖する。インドはまた、フランスから購入されたAPSARA炉の炉心を2010年に「バーバ原子力研究センター(Bhabha Atomic Research Center,BARC)」の外に移動し保障措置下に置くべく提供する用意がある。」*

*核情報注:

研究炉サイラスとドルーバは、実際は軍事用プルトニウム生産炉

 サイラス 重水減速 天然ウラン 熱出力  40メガワット

 ドルーバ 重水減速 天然ウラン 熱出力 100メガワット (継続利用)

APSARA 軽水減速 中濃縮ウラン プール型 熱出力 1メガワット

5)再処理施設

 「インドは、タラプール動力炉燃料再処理工場(PREFRE)に関しては、2010年以後、『キャンペーン』モードで保障措置を受け入れる用意がある。」

*核情報注:

 保障措置下にある燃料の再処理を行っている期間(キャンペーン)中に限って、IAEAの保障措置を受ける用意があるという意味。

 1977年に運転を開始したPREFRE(100tHM/yr)は、軍事用のサイラス、ドルーバの使用済み燃料の他、加圧重水炉とラジャスタン1及び2号の使用済み燃料を再処理してきた。インドは、保障措置下にあるラジャスタン炉(カナダ型のCANDU炉)の燃料を再処理する場合だけ、IAEAの保障措置を受け入れてきた。米印の合意でインド独自開発の加圧重水炉8基が保障措置下に置かれるようになると、インドはこれらの原子炉の使用済み燃料を再処理する場合にも、保障措置を受け入れる用意があるということである。

 一方、1997年に運転を開始したカルパカム再処理工場(KARP:100tHM/yr)は保障措置に置かれない。この工場では、マドラス原発(加圧重水炉)とカルパカムの高速増殖実験炉(FBTR:1998年運転開始)の燃料を再処理する。

 この他、同じパルパカムの二つの高速増殖炉用再処理施設(1.実証用:2003年運転開始 2.実用規模:運転開始予定不明)も保障措置下に置かれない。

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「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」による分離例

「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」は、その論文Separating Indian Military and Civilian Nuclear Facilities(2005年12月19日 pdf)において、インドの施設を1)民生用施設、2)兵器用核分裂性物質生産施設、3)海軍艦船用原子炉計画の三つに分け、ブラジルの例に倣い、海軍用のものも保障措置下に置くべきだと述べている。インドが発表した分離計画では、3)のカルパカムの原型海軍用原子炉(PWR)とマイソールのウラン濃縮施設(遠心分離)の他、1)の8基の発電用原子炉や高速増殖炉、再処理施設、ウラン濃縮研究・開発施設などが保障措置から外されている。

下は、ISISが兵器用の核分裂性物質生産施設と分類したもの

グループ2 核兵器用核分裂性物質生産


プルトニウム生産
名前場所タイプ開始年機能
サイラストロンベイ40MW重水炉
研究炉
1960カナダ提供
兵器級プルトニウム生産
ドルーバトロンベイ100MW重水炉
研究炉
1985兵器級プルトニウム生産
燃料製造施設トロンベイ135tHM/yr1982天然ウラン燃料
サイラス、ドルーバ用
プルトニウム
分離工場
トロンベイ30-50tHM/yr1964サイラス・ドルーバ燃料再処理
主として核兵器用
プルトニウム
兵器部品施設
トロンベイ規模不明不明核兵器用プルトニウム部品
高濃縮ウラン生産
名前場所タイプ機能
稀少物質プロジェクト
(RMP)
マイソールガス遠心分離施設 核兵器用ウラン濃縮可能
ウラン兵器部品施設不明規模不明核兵器用ウラン部品
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参考


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