核情報

2016. 4.16

G7外相広島宣言──長年「非人道性」を訴えてきた日本?
元は2010年再検討会議最終文書──(非)人道性キャンペーン主導は別の国々

G7外相会合広島宣言を巡る報道の中で、日本が以前から主張してきた「核兵器の非人道性」を核保有国の抵抗で引っ込めたとの説明がしばしば見られます。確かに、日本は1994年以来毎年国連総会に提出している核軍縮決議案の中に、「核兵器のあらゆる使用の悲惨な人道的結末に深い懸念を表明し」という文言を2010年から入れています。しかし、この文言は2010年核不拡散条約(NPT)再検討会議の最終文書にある表現から来ています。そして、2010年の日本決議には米国が主要共同提案国となり、英仏ロも賛成票を投じています(中国は棄権)。2012年の日本決議では英国も共同提案国に加わりました。2014年まで英米仏は賛成、ロシアも2013年まで賛成という状況だったのです。

  1. 2010年の非(人道性)の登場──日本決議の変更と非人道性キャンペーン
  2. 広島宣言関連の報道のランダムな抜粋
  3. ケリー国務長官の広島訪問とオバマ大統領の計画

参考

以下、2010年からの流れを概観した後、今回の広島宣言を巡る報道をランダムに抜粋して、どう読めばいいのか見てみましょう。

2010年の(非)人道性の登場──日本決議の変更と(非)人道性キャンペーン

(非)人道性の文言の元は2010年再検討会議最終文書

2010年再検討会議最終文書は「会議は、いくつかの核兵器国による2国間もしくは一方的な核兵器削減の達成を歓迎しつつ、配備され、備蓄されている核兵器の総数が依然として推定数千発に上るという事実に懸念をもって留意する。会議は、これら兵器が使用される可能性と、使用がもたらすであろう壊滅的な(非)人道的結果(the catastrophic humanitarian consequences)に対して深刻な懸念を表明する」と述べています。さらに、「結論ならびに今後の行動に向けた勧告」の中で「会議は、核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての加盟国がいかなる時も、国際人道法(international humanitarian law)を含め、適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する」としています。

「非人道的」「非人道性」というのはhumanitarianの訳し方の一つです。結末は当然人道的ではないので、それは人道上の問題、「非人道性」であり、言い換えれば非人道的結末・結果となります。

これを受けた2010年の日本決議には次のようにあります(以後同じ表現を2015年まで使い続けています)。

核兵器のあらゆる使用の悲惨な人道的結末(the catastrophic humanitarian consequences)に深い懸念を表明し,また,核戦争及び核テロリズムを回避するためにあらゆる努力が払われるべきことを確信しつつ,すべての国が国際人道法を含む適用可能な国際法を常に完全に遵守する必要性を再確認し,

出典:外務省仮訳(pdf)

2012年の(非)人道性キャンペーン旗揚げ

2010年最終文書の文言に焦点を当て、2013年3月ノルウェー(オスロ)、2014年2月メキシコ(ジャナリット)、2014年12月オーストリア(ウイーン)で国際会議を開き、非人道的な核兵器を早期に廃絶するために核兵器禁止条約を結ぶべきと言うキャンペーンを展開してきたのは他の国々です。

これらの国々は2012年5月2日、「2015年核不拡散条約再検討会議第一回準備委員会」において「核軍縮の人道的側面に関する16か国共同声明」を発表しました。声明は、核兵器の非人道性を強調し「もっとも重要なことは、このような兵器が、いかなる状況の下においても二度と使用されないこと」と述べています。これが、(非)人道性キャンペーンの旗揚げです。 声明を発表したのは次の国々です。
オーストリア、チリ、コスタリカ、デンマーク、バチカン、エジプト、インドネシア、アイルランド、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、ノルウェー、フィリピン、南アフリカ、スイス
日本は、これが核の傘に依存する日本の政策と矛盾するとして参加を拒否しました。

日本政府は、生物・化学兵器及び大量の通常兵器による日本に対する攻撃に対しても、米国が核兵器で報復するオプションを維持することを望むとの立場を表明してきています。核兵器攻撃に対する報復以外の場合には核兵器を使わないとする「核兵器先制不使用」宣言を米国がすると日本の安全保障に責任を持てなくなるというのがこれまでの外務省の説明です。核兵器の唯一の目的(役割)を核攻撃の抑止とする政策にも日本は賛成できません。この政策が変わらない限り、共同声明に参加出来ないのは当然とも言えます。日本は、2012年国連総会第一委員会、2013年NPT第二回準備委員会におけるこれらの国々の共同声明にも参加しませんでした。

2013年10月の(非)人道性声明に参加したが、詭弁を弄する日本

ところが、日本は2013年の国連総会第一委員会で出された共同声明(10月21日)には、妙な説明をして参加しました。声明は、「我々の国々は,核兵器のもたらす壊滅的な人道的結末について深く懸念している」「いかなる状況においても,核兵器が二度と使用されないことが人類の生存そのものにとって利益である」「核兵器が決して使用されないことを保証する唯一の方法は核兵器廃絶である」(外務省仮訳:以下同様)と述べています。

日本政府は、声明の中に「我々は、核兵器の壊滅的な結末についての意識が、核軍縮に向けたすべてのアプローチ及び努力を支えなければならないことを確信する」との文言が入ったから参加することにしたと説明しました。菅義偉官房長官は22日午前の記者会見で、「核軍縮に向けた全てのアプローチを明記することで、拡大抑止政策を含む安全保障政策、日本の今までの考え方と同じ考え方がその中に入っている。この政策の中で、段階的に核軍縮を進める日本のアプローチと、[声明]とが整合的であることが確認できた」と解説しました。同日の外務大臣談話も、声明が「我が国の安全保障政策や核軍縮アプローチとも整合的な内容に修正されたことをふまえ」署名したとしています。つまり、「全てのアプローチ」の挿入により、[先制使用も含む]核抑止によって自国の安全を保ちながら段階的核軍縮をめざすという日本のアプローチも認められたという意味不明の解釈です。 問題の文言は、常に、核兵器がもたらすの壊滅的結果のことを念頭に置いて核軍縮に向けて進むよう呼びかけているだけで、あらゆるアプローチを支持すると述べているわけではありません。

矛盾を解消するには、先制不使用、核兵器の唯一の目的・役割を巡る日本の政策を変更するしかありません。この時、政策を変更しないで声明に参加し、妙な説明を付けてごまかしたことが大きく取り上げられなかったのが残念です。後述する今回の「誤訳問題」より小さな問題だということでは決してないでしょう。(出典:核兵器非人道性声明。に日本署名──「拡大抑止政策と整合」と説明する政府 核情報 2013.11.30)

2014年オーストリア「人道性誓約」で加速するキャンペーン

2014年12月8~9日に開かれた「核兵器の人道上の影響に関するウィーン会議」の主催国及び議長国として、オーストリアは会議の最後に、核兵器の非人道性を強調し、核兵器の禁止・廃棄に向けた行動を起こすことを誓う独自の「誓約」を発表しました。

 ……

 オーストリアは、すべてのNPT加盟国に対し、第6条に基づく既存の義務を早期かつ完全に履行するとの自国の誓約を一新するよう求める。そしてそのために、核兵器の禁止及び廃棄に向けた法的なギャップを埋めるための効果的な諸措置を特定し、追求するよう求める。また、オーストリアは、こうした目標の実現に向けて、あらゆる関係者と協力してゆくことを誓約する。

 オーストリアは、核兵器保有国に対し、核兵器の運用体制の緩和、配備から非配備への移行、軍事ドクトリンにおける核兵器の役割低減、すべての種類の核兵器の早急な削減を含む、核兵器爆発の危険性低下に向けた具体的な中間的措置を講じるよう求める。

 受け入れがたい人道上の影響及び関連した危険性の観点から、核兵器を忌むべきものとし、禁止し、廃絶する努力において、オーストリアはすべての関係者、各国政府、国際機関、国際赤十字・赤新月運動、議員、そして市民社会と協力していくことを誓約する。

出典:オーストリアの誓約(暫定訳:長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA))

2015年12月国連総会での「人道性誓約」決議──日本は棄権

2015年12月7日、前年のオーストリアの誓約の内容を反映した「核兵器の禁止と廃絶に向けた人道性の誓約」決議が国連総会で投票に付され、賛成139、反対29、棄権17という結果となりました(投票結果:英文 pdf)

日本は北大西洋条約機構(NATO)加盟国のほとんどの国々とともに棄権しました。

決議には次のようにあります。

総会は

……

核兵器の人道上の影響に関し、2013年3月にノルウェー、2014年2月にメキシコ、2014年12月にオーストリアでそれぞれ開催された3回の国際会議とそれらの会議で提示された説得力のある証拠を想起し、……

3.すべてのNPT※加盟国に対し、第6条に基づく既存の義務を早期かつ完全に履行するとの自国の誓約を一新するよう要請する。また、すべての加盟国に対し、核兵器の禁止及び廃棄に向けた法的なギャップを埋めるための効果的な諸措置を特定し、追求するとともに、こうした目標の実現に向けて、あらゆる関係者と協力してゆくよう求める。

4.すべての核兵器保有国に対し、保有核兵器の全面的廃絶が達成されるまでの間、核兵器の運用態勢の緩和、配備から非配備への移行、軍事ドクトリンにおける核兵器の役割低減、すべての種類の核兵器の早急な削減を含む、核兵器爆発の危険性を低下させる具体的な中間措置を講じるよう求める。

5.すべての関係者、各国政府、国際機関、国際赤十字・赤新月運動、議員、市民社会に対し、受け入れがたい人道上の影響及び関連した危険性の観点から、核兵器を忌むべきものとし、禁止し、廃絶する努力において協力を行うことを求める。

6.第71会期の暫定議題として、「全面完全軍縮」項目の下に「核兵器の禁止と廃絶に向けた人道性の誓約」という副項目を含めることを決定する。

※印には参照すべき文書の名称等が記載されているが省略した。

出典:RECNA暫定訳
英文はこちら
A/C.1/70/L.38 Humanitarian pledge for the prohibition and elimination of nuclear weapons (pdf)

人道性キャンペーンの煽りを食った2015年日本決議の投票結果?

2015年日本決議案は、2010~2014年の前文の「人道的結末」の部分はそのまま踏襲しました。目立つ追加としては次のようなものがありました。

核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の結末が十分に理解されるべきであり、関連してそうした理解を広げる努力が行われるべきであることに留意し……

3.核兵器使用による人道上の結末に対する深い懸念が、核兵器のない世界に向けたすべての国家の努力を支え続けていることを強調する。……

23.各国指導者や若者らが核兵器使用の被害都市を訪問することや、原爆を生き延びた人々(被爆者)の証言を聴くことなどを含めて、核兵器使用がもたらす人道上の影響に対する意識を喚起するためのあらゆる努力が行われることを奨励する。

出典:RECNA暫定訳より抜粋

投票結果は、賛成166、反対3(中国,北朝鮮,ロシア)、棄権16(キューバ,エクアドル,エジプト,仏,インド,イラン,イスラエル,モーリシャス,ミャンマー,パキスタン,韓国,南ア,シリア,英国,米国,ジンバブエ)でした。

米英までが棄権になったのは、日本案の人道性の部分が強くなったからというより、同じ人道性という表現を使う「誓約」決議の煽りを食ったということでしょうか。中国が反対し、韓国が棄権した理由は、被爆都市訪問に触れた部分が日本を全般的「被害国」と捉える姿勢と取られ反発を招いたことにあるようです。この項目は、米国にとっても賛成しがたかったのではないでしょうか。今も、オバマ大統領は、5月のG7伊勢志摩サミットでの訪日の際に広島を訪れるかどうか、微妙な政治的計算をしていると伝えられています。昨年の段階で自分の広島訪問を確約するような文言に賛成するのは困難だったと見て良いでしょう。人道性キャンペーンがなかったとして、この文言にオバマ政権が賛成票を投じることが可能だったかどうか。

いずれにしても、日本案の「人道性」の文言が真空状態の中で登場したために対立が生じたということではなく、人道性キャンペーンを展開している国々と核保有国の間で起きている「対立」が日本案への投票結果に影響を与えたということがポイントです。

参考:日米団体からオバマ大統領に被爆地訪問要請─核なき世界に向けた行動を 核情報 2015年07月29日

誤訳問題についてひとこと

最終的にG7外相会合広島宣言で使われたhuman sufferingを外務省が「非人間的な苦難」と訳したことについて、核保有国の抵抗で「非人道的」の代わりに、軽い言葉を使いながら、国内向けに「非人道的」と同様の意味の文言を入れたと思わせる意図的「誤訳」だという趣旨の批判がされています。

問題の部分はこれです。

広島及び長崎の人々は,原子爆弾投下による極めて甚大な壊滅と非人間的な苦難という結末(immense devastation and human suffering as a consequence)を経験し,そして自らの街をこれほどまでに目覚ましく復興させた。

ここで参考になるのは、前述の2012年に「2015年核不拡散条約再検討会議」第一回準備委員会で出された核軍縮の人道的側面に関する共同声明にある次の文言です。

最近、国際赤十字および赤新月社運動代表者会議は、あらゆる核兵器の使用に起因する計り知れない人間の苦痛(inculculabe human suffering)を強調するだけでなく、いかなる核兵器の使用であっても、国際人道法の規則といかに両立しうるかを思い描くことは困難であることを強調する決議を採択しました。

ここには計り知れないという形容詞が付いているのですが、human sufferingが登場します。この文言を国際赤十字および赤新月社運動代表者会議が選んだことについて、表現が「軽すぎる」との非難がされるでしょうか。また、それを12カ国が引用したことが問題になるでしょうか。さらに、この文言を訳者が「計り知れない非人間的苦しみ」と訳したとして、それが問題になるでしょうか。

問題は文脈です。日本対核保有国との関係においてではなく、(非)人道性キャンペーンを展開している諸国・団体と核保有国(核の傘の下の国々)との間に「対立」が生じ、そのためにキャンペーンで使われて来た「(非)人道的結末・結果(humanitarian consequences)」、あるいはそれに近い表現が広島宣言で採用されなかった。代わりにhuman suffering as a consequenceという文言が使われた。「(非)人道的結末・結果(humanitarian consequences)」が原案にあったことは、発表された宣言訳の「原子爆弾投下による極めて甚大な壊滅と非人間的な苦難という結末」という表現からも想像できる。最終的な英文にある「…… human suffering as a consequence of the atomic bombings」 から素直に訳せば「原子爆弾投下の結果、極めて甚大な壊滅と非人間的な苦難(人々の苦難)を経験」となる。この文脈においてhuman sufferingをどう訳すか。

「(非)人道的結末」が消えたことを明確に示すという意識を持って訳すか。逆に、明確に示すことを避けるために訳すか。あるいは、元々込められていた意味を入れ、思いを込めて訳すか。はたまた、文脈をまったく意識せず訳すか。これが与えられた選択肢となります。

外務省の担当官が何を考えて訳語を選んだかは当人(達)にしか分かりません。

残念なのは、この「誤訳問題」を巡る議論と少なくとも同レベルの議論が、核の使用に関する政策を変えずに形だけ2013年の共同声明に参加した日本の姿勢を巡って起きなかったことです。

参考:

広島宣言関連の報道のランダムな抜粋

広島宣言に日本が以前から唱えてきた核兵器の「非人道性」が入らなかった?


2015年日本決議と人道誓約決議


非人道性キャンペーン──オスロ会議


ケリー国務長官の広島訪問とオバマ大統領の計画




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