核情報

2005.2.8

濃縮・再処理モラトリアム案概説

国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長が、核兵器の拡散につながるウラン濃縮施設と再処理(プルトニウム抽出)施設の建設に5年間のモラトリアムを課すことを提案して話題を呼んでいます。事務局長は、この案を、5月にニューヨークで開かれる5年に一度の「核不拡散条約(NPT)」再検討会議で正式に提案することを発表しています。


『フィナンシャシル・タイムズ』紙(2005年2月2日)の投稿記事(IAEAサイト掲載のもの)において、事務局長は、モラトリアム提案の背景にあるのは、安全保障状況が次の三つの点において大きく変化したことだと説明しています。すなわち、核の闇市場が登場していること、核兵器に利用することのできる核分裂性物質を作るための技術をなんとしても手に入れようとする国が増えていること、大量破壊兵器を手に入れようとする明らかな意図がテロリストにあることです。このような状況に対処するために、再検討会議がとるべきだとして事務局長があげた7つのステップの最初のものが、「ウラン濃縮とプルトニウム分離のためのこれ以上の施設の建設を5年間停止」することです。そして「これらの施設をこれ以上作るやむにやまれぬ理由はない。原子力産業は、発電所や研究センターの燃料を供給する十分な能力を持っている」と述べています。

そして、この猶予期間を使って、この「技術を管理するもっと良い長期的オプションを作り出す」ことを提案しています。「(例えば、多国間コントロールの下における地域センター)。これらのアイデアを検討するために、私は、国際的原子力専門家グループを設けた。彼らの提案は、再検討会議の際に出されることになる。」  この23人からなる専門家グループは、2004年夏に設置されたもので、3月に事務局長に報告書を提出することになっています。日本からは、元原子力委員の遠藤哲也・外務省参与が参加していることからも分かるとおり、専門家グループといっても、中立の立場からの議論がなされていいるわけではなく各国の思惑が絡んだ政治的な駆け引きが行われていることは容易に想像がつきます。多国間管理とはどのようなもになりうるのか、多国間管理であればいいのかなど議論の必要があることは間違いありません。

日本の原子力関係者の間では、事務局長の発言を、個人のものにすぎないと軽視したがる傾向があるようですが、IAEAのサイトには、この問題についての特別コーナーが設けられており、事務局長個人の昨日や今日の思いつきのレベルのものでないことは確かです。エルバラダイ事務局長が最初に、濃縮・再処理の規制の必要性を取り上げたのは、2003年9月のIAEA総会でのことでした。その後、IAEA理事会や総会での報告、米国カーネギー平和財団主催の国際核拡散防止会議のキーノート演説『核拡散防止−−急速に変化する世界におけるグローバル安全保障』(2004年6月21日)、投稿記事などにおいて、その主張を展開してきました。また、『アームズ・コントロール・トゥデー』誌2004年12月号では、IAEAの二人のスタッフが、個人の資格においてではありながら、エルバラダイ事務局の主張の背景にある多国間管理のアプローチについての説明を試みています


モラトリアム案をだしているのは、エルバラダイ事務局長だけではありません。 国連の機能・組織改革について検討するためにコフィー・アナン国連事務総長が設立したハイレベル諮問委員会は、2004年12月2日に発表した『より安全な世界と国連の強化に関する提言』の中で、NPT3条(保障措置)および4条(原子力開発の権利)に基づいたかたちでIAEAが濃縮・再処理サービス提供を保証する仕組みについて交渉が続けられている間、

「各国は、NPTの下で認められたこのような施設を建設する権利を放棄することなく、自発的に、これ以上の濃縮・再処理施設の建設に関する期間を限定したモラトリアムを設定すべきである。」
と提案しています。→関連部分の訳

また、このハイレベル諮問委員会に、国連軍縮諮問委員会が提出したインプット文書(pdf, 2004年10月)には、次のようにあります。

「今日、核燃料供給の余剰が存在し、核燃料サイクルのバックエンドについての議論が続いている。同時に、経済的ではないと見受けられる核燃料施設の建設が、懸念を呼んでいる。・・・

勧告

このような燃料サイクル施設の新規建設の5年間モラトリアムを宣言すべきである。同時に、現在の供給者が、市場価格で、モラトリアムを遵守しているすべての加盟国に対して燃料供給を保証するものとする。核燃料サイクルの「多国化」の方法を評価するためにIAEA事務局長が招集した専門家グループの結論が2005年にでることになっているが、国際社会は、これを慎重に検討し、適切であれば、実施するべきである。」(諮問委員会には、日本からは、猪口邦子氏が参加していて、文書は同氏のホームページで紹介されています。)

また、国連の大量破壊兵器委員会(WMDC)の委員長を務めるブリックス前IAEA事務局長は、次のように述べています。

「私の委員会では、すべての国の高濃縮ウラン及びプルトニウムの製造を禁止する条約に向けて進まなければならないとの非常に広範かつ強い意見がある。」(ボイス・オブ・アメリカ2004年6月30日)。

WMDCは2002年にダナパラ国連事務次長(当時)が出したアイデアを元に2003年末にスウェーデン政府の資金で設立されました。大量破壊兵器に焦点を合わせたものとしては、1999年の東京フォーラム以来のものです。15人からなるこの委員会には、ブリックス委員長、ダナパラ、ウィリアム・ペリー元米国国防長官などと並んでで日本からは西原正防衛大学校長が入ってます。委員会は、2006年初めに国連事務総長に最終報告書を提出することになっています。


ブッシュ大統領も、2004年2月11日に国防大学で行った演説『大量破壊兵器の脅威に対する新しい措置』の中で、

『原子力供給国グループ(NSG)』の40カ国(現在は44カ国)は、すでに本格的で稼働しているウラン濃縮・再処理施設を持っていない国には濃縮及び再処理機器・技術売ることを拒否すべきである。
と述べています。

非核兵器国のものとしては、初めての商業規模の再処理工場になろうとしている六ヶ所再処理工場は、モラトリアムの対象となるのでしょうか。エルバラダイ事務局長は、朝日新聞のインタビュー(2005年1月7日付け)において「凍結は、今後新たに濃縮・再処理能力を持とうとする国を対象とする。日本はすでに再処理能力を持つ約10カ国の一つだ。」との考えを示しています。しかし、「凍結実施後、既存の濃縮・再処理施設の取り扱いを検討する。核兵器保有国の施設もその対象となる。」と付け加えています。また、別の機会には、「最終的には、プルトニウムも高濃縮ウランも、まったく持たないと言うのが行くべき方向だ。」)(Newsweek May 20,2004)とも述べています。

昨年末からウラン試験を行っている六ヶ所工場で実際の使用済み燃料を使った試験が始まるのは、今年末か来年初めと見られています。ブッシュ大統領の「すでに本格的で稼働しているウラン濃縮・再処理施設を持っていない国」を文字通り解釈すれば、日本はまだ、本格的に稼働している施設を持っていない国に入り、関連機器・技術の提供を受けるべきでない国となります。モラトリアムの議論がでている時にわざわざ急いで駆け込み運転的に六ヶ所工場を動かすことは、国際的にどのような印象を与えるでしょうか。年間800トンの使用済み燃料の処理能力を持つことになるこの工場では、毎年、約8トンのプルトニウムが分離されます。8キロあれば1個核爆弾ができると見なすという現行のIAEAの数字を使えば、ざっと1000個分です。日本は、すでに、ヨーロッパと国内合わせて40トンの分離済みプルトニウムを短期の処分のめどの立たないまま保有しています。使用済み燃料を再処理して取り出したプルトニウムを再利用することに経済性がないことは原子力業界が認めています。上述のインプット文書の「経済的ではないと見受けられる核燃料施設の建設が、懸念を呼んでいる。・・・」という言葉が浮かんできます。

米国の有力なNGO「軍備管理協会(ACA)」のダリル・キンボール事務局長は、昨年暮れのウラン試験の開始について、次のようにコメントしています。

「プルトニウムなど、核の拡散防止を目指して国際社会が新たな規範を確立しようと奮闘しているのに、再処理の選択肢をほかの国にも与えかねない」(共同[2004-12-21-20:35] 

日本の人々はこの声に真剣に耳を傾けるべきでしょう。


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