核情報

2022. 8.30〜

中・独核共有論争──「戦争が始まればNPTは失効」とのNATO解釈巡り
NATO解釈をいつ知ったか、支持するか──答えない日本政府


Tenth Review Conference of Parties to Treaty on
Non-Proliferation of Nuclear Wepons
UN Photo / Manuel Elias

先週金曜(2022年8月26日)まで開かれていた第10回「核拡散防止条約(NPT)」再検討会議で「北大西洋条約機構(NATO)」における核共有体制について、中国とドイツが議論を戦わせた。故安倍晋三元首相が2月27日、ロシアによるウクライナ侵攻を背景に、日本も核共有の導入を検討すべきと発言したことが大きな議論を呼んだ割には、日本では注目されていないようだ。その背景には、日本導入の是非以前に、NATOの核共有を日本政府がどうみなしているかを重要視した論点が当時欠けていたことがあるのだろう。

核共有体制と第10回再検討会議での中・独応酬

米国はNATO加盟の欧州4カ国に15発ずつ、計60発の核爆弾を配備して核共有状態に置いている。これらの国々のパイロットは、それぞれの国が保有する核搭載可能航空機で核爆弾を運び投下する模擬訓練を定期的に実施している。だが、核爆弾は通常は米国の管理下にあり、戦争が始まればNPTは失効するから、この体制は核兵器国から非核兵器国への核兵器の移譲を禁じたNPTの条項に違反しないと米国(およびNATO諸国)は主張している。→米国解釈Q&A 1967年4月28日 [核情報粗訳]

今回の再検討会議では、まず、中国が、8月2日、NATOの核共有体制はNPTに違反し、核拡散・核戦争をもたらすと主張した。これに対して、8月4日、核共有国のドイツが、NATO側の解釈を繰り返した。NPTは、同条約発効のずっと前から存在していたNATOの核共有体制の維持を前提に交渉されたもので、すべてのNPT加盟国はNATO解釈を受け入れているというものだ。これを受け、中国(1992年加盟)が再反論。そんな解釈は、他国が核共有体制をNPT違反と見るかどうかは関係ないと主張した。実は、ドイツ(およびその他のNATO諸国)の反核運動も中国と同様の問題意識を持っている。

無理のあるドイツの言い分

「すべてのNPT加盟国はNATO解釈を受け入れている」とのドイツの主張には無理がある。確かに米国は、NPTの下での核共有に関する米国側の解釈について1967年4月28日にソ連側に提示している。だが、同文書が「公開」されたのは68年7月9日になってのことだ(条約の批准について議論する米上院に送付という形をとった)。NPTが署名開放となったのは、その約一週間前の7月1日(56カ国署名)なのだ。そして、公開されたといっても、どれほどの国が署名・批准前にこの解釈について理解していたかは、疑問だ。

実際、1980年代以来、米・NATO解釈は問題にされてきた。例えば1999年には「NPTの各条項は、各加盟国に対して、常に、いかなる状況においても拘束力を持つ」との文言を入れた決議案が国連総会で可決されている(賛成111、反対13、棄権39)。この決議案の提案国(および賛同国)や欧米の反核運動の主張は、冷戦後無用のものとなっている欧州配備の米核爆弾をすべて撤去し、論争に終止符を打つべきだというものだ。今回も、1995年に核共有についての解釈に異を唱えた非同盟諸国(NAM)を代表してインドネシアが、8月8日に核共有体制に終止符を打つよう要求している。[1] なお、条約の交渉時にNATOの核共有体制について受け入れていたはずのロシアも、NATO加盟国が増えている状況を背景に核共有を取りやめるよう要求している。[2]

NATO解釈についての問いに答えない日本政府

米解釈を日本(1970年署名・76年批准)が知ったのはいつ、どのような形でかと問う逢坂誠二議員の質問主意書(2022年8月3日)に対し、日本政府は、米解釈については知っているが、米国との関係もあり、答えられないと回答している(同8月15日)。米・NATOが主張しているように「NPTは失効することがあるか」のとの問いには、意味が分からないと回答を避けた。1999年には、社民党との面談で、外務省担当者は「米国がどう解釈しているか知らない」と答えていた。

中国は8月2日の発言で、日本で起きている核共有導入論について、導入はアジア太平洋地域の戦略的安定性を損なうものであり、必要とあらば厳しい対抗措置を招くことになると警告している。これは今後日本でも関心を呼ぶかもしれない。だが、問題は日本導入論だけではないということを忘れてはならない。岸田首相は故安倍首相発言の翌日に、核共有は導入しないと述べているが、それで問題が終わるのでもない。

核共有体制についての解釈は、NPTの根幹にかかわる問題だ。マスコミ関係者、政治家、反核運動などが、日本政府に対し様々な形で、核共有に関する米・NATO解釈を支持するのかどうか、明快な答えを要求し続けることが必要だろう。



  1. インドネシアの第二委員会における8月8日の発言:Statement by The Delegation of the Republic of Indonesia on behalf of the Group of the Non-Aligned States Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons
    At the 10th Review Conference of the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (pdf)

    In the view of the Group, any horizontal proliferation of nuclear weapons and nuclear weapon-sharing by States Parties constitutes a clear violation of non-proliferation obligations undertaken by those Nuclear Weapon States (NWS) under Article I and by those Non Nuclear Weapon States (NNWS) under Article II of the Treaty. The Group therefore urges these States parties to put an end to nuclear weapon-sharing with other States under any circumstances and any kind of security arrangements, including in the framework of military alliances.

    1995年のメキシコ、非同盟国の発言については次を参照: The Non-Proliferation Treaty Review Conference: Breakthrough or Bust in '05? (pdf), BASIC March 2005  ↩︎

  2. 例えば、ロシアの第一委員会(8月8日)での発言(pdf)

    At the same time, we would like to draw the attention of participants in the Conference to the fact that NATO openly defines itself as a nuclear alliance, which was recently reconfirmed by its members at the end of the June summit in Madrid. U.S. nuclear weapons are still on the territory of non-nuclear allied states. Practical scenarios for its use involving non-nuclear-weapon states are being exercised within NATO. The anti-Russian character of such activities has recently been, in fact, stated by the Minister of Defense of the Federal Republic of Germany. For his part, the NATO Secretary General has publicly allowed the deployment of American nuclear weapons in European countries to the east of Germany. Such irresponsible actions not only continue to be a significant factor affecting international and European security, but also increase the risk of nuclear conflict and generally hamper nuclear disarmament efforts. We have repeatedly called for the withdrawal of U.S. nuclear weapons to national territory, the elimination of the infrastructure for their deployment in Europe, and the cessation of NATO "joint nuclear missions".

    ロシアの第二委員会での(8月8日)発言(pdf)

    NATO has openly declared itself a nuclear alliance. There are U.S. nuclear weapons on the territory of non-nuclear bloc allies. Its practical use is being exercised with the involvement of non-nuclear members of the bloc. Such actions, which are contrary to Articles I and II of the NPT, not only continue to be a significant negative factor for international and European security, but also increase the risk of nuclear conflict and generally hamper nuclear disarmament efforts. U.S. nuclear weapons must be withdrawn to the national territory, the infrastructure of their deployment in Europe must be eliminated, and the practice of NATO "joint nuclear missions" must be stopped.

    ↩︎


資料編


中・独論争

いわゆる核共有体制は、NPTの条項に抵触しており、核拡散と核戦争のリスクを高める。米国は、ヨーロッパからその核兵器を撤去するとともに、他の地域における核兵器の配備も控えるべきだ。関連する非核兵器国は、NPTの下における義務と自らのコミットメントを誠実に履行し、核共有その他の形の核抑止体制を推進するのをやめるべきだ。NATOの核共有モデルをアジア太平洋地域においてコピーしようという如何なる試みも、地域の戦略安定性を損なうことになり、それは、同地域のすべての国々によって強く反対され、必要な場合には、厳しい対抗措置を招くことになるだろう。

NATOの核共有体制がNPTに違反しているとの一つの加盟国による根拠のない批判について…
NATOの核能力の基本的目的は、平和を維持し、強要を防止し、侵略を抑止することにあり、これまでもそうだった。NATO加盟国の首脳は、ごく最近も、この点を新しい『戦略概念』――2022年6月のマドリッド・サミットにおいて採択――において改めて表明している。NATOの核共有体制――米国がヨーロッパに前進配備している核兵器とヨーロッパの数カ国の同盟国が提供しているDCA(核・非核両用航空機)を含む――は、NPTと整合性を持ち、これを遵守するものであり続ける。この体制は、NPTが発効した1970年よりずっと前から存在していた。このため、NATOの核共有体制は途切れなくNPTに統合された。NPTは、NATOの[核共有]体制を考慮に入れて交渉されたものであり、このことはNPTのすべての加盟国により、ずっと以前から受け入れられ、公に理解を得ている。米国がヨーロッパに前進配備している核兵器は、米国による完全な保管・管理下にある。これは、NPTの第1条及び2条に完全に合致している。(続いて中国が再反論)

参考:

中国代表は、核共有体制について、次のように述べた。核兵器国は、核兵器の所有あるいは管理を他国に移譲しないと約束しており、したがって、非核兵器国はこのような配備を受け入れるべきではない。多くの国は米国によるNATO諸国への核兵器の配備はNPTに違反していると考えており、中国もこの立場を支持する。一部の主張──このような体制が条約発効の前に存在していたなど──が真実であるか否かに関わらず、これは、他の国々が条約をいかに解釈するかに影響を及ぼすものではない。そして、同代表は、核共有体制は核抑止と核拡散をもたらすと強調した。

背景情報

日本で繰り返し語られる核共有の幻想と実体 核情報 2022. 6. 2

抜粋

1970年発効(68年署名開放)の「核不拡散条約(NPT)」は第1及び2条で核兵器の非核兵器国への移譲を禁じている。だが、共有核は、平時は、移譲せず、米国管理下に置いており、[核]戦争が始まったら条約はご破算だから、その段階での移譲は問題ないとNATO側は主張する。…
米国は核共有継続を前提にソ連とNPTの文言を交渉しており、両国は核共有体制を「欧州諸国によるさらなる核開発を防ぐために必要とみなした」とNATOのファクトシートは述べている[10]。西ドイツなどが核武装するのを防ぐためにこの体制の維持が必要と考えたという意味だ。…

確かに米国は、NPTの下での核共有に関する米国側の解釈について、NATO加盟国との協議を経て4問のQ&A方式でまとめたものを、1967年4月28日にソ連側に提示している[12] 。同文書は、この段階で、条約を交渉していた「18カ国軍縮委員会」(ENDC)の数カ国にも示された。だが、条約に署名したすべての国々がこの解釈を知っていたわけではない。NPTが署名開放となったのは、1968年7月1日(56カ国署名)。条約の批准について議論する米上院に送付という形で同文書が「公開」されたのは同7月9日のことだ。そして、公開されたといっても、どれほどの国が署名・批准前にこの解釈について理解していたかは、疑問だ。

1980年代に一部の外交官がこの問題について懸念を抱き、それを意識しながら1985年のNPT再検討会議の最終宣言に、「いかなる状況においても核兵器のさらなる拡散を防止する」上で「第1条及び2条の厳密な順守が中核」をなすという文言を入れた[13]。

そして、1995年のNPT再検討会議でメキシコが第1及び2条の解釈について明確にするよう求めて以降、論争が続いている。例えば、1999年には「新アジェンダ連合」と呼ばれる国々が国連総会に出した決議案で、「NPTの各条項は、各加盟国に対して、常に、いかなる状況においても拘束力を持つ」との文言を入れ、米国解釈に異を唱えた(賛成111、反対13、棄権39)[14]。日本の外務省担当者は、同年末の社民党との面談で、日本が米国解釈を通知された時期を聞かれた際、そもそも「米国がどう解釈しているか知らない」と答えている[15]。国際的な場面で米国・NATO解釈が大きな問題となっていたあの時点で実際に知らなかったのか。知っていて「知らない」と答えたのか。どちらにしても問題だ。

第209回国会 核不拡散条約の下での核共有についての米国の解釈の認識に関する質問主意書 (逢坂誠二議員)



*協力 原子力資料情報室 松久保肇事務局長


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