核情報

2009.5.7

米国の先制不使用宣言をと核軍縮国際委報告書案──委員会支持の中曽根外相の約束は?

日豪主導の「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」が今秋まとめる報告書の草案が米国による先制不使用宣言を求めていると毎日新聞(5月6日)が報じました。中曽根外相は、4月27日の演説で、同委員会に対して「最大限の支援を継続」すると約束していますが、先制不使用の支持によって「最大限の支援」の約束を果たすのでしょうか。

  1. 先制不使用宣言を呼びかける「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」
  2. 中曽根外相は「委員会に対して最大限の支援」との約束を守るのか?
  3. 先制不使用と「核態勢の見直し」
  4. オバマ大統領と米国の運動
  5. 半歩遅れの日本政府の政策の影響


参考


先制不使用宣言を呼びかける「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」

毎日新聞の記事『核軍縮国際委:25年以降、核廃絶可能 まず抑止に限定ーー報告書草案』 (2009年5月6日)によると、委員会報告書の草案は、オバマ大統領の任期1期目に当たる短期(09〜12年)の目標を次のように設定しているとのことです。

米大統領が、他の核保有国が核兵器を使わない限り、米国は核を使わず、核の役割を米国と同盟国への抑止に限定するとの声明を出す。さらに、米国以外の核保有国と共に、各国が先制使用しないことを検討すると宣言する。核実験全面禁止条約(CTBT)批准促進と兵器用核分裂物質生産禁止条約の交渉を開始し、イランの核兵器開発阻止と北朝鮮の非核化を早期に達成する。

中曽根外相は「委員会に対して最大限の支援」との約束を守るのか?

中曽根外相は、4月27日の講演でこの委員会について次のように述べています。

また、冒頭で触れました「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」、これは、川口順子元外務大臣とエバンス元オーストラリア外務大臣が共同議長を務めておられますが、同委員会が、本年秋の広島での最終会合において、核兵器なき世界にたどり着くための現実的かつ行動志向型の提言を取りまとめることを期待します。我が国としては、同委員会に対して最大限の支援を継続していきたいと考えます。

『中曽根外相、核軍縮で演説 核抑止の重要性強調』参照)

ところが委員会の提唱する先制不使用について、日本政府は反対しています。日本政府は、1982年以来、米国の核の傘は、「わが国に対する核攻撃に局限されるものではない」として、先制不使用策に反対する立場をとり続けています。そして、今年、3月19日にも、辻元清美議員の質問主意書に対する回答において、「日米安保体制の下、米国が有する核戦力と通常戦力の総和としての軍事力が、我が国に対する核兵器によるものを含む攻撃を抑止するものと考えて」いるとして、先制不使用策に反対する立場を明らかにしています。

また、1965年に佐藤首相が、「戦争になれば・・米国が直ちに核による報復を行うことを期待している」とマクナマラ国防長官に述べていたことが明らかになっています。

毎日新聞の記事は、日本政府と川口元外相の立場の違いについて次のように述べています。

先制不使用について、日本政府は「検証困難で安全保障を弱体化させる」と反対の立場だが、川口議長は「(米国が先制不使用を宣言しても)同盟国への安全保障はきちんとやってもらう。日本政府より半歩前を行くことが重要」と強調している。

先制不使用と「核態勢の見直し」

今年中に行われる米国の「核態勢の見直し」に先制不使用の発想が盛り込まれるように働きかけることが重要です。

米議会は、2008年度国防歳出権限法の一部として、国防省に2009年中の「核態勢の見直し」を義務付けると同時に、「米国戦略態勢議会委員会」を設置しました。当初予定では、4月1日に委員会の最終報告が出て、国防省はそれを受けて「核態勢の見直し」を始めることになっていました。超党派の同委員会が5月6日に発表した最終報告書『米国の戦略態勢』は、残念ながらこれまでの核兵器信奉を踏襲するものとなっています。

国防省は、4月23日、「核態勢の見直し」と「4年ごとの国防計画の見直し(QDR)」の作業を開始したと発表(英文)していました。二つの見直しの報告書は、来年初めに、議会に提出される予定です。

議会委員会の報告書『米国の戦略態勢』について、「米国科学者同盟(FAS)」のハンス・クリステンセンは、ブログで、次のように論評しています。

多様な構成員からなるグループの書いた妥協の文書としても、想像力を欠き、非常にがっかりさせるものだ。その勧告は、以下のように要約できる。「核兵器の世界は、ほぼ現状のままにとどまるべきだが、戦力レベルは少しだけ低いレベルとする。最大限望みうるのは、漸進主義だ。これも、非常に注意深く取り組まなければならない。」

議会委員会の報告書が国防省の「核態勢の見直し」の下敷きになるとすると、大幅転換が期待されながらも結局冷戦時代の思考から抜け出せなかったクリントン政権の「核態勢見直し」と同じような結果に終わってしまいます。

オバマ大統領と米国の運動

オバマ大統領はプラハでの演説(2009年4月5日)(英文)(日本大使館訳)において、次のように述べて「核の役割を縮小」すると約束しました。

では、私たちが取らなければならない道筋を説明しましょう。まず、米国は、核兵器のない世界に向けて、具体的な措置を取ります。冷戦時代の考え方に終止符を打つために、米国は国家安全保障戦略における核兵器の役割を縮小し、他国にも同様の措置を取ることを求めます。もちろん、核兵器が存在する限り、わが国は、いかなる敵であろうとこれを抑止し、チェコ共和国を含む同盟諸国に対する防衛を保証するために、安全かつ効果的な兵器を維持します。しかし、私たちは、兵器の保有量を削減する努力を始めます。

米国の平和・反核団体は、「核兵器の役割の縮小」の具体的措置として、米国が核兵器の唯一の目的は、他国の核兵器の使用を抑止することだけだと宣言することを要求しています。

日本の運動としては、日本政府が先制不使用策に反対しないよう働きかけることによって、このような米国の運動と協力することが重要です。

半歩遅れの日本政府の政策の影響

米国の核問題専門家の一人は、「核情報」への私信で、日本は、トルコと一部の東欧の国とともに、米国に対して大幅核削減をしないようにと訴えていると述べています。

以下日本の立場を示す例を掲げておきます。

○クリントン政権で国家安全保障会議のスタッフを務めた経験を持つプリンストン大学のクリストファー・チャイバ教授は、米国軍縮NGO「核軍縮協会(ACA)」発行の『アームズ・コントロール・トゥデー』誌に掲載された論文(英文)で次のように説明しています。

「国防脅威削減局(DTRA)」のためにSAIC社(Science Applications International Corporation)が行ったある調査(英文)の結論は、米国の拡大核抑止は現在では、冷戦時代に米国による安全の保証に依存してきた多くの国々とって、以前ほど重要ではなくなっているが、オーストラリア、日本、トルコ、そして、NATOの新加盟国では「安全保障にとって不可欠」と見なされているというものだった。

○ハワイの「戦略・国際問題研究所(CSIS)」のラルフ・コッサ所長は、CSISが主催した会議 (2009年2月19日)に参加した日本人の専門家(日本政府に近い研究者ら)らの考えについてホノルル・アドバタイザー紙への投稿で次のように述べています。

最近開かれた米・日戦略対話において、日本の安全保障専門家のほぼ全員(それと居合わせた米国人のほとんど)が、米国の核兵器が劇的に削減されれば、北京が[これを利用して米国との]核の均衡を達成しようと核兵器を増やし始めることになる恐れがあると主張した。これは、米国の拡大抑止の能力にとって身も凍るような影響を及ぼし、東京は米国の核の傘の信頼性について疑問を持つようになりうると彼らは警告した。

○上述のハワイの会議の日本人参加者の一人、森本敏拓殖大学海外事情研究所所長は、2008年12月、日本国防協会での講演において、米国の核削減が中国に与える影響について次のように警告しています。

地球環境、気候変動、そしてアフリカ支援あるいは貧困や人権、難民、女性の地 位、そういう問題をやりますが、その中で一つだけ非常に気になる、ずっと私は 気になって今後も問題になりそうだと思われる分野のテーマが一つあります。そ れが軍備管理です。

この軍備管理については、ブッシュ政権の2期で続いたアメリカの軍備管理政策 はほとんど核の不拡散政策でした。しかし、この不拡散というメインテーマは恐らく後退をし、軍備管理、軍縮という本来の民主党のテーマが戻ってくると思い ます。

これは既に今まで言われていることを、そのまま、うのみにすると、本当の意味 での核軍縮をする。ゼロ・オプションという非核の世界を作るプロセスとして、 米ロの戦略核弾頭というのを現在は、2012年までに1700〜2200まで に削減するということになっているわけですが、START(スタート)が来 年、満期を迎えるというか、条約としての期限が満了になったあと、アメリカは 現在民主党のポリシーガイダンスとして、米ロが戦略核弾頭を1000以下にす るということを既に言い出しています。

1000以下でとどまればいいですが、700だ600だということになります と、非常に大きな問題に我々は直面すると思います。

このディスアーマメント、つまりゼロ・オプションというものと、日本がかねて より主張しているようなCTBTというような、いわゆる全面核実験禁止条約と いうものを、アメリカが本気でやるようになりますと、一つは、つまり米ロがどんどん減らすのはいいのですけれども、中国あるいはフランス、イギリスは、この軍備管理の枠組みからはずれているので、いわば、言葉は悪いですが、野放しという状態であり、かつ、インドやパキスタンは全くこのような枠組にも入って ないし、北朝鮮は全くどころか、論外の状態で、イランがこれで、核開発することになると、米ロがどんどん下げる一方で、こちらで新しい核保有国による核というのが、全体の軍事管理軍縮の枠組みの中に入らずに、完全に放置されたま ま、米ロだけがレベルを下げていくという、そういう状態が起るわけです。

それは何を意味するかというと、二つのことを意味します。一つは同盟国に対する拡大抑止の信頼性をどう考えるか、という問題が第1に起ります。

極めてコンパクトな核兵器になってしまうことが、それは米ロ自体はそれでよいのかもしれませんけれども。一体それでは拡大抑止というものはどうやって担保 されるのか、という同盟そのものの国家の安全保障に重大な問題を提起すること。

もう一つは東アジアの状態で、今申しましたように米ロがどんどんと抜き差しならぬミニマムのレタレンス[デタレンス=抑止の誤記?]を維持するような核軍縮をすると、通常戦力のもてる ウエイトが相対的に大きくなります。

一方、我々は中国だ、北朝鮮だという周りの国の、通常戦力というものの脅威にさらされているわけで、東アジアの通常戦力を含む全体のバランスを考えた場合 に、こういう核軍縮というものが地域の安定にどういう影響を与えるか、ということを考えた場合に、日本のヒロシマ、ナガサキのような、あるいは外務省の軍縮課のような、核軍縮を進めるということに手放しで「やっとアメリカが我々の 理想に近づいてきたか」というように喜ぶ一方で、こちらで国家の安全保障を考えた場合に、一体それが長期的に同盟国としての信頼性にどういう影響を与える のかという、もう一つの問題を我々は考えなければいけないという、こういう状 態が起ってくるので、アメリカの新しい政権の軍備管理政策には、なかなか手放 しでは喜べない面があります。

それが一つだけ気になるところです。


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