核情報

2010.12.31

新START批准承認

2010年12月22日、米国上院は、71対26で2010年4月に調印された「戦略兵器削減条約(START)」の批准承認決議を採択しました。直前まで票が読めなかっただけに、米国の軍縮NGO関係者は、常識の勝利と安堵の声を上げています。11月の中間選挙で上院勢力図が民主党59、共和党41から、民主党系53(無所属2を含む)、共和党47と変わり、2011年の新議会では批准承認は絶望的になると見られていました。

つまり、何とか批准承認を達成するには、2010年の会期中に投票に持ち込むしかないが、中間選挙で大敗した民主党のオバマ大統領が、批准に必要な上院の3分の2の票を2010年中に確保するのも非常に難しいとされていただけに、22日の投票結果は、同大統領にとっても画期的「勝利」と言えます。

画期的ではないがそれでも必要な条約

「核態勢の見直し(NPR)」・新START条約で核廃絶は近づいたか──複雑な批准問題 (核情報:2010. 4.30)で見たとおり、この条約は、2002年に結ばれた攻撃的核戦力削減条約(SORT=モスクワ条約)で2012年までに2200発となっていた戦略核兵器配備数上限を1550発にするというもので、その削減効果は限定的です。達成期限は、発効後7年内、つまり2011年発効なら2018年です。しかも、戦略爆撃機用の核爆弾は、実際の搭載能力にかかわらず1機当たり1個と計算するとの新START条約の方式を採用すると、2010年4月時点での米国の戦略核兵器の数は、約2100発から1750発に、ロシアの方は、約2600発が約1740発になってしまうと米国科学者連合(FAS)のハンス・クリステンセンが指摘していました。つまり、条約は、2010年4月に約1750発だった配備数を2018年までに1550発にする、つまり200発減らすというだけのものです。それでも、上院の批准承認が危ぶまれていたことが米国政治の現実を示していると言えるでしょう。

このように新START条約は画期的なものではありませんが、

  1. 2009年12月以後実施できなくなっていた米ロの戦略核の検証ができるようになる
  2. 次の条約に向けて動き出せる
  3. このような核軍縮の姿勢を示すことによって核不拡散面の協力を他国に訴えやすくなる

などの意味で重要です。2002年に結ばれた攻撃的核戦力削減条約(SORT=モスクワ条約)には検証規定がなく、検証規定のあるSTARTTは2009年12月5日に失効してしまっています。米国がロシアの核兵器検証のための訪問を最後に行ったのは2009年11月8─19日、ロシア側の最後の訪問は同12月1─2日のことです。

票獲得のための妥協1──核兵器予算

批准承認には、上院の3分の2の票が必要なため、オバマ政権は、共和党の票を獲得するために共和党側と取引をして来ました。とりわけ、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准阻止に力を発揮したことで知られる共和党院内幹事、ジョン・カイル上院議員(アリゾナ州選出)らの様々な要求を早い時期から受け入れてきました。共和党は、結束が硬いので、一人一人説得して引き抜くというのは難しく、党の中心人物らの賛同を得ることが重要だと見られていたため、「穏健派」に個別に訴えると言う方法は避けられてきました。

米国核兵器研究開発・製造予算の推移

米国核兵器研究開発・製造予算の推移 「軍備管理協会(ACA)」のSTART問題パンフ p.17より

その結果もたらされた一つの結果が、核兵器関連予算の増強です。オバマ政権は、向こう10年間にミサイルや爆撃機の近代化に1000億ドル以上、核弾頭及び核弾頭製造施設の近代化・増強用に850億ドル以上を投じることを約束しました。ある軍縮NGOの論客は、こんなに多額をつぎ込んだのでは、少なくとも、新STARTとCTBTの両方の批准を勝ち取らなければならないのに、2つの条約分を1つの条約用に使い果たした格好だと嘆いています。クリステンセンは、核拡散防止に他国の協力を得るという米国の核政策のもう一つの目標にこの予算が与える影響について懸念を表明しています。この協力を得るには、米国は核兵器の数と役割を低減するという明確な意図を示して見せる必要があると考えるからです。

票獲得のための妥協2──ミサイル防衛

また、オバマ政権は、この条約は、ミサイル防衛に何ら影響を与えるものではないと強調してきました。民主党側は、ヨーロッパにおけるミサイル防衛を予定通り推進するとの文言を批准承認決議(英文)に入れることに同意しています。

大統領は、北朝鮮やイランなどの国々に対して防衛する米国のミサイル防衛システム──このようなシステムの質的及び量的改善を含め──の開発及び配備を続けるのが米国の政策であることを、新START条約の発効に先立ち上院に対し確証し、批准文書の交換の際にロシア連邦に対し伝えるものとする。このようなシステムには、ヨーロッパにおけるミサイル防衛に対する段階的・適応型アプローチ、陸上配備ミッドコース防衛(GMD)システム、それに、技術的及び戦略的ヘッジとしての2段式陸上配備インターセプターの開発継続が含まれる(訳注1)。米国は、これらのシステムはロシア連邦との戦略的バランスを脅かすものではなく、将来も脅かさないと考える。従って、米国は、条約の第14条第3段落の下でのロシア連邦の主権を制限することはできないが、米国のミサイル防衛システムの改善及び配備の継続が本条約の効果及び存続可能性について疑問を呈する基礎とはならず、従って、ロシア連邦の本条約からの脱退を正当化する状況をもたらさないと考える。・・・

新START条約の前文は、当事国に対する法的義務を課すものではない(訳注2)

  • 訳注1
    ポーランドに配備することを計画されていた迎撃ミサイルは、長距離ミサイルの攻撃から米国を守るためと言うことで現在アラスカとカリフォルニアに配備されている3段式のミサイルを2段式にした修正バージョン。以下を参照
    東欧ミサイル防衛計画変更は平和への道か? (核情報:2009.10.13)
  • 訳注2
    前文には、次のようにある。「戦略攻撃兵器と戦略防衛兵器との相互関係の存在、戦略核兵器が削減されるに従い、この相互関係がさらに重要になること、そして、現在の戦略防衛兵器は両当事国の戦略攻撃兵器の有用性及び有効性を犯さないことを認識し、通常弾頭のICBM及びSLBMが戦略的安定性に与える影響について留意し・・・」

この文言は、共和党の大統領候補だったジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州選出)らが提出したものです。また、決議では、戦術核兵器についての交渉を行うことを定めた文言の中でも、ミサイル防衛を対象にしないよう規定しています。

大統領は、新STARTの発効に先立ち、上院に対し、以下を確証する。

  1. 米国は、NATOの同盟国との協議の後、しかし、新START条約の発効後1年以内に、ロシア連邦と米国の非戦略(戦術)核兵器の量の非均衡に対処し、検証可能な形で戦術核兵器の安全を保証し、その数を減らす合意について交渉を追求し、開始する。
  2. このような交渉は、防衛的ミサイルシステムを含まないというのが米国の政策である・・・

当初、ロシア下院は米国上院での批准承認に続いて、1回の採決で承認手続きを終えると見られていましたが、米国の批准承認決議のミサイル防衛関連部分などについて検討をするため、第3読会まで審議を続けるという異例の形をとることになりました。なお批准法案は12月24日の第1読会で350対58で基本採択されました。

カイル院内幹事らの頑なさが逆効果?

こんなに大盤振る舞いをしたにもかかわらず、結局、12月22日の投票では、カイルもマケインも批准承認に反対しました。ところが、マコネル院内総務、カイル院内幹事という共和党のトップ二人の意向を無視する形で、党内序列第3位のラマー・アレクサンダー議員(テネシー州選出)を含む13人の共和党上院議員が、賛成票を投じたのです。結束の硬い共和党の投票行動としては異例のことです。現役及び退役軍部指導者らや各地の新聞の社説などが条約承認支持を表明し、12月2日にも共和党の5人の元国務長官(ヘンリー・キッシンジャー、ジョージ・シュルツ、ジェイムズ・ベーカー、ローレンス・イーグルバーガー、コリン・パウエル)がワシントン・ポスト紙に条約支持の投稿をしていたことを考えれば、カイルの行動が異例と言えるのかもしれません。交渉相手のイエスを答えとして受け取らない彼の態度が共和党の批准反対を党利党略に基づくものとする批判に説得力を与えたとモントレー国際問題研究所のジェフリー・ルイスは言います。「住むことのできる世界のための協議会(CLW)」会長のジョン・アイザックは、これでカイルの影響力は低下するだろうと見ます(NTI, Treaty Battle May Presage Key GOP Senator's National Security Role)。

ただし、残念ながら、来年の上院でCTBTが簡単に批准されると見るものはないようです。

参考


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