米国の「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」のデイビッド・オルブライト所長らは、1月24日、ワシントン・ポスト紙に掲載された『北朝鮮はゆっくりだが着実に前進』で、北朝鮮が昨年末に申告したとされるプルトニウムの量30kgは、ISISの推定値の下限に当たり妥当性を持つと述べ、隠しているものがあるのではとの疑惑については、検証過程で説明を求めていくべきだと論じています。
ウラン濃縮については、兵器用の高濃縮ウランの達成まで至っていたと考える者はほとんどおらず、さらなる説明を求めることは必要だが、この問題が現在の合意の成功を妨げるようなことがあってはならないと述べています。またシリアとの協力関係に関する疑惑については、詳細はまだ不明だとし、今後北朝鮮が非合法貿易をしないようにしていくためにも、現在の合意を次のステップに進めることに焦点を合わせるべきだと主張しています。
オルブライト所長らは、1月10日に『北朝鮮のプルトニウム申告──初期検証プロセスのための出発点』(英文pdf)という報告書を発表して、この問題を論じていました。これら二つと昨年2月の『北朝鮮のプルトニウム保有量 2007年2月』(英文pdf)を中心に北朝鮮の申告問題についてまとめました。
「申告」問題の経緯
2007年
10月3日
六ヶ国協議で合意された『共同声明(2005年9月19日)の実施のための第二段階の措置』(日本外務省仮訳)が次のように定める。
朝鮮民主主義人民共和国は、2005年9月の共同声明及び2007年2月13日の成果文書の下で放棄される対象となるすべての既存の核施設を無能力化することに合意した。2007年12月31日までに寧辺の5メガワット実験炉、寧辺の再処理工場(放射化学研究所)及び寧辺の核燃料棒製造施設の無能力化は完了される。・・・
朝鮮民主主義人民共和国は、2007年12月31日までに、2月13日の成果文書に従って、すべての核計画の完全かつ正確な申告を行うことに合意した。
12月27日
東京新聞が次のように報道。
北朝鮮の核問題をめぐる六カ国協議の同国首席代表、金桂冠(キム・ゲグァン)外務次官が、今月初めに訪朝した米首席代表、ヒル国務次官補との会談で、核兵器の原料となるプルトニウムのこれまでの生産量について、約三十キロと数値を示して説明していたことが二十六日、分かった。複数の米朝関係筋が明らかにした。核の製造などいくつかの用途も明示したもようだ。
これをAPなどが伝える。
2008年
1月2日
ホワイトハウス報道官ダナ・ペリノ氏がブリーフィングで次のように説明。
北朝鮮が、申告をしないだろうと言うことを示す兆候は何もないが、北朝鮮は、締め切りに間に合わず、我々は、彼らからの連絡を待っているところです。・・申告がいつになるかという時期についてはわかりません。しかし我々は、完全かつ正確なものを望んでおり、彼らはそれに合意したのです。
1月4日
北朝鮮、「朝鮮外務省スポークスマン談話」(朝鮮新報日本語訳)で次のように説明。
「われわれはすでに昨年11月に核申告書を作成しており、その内容を米国側に通報した。米国側が申告書の内容をもう少し協議しようと言うので、協議も十分に行った。米国側がウラン濃縮「疑惑」を提起したことに関し、われわれは米国側の要請どおりに輸入アルミニウム管が利用された一部軍事施設まで特例的に参観させ、サンプルも提供し、問題のアルミニウム管がウラン濃縮とは関連がないことを誠意をもって解明した。
シリアとの核協力説に関しては、すでに10.3合意文書に「核兵器と技術、知識を移転させない」という公約を明文化したことがわれわれの回答である。」
1月7日
ヒル国務次官補は7日、外務省ので日本側との協議後次のように説明。
「我々はあれは申告と受け取っていない。核計画と核施設について完全な情報ではなかった。『申告』は部分的であり、完全なものを望んでいる」(毎日新聞)
▲ページ先頭へISISによるプルトニウム保有量の推定 (2007年2月) (英文, pdf)
ISISは、東京新聞が報じた30kgは、寧辺(ヨンビョン)の電気出力5000キロワットの実験炉で生産された照射済み燃料を同地の放射化学研究施設で分離した量だろうと推測。これはISISが北朝鮮が現在保有する可能性があると推定した分離済みプルトニウム量の幅の下限に当たるとする。
○北朝鮮のプルトニウム保有量要約
原子炉で生産された量 | 46−64kg |
再処理で分離された量 | 33−55kg (北朝鮮の申告量はここ?) |
核実験で使用された量 | −5kg |
現存の量 | 28−50kg (北朝鮮の申告量はここ?) |
○上記保有量の推移
2007年2月末現在の北朝鮮のプルトニウム生産及び分離
原子炉での生産量 | 再処理による分離量 | 核兵器にすると* | ||
---|---|---|---|---|
1990年まで | 1-10kg** | 1989-92 | 0-10kg | 0-2個 |
1994年取出 | 27-29kg | 2003-04 | 20-28kg | 4-7個 |
2005年春 | 13.5-17kg | 2005-06 | 13-17kg | 2-4個 |
5000kWe炉内 | 10-13kg | --- | --- | --- |
小計 | 51.5-69kg | 33-55kg | 6-13個*** | |
実験反映の合計 | 46-64kg | 28-50kg | 5-12個 |
原注:
- *核兵器1個に4−5kgの分離済みプルトニウムが必要と推定
- **この量は、1994年までにIRT研究炉で生産されたプルトニウムを含む。この炉は、その後はほとんど運転されていない。
- ***個数の上限は、各時期の上限の合計よりも大きくなりうる。なぜなら、各時期に示されたプルトニウムの量は、その時期の個数の上限に必要な量より大きくなっているからである。
○核兵器?
北朝鮮が少なくとも1994年からノドン弾道ミサイルのための核弾頭の開発に当たっており、パキスタンのアブドゥル・カディール・カーンからミサイルに搭載できる核兵器の設計を取得したと強く疑われていることからすると、北朝鮮はノドン・ミサイルに粗野な核弾頭を搭載する能力を持っていると判断される。しかし、核弾頭は信頼性がなく、比較的低威力のものであるかもしれない。核弾頭を小型化するために、北朝鮮は比較的大量のプルトニウム──兵器級プルトニウムを少なくとも6kg──を使うことを選択したかもしれない*。この場合、北朝鮮は、核兵器4−8個分以上のプルトニウムは持っていないということになる。
核情報注:
- *基本的に同じ設計を使う場合、プルトニウムの量を増やすと比較的少量の化学爆薬──軽量になる──でも核爆発を保証することが出来るようになる。
◎核兵器の組み合わせ例
ISISは、例えば次のような組み合わせが考えられると説明(合計40kgのプルトニウムが核兵器に入っていると想定)。
種類 | 個数 | プルトニウム量 |
---|---|---|
核実験装置 | 1 | プルトニウム5kg挿入 |
ノドン・ミサイル用核弾頭 | 3 | 6−7kg/個 |
大きくて重い核兵器(ミサイルでは運べない) | 3 | 5kg/個 |
ISISの解説抜粋
○『北朝鮮はゆっくりだが着実に前進』 (ワシントン・ポスト紙英文)から
北朝鮮がその主要核施設を無能力化するとのコミットメントから後退していることを示す兆候はなく、北朝鮮が、米国その他の六ヶ国協議の参加者の側の対応する措置と引き替えに、小さな段階的措置をとるかたちで、このプロセスがゆっくりと進んでいくだろうと信じるべきありとあらゆる理由がある。
ヨンビョンの5000キロワットの原子炉の解体の速度が鈍化したのは、一つには、米国が北朝鮮が提案したような速さで照射済み燃料棒を取り出せば、北朝鮮の労働者が過度に被曝するリスクを不必要に高めると判断したからである。北朝鮮は、燃料棒の取り出しを続けており、ヨンビョンでの解体の他の側面についても、着実に進んでいる。もっと早く進めることも可能かといえば、恐らくそうだろう。しかし、約束された重油の輸送も遅れいていると指摘するだろう。
○『北朝鮮のプルトニウム申告──初期検証プロセスのための出発点』(英文pdf)から
北朝鮮の申告は、部分的なものとみなさなければならないが、完全な申告に向けてのプロセスの初期的ステップとみなすべきだ。初期的検証プロセスは、六ヶ国協議の代表らあるいは国際原子力機関(IAEA)によって始めることができる。彼らが、申告についての説明や追加申告を求めることになる。北朝鮮は、プルトニウムのストックについてさらに詳細を提供する用意があると言っている。これには、各再処理期間に分離されたプルトニウムの量、2006年10月の核実験に使われたプルトニウムの量なども含まれる。検証プロセスによって、北朝鮮がすべてのプルトニウムを申告しているとの確信をもたらす必要がある。
プルトニウムに焦点を合わせることによって、交渉者らは、北朝鮮の核兵器に含まれている物質に的を絞るこことになる。核兵器こそがいかなる非核化の努力においても最も重要なターゲットである。北朝鮮が核兵器用に高濃縮ウランを提供するプログラムを持っていると考える者はいまやほとんどいない。北朝鮮のプルトニウムの保有量の重要性からすると、ウラン問題によって進展が滞るというようなことになれば遺憾である。交渉者らは、ウラン問題を全体像の中で見なければならない。北朝鮮の行為について説明するための情報を求め続けると良い。しかし、ウラン濃縮プログラムをめぐって、もっと大きな非核化プロセスに致命的な傷を与えるリスクを犯してはならない。ウラン濃縮プログラムが高濃縮ウランの生産に至ったと考える者はどんどんいなくなっている。
▲ページ先頭へ分離済みプルトニウムの申告が、推定幅の下限に当たるということは、北朝鮮がプルトニウムの一部を隠しておくつもりではないかとの疑惑を高めることになるだろう。最近のマスコミ報道は、米国の関係者ら(匿名)が50kgに近い量の申告を期待していたと語っているとしている。これらの疑惑ため、検証は極めて重要である。プルトニウムの申告についての確信を醸成するには、北朝鮮の側にそのプルトニウムの生産と分離についての効果的な検証を認める用意がなければならない。検証を早く始めることによって、プルトニウムの申告についての修正があれば、それらを核解体プロセスの早い時期に受け取れる道が存在するように保証することができる。
「申告」問題の経緯(補足)
2007年
- 11月5日
- 寧辺で「無能力化」の作業開始。米国務省「約100日かかる」と説明。
- 12月13日
- 電気出力5000キロワットの実験炉で燃料棒抜き取り開始。
- 12月21日
- ワシントン・ポスト紙、北朝鮮が提供したアルミニウム管にウランの痕跡検出と報道。他国のウラン濃縮計画で使われたアルミに付着していた可能性も指摘。
- 12月27日
- 東京新聞が北朝鮮がプルトニウム生産量を30kgと米国に伝えていたと報道。
- 12月31日
- 共同通信が『作業人員の削減を通告 北朝鮮、施設無能力化で』で、放射化学研究所(再処理施設)と核燃料加工施設は無能力化をほぼ完了と報道。さらに協議筋の話として、次のように伝えた。
北朝鮮は実験用黒鉛減速炉(5000キロワット)からの核燃料棒抜き取りについて、24時間交代制で構成していた作業班3グループを1グループに減らす方針を提示してきたという。
・・・
12月半ばに始まった核燃料棒抜き取りは約8000本のうち、これまでに約400本の抜き取りを終えたという。
別の外交筋によると、北朝鮮が「速度調整」という形で態度を硬化させたのは、11月に供与予定だったロシアからの重油が「一滴も届いていない」ことが主な要因という。さらに、米国のテロ支援国家指定解除の確実な見通しが示されていないことも影響しているもようだ。
2008年
- 1月2日
- ホワイトハウス報道官ダナ・ペリノ氏、北朝鮮は、締め切りに間に合わず、彼らからの連絡を待っているところ、と説明。
- 1月4日
- 北朝鮮、昨年11月に核申告書を作成しており、その内容を米国側に通報と説明。
- 1月7日
- ヒル米国務次官補、「我々はあれは申告と受け取っていない」と説明。
- 1月26日
- 共同通信、『燃料棒抜き取りペース半減』で次のように報道。
昨年12月半ばから開始された実験用黒鉛減速炉からの燃料棒抜き取りは当初、約7800本を100日間で完了させることで合意していたが、今年に入って1日約40本になった。最近、さらに1日約30本にまでペースダウンしたため、米側は作業を早めるよう求めているが、北朝鮮の現場責任者は「平壌からの指示」を理由に応じていないという。
- 1月28日
- 朝鮮日報紙、『核問題:北朝鮮、無能力化作業の速度を調整中』で、次のように報道。
一方「重油100万トン相当」の支援については、これまで20万トンが引き渡されたという。韓国、米国、中国、ロシアがそれぞれ重油を5万トンずつ送り、韓国が重油1万トン相当の鉄鋼を支援した。韓国政府当局者は、「(重油支援は)今年の初めまでに30万トン以上は行われると予想していたが、予定よりも遅れている。各国の事情もあり、早くても6月末にならないと終わりそうにない」と語った。
参考
- 北朝鮮の核開発データ──ウラン関係
- 北朝鮮の核開発データ──プルトニウム関係
- 寧辺(ヨンビョン)の核関連施設
- イスラエルが2007年9月6月に爆撃したシリア施設の衛星写真 (ISIS報告書2008年1月14日, pdf)
爆撃前(2007年8月10日)、爆撃後の整地状態(2007年10月24日)、新しい建設状況(2008年1月9日)
現在建設されているのは元々あったもの(建設中原子炉?)とは別のものだろうとISISは推測。