米国核兵器保有量のデータ公表問題について報じたニューヨーク・タイムズの記事(5月2日)は、核兵器製造に必要なプルトニウムの量が分かってしまうとの理由から公表に反対する声があったと述べていますが、実は4月13日にヒラリー・クリントン国務長官が1発当たり4kgであることを明かしていました。日本は、2008年末現在で、47トン以上(ヨーロッパに約38トン、日本に約10トン)の分離済みプルトニウムを保有しています。
参考
- 1発当たり8kgとするIAEAの規定は日本のプルトニウムに当てはまらない?
- 日本のプルトニウムでは核兵器はできない?
- 北朝鮮には渡せない日本のプルトニウム
- 1発当たり4kgは秘密?
- 米ロの余剰プルトニウム処分と日本の余剰プルトニウム生産
- 有意量の数値を8分の1に下げるようにとの提案
1発当たり8kgとするIAEAの規定は日本のプルトニウムに当てはまらない?
国際原子力機関(IAEA)は、「1個の核爆発装置が製造される可能性を排除できない核物質のおおよその量(有意量)」をプルトニウムの場合8kgとしています。(そして「有意量では転換及び製造工程で避けることのできない損失が考慮されており、臨界質量と混同してはならない」と付記しています。)
クリントン発言の15年以上前の1994年1月にエネルギー省が、4kgで核兵器ができることを明らかにした(米会計検査院(GAO)報告書 1996年1月 英文 p.28, pdf)こともあり、後述のように、この有意量をもっと低くすべきだとする主張がなされてきています。
日本のプルトニウムは、大きな方のIAEAの数字8kgを使っても、6000発分近くになります。ところが、再処理推進派の中には、8kgはプルトニウム239の含有率が90%以上の兵器級プルトニウムに関するものだと主張する人物がいます。「原発で出てくる原子炉級プルトニウムは、プルトニウムの239の含有率が低くなっているから、核兵器に必要な量は多くなる。8kgという数字を使ってはいけない。原子炉級プルトニウムの場合は実際に何キロ要るのか反再処理派は明らかにしなければならない」というようなことを言います。核兵器の作り方を詳細に検討できないのなら、再処理に反対などするなと言わんばかりです。
実際は、IAEAの有意量は、兵器級プルトニウムに関するものではなく、プルトニウム238の含有量が80%未満のあらゆる組成のプルトニウムに関するものだとIAEAの規定が明記しています。長崎に投下された原爆で使われた兵器級プルトニウムの量は、6.1kgです。現在の核兵器に使われているのは、約4kgです。
日本のプルトニウムでは核兵器はできない?
また、日本の再処理推進派の中には、原子炉級プルトニウムでは核兵器は作れない、あるいは非常に作りにくいかのような発言をする人々がいますが、国際原子力機関「IAEA」のハンス・ブリックス事務局長(当時)は、1990年に米国NGO「核管理研究所(NCI)」への書簡の中でつぎのように述べています。
「加盟諸国及び「保障措置実施に関する常設諮問グループ(SAGS)」から提供された助言に基づき、当機関は、高度燃焼の原子炉級プルトニウム、それに、一般にいかなる同位体組成のプルトニウムも、プルトニウム238の含有量が80%を超えるプルトニウムを除き、核爆発装置に使うことができると考える。当機関の保障措置部門にはこの点に関して論争はまったくない。」
核兵器の設計に関わった経験を持つリチャード・ガーウィン、4人のノーベル賞受賞者、ウイリアム・ペリー、ロバート・マクナマラ両元国防長官を含む米国の28人の専門家らも、2005年に発表した文書で次のように述べています。
いろいろ間違ったことが言われているが、テロリストも、民生用のプルトニウムを使って強力な核兵器 ─ 少なくともTNT火薬換算で1000トン(1キロトン)の破壊力を持つもの ─ を作ることができる。
原子炉級プルトニウムが核兵器に適さないと言われる最大の理由は、原子炉の中に長期間おかれている内に生じるプルトニウム240の自発核分裂のため、起爆の際に意図されたよりも早く連鎖反応が始まってしまい、設計通りの威力が達成出来ないというものです。上の引用は、この「早発」が生じても1キロトンにはなると言っているのです。1キロトンというのは、広島の16分の1の規模ですが、広島原爆の3分の1〜2分の1の破壊半径を持ちます(英文(pdf))。
また、起爆用の化学爆薬を内側に向けて爆発させる爆縮の設計が高度なものなら、爆縮過程の速度を上げ、自発核分裂の問題を回避できます。
北朝鮮には渡せない日本のプルトニウム
「プルトニウムにもいろいろある」と組成の違いの重要性を強調する日本のある元外交官も、では日本の原子炉級プルトニウムを北朝鮮に渡しても良いのかとの問いには、それはダメだと即答しています。つまりは、「問題国」が日本の例に倣って原子炉級プルトニウムをため込んだり、日本のプルトニウムが盗まれたりするのは問題だと認めているということです。これは、日本が公に核保有計画を宣言した場合には、原子炉級プルトニウムではなく兵器級プルトニウムを生産しようとするだろうということとは別の問題です。
1発当たり4kgは秘密?
ニューヨーク・タイムズの問題の記事は、次のように報じています。
長年、米国の諜報関係者らは、米国の核兵器の数量的説明を公表することに反対してきた。テロリスト・グループが核兵器に必要な最小の核物質量を計算する上でこれらの数値が手助けになるかもしれないとの懸念からだ。しかし、政府高官らは、これらの問題を追いかけている定評のあるウエブサイトでは米国の核兵器設計者らが平均して約4kgのプルトニウムを必要としていることに気付いていると述べている。
気付くどころか、ヒラリー・クリントン国務長官は、4月13日、余剰の核兵器用プルトニウムの処分に関するロシアとの合意に署名するに当たって次のように発言していました。
いま、私たちは、両国の相互安全保障を高め、二国間協力を深めるためにもう一歩進もうとしています。今署名しようとしているこの協定のもと、米ロは、それぞれ、逆転不能な透明な形で34トン以上の兵器級プルトニウムを処分します。合わせると、これは、核兵器1万7000発近くになります。
つまり、68,000kg ÷17,000 = 4kgで核兵器が作れるということです。(専門家らは、冷戦終焉時の米ロのプルトニウム生産量と核弾頭数の推定から平均して4kgが使われていると判断しています。例えば:Global Fissile Material Report 2008:Scope and Verification of a Fissile Material (Cutoff) Treaty, p. 105(pdf))
エネルギー省が2007年8月1日に余剰プルトニウムの処分のためのMOX燃料製造工場の建設開始を発表したプレスリリースにも同様の記述があります。
米国エネルギー省の「国家核安全保障局(NNSA)」は、今日、サウス・カロライナ州アイケンの近くのサバンナ・リバー・サイトで「混合酸化物(MOX)燃料製造施設」の建設を開始した。この施設は、米国の余剰兵器級プルトニウムを少なくとも34トンを転換することになる。これは、米国とロシアの間の2000年の核不拡散協定の遂行に役立つものである。この協定では、米国とロシアは、それぞれ余剰兵器級プルトニウム34トン(合計68トン)−−およそ1万7000発の核兵器に十分な物質−−を処分する約束をした。
米ロの余剰プルトニウム処分と日本の余剰プルトニウム生産
米ロの合意は、2000年の協定でそれぞれ核兵器用に使わないと宣言した「余剰プルトニウム」を34トンずつ処分することが決められたものの、一向に進んでいない計画に関するものです。2007年のリリースは、この「余剰プルトニウム」をウランと混ぜて原発の燃料にするための工場の建設がサウス・カロライナ州のサバンナ・リバー施設で始まったということです。工場は、2016年に運転開始となることになっています。今回の合意は、米国では余剰プルトニウムを軽水炉で、ロシアでは高速炉で処分することを認めました。両国とも2018年までに処分を始める計画です。2030年頃に2000年に合意された分の処分が終わるという気の長い話です(合意の概要は国務省の次の文書を参照:2000 Plutonium Management and Disposition Agreement合意された議定書自体は公表されていない)。
廃棄物と混ぜて不要物として処分するのではなく、軽水炉や高速炉で燃やすことにしたことの是非はおくとして、米ロが10年もかけて合計68トンのプルトニウムの処分方法を検討している一方で、不必要なプルトニウムを47トン以上も蓄積し、六ヶ所工場でさらに年間8トンずつ生産しようとする日本のプルトニウム政策は、核不拡散の観点から検討しなおすべきでしょう。再処理工場の運転を急ぐ理由はプルトニウムの需要があるからではなく、各地の原発でたまった使用済み燃料の送り先を確保したいからです。
有意量の数値を8分の1に下げるようにとの提案
米国のNGO「自然資源防護協議会(NRDC)」のトム・コクランとクリストファー・ペインは、1994年8月にプルトニウムの有意量を1kgにすることを提唱しています。二人の報告書「純粋核分裂型核兵器に必要なプルトニウムと高濃縮ウランの量」(1995年4月13日改訂版 英文pdf)は要約すると有意量低減の必要について次のような説明をしています。
- 長崎に投下された原爆は、6.1kgの兵器級プルトニウムを使ってTNT火薬換算20キロトンの威力を持ったが、同じ低技術の設計で3kgのプルトニウムを使えば1キロトンの核爆発が起きる。
- 1951年1月27日〜2月6日に実施された核実験で、1─2kgのプルトニウムと5─6kgの高濃縮ウランを使って、約1キロトンの威力を出す核兵器の実験を行っている。
- トリチウムと2重水素の混合ガスの核融合を利用するブースト型の設計を使えば3.5kgのプルトニウムで15キロトンの核爆発を起こせる。米国の水爆では、4kg以下のプルトニウムが使われている。
- 量を相当程度減らすには、「核兵器国が使える高度な技術」が必要とIAEAは、言うが、「高度な技術」は1940年代末から1950年代初めには米国の核兵器設計者らが知っていたものだ。
- 複数の場所からプルトニウムを得る可能性を考えれば、「有意量」は、核兵器を作るのに必要な最低量より相当低く定める必要がある。
- 有意量を下げようとしないのは、プルトニウム利用推進派のIAEA加盟国の抵抗のためで、その理由は、低い有意量が定められると、再処理工場などの運転を頻繁に停止して検査する必要が生じ、経済的運転が不可能になるからだ。
(報告書には、このことを認めたIAEAスポークスマンの発言を引用したウォールストリートジャーナル紙(1994年8月29日)の記事が添えられている。)
威力 | 兵器級プルトニウム(kg) 技術的能力 | 高濃縮ウラン(kg) 技術的能力 |
||||
---|---|---|---|---|---|---|
(kt) | 低 | 中 | 高 | 低 | 中 | 高 |
1 | 3 | 1.5 | 1 | 8 | 4 | 2.5 |
5 | 4 | 2.5 | 1.5 | 11 | 6 | 3.5 |
10 | 5 | 3 | 2 | 13 | 7 | 4 |
20 | 6 | 3.5 | 3 | 16 | 9 | 5 |
訳注:高濃縮ウランの量は、広島で使われたガンタイプではなく、長崎型の爆縮方式の設計で高濃縮ウランを使うことを想定したもの。IAEAの有意量は、25kg。高濃縮ウランの総量ではなく、そこに含まれるウラン235の量。ガンタイプの広島の原爆で使われた高濃縮ウラン(平均濃度80%)の総量は、約64kg。
物質 | 有意量 | 保障措置の対象 |
---|---|---|
直接使用核物質 | ||
プルトニウム | 1kg | 全プルトニウム(1) |
ウラン233 | 1kg | 全アイソトープ |
20%以上の濃縮ウラン | 3kg | ウラン235 |
原注1 プルトニウム238の含有率が80%を超えるものは当てはまらない。例えば放射性アイソトープ電源
参考
- コクランが同じ趣旨について1998年に行った発表
Proliferation of Nuclear Weapons and Nuclear Safeguards (pdf, 右は24ページより引用)