核情報

2020. 3.16

高速増殖炉先進国ロシアに負けるな?

もんじゅでは2047年度末まで廃炉計画が進行中

もんじゅでは2047年度末まで廃炉計画が進行中

日本では「もんじゅ」のような高速(増殖)炉の推進を訴える際、ロシアでは開発が進んでいると主張されることが多くなっています。日経新聞も、2020年1月20日、「ロシアの原子力技術が世界を席巻」と論じた記事の中で、ロシアの高速増殖炉開発の進展を強調しています。以下、ロシアの実態について簡単に整理しておきましょう。

日経の一昨年の仏高速実証炉「凍結」特ダネの意味

今回の日経の記事は、日本がフランスと共同で進めようとしていた高速実証炉(ASTRID)の計画が打ち切られたことに触れた後、「ロシアは既に実証炉『BN-800』の運転を15年に開始。日本が夢見た商用炉建設も20年代を予定する」と述べています。実証炉、商用炉などの言葉の定義をあいまいにしたまま、ロシアが「夢」に近づいていると思わせる内容となっています。記事の最後では、「日本もかつて原子力技術の確立には国を挙げて取り組み…高速炉やウラン濃縮などの研究に取り組んだが、原発事故後は世界をリードする地位を完全に失った」と嘆いています。記事は原子力技術全体に関するものですが、ここでは高速(増殖)炉に焦点を合わせて見てみましょう。

実は日経は、2018年11月、ASTRIDに関し、仏政府が20年以降計画凍結の方針を日本側に伝えたと特ダネ報道をしていました。18年6月に計画縮小意向を日本に伝えた際に仏政府が挙げた理由は、ウラン市場の状況から高速炉開発は「それほど緊急ではない」というものでした。「緊急ではない」のに「商用炉建設も20年代を予定する」のがロシアの計画とすれば、「つじつまが合わないのでは?」との疑問が日経読者には生じたのではないでしょうか。

元々、高速中性子を活用する「高速」増殖炉が夢とされたのは、ウランが近い将来枯渇するかもしれないとの想定に基づき、プルトニウムを燃やしながら、使った以上のプルトニウムを生み出す炉が必要だと考えられたからです。1974年の米原子力委員会(AEC)の予測では、2010年には米国だけで原子力発電容量が100万キロワット級原発2300基分となり、高速増殖炉がその3分の2を占めるというものでした。しかし、心配されたウラン枯渇は起きず、しかも増殖炉の技術は予想以上に難しく、いつまで経っても「夢」は実現しないというのが現実です。現在の米国の原子力発電容量は約100基分、高速増殖炉はゼロです。フランスの決定は、ウランが豊富にある中、軽水炉と経済的競争力を持たない高速炉を急いで開発する必要がないという現実に向き合うほかないと考えたからでしょう。

1970年代の予測:ウラン枯渇⇒高速増殖炉が支配的に

ロシアの高速増殖炉計画は順調か?

ロシアの計画も、順調とは程遠い状態にあります。日経の記事が20年代に建設を予定とした「商用炉」BN1200について、昨年8月に、ロシアのコメルサント紙が、運転開始予定が2027年から2036年に延期されたと報じていました。そして日経記事の2週間余り前の、今年1月2日にも、ニュークリア・エンジニアリング・インターナショナル(NEI)誌が、昨年12月27日にロシア・エネルギー省が発表したエネルギー戦略ドラフト(2035年までの期間が対象)にはBN1200の運転が含まれておらず、運転は2035年より後になると報じました。

旧ソ連・ロシアのナトリウム冷却高速増殖炉の開発は、BN350(廃炉)、「原型炉」BN600(1980年~)、「実証炉」BN800(2016年「商業」運転開始)と進められてきました。600、800という数字は、それぞれ電気出力が60万、80万キロワット程度ということを意味します。実証炉という言葉は、一般に経済性を持つことを実証する炉という意味で使われますが、「実証炉」と名がつけば経済性があるというわけではありません。BN800も経済性のないことはロシア政府が認めています。「商業運転」というのは送電線を通じて電力を販売しているということで、軽水炉と競争できる商業的経済性を持つ「商用炉」という意味ではありません。

計画の変遷

Beloyarsk原発

ベロヤルスク原発(BN-600、BN-800の他停止した2つの黒鉛炉がある)

英文ウィキペデアの記事によると、最初の計画では、BN1200は、MOX燃料を装荷した1号機が2020年に運転開始となり、その後、次々と建設が進み、30年までに合計8基が運転状態になることになっていました。ところが、2010年の計画では、16年に設計作業完了、30年までに3基の建設開始となりました。

そして、2015年には、計画の無期限延期が発表されました。燃料開発の必要性と炉の経済性問題が理由として挙げられました。18年8月には、国営原子力企業「ロスアトム」傘下の原子力発電所運転操業企業「ロスエネルゴアトム」のペトロフ社長が同社のホームページで、同炉の建設の決定は2021年に行うことができると発表し、経済的競争力を持つ商用炉目的にのみ使うと強調しました。(2019年6月には、ロスアトム社長のアドバイザー、アスモロフ氏がBN1200の設計は2021年末までに完了、建設についての決定は2022年に行われる予定と発言)。

ちなみに、日本原子力研究開発機構(JAEA)の2016年3月4日付けの資料『海外高速炉の情勢』(pdf)は、「2025年頃、商用炉(BN-1200:122万KWe)導入予定」としています。威勢のいい昔の計画をそのまま事実と見てはいけません。

また、ロスアトム社とロシアの核兵器関連企業との関係を忘れてはなりません。ロスアトムの前身は、旧ソ連時代に核兵器と原子力平和利用の両方を管轄していた原子力庁(ミナトム)です。現在も、ロスアトムの傘下にはロシア核兵器関連企業が入っています。ロスアトムはロシアの核戦略と絡んだ強大な権力を背景に、強引に高速増殖炉開発に取り組んできました。それにもかかわらず、やはり、BN1200が軽水炉との経済的競争力を持ち得ていない現実を前に、建設を強行できていないという状況でしょう。

商用炉? ロシアの高速炉はまだ増殖炉でさえない

BN1200は、軽水炉との競争力を持つ「高速増殖商用炉」になることが期待されていますが、その判断の基礎になるはずのデータもないというのが現状です。

BN-600の燃料は、プルトニウムではなく、17~26パーセントの濃縮ウランです。高速中性子炉によって核分裂を起こした場合でも、ウラン235は1回の核分裂当たり1個より多くのプルトニウム原子を生み出すのに十分な中性子を放出することはできません。つまり、「高速増殖原型炉」BN600は増殖炉として運転されていない「高速炉」なのです。

BN800の初期炉心は、実験的設備で作った劣化ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料が16%、残りは濃縮ウラン燃料という構成です。今年、1月28日、ロスアトムが、やっと、使用済み燃料を使って製造した取替え用標準MOX燃料をBN800に装荷したと発表しました。2021年末までに炉心すべてをMOX燃料にする計画とのことです。BN1200は、BN800の経験に基づいて設計・運転されることになっており、準備はまだまだということです。また、BN1200燃料としては、窒化物燃料とMOX燃料の両方が検討されてきましたが、窒化物燃料の方はBN600で実験がされた程度です。

たまり続けるプルトニウムと世界の核拡散

ロシアは、再処理で取り出した使用済み燃料を普通の原発で再利用するという計画を持っていません。上述のように「高速増殖炉」計画でもウラン燃料しか使われていないにもかかわらず再処理を進めたため、2017年現在、民生用プルトニウムの保有量は約59トンに達しています。国際原子力機関(IAEA)の計算方法(1発生産するのに8㎏が必要)に従えば、核兵器7000発分以上です。ロシアにはさらに、余剰と宣言された軍事用プルトニウムが34トンあります。BN800がフルMOXになっても、軽水炉の使用済み燃料の再処理によるプルトニウムの増加を相殺することはできません。増殖炉の本来の目的はプルトニウムを増やすことですから「ブランケット」と呼ばれる部分を再処理すれば、プルトニウムは増えていきます。経済性もないのに再処理を続けるロシアの政策を口実に他国が再処理を始めれば核拡散の危険が増大します。テロリストによる盗取の可能性も高まります。ロシアの再処理・高速増殖炉計画の現状について語る場合には、このような面についても併せて論じるべきで、無批判的に称賛すべき対象と見るべきではありません。

参考


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