核情報

2014. 2.21

核使用を極限の状況に限定せよと岸田外相
許し難い? あっぱれ? 米「核態勢の見直し」の焼き直し?

岸田文雄外相が1月20日に長崎での講演で、核兵器の使用を極限の状況に限定すべきだと述べました。これに対し、核戦争を認めるのかという声と、使用を限定するべきとしたことを評価する声とがあります。『核兵器非人道性声明に日本署名──「拡大抑止政策と整合」と説明する政府』で見たとおり、日本政府は、生物・化学兵器及び大量の通常兵器による日本に対する攻撃に対しても、核兵器で報復する「先制使用」のオプションを米国が維持することを望むとの立場を表明してきており、それが署名で変わったのではありません。

北朝鮮の脅威を強調しながら「『核兵器のない世界』の実現に向けて国際社会の取組を主導していく」と主張した今回の講演は、良くも悪くもこの点での日本政府の政策が変わっていないことを示しているようです。講演の核使用に関わる部分(◆)(順不同)と、米国が2010年4月に発表した「核態勢の見直し(NPR)」の関連部分(〇)を比べて見ると、両者の関係が浮かび上がってきます。

核の役割を減らすNPRをまとめる過程で日本の政策が「足かせになるのか」と恐れられたことを考えて、今回の講演が米国の公式な立場に近づいたことを評価するのか否かは見解の分かれるところでしょう。参考のため、岸田講演とNPRを比較した表の下に、先制不使用に関する日本政府のこれまでの答弁類を挙げておきます。


岸田外相講演米 核態勢の見直し(NPR)

◆歴史的な観点からは、冷戦後の21世紀において、核兵器の役割は大きく減ってきていることは確かです。しかし、同時に、核リスクが多様化する世界においては、核兵器の役割が増大している地域があることも事実です。......北朝鮮による核開発、イランの核問題、拡散上機微な関連物質や技術の拡散を含め、拡散上の懸念はより深刻になっています。北朝鮮が...3度の核実験を実施し...核・ミサイル開発を止めていません...またテロリストが核兵器を奪い使用する可能性も指摘されています。

〇冷戦終焉以来、国際的な安全保障環境は劇的に変わった。世界的核戦争の脅威は遠のいたが、核攻撃のリスクは高まった。今日、最も差し迫った極端な脅威は、核テロリズムである。...今日のもう一つの緊急の脅威は、核拡散である。新たな国...が核兵器を取得する恐れがある。核の野望を追求する北朝鮮とイランは、不拡散の義務に違反し、国連安保理の指示を無視し、彼らが作り出した危機を外交的な手段によって解決しようとの国際的努力に抵抗している。

◆核兵器国は、NPT上の不拡散義務を遵守している非核兵器国に対し、核兵器を使用したり、核兵器によって威嚇しないことを約束するように求めます。

〇米国は、NPTに加盟し、その核不拡散の義務を遵守している非核兵器国に対しては、核兵器を使用したり、使用するとの威嚇をしたりしない。

◆万一の場合にも、少なくとも、それを、核兵器の使用を個別的・集団的自衛権に基づく極限の状況に限定する、こういった宣言を行うべきだと考えます。

〇核兵器を保有している国、核不拡散の義務を遵守していない国の場合には...米国は、米国あるいはその同盟国・パートナーの死活的国益を守るために極限の状況でのみ核兵器の使用を考慮する。

国際司法裁判所勧告的意見(1996年7月8日):国家の存亡そのものが危険にさらされるような自衛の極限の状況における、核兵器の威嚇または使用が合法であるか違法であるか否かについて裁判所は最終的な結論を下すことができない。

◆また、生物兵器禁止条約(BWC)化学兵器禁止条約(CWC)をさらに普遍化させ、これらの大量破壊兵器の脅威を無くしていくことも、核兵器の役割を低減することにつながると考えます。

〇いずれ、核兵器を持っているすべての国が核攻撃の抑止を核兵器の唯一の目的としても安心できるように、地域的安全保障構造を強化し、化学・生物兵器をなくするための努力を続ける...そして、とりわけ生物化学兵器を含む他の脅威を抑制する上での進展を評価する中で、米国は、核攻撃の抑止を核兵器の唯一の目的とする政策に移行するのが賢明と言える状況に関して、同盟国・パートナーと協議する。

◆核軍縮・不拡散に向けた国際社会の取組を主導する際には、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展がもたらす脅威を含む厳しい安全保障環境への対応、アジア太平洋地域における将来の核戦力のバランスの動向、軍事技術の急速な進展を踏まえた日米同盟の下での拡大抑止の信頼性といったものと釣り合ったものである必要があります。つまり、現時点での厳しい安全保障環境の中で、国民の生命財産を守るためにはどうあるべきかという冷静な認識です。

〇米国の同盟国の中には、核とミサイルの拡散を含め、安全保障環境における変化についての不安を募らせ、米国が自国の安全保障にコミットし続けることを再保証するよう望んでいる国々がある。再保証をすることに失敗すれば、非核国のうちの一ヶ国、あるいはそれ以上が自らの核抑止を追求する決定をする可能性がある。そして、それは、NPT体制の崩壊と核兵器使用の可能性の増大の一因となりうる。

岡田外相就任記者会見(2009年9月17日):私の持論は、核を先制使用するということを明言するような国に核軍縮やあるいは核の不拡散を、特に核軍縮を言う資格があるのかということであります。

国務・国防長官宛て書簡(2009年12月24日):12月15日、日豪共同イニシアチブで設置された「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」が報告書を公表しました。その中には、すべての核武装国による措置として核兵器の目的を核兵器使用の抑止のみに限定すべきこと、NPT非核兵器国に対する核兵器の使用を禁止すべきことなどの提案が含まれています。これらに関し、「核兵器のない世界」への第一歩として、私は強い関心を有しています。


先制不使用問題に関する政府答弁例

1982年6月25日予算委員会

横路孝弘議員の質問に対する松田・外務審議官(当時)の答弁

ご指摘のとおり、昭和50年8月6日の三木総理大臣とフォード大統領の首脳会議におきます共同声明において第4項で、わが国への武力攻撃があった場合、それが核によるものであれ、米国としては日本を防衛する。そういうことを大統領が確言しておりますことの中にはあらゆる意味での措置が含まれておるという意味において、核の抑止力または核の報復力がわが国に対する核攻撃に局限されるものではないという趣旨と私どもは理解しております。

1982年8月4日参議院安全保障特別委員会会議

上田耕一郎議員の質問に対する宮沢喜一官房長官(当時)の答弁

(75年4月に宮沢・キッシンジャー会談)

「わが国に対して加えられることがあるべき攻撃に対して、かりに通常兵器だけでそれを抑止するような十分な力にならないという状況であれば核兵器も使用されることあるべし、と、絶対に核兵器が使用されることがないというのではこれは抑止力になりませんから、通常兵器と核兵器と総合した立場で抑止力というものを考える、それは私はごくごく当然の立場ではないかというふうに思っておるわけであります。」

1998年8月5日 森野泰成軍備管理・軍縮課首席事務官(当時)広島での会合で

米国が核の先制不使用を宣言した場合の問題点について

抑止力の効果がかなり薄れてしまう。日本の安全を守れるのだろうかという懸念を強く持っている。……米国と日本が先制不使用を約束したとしても、ほかの国が本当に先制不使用を守ってくれるのだろうかという問題がある。


1999年08月06日 衆議院外務委員会(先制不使用と日本の安全保障)

高村国務大臣 まず、核の先制不使用を考える前提でありますが、政府の最大、最重要の責務である国の安全保障が結果的に核が使用されない形で確保されるのであれば、その方が望ましいということは、これは言うまでもないことだ、こう思っております。さらに、将来的には、安全保障を害しない形で核兵器のない世界が実現されることが最善のシナリオである、こういうふうにも考えているわけでございます。

 他方で、現実の国際社会において、いまだ核戦力を含む大規模な軍事力が存在しており、核兵器のみを他の兵器と全く切り離して取り扱おうとすることは、それは必ずしも現実的ではない、かえって抑止のバランスを崩して、安全保障を不安定化させることもあり得ると考えているわけでございます。

 したがって、安全保障を考えるに当たっては、関係国を取り巻く諸情勢に加え、核兵器等の大量破壊兵器や通常兵器の関係等を総合的にとらえて対処しなければならない、こういうふうに考えております。

 こういった基本的な認識に立って、我が国としては、核の先制不使用について、核兵器国間の信頼醸成及びそのことを通じた核兵器削減につながる可能性があることを積極的に評価すべきとの考え方があることは承知をしておりますが、これまでも申し上げたとおり、いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難であると考えているわけでございます。

 いずれにいたしましても、核先制不使用の問題については、現時点では核兵器国間での見解の一致が見られていないと承知しており、我が国としては米国との安全保障条約を堅持し、その抑止力のもとで自国の安全を確保するとともに、核兵器を含む軍備削減、国際的核不拡散体制の堅持、強化等の努力を重ねて、核兵器を必要としないような平和な国際社会をつくっていくということが重要である、こういうふうに考えています。


1999年 新アジェンダ連合(NAC)が国連に出した決議案棄権についての外務省説明(社民党への口頭説明)

決議案本文段落(1)「速やかかつ全面的な核廃絶を実現する」との明確な約束をすることを求めるの問題点について

核抑止を否定するものであり、問題だ。この場合の核抑止とは、生物・化学兵器及び大量の通常兵器による攻撃を、核の威嚇によって抑止することをも意味する。核抑止は、重要であり、国際情勢を無視して、速やかに核をなくしてしまうことはよくない。


参考



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