日米科学技術協力協定関連会議出席のため来日したジョン・ホルドレン米大統領補佐官(科学技術担当)が、六ヶ所再処理工場の運転開始計画に関し、「日本にはすでに相当量のプルトニウムの備蓄があり、これ以上増えないことが望ましい」と述べました。そして、「分離済みプルトニウムは核兵器に使うことができ、我々の基本的考え方は世界における再処理は多いよりは少ない方が良いというものだ」との考えを強調しました(10月12日朝日新聞、英文は13日)。
参考
- プルトニウム47.8トン「日本の備蓄、これ以上増えないよう」米大統領補佐官インタビュー 朝日新聞 2015年10月12日
- Obama adviser raises concerns about Japan's plutonium stockpile Asahi Shimbun, October 13, 2015
核兵器6000発分に相当する約50トンものプルトニウムを保有しながら、年間8トンの分離能力を持つ六ヶ所再処理工場を動かしてさらにこの核兵器利用可能物質を取り出そうとする日本の計画に対する強い懸念が米国の政権中枢にあることを示す一つの例です。最近の米国の新聞記事も同様の懸念が米政府内外にあることを伝えていますが、このような事実が日米関係を重んじるはずの政治家に影響を与えられないまま、再処理工場の運転が始まろうとしています。
日中韓のプルトニウム生産競争の悪夢
10月7日付けのAPの記事(US experts warn plutonium stocks could soar in East Asia )は、日中韓3カ国の再処理政策に関する米国の政策が東アジアでのプルトニウムの急増を招く恐れがあると指摘する声を紹介しています。記事の背景にあるのは、中韓両国と米国の間の原子力協力協定改訂問題と、来年3月に完成、その後早急に運転開始という六ヶ所再処理工場の計画です。
オバマ政権は、中韓両国との改訂協定(案)をそれぞれ、4月と6月に議会に送っています。これらは議会が反対しなければ近いうちに発効することになります。焦点の一つは、米国が提供した核燃料や米国製の原子炉で使われた使用済み燃料の再処理を米国が認めるかどうかです。米中改訂協定は、日米協定にあるのと同じような一括して事前に承認する包括同意を中国に与えています(中国の軍事用プルトニウム保有量は1.8トン)。米韓改訂協定は、韓国が開発をめざしている乾式再処理の全工程の内、軽水炉の酸化物燃料を金属形態にする電解還元まで認めるが、プルトニウムを分離する工程については将来米国が合意することが必要という内容となっています。米韓協定は再処理を認めていないとも、再処理を将来認める可能性を残したとも言えます。
記事によると、民主党のエド・マーキー上院議員は、「我々は、我が国のパートナーが核兵器の構成要素として使われうる物質を生産するために米国の技術を使う可能性を残してはならない」と議会で発言しています。また、上院外交委員会のロバート・コーカー委員長(共和党)は、米韓協定の内容は、ソウルを「再処理に向けて導いている」ようなものだと述べ、協定は核不拡散という米国の政策目標の土台を損ねると指摘しました。また、このような協定だと将来「もし米国が再処理を許さなければ、韓国は(日本ほど)厚遇されていないということになってしまう」ではないかと懸念を表明しています(同委員長は、以前から、すでにウラン濃縮・再処理技術を持っていない国にはこれを認めるべきではないと主張:Corker: Inconsistency in Civilian Nuclear Deals Threatens U.S. Non-Proliferation Goals )。また、ロバート・ガルーチ元国務次官補・北朝鮮核問題担当大使は、米政府は「増え続けるプルトニウムの津波」の持つ脅威に賢明に対処していないと批判しています。
同元国務次官補は、『ナショナル・インタレスト』誌(7月8日)掲載の論文(America Punts on Nuclear Security in Asia )で中国に対する包括合意提供について次のように述べています。「中国は核兵器を持っているから、これについては気にしない人々もいる。しかし、核セキュリティーや核テロのリスクの増大について懸念している人々は、余りにも多くのプルトニウムが毎年使用済み燃料から分離されること、そして、これが北東アジアの他の国々に対する前例となることについて心配している」。
米国の軍事用プルトニウム処分と再処理中止
先日、「米元政府高官ら原子炉での軍事用余剰プルトニウム処分計画中止要請」で紹介したように、9月9日付けのワシントン・ポスト紙の記事が、軍事用余剰プルトニウムを処分するためのプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料製造工場建設の中止を求めるエネルギー省長官宛書簡について大きく報じました。計画はMOX燃料を発電用原子炉に入れて軍事用余剰プルトニウムを処分するというものです。別の処分方法を導入するよう要請する書簡は度重なる遅延と予算超過に見舞われている「米国のMOXプログラムを中止し、それにより、プルトニウムには経済的価値がないと明確に示」せば、日韓中3カ国に再処理の延期を呼びかける上で説得力を持てると強調しています。元エネルギー・国家安全保障関係米政府高官らの書簡には、日米同盟の強化を提唱してきたジョセフ・ナイ元国防次官補も署名しています。
オバマ大統領は、プラハ演説(2009年4月5日)において、世界の核物資の量の最小化と保安措置強化を重要課題と宣言し、「核セキュリティー(核物質保安)に関する国際サミットを1年以内に開催」すると約束しました。2010年から1年おきにワシントン、ソウル、ハーグで開かれてきた同サミットの大統領にとっての最後の会議が来年3月にワシントンで開かれます。ガルーチ元国務次官補は、上述の論文で核セキュリティー強化を政策の柱に掲げてきたオバマ大統領が、中国に再処理を認めるのは理解できないと批判し、同じ来年3月に六ヶ所再処理工場の完成が予定されていることの皮肉を指摘しています。プルトニウム処分に手を焼く米国、プルトニウムを増やそうとする日本。核セキュリティー・サミットでの米国のMOX計画中止と日中韓の再処理延期の同時発表を提唱する書簡のアイデア実現に向けて日本の反核運動は貢献できるでしょうか。
背景情報:核兵器利用可の物質の削減を提唱するオバマ政権
- オバマ大統領 2012年3月26日韓国外国語大学校での演説 英文
[各種の措置により]国際社会は、テロリスト達が核物質を入手するのをますます難しくした。これは各国を安全にした。しかし、我々は幻想を抱いてはいない。我々は、核物質──何発もの核兵器に十分な量──が未だに適切な防護のないまま貯蔵されていることを知っている。我々は、テロリストや犯罪集団が、今も、核物質を、そして、ダーティーボム用に放射性物質を、手に入れようとしていることを知っている。我々は、ごく少量のプルトニウム──リンゴほどの大きさ──が何十万人もを殺傷し、世界的危機をもたらしうることを知っている。核テロリズムの危険性は、世界の安全保障にとって最大の脅威の一つであり続けている。・・・新しい世代の科学者や技術者が直面する最大のチャレンジの一つは、燃料サイクルそのものである。我々は、みんな、問題を理解している。原子力エネルギーを我々に与えてくれるプロセスそのものが、各国やテロリストによる核兵器入手を可能にしうるということだ。しかし、分離済みプルトニウムのような我々がテロリストの手に渡らぬようにしようと試みているまさにその物質を大量に増やし続けることは、絶対にしてはならない
- 再処理は時代遅れで危険──ローラ・ホルゲイト:核セキュリティーサミット米国サブシェルパ、米国国家安全保障会議 WMDテロ・脅威削減担当上級部長 (ワシントンポスト 2012年3月27日(英文))
[ウラン資源の枯渇に備えて再処理によるウランの有効利用をするという]これら見方が意味をなしたのは3、40年前のことだ。当時は、世界にはあまりウランがないと我々は考えていた。だが、今では、我々は、ウラン不足という概念が時代遅れのものであることを知っている。また、我々は、分離済みプルトニウムがテロリストに狙われやすいということを知っている。
- 米国民主党選挙綱領(2008年8月25日党大会で承認)
〈核兵器および核兵器製造用物質の厳重管理〉我が国および世界に対する危険を劇的に減らすため、核兵器および核物質を厳重に管理し、処分し、また、その拡散を防ぐために他の国々と協力する。核兵器利用可能物質が四〇ヶ国に存在する。四年以内に無防備な場所に置かれたすべての核兵器利用可能物質を厳重な保管下に置くための世界的取組の先頭に立ち、他の国々と協力する。われわれは、他の国々と協力して、核兵器のセキュリティーを強化する。これらの多くの措置を世界的規模で実施する合意を得るために、国連安全保障理事会の常任理事国および他の主要国の指導者とのサミットを2009年に(そしてその後は定期的に)開催する。
- 2009年4月5日、チェコ共和国フラチャニ広場(プラハ)での演説(駐日米大使館訳)
最後に、私たちは、テロリストが決して核兵器を入手することがないようにしなければなりません。これは、世界の安全保障に対する、最も差し迫った、かつ最大の脅威です。1人のテロリストが核兵器を持てば、膨大な破壊力を発揮することができます。アルカイダは、核爆弾の入手を目指す、そしてためらうことなくそれを使う、と言っています。そして、管理が不十分な核物質が世界各地に存在することが分かっています。国民を守るためには、直ちに、目的意識を持って行動しなければなりません。
本日、私は、世界中の脆弱(ぜいじゃく)な核物質を4年以内に保護管理することを目的とした、新たな国際活動を発表します。私たちは、新しい基準を設定し、ロシアとの協力を拡大し、こうした機微物質を管理するための新たなパートナーシップの構築に努めます。
また私たちは、闇市場を解体し、物質の輸送を発見してこれを阻止し、金融手段を使ってこの危険な取引を停止させる活動を拡充しなければなりません。この脅威は長期的なものとなるため、私たちは、「拡散に対する安全保障構想」や「核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアチブ」などの活動を、持続的な国際制度に転換するために協力すべきです。そして、手始めとして、米国の主催による核安全保障に関する国際サミットを今後1年以内に開催します。