核情報

2019. 7.31

米ロ核削減条約完全消滅?

日本において核禁止条約についての関心が高まる一方、世界の核兵器の90%以上を保有する米ロの核戦力に関する条約がピンチです。両国の核兵器について法的拘束力を持つ制限が消滅する可能性が大きくなっています。そうなれば、1972年以来のことです。現在米ロ両国の間にある核削減関連条約は二つです。一つは、1987年「中距離核戦力(INF)」全廃条約。もう一つは、新「戦略兵器削減条約(START)」(2011年発効)です。前者は、2月に米国が破棄の意向をロシアに通告し、義務履行停止を発表、これにロシアも義務履行停止で応じ、6か月後の8月初めに失効予定です。後者は、2021年2月に失効します。5年間の延長が可能ですが、延長交渉は進んでいません。

画期的な役目を果したINF条約、失効へ

旧ソ連が1970年代末に西ヨーロッパを射程に入れた新型中距離弾道ミサイルSS-20を配備したのに対応して、1979年、北大西洋条約機構(NATO)は、米ソに交渉を求めると同時に、米国の地上発射巡航ミサイル「トマホーク」と中距離弾道ミサイル「パーシングII」の配備を1983年末から欧州で開始するとの「2重決定」を行います。

緊張が高まるなか、レーガン大統領とゴルバチョフ大統領が1987年末に署名し、翌年発効したのが射程500~5500kmの地上発射弾道・巡航ミサイルの生産・実験・保有を禁じたINF条約です(核弾頭と通常弾頭を区別しない)。それまでの戦略兵器制限交渉(SALT)は、その名の通り、戦略兵器の配備増大の上限を定めるものでした。INF条約は、戦略ミサイルに関するものではありませんが、厳しい査察体制の下で一つの範疇のミサイルを完全に廃棄することを決めたという点で画期的なものでした。これは、1991年の「戦略ミサイル削減条約(START)」の基礎を築くものとなりました。条約により、米ソ合わせて2692基のミサイルが破棄されました(米側 846基、旧ソ連側 1846基)。

条約締結の背景には、1985年に登場したゴルバチョフ政権が推し進めたグラスノスチ(情報公開)とペレストロイカの大きな動きがありました。グラスノスチには、1986年に起きたチェルノブイリ事故が大きな影響を与えました。

出典:INF Treaty Crisis: Background and Next Steps | Arms Control Association 元画像を基に作成

米国は2014年以来、ロシアがINF条約に違反していると主張していましたが、2017年11月にこれが、核・通常両用の9M729(SSC-8)地上発射巡航ミサイルの実験・配備のことだと明らかにしました。
THE BROOKINGS INSTITUTION U.S. NUCLEAR ARMS CONTROL POLICY: A TALK WITH UNDER SECRETARY OF STATE ROSE GOTTEMOELLER Washington, D.C.Wednesday, December 17, 2014 (pdf)

今年2月の条約破棄通告はこの違反を理由としています。ロシアは米国側の指摘を否定する一方、米国がルーマニアに配備し、ポーランドでも配備を計画しているイージス・アショアの発射装置MK-41が将来、INF違反の巡航ミサイルの発射に使われうるとの懸念を表明しています。

また、米国は、中国がINF条約に制限されずに中距離射程のミサイルを保有していることにも不満を表明しています。ロシアも2007年以来、条約を多国化するべきと主張しています。このような中、INF条約は、8月2日、失効することになりそうです。

最後の砦、新START条約を救えるか?

残るは、戦略核兵器の上限を次のように定めた新START条約です。配備運搬手段700基(大陸間弾道弾(ICBM)発射装置、潜水艦発射弾道弾(SLBM)発射装置、それに核兵器搭載可能重爆撃機の合計)。非配備を合わせると800基。配備核弾頭は、1550発。ただし重爆撃機は1基1発との勘定です。期限の2018年2月5日までに、米ロ両国とも、この規定を達成しました。両国が交換した最新データは、2019年3月1日現在、米国が配備発射機656基、核弾頭1365発、ロシアが524基、核弾頭1461発を保有していることを示しています。これは前述の特殊な数え方のため、実際の核弾頭の保有数とは異なります。米科学者連合(FAS)は、米ロの現在の戦略配備核弾頭数をそれぞれ1600発、軍用保有核合計を3800発及び4330発、解体待ちを入れた総数を6185発及び6500発と推定しています。(次を参照 世界の核兵器(FAS)2019年 5月

出典:Despite Obfuscations, New START Data Shows Continued Value Of Treaty

米科学者連合(FAS)のハンス・クリステンセンによる上のグラフが、両国による新START条約の順守状況を示しています。

グラフから分かるように、新START条約は大幅削減を達成することを目指したものではありませんでした。これは、「核態勢の見直し(NPR)」・新START条約で核廃絶は近づいたか──複雑な批准問題 2010. 4.30  で指摘した次のような背景がありました。「2002年に結ばれた攻撃的核戦力削減条約(SORT=モスクワ条約)には検証規定がなく、STARTⅠが2009年12月に失効すると米ロの核兵器に関する検証規定が全く存在しない状態になってしまうので、何とか、その失効までに後継条約を結ばなければならないという事情がありました。ひとまず、数にこだわらずに後継条約を結び、大幅削減や、戦術核についての規定は、その次の条約に組み入れれば良いのと考えがありました。」大幅削減をもたらしはしていませんが、条約は配備核を制限するとともに、データ交換や相互査察の仕組みを持ち、信頼醸成に重要な役割を果たしてきました。2011年2月以来の現地査察は294回、戦略核兵器関連の変更に関する互いの通告は1万7516回に上ります。また、条約には、それぞれの国の衛星などによる独自の技術的検証手段の邪魔をしないとの条項が入っています。

クリステンセンは条約が延長されなければ、ロシアは、数年のうちに戦略発射機530基、割り当て核弾頭2500発(実数)という状態になり得ると指摘しています。(Russian nuclear forces, 2019(pdf))これはロシアが急にミサイルや弾頭の数を増やすという意味ではなく、条約を順守するために配備していないものを配備することになる可能性を指摘したものです。米国も同じことができるので、そのような行動がロシアにどんな利益をもたらすかは定かではないと言います(私信)。

核脅威イニシャチブ(NTI)による下の図は、米ロ(ソ)の条約による配備戦略核運搬手段及び配備戦略核弾頭の上限の歴史的下降線(実線)を示しています。破線で示されているのは、新STARTが2021年に失効した場合に、軍拡競争が始まり、配備数が急激に上昇する可能性です。

出典:New Video for NTI Highlights Importance of New START

ロシアは、米国による戦略運搬手段の非核化が検証できないとし、米国はロシアの型破りの新型核兵器が条約の対象になっていないと不満を表明してきました。トランプ政権は、中国を含め条約の交渉を呼びかけていますが、保有核兵器数300発ほどと推定される中国はそのような状況にないと参加を拒否しています。米ロだけの交渉でも、残された期間に新START条約のような相互査察などの検証措置を定めた新たな条約が締結できる見込みは乏しく、まずは、上院の承認の必要もない5年間延長を実現したうえで、その後の条約について検討する方が現実的でしょう。

民主党が多数を占める米下院は、国防予算の大枠を決める国防権限法案(NDAA)を7月12日に採択した際、低威力で、使用される可能性を高める新型核弾頭を戦略原子力潜水艦に配備することを禁じ、INF条約で禁止されている地上発射中距離ミサイル開発用の1億ドルの予算を削除するとともに、核兵器を先に使用しないとの先制不使用策に関する独立の報告書の作成要請に加え、新START条約の延長支持表明の文言を入れています。同法案は、米国の平和運動の焦点を象徴するものともなっています。

参考


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