核情報

2023. 3.30〜

原子力の安全確保の目的が「我が国の安全保障に資すること」?
──現行原子力基本法のこの意味不明の文言こそまず改正すべき

原子力基本法を原子力・再処理・高速炉推進法へ変質させることを狙った「改正案」が2023年2月28日に閣議決定されたことについて各方面から批判の声がっているが、現行の同法にも実は大きな問題がある。「安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ・・・我が国の安全保障に資することを目的として、行う」との意味不明の文言だ。2012年に制定された原子力規制委員会設置法に「我が国安全保障に資する」の文言が入り、同法附則によって、同じ文言が原子力基本法と原子炉等規制法(炉規法)にも挿入された。当時、核武装に向けての布石ではないかとの懸念が国内外で表明された。だが、実際は、本来、米国の原子力規制委員会の役割の中にある「核セキュリティー」(核物質及び核施設の防護・警備)という表現を入れるべきところに、セキュリティー(security)のもう一つの意味である「安全保障」が使われてしまい、おまけに枕詞を追加して「我が国の安全保障」とやって、核武装の準備を想起させる結果になってしまったというのが真相だろう。理由はともあれ、原子力基本法の改定を議論するまえに、10年以上放置されてきたこの意味不明部分を改正するのが筋だろう。

以下、現在の原子力基本法「改正」の動きについて簡単にまとめた後、原子力規制委設置法制定当時の状況を振り返り、核セキュリティーが「我が国の安全保障」に化け、この意味不明の文言をちりばめた3法が国会を通過してしまったらしい過程を見ておこう。

<追記> 当時の核セキュリティーに関して原子力委員会でどのような議論が行われていたかについては、2012年当時の核セキュリティーの定義を巡る議論を参照。

参考:

もくじ
  1. 原子力推進束ね法案
  2. 2012年原子力規制委設置法により、原子力基本法及び炉規法を改定
  3. 文言だけで核武装ができるわけではない。
  4. 2012年原子力規制委設置法制定の経緯──民主党政権が野党自公案を「丸のみ」して短期で国会通過
  5. カギは「国際原子力機関(IAEA)」や米「原子力委員会(NRC)」のサイトで登場する「核セキュリティー」
  6. 米国原子力規制委員会の核セキュリティー活動の例
  7. 「核セキュリティー」はどこに行った?
  8. 国会での珍問答:「我が国の核武装を防ぐことが我が国の安全保障に資する」?
  9. 外国への説明?
  10. NRCの役割について塩崎議員はどう考えたのか?
  11. 「安全保障に資する」の淵源──「宇宙の平和利用」方針を変えた宇宙基本法?
  12. 2012年当時の核セキュリティーの定義を巡る議論
  • 資料編 関連条文の抜粋

  • 原子力推進束ね法案

    原子力推進への回帰に舵を切った岸田政権は、2023年2月28日、「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案」を閣議決定した。「等」とあるのは、これがいわゆる「束ね法案」であり、次の5つの法律について、それぞれ一部を「改正」する案を一括で審議しようとするものだからだ。

    電気事業法、「再生可能エネルギー電気の利用の促進に関する特別措置法(再エネ特措法)」、原子力基本法、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(炉規法)」、「原子力発電における使用済燃料の再処理等の実施に関する法律(再処理法)」

    個々の法律について別々に丁寧な審議をしないで、一括で、通してしまおうとする政府の姿勢について多くの批判の声が上がっている。束ね法案は、3月30日、衆議院本会議で審議入りした。

    参考:

    2012年原子力規制委設置法により、原子力基本法及び炉規法を改定

    2012年6月20日に成立した原子力規制委員会設置法第1条は、難解だが、要するに、次のような構成になっている。「この法律は…原子力規制委員会を設置し、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」(以下、引用部における強調はすべて核情報)。文法構成を理解してもやはり何のことか分からない。そして、第三条には「原子力規制委員会は、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ること(原子力に係る製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉に関する規制に関することを含む。)を任務とする」とある。やはり分からない。

    同法の附則12条にある規定に従い、原子力基本法に、「安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ・・・我が国の安全保障に資することを目的として、行う」とのやはり意味不明の文章が入れられた。法的構成から言って下位に属するはずの規制委設置法が、議論も経ずに、大本の原子力基本法を変更してしまうという離れ業がなされた格好だ。そこに怪しい文言が入ったので懸念を招いた。

    さらに原子力規制委設置法の附則15条により、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(炉規法)」第1条が次のように「改正」された。

    この法律は、「大規模な自然災害及びテロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制を行うほか、原子力の研究、開発及び利用に関する条約その他の国際約束を実施するために、国際規制物資の使用等に関する必要な規制を行い、もつて国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする

    文言だけで核武装ができるわけではない。

    冒頭で述べたように、「我が国の安全保障に資する」だけをとってみると、核武装への布石ではないかとの疑念が日本内外で表明されたのも無理もない。背景には、日本が使用済み燃料の再処理によって使い道のない核兵器5,500発分以上ものプルトニウムを溜め込みながら、なお六ヶ所再処理工場を動かそうとしていたということがある。この状況は現在も続いており、今回の「改正」案でも原子力基本法は再処理推進法に書き換えられようとしている。しかし、「我が国の安全保障」の文言挿入だけでは核武装はできない。原子力基本法第2条の「原子力利用は、平和の目的に限り」は、そのまま残っているし、日本は核不拡散条約(NPT)にも加盟している。原子力基本法に「我が国の安全保障に資する」とあるから、核武装への道を進んでもいいのだと言い張る政府が登場するもしれないというのは、論理に飛躍がある。原子力基本法2条もNPTも無視する政府なら、意味不明の形で「我が国の安全保障」の文言が入っているかどうかなど意に介することはないだろう。

    2012年原子力規制委設置法制定の経緯──民主党政権が野党自公案を「丸のみ」して短期で国会通過

    核武装の布石として「我が国の安全保障」が法案に入ったとは考え難いもう一つの理由は、原子力規制委設置法の経緯にある。

    2012年1月31日に閣議決定された民主党政府案[1]が環境省に原子力規制庁を設置する案であったのに対し、野党自民党は、独立性を高めるために国家行政組織法3条2項に基づくいわゆる「3条委員会」として原子力規制委員会を設置するべきだとの主張を展開した。そして、その趣旨の法案を公明党とともに同年4月20日に衆議院に提出した(提出議員:塩崎恭久、吉野正芳、柴山昌彦、江田康幸)[2]。5月29日に政府案と自公案について衆院本会議で議論。最終的には、自公案を軸に調整することとなり、6月14日に合意が成立、翌15日、自公民3党の法案が議員立法案(代表は民主党の生方幸夫衆院環境委員長)として衆議院に提出されて同日通過、そして、20日に参議院を通過して成立となった(公布は6月27日)。この拙速の議事運営の背景には、原子力発電所の再稼働させるためには、できるだけ早く原子力規制制度を整えることが必要との判断があった。

    国会での十分な議論を経ずに、性急に原子力規制委設置法が制定されたこともあり、「安全保障」の文言が密室協議で「密かに」入れられたかのような報道があった。だが、実際は、4月20日提出の自公案の第1条に「もって・・・安全保障に資する」とあり、その附則第11条に、原子力基本法第2条第2項の挿入案が書かれていた。6月20日に成立した自公民法案の第1条は、元の自公案の1条に「事故の発生」に関する文言を追加しただけのものだ。また、原子力基本法を変えた原子力規制委設置法附則第12条は、自公案の附則第11条そのままだ。

    「密室協議」については、自民党の原子力規制組織に関するプロジェクトチーム座長だった塩崎恭久議員(当時)が「現代ビジネス」に投稿した記事「原子力規制委員会」設置法がついに成立した背景で、最後まで続いた「省益優先」官僚の抵抗劇(2012年6月26日掲載)にある次の説明が参考になる。与野党共同提出となった法案は、「連日開催が可能な復興特別委員会で時間をかけて議論すべきだと考えていたが」、[恐らくは権益を握りたい環境省側の主張により]、付託されたのが衆議院環境委員会だった。「同委員会には自公民以外の共産・社民・みんななど他の野党の委員がいない…その結果、与野党の実務者による修正協議は、環境委員会の理事で行うことになった。気の毒なことに民主党の理事はそれまで原子力規制組織の議論を殆ど経験して来なかったメンバーだった。案の定、議論は終始、原子力安全規制組織準備室の幹部官僚がリードする格好になったという。もちろん、彼は環境省の出身だ。」この理事の会合(環境省出身の幹部官僚を含む)が「密室協議」と呼ばれたわけだ。

    いずれにしても、「我が国の安全保障に資する」の文言は、4月から衆議院のサイトに載せられていた自公案に入っており[2]、自公民が結託して「密室協議」でこっそり入れたものではない。「密室協議」を強調した報道関係者だけでなく、核情報も4~5月段階ではこの自公案を注視しておらず、不明を恥じるほかない。

    カギは「国際原子力機関(IAEA)」や米「原子力委員会(NRC)」のサイトで登場する「核セキュリティー」

    上述の塩崎議員は、自民党機関紙「自由民主」(2012年5月1・8日号)に掲載されたインタビュー「IAEAの安全基準の遵守を重視」の中で法案提出の意図について次のような趣旨の発言をしている(要約)。

    IAEA[国際原子力機関]の安全基準では、大切な一元性については、原子力の安全と核セキュリティ対策保障措置等は統合されて、同じ組織で所管しなければならないとなっている。例えば、米国では、NRC(原子力規制委員会)に一元化されている。これを踏まえ、わが党案では原子力規制委員会が一元的に行うことにした。

    塩崎議員(当時)は、自身のサイトにおける法案趣旨説明でも核セキュリティーにいろいろな形で触れている。

    ここで、塩崎議員が手本として挙げているNRCについて見てみよう。NRCのサイトにあるパンフレット『NRC:独立した規制機関』(pdf) は、NRCにおける「核セキュリティー」対策の位置づけについて次のように述べている。「NRCのミッションは、公衆の健康及び安全を守り・・・セキュリティーを強化するために、我が国における特殊核物質及び原料物質、派生物質民生用使用を許可・規制することである」。そして、NRCにとって、セキュリティーとは、放射性物質の防護を確実にする意味であるという。つまり、「公衆の健康及び安全を守り、核セキュリティー特殊核物質及び原料物質、派生物質の防護を確実にすること]の強化のために、民生用核関連物質の使用を許可・規制するのがNRCの役割だということだ。核物質の盗取を防止し、核物質及び核施設をテロ攻撃から守るのが「核セキュリティー(保安・核物質防護・警備)」だ。

    参考

    米国原子力規制委員会の核セキュリティー活動の例

    米国の原子力関連施設で警備に当たっている民間会社の警備員は武装している。米原子力規制委員会(NRC)は、1991年以来各原子力発電所で「武力対抗演習(FOF)」査察を実施してその警備体制を調べている。NRCが予告した期間内に模擬攻撃チームを施設に送り込んで、施設の警備部隊の対処能力を試すというものだ。


    米国原子力規制委員会(NRC)の武力対抗演習(NRC提供)

    出典:Intense Exercises Help Keep Nuclear Plants Secure NRC September 2, 2015

    参考

    「核セキュリティー」はどこに行った?

    塩崎議員は核物質の防護・利用の規制という意味での「核セキュリティー」を強調していたが、原子力規制委員会設置法には、「核セキュリティー」が登場しない。どこに行ってしまったのか。どこかの段階でなぜか、「我が国の安全保障に資する」に化けてしまったと考えると辻褄が合う。「核セキュリティー」だと分かりにくい。securityを辞書でみると安全保障ってのがある。これにしよう。「我が国の安全保障」とした方がさらに通りがいい。とだれかが言ったか言わなかったか。

    この「誤訳」は、オバマ大統領が提唱して開かれた「核セキュリティー(核物質保安)・サミット」についての報道で、「核安全保障」や「核安保」などの間違った「訳語」が使われていたことと関連しているのかもしれない。会議は、核兵器に使われ得るプルトニウムや高濃縮ウランの「保安体制(セキュリティー)」をどうするかを議論するものだった。「核セキュリティー(核物質保安)・サミット」の第1回は2010年4月ワシントンDCで、そして、第2回は、まさに、自公案提出の直前の2012年3月26-27日に韓国ソウルで開かれた。

    本稿の冒頭や資料編で紹介している原子力規制委設置法、原子力基本法、炉規法の関連部分の細い赤のマーカーで強調した箇所に注目して、「核物質の防護・利用の規制」という考え方を念頭に、「我が国の安全保障に資する」の部分を「核セキュリティーを強化する」と読み替えると、意味が通じ始めるのがお分かりいただけるだろう。

    核セキュリティー関連記事

    国会での珍問答:「我が国の核武装を防ぐことが我が国の安全保障に資する」?

    原子力規制委設置法を議員立法として提出した自公両党の議員や時の民主党政権の細野豪志環境大臣は「我が国の安全保障に資する」について聞かれてなんと答えたか。「民生用の核物質・核技術が核兵器に転用されないようにする」ための国際原子力機関(IAEA)の「保障措置(セーフガード)」を政府から独立した原子力規制委員会の下に移すことによって、日本が核武装できないようにするものであり、これは我が国の安全保障に資するというような(?)「説明」だ。いろいろ言ってみたところで、「我が国の安全保障に資する」という文言では論理的に意味をなさないということに関係者は気づいていないのか、気づいていないふりをしているのか?

    英国の政治風刺コメディ番組の脚本家でもこんな滑稽なストーリーは作れないだろうと思われる議論が日本の国会で展開された。

    以下、少々長くなるが、当時の国会での高邁な議論を見ておこう。

    第180回国会 衆議院本会議 2012年5月29日

    共産党の吉井英勝議員が、今回、自公両党が提案する原子力基本法改正案で、原子力利用の目的について、「我が国の安全保障に資する」こととしたのはなぜかと質問している。

    これに対し、自公案の共同提出者の一人である公明党の江田康幸議員が次のように答えている。

    原子力利用における安全の確保に関する規制については、原子炉等規制法に詳細が定められておりますが、原子炉等規制法には、原子力施設及び輸送時における核物質の防護に関する規定が置かれております。また、核燃料物質等に係る技術は軍事転用が可能な技術であることから、これを防止するための保障措置に関する規定も置かれております。
     これらの措置は我が国の安全保障にかかわるものであることから、自公案では、原子炉等規制法及び原子力基本法において、その究極的な目的として、「我が国の安全保障に資する」を明記するとしたところでございます。

    「これらの措置[核物資の防護や保障措置]は我が国の安全保障にかかわるものである」と言いながら、「我が国の安全保障」が何を意味するかについての説明がなく、吉井議員の質問に対する答えになっていない。「これらの措置は核セキュリティーに関するものであることから、『核セキュリティーを強化することを目的とする』などとすべきでした」と言っていれば答えになっていた。そして、NRCの武力対抗演習の写真を見せていれば、吉井議員も他の議員も納得しただろう。

    ❝ セキュリティー、セーフガードといった問題が安全保障という言葉に置き換えられたのか ❞

    第180回国会 参議院環境委員会  2012年6月20日

    ここでは、民主党の谷岡郁子議員が最終的自公民案について鋭い質問をしている。

    一条の、規制庁の中には、目的の最後のところに「我が国の安全保障に資する」という言葉が書かれております。これは、我が国の非核三原則というものをこれから変えるという表明なのか、核武装を我が国がやるということの表明なのかということで、大変大きな懸念が参っております。このことを国民に明らかにしなければならないと思っておりますので、是非お伺いいたしたいと思います
     これは一体、この核に関して、いわゆる原子力に関してのいわゆる核不拡散を含めた核セキュリティーの問題であり、またしっかりと管理していくというセーフガードという問題、このセキュリティー、セーフガードといった問題が安全保障という言葉に置き換えられたのか、若しくは、先ほど私が懸念として表明しましたように、非核三原則を放棄して核武装への道を歩み始める布石なのか、どちらかということを、これを、この法案の提出者で、元の法案に書いてありましたので、自民党の吉野議員にお聞きしたいと思いますが、いかがでございましょうか。

    吉野正芳衆議院議員が元の自公案の提出者として次のように答えている。

    我が国の安全保障という言葉は国家の安全を保障するという意味でございまして、軍事転用、これを考えているわけではありません。・・・

    例えば、軍事転用を図るという時の政府、内閣総理大臣がおりまして、文科大臣にそれを推進する大臣をもし設置したとします。そうすると、IAEAの保障措置、核査察を妨害するような、そんな行動に出ようかと思います。政府から独立した規制委員会にこの保障措置の所掌事務を持ってくることによって、たとえ国家が、時の政府が軍事転用を図っても独立した規制委員会でそれを阻止することができるという、こういうことで、ここは実務者協議の中でも本当に大事な大事な点でございます。我が国を、軍事転用させないという、そういう目的でございます。

    我が国の安全保障という言葉は国家の安全を保障するという意味でございまして、軍事転用、これを考えているわけではありません」というのは、何の説明にもなっていない。我が国の安全保障(あるいは、国家の安全を保障する)という言葉は、核関連の文脈においては、核で国の安全保障すること、つまり、核武装を想起させる。質問者は、だからこそ、これは、どういう意味かと聞いているのだ。「安全保障」を「安全を保障する」と言い換えただけで意味の説明が終わったこととし、だから、軍事転用ではない、と言うのは説明ではない。続いて、時の政権が「軍事転用を図っても、独立した規制委員会でそれを阻止する」、つまり、「我が国を、軍事転用させない」のが規制委設置の「目的」だと言う。どうやら、「我が国を、軍事転用させない」が「安全保障に資する」の意味だとの「説明」のようだ。

    まったく意味をなさない自民党吉野議員の「説明」に、公明党の江田康幸議員も、民主党の生方幸夫議員も、「全くそのとおりでございます」と同意している。

    谷岡議員の「セキュリティー、セーフガードといった問題が安全保障という言葉に置き換えられたのか」との問いに、そうだと答えて、「置き換えられる」前の「核セキュリティーを強化する」というような表現に戻していればそこで問題は解決していたはずだ。そうならなかったのはなぜか。二つの可能性がある。一つは、議員も官僚も一度犯した間違いを間違いとなかなか認めないという体質がここで災いしたというものだ。破綻してしまっている再処理・高速炉推進計画が放棄されないのと同根の問題ということになる。もう一つは、支離滅裂な法案・説明になっていることにまったく気づいていないというものだ。

    論理的答えは得られなかったものの、「安全保障に資する」との文言を入れたのは、核武装に向けての布石を意図したものではないとの確約を法案提出者から得て、谷岡議員は、細野豪志環境大臣にも質問を投げかける。

    ただいまこの席にいらっしゃる政府関係者としては細野大臣がいらっしゃるわけですけれども、またこの問題について今後規制庁を率いていかれるわけですけれども、ただいまの安全保障ということを提案者からの範囲内で考えてやるということを政府の見解としてお答えいただけますでしょうか。

    細野環境大臣が答える。

    セーフガードというのは核不拡散のために設けられている措置ですので、それをストレートにきっちり反映をするという意味では、安全保障という意味はまさに核拡散をしない、すなわち我が国が核武装するというのは言うならば拡散そのものですから、それをしっかりとしない措置がセーフガードですので、そういう趣旨であるというふうに理解しております。・・・

    自民党吉野議員と民主党細野環境大臣の二人のめまいがしそうな主張をまとめると、結論は、「我が国の核武装を防ぐことが我が国の安全保障に資する」ということのようだ。二人とも、こんなことを真顔で展開したのだろうか。そして、与野党の議員は、ああそれで分かった、安心したと思ったということだろうか。

    外国への説明?

    日本政府関係者は、10年以上放置されているこの文言や解読の「論理」を国際的な場で、どう説明してきたのだろうか。法務省が運営するJapanese Law Translation(日本法令外国語訳データベースシステム)には、なぜか原子力規制委設置法の英訳が出ていない。原子力基本法の和英対訳はあるが、最終更新が2004年で2012年の「改正」は反映されていない。炉規法の和英対訳第1条の関連部分は、“assuring national security”となっている。炉規法は第1条で、同法は「国家の安全保障に資する」と述べていることが外国にも伝わる格好だ(全文は資料編を参照)。外国や国際機関から説明を求められた外交官たちは頭を抱えてしまっているのではないか。

    NRCの役割について塩崎議員はどう考えたのか?

    不思議なのは、NRCの役割について詳しく検討したはずの塩崎議員が2012年5月29日の衆院本会議で、自公案提出者を代表して同案について説明する中で「我が国の安全保障に資する」という文言を読み上げているが、何も、矛盾を感じていないらしいことだ。ここで湧いてくる疑問は、自公案の最終案の作成の際に、原子力規制・核セキュリティー問題に詳しい政府内外の専門家の「校閲」を受けたのだろうか、というものだ。専門家が関与していれば、「我が国の安全保障に資する」という文言をここに挿入するのは意味不明だと即座に指摘されていたはずだ。核セキュリティーのsecurity と国家安全保障のsecurityの意味の違いについても説明を受けられたはずだ。自公案をほぼ丸のみして自公民案が作成される過程はドタバタしていてここでも専門家が関与しないままに終わったのは容易に想像できる。

    「安全保障に資する」の淵源──「宇宙の平和利用」方針を変えた宇宙基本法?

    問題を複雑にしているのが、原子力規制委設置法成立と同じ6月20日に成立した改正独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)法の存在だ。この「改正」により、同法第4条の「平和の目的に限り」という表現が削除された。変わって挿入されたのは、「宇宙基本法(平成二十年[2008年]法律第四十三号)第二条の宇宙の平和的利用に関する基本理念にのっとり」という文言だ。2008年制定の宇宙基本法第2条にあるのは「日本国憲法の平和主義の理念にのっとり」という曖昧な表現だが、問題は第3条だ。こちらは、「宇宙開発利用は・・・我が国の安全保障に資するよう行われなければならない」と定めている。そして附則3条において、JAXAその他の宇宙開発利用に関する機関について、見直しを行うと定めている。つまり、2012年のJAXA法「改正」は、明確に、衛星の防衛・軍事目的利用を促進するためのものなのだ。

    このJAXA法の「改正」案と、原子力基本法に「我が国の安全保障に資する」目的を入れる「改正」案が同日に成立したことが、自公両党や民主党政権の意図についての懸念を強化する働きをした。宇宙基本法の「安全保障に資する」との表現が、塩崎座長を初めとする自民党の「原子力規制組織に関するプロジェクトチーム」の人々の頭にあったかどうかはご当人たちに聞いて見なければ分からない。あったとして、それが、なにか響きのいい言葉という程度のものだったのかどうか。いずれにしても、国際的な誤解を避けるためにも、問題の意味不明の文言を核セキュリティーに言及したものに変更するか、関連部分を完全に削除するかすべきであることは間違いない。

    最後に、唐突だが、高等学校での授業風景を考えてみよう。これまで見てきた原子力規制委設置法、原子力基本法及び炉規法の3法にある「我が国の安全保障に資する」関連部分と、それについて法案提出議員や環境大臣が国会で行った説明を高校の教科書に入れたとしよう。国語や社会科科目の教師はどうすればいいのだろうか?

    参考

    2012年当時の核セキュリティーの定義を巡る議論

    原子力委員会の原子力防護専門部会 (2006年12月19日設置決定、2012年10月2日廃止)に当時の議論の状況を示す文書が挙げられている。

    IAEAは、核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告(別称 INFCIRC/225/Rev.5)(原子力委員会仮訳) において、核セキュリティを次のように定義している。
    「核物質、その他の放射性物質あるいはそれらの関連施設に関する、盗取、妨害破壊行為、不法アクセス、不法移転、またはその他の悪意を持った行為に対する予防、検知および対応」

    原子力委員会原子力防護専門部会も、2011年9月の報告書「核セキュリティの確保に対する基本的考え方」(PDF) のなかで、同じ趣旨の定義を使っている。報告書は、米国の同時多発テロ以後の世界において、それまでの「核物質防護」と言う用語に代わって、「核セキュリティ」という用語が使われるようになった背景を次のように説明している。

    米国における同時多発テロの発生以降、核物質を用いた核爆発装置だけでなく、放射性物質の発散装置(いわゆるダーティーボム等)の脅威も懸念されるようになり、核燃料物質だけではなく、あらゆる放射性物質が防護の対象となってきました。すなわち従来は、核物質の不法移転及び原子力施設又は核物質の輸送への妨害破壊行為に対する防護対策であったところ、放射性物質の盗取への対応も含めたものとなり、防護の対象が広がりました。これに伴い、これまでの「核物質防護」は、「核セキュリティ」と総称されるようになりました。
    こうした情勢を踏まえて、IAEAにおいても、加盟国の核セキュリティ体制の整備又は強化を支援するために、一連の核セキュリティ・シリーズ文書の整備が進められることとなりました。

    その結果、1999年発行のINFCIRC/225/ Rev.4の表題が「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する勧告(Physical Protection of Nuclear Material and Nuclear Facilities)」だったものが、2011年発行のINFCIRC/225/Rev.5では「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告」(Nuclear Security Recommendations on Physical Protection of Nuclear Material and Nuclear Facilities)(pdf) となったのである 。

    そして、原子力委員会原子力防護専門部会報告書「核セキュリティの確保に対する基本的考え方」(pdf) は、注6において、「核セキュリティ」を次のように定義している。「核物質、その他の放射性物質、その関連施設及びその輸送を含む関連活動を対象にした犯罪行為又は故意の違反行為の防止、検知及び対応」

    要するに、核セキュリティーとは、原子力関連施設及び輸送物が攻撃され放射能汚染をもたらしたり、そこから核物質・放射性廃棄物が盗み出され兵器として使われたりするのを防ぐ活動ということになる。


    資料編 関連条文の抜粋

    原子力規制委員会設置法 (2012年6月20日成立) 

    (目的)
    第一条 この法律は、平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故を契機に明らかとなった原子力の研究、開発及び利用(以下「原子力利用」という。)に関する政策に係る縦割り行政の弊害を除去し、並びに一の行政組織が原子力利用の推進及び規制の両方の機能を担うことにより生ずる問題を解消するため、原子力利用における事故の発生を常に想定し*、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立って、確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、又は実施する事務(原子力に係る製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉に関する規制に関すること並びに国際約束に基づく保障措置の実施のための規制その他の原子力の平和的利用の確保のための規制に関することを含む。)を一元的につかさどるとともに、その委員長及び委員が専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力規制委員会を設置し、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする

    [*核情報注:緑のマーカー部分は、自公案になかった文言]

    (任務)
    第三条 原子力規制委員会は、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ること(原子力に係る製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉に関する規制に関することを含む。)を任務とする

    ★附 則 5条

    (原子力利用における安全の確保に係る事務を所掌する行政組織に関する検討)
    第五条 原子力利用における安全の確保に係る事務を所掌する行政組織については、この法律の施行後三年以内に、この法律の施行状況、国会に設けられた東京電力福島原子力発電所事故調査委員会が提出する報告書の内容、原子力利用における安全の確保に関する最新の国際的な基準等を踏まえ、放射性物質の防護を含む原子力利用における安全の確保に係る事務我が国の安全保障に関わるものであること等を考慮し、より国際的な基準に合致するものとなるよう、内閣府に独立行政委員会を設置することを含め検討が加えられ、その結果に基づき必要な措置が講ぜられるものとする。

    附則
    (原子力基本法の一部改正)
    第十二条 原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の一部を次のように改正する。  第一条中「利用」の下に「(以下「原子力利用」という。)」を加える。
      第二条中「原子力の研究、開発及び利用」を「原子力利用」に改め、同条に次の一項を加える。
     2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。

    附則
    (核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の一部改正)
    第十五条 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の一部を次のように改正する。
      第一条中「限られ、かつ、これらの利用が計画的に行われること」を「限られること」に、「運転等に関する」を「運転等に関し、大規模な自然災害及びテロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した」に、「行うこと」を「行い、もつて国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資すること」に改める。

    原子力基本法 2012年6月20日「改正」を反映

    第一章 総則
    (目的)
    第一条 この法律は、原子力の研究、開発及び利用(以下「原子力利用」という。)を推進することによって、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。
    (基本方針)
    第二条 原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで> 国際協力に資するものとする。
    2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。


    原子力基本法―新旧対照表



  • 出典:原子力市民委員会 連続オンライントーク「原発ゼロ社会への道」2022
     第14回「原子力基本法の改悪—大幅な書き換えは何をもたらすか」
    の資料より

  • 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(炉規法) 2012年6月20日「改正」を反映

    第一章 総則
    (目的)
    第一条 この法律は、原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の精神にのつとり、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られることを確保するとともに、原子力施設において重大な事故が生じた場合に放射性物質が異常な水準で当該原子力施設を設置する工場又は事業所の外へ放出されることその他の核原料物質、核燃料物質及び原子炉による災害を防止し、及び核燃料物質を防護して、公共の安全を図るために、製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉の設置及び運転等に関し、大規模な自然災害及びテロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制を行うほか、原子力の研究、開発及び利用に関する条約その他の国際約束を実施するために、国際規制物資の使用等に関する必要な規制を行い、もつて国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする。

    核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律
    Act on the Regulation of Nuclear Source Material, Nuclear Fuel Material and Reactors

    Article 1(1)This Act, in accordance with the spirit of the Atomic Energy Basic Act (Act No. 186 of 1955), is enacted for the purpose of providing the necessary regulation on refining activities, fabrication and enrichment activities, storage activities, reprocessing activities and waste disposal activities, as well as on the installation and operation, etc. of reactors, while taking into consideration the possibility of large scale natural disasters, terrorism, or other criminal acts, and also for the purpose of providing necessary regulation on the uses of international controlled material to execute treaties or other international agreements concerning the research, development and use of nuclear energy, in order to ensure that the uses of nuclear source material, nuclear fuel material and reactors are limited to for the purposes of peace, and at the same time, to ensure public safety by preventing hazards due to the event that a severe accident at a nuclear facility causes a discharge of an abnormal level of radioactive materials outside the factory or place of activity where the relevant nuclear facility is installed, or otherwise resulting from nuclear source material, nuclear fuel material, and reactors, and protecting nuclear fuel material, thereby contributing to protecting people’s lives, health, and property, conserving the environment, and assuring national security.



    1. 原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律案 (民主党政府案:2012年1月31日)
      *この政府案について原子力委員会の近藤駿介委員長(当時)は、次のように述べて期待を表明している。「今回、規制庁が発足し、法律、設置法上もきちんとセキュリティという概念が入っているということでございますので、ビジブルに実行機関としてそういうものを担うことができるということは、良かったと思っているのです。」
      出典:原子力委員会 原子力防護専門部会(第27回 2012年3月9日) 議事録(pdf)
      p-27 ↩︎

    2. 第180回国会(衆第10号 原子力規制委員会設置法:2012年4月20日自公案) ↩︎


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