米国ニューヨークの国連本部で8月1日から26日まで、開催された第10回核不拡散条約(NPT)再検討会議は、合意文書を採択できないまま幕を閉じました。一つの焦点は、核攻撃を受けていないのに核兵器を先に使うことはしないとする「先制不使用」宣言を巡るものでした。「先制不使用」宣言を核保有国に求めるとの文言が草案に入ったものの、米国などの反対でこれが削除されたと各紙で報じられました。米国が先制不使用宣言をすると──核以外の攻撃に対するものも含め──抑止力が弱まると日本など同盟国が憂慮しているということが背景にあり、米国がこれに配慮したという内容です。
ところが、NPT再検討会議に関する総論的な記事では、どういうわけか、米国による「先制不使用」宣言に日本が反対してきたという事実が抜け落ちる傾向があるようです。総論の記事となると、「唯一の被爆国」の政府は核廃絶を真に願っており、その早期実現を目指しているはずだとの想定が存在していて、実際の政策の検証を行うことなく、最初からその想定にしたがって記事が書かれることになっているのでしょうか。広島選出の首相と首相補佐官が登場すると特にそうなるのでしょうか。政府広報かと錯覚させるような内容のものが散見されます。
以下ランダムにいくつかの関連記事を発表順に並べてみましょう。◆は総論的なもの、★は米国による先制不使用宣言に反対する日本の政策に言及している記事類です。
参考:
- 米国家安全保障会議(NSC)で核兵器の存在理由説明の変更検討開始と米紙報道
日本など同盟国、米の先制不使用宣言に「懸念」表明と英紙が先月末報道 核情報 2021.11. 7
*英フィナンシャル・タイムズ紙が、2021年10月30日、日本を含む「同盟国、核兵器の先制不使用への政策変更を阻止しようとバイデンに働きかけ」と報道したことなどを説明。 - 米国の核問題専門家ら日本の政党党首に公開書簡──先制不使用宣言に反対しないで 核情報 2021. 8.10
- 茂木外相 米が先制不使用宣言だと日本の安全保障を保てない──岡田議員(元外相)核攻撃なら撃ち返すで十分では? 核情報 2021. 5.10
- 核兵器不拡散条約(NPT) 外務省 2022年9月15日
*第10回(2022年)NPT運用検討会議の文書類(岸田首相の演説を含む)など - 第10回核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議:結果概要 外務省 2022年9月15日
何から何に橋を架ける?
記事の例を挙げる前に、「米国による先制不使用に反対する日本が橋を架けられる」というのが幻想であることを、関係国の位置関係を示した下の図で確認しておきましょう。
*出典:原子力資料情報室Webinar「核兵器禁止条約第一回締約国会議 日本が今すぐできる2つのことー再処理モラトリアムと先制不使用支持宣言-」(2022/06/21), 核兵器禁止条約と日本の課題(核情報, pdf) p.22
日本が米国の先制不使用宣言を支持すると表明し、そのうえで、さらなる核軍縮提案をして、初めて橋渡し役になり得るということです。これは、★各論の例として挙げた藤田直央朝日新聞編集委員の「コメントプラス」にある「従来の延長線上でなく身を切るような提案がなければ、核保有国が国益をかけしのぎを削る核軍縮交渉には何ら響かない」に通ずるものがあるでしょう。
NPT再検討会議関連記事――乖離する◆総論と★各論?
- ◆核不使用継続の上で核軍縮必要 寺田首相補佐官、NPT会議前に 朝日新聞 2022年7月26日
核不拡散条約(NPT)の再検討会議が8月1日から米ニューヨークで開かれるのを前に、岸田政権で核軍縮・不拡散を担当する寺田稔・首相補佐官が25日、朝日新聞の取材に応じた。ウクライナに侵攻したロシアが「核の脅し」を続ける中、核兵器不使用の継続や核弾頭数の削減などについて合意に達するため、日本として尽力していく考えを示した。
…
寺田氏は首相の参加について、「『核兵器は極めて非人道的で使ってはいけない』とトップが言う意味はある。最大の問題は核保有国にちゃんと核軍縮をさせることだ」と語った。
来年5月に広島市で行われる主要7カ国首脳会議(G7サミット)の弾みになるとの考えも示した。 - ◆「NPT会議は俺が行く」譲らなかった岸田首相 源流にある苦い経験
核といのちを考える 朝日新聞 2022年7月30日戦争被爆地・広島選出で「核兵器のない世界」を目標に掲げてきた首相にとって、NPTには思い入れがある。「核保有国と非保有国の両方が同じテーブルにつくのはNPTしかない。核保有国をいかにこっちに引っ張ってくるかだ」と参加する意義を語ってきた。…
首相が自負する核保有国間や、核保有国と非核保有国との「橋渡し役」への道は険しい。…
核禁条約に参加しない理由として「核保有国を議論に巻き込まないと意味がない。プロセスを重視する」と主張してきた首相にとって、核保有国がテーブルにつくNPTでの成果がより求められる。 - ◆NPT再検討会議開催へ 岸田首相演説し核不使用の重要性訴え NHK 2022年8月1日
日本時間の午前8時すぎ、アメリカ・ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港に到着した岸田総理大臣は、国連本部で開かれるNPTの再検討会議に日本の総理大臣として初めて出席し演説を行うことにしています。
演説で、岸田総理大臣は、核兵器のない世界の実現を目指す日本の取り組みを表明し、NPT体制の維持・強化に向けて、建設的な対応をとるよう各国に呼びかける方針です。
具体的な日本の取り組みとしては、核保有国に核兵器不使用の継続の重要性を訴えるとともに、核戦力の透明性の向上を促すことなどを明らかにする見通しです。 - ★NPT委員会素案に「核の先制不使用」記載 日本には安保上の懸念 産経新聞 2022/8/22
核軍縮を扱う第1委員会が21日までに示した素案に、核保有国に「核の先制不使用」を求める文言が入った。核保有国が「敵からの核攻撃に反撃する場合を除き、核兵器を使用しない」と宣言する政策で、米国の拡大抑止(核の傘)に依存する日本は安全保障上の懸念を踏まえて慎重に交渉している。
核の先制不使用は、米国のバイデン政権がロシアのウクライナ侵攻が始まる前に検討したが、中国や北朝鮮、ロシアが通常兵器、生物・化学兵器の使用や侵略的な行動を躊躇(ちゅうちょ)しなくなる恐れがあるため、同盟国が翻意を促した経緯がある。
素案への書き込みは中国や複数の非保有国の要請によるもの。第1委員会の補助機関が作成した報告書には、核保有国に加え「非保有の同盟国が対策を取ることで合意する」との記述もあった。日本などの不同意を受け、この記述は素案には反映されなかったが、26日に予定される最終文書の採択へ向けて議論は続く見通しだ。 - ◆対立点抱え交渉大詰め NPT、初の最終文書案 共同通信(福井新聞) 2022年8月24日
再検討会議は22日、初の最終文書案をまとめ、各国に配布した。核保有国に核の「先制不使用」政策採用を促す記述を盛り込んだ…
最終文書案の採択は全会一致が原則。今回の案には核の先制不使用が盛り込まれたが、非保有国の間では核軍縮の数値目標や期限が提示されていないとの不満が強い。 - ★核の先制不使用「安保に十全を期すのは困難」 武井外務副大臣 産経新聞 2022/8/24
武井俊輔外務副大臣は23日、国連本部で開催中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議出席のため訪問中のニューヨークでオンライン記者会見を開き、最終文書案が核保有国に採用を求めた「核の先制不使用」について、日本の安全保障に「十全を期すのは困難」と述べ、否定的な見方を示した。…
武井氏は会見で「一般論として核の先制不使用は、全ての核兵器国が検証可能な形で同時に行わなければ有意義ではない」と指摘した。現時点で「当事国の意図に関して何ら検証する方法のない核の先制不使用に依存して日本の安全保障に十全を期すのは困難なものではないか」と述べた。 - ★米、「核の先制不使用」に反対 日本など配慮、記述削除 共同通信 2022/08/26
核保有国に「核の先制不使用」政策採用を求める最終文書案の記述に米政府が反対し、削除を求めていたことが25日分かった。米政府関係者が明らかにした。米国の「核の傘」の下にある日本や欧州の同盟国の抑止力低下に対する懸念に配慮した形だ。
先制不使用は国連のグテレス事務総長も核廃絶に向けた一歩として重視。最終文書に反映されるかどうかが焦点の一つだったが、米国の意向を踏まえ25日の初回改定案で文言が消された。 - ◆岸田首相、NPT再検討会議決裂で反対ロシアを非難「できる限りの努力を続けたが非常に残念」 共同通信(日刊スポーツ)2022年8月27日
岸田文雄首相は27日、核拡散防止条約(NPT)再検討会議の決裂に関し、ロシア1カ国の反対が原因だとして「極めて遺憾だ。責めはロシアが負うべきだ」と非難した。…
武井俊輔外務副大臣を現地に派遣し、調整に当たらせた。首相は「会議を取り巻く環境は非常に厳しく、最後の最後までできる限りの努力を続けたが、非常に残念だ」と振り返った。…
今回の会議では、核保有国に「核の先制不使用」政策採用を求める記述が最終文書案から削除されるなど、核保有国と非保有国の分断が浮き彫りに。会議を成功に導き、広島サミットに向け核軍縮・不拡散の機運を高める狙いは外れた形だ。 - ◆首相、異例の態勢も実らず 揺らぐ核なき世界 NPT決裂 産経新聞 2022/8/27
米ニューヨークで開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議は26日、ロシアの反対で最終文書が採択されず、決裂に終わった。岸田文雄首相は自身が掲げる「核兵器なき世界」の実現に向けた機運を高めるため、日本の首相として初めて会議に出席し、高官を派遣して交渉に当たらせるなど異例の態勢で臨んだが、再び厳しい現実に直面している。
「ロシア1カ国の反対により、コンセンサス(全会一致)が成立しなかったことは極めて遺憾だ」
首相は27日、公邸からオンラインで記者団の取材に応じ、悔しさをにじませた。…
外相として出席した2015年の前回会議で最終文書が採択されなかった苦い経験もあった。
このため、会議中盤から外務省の山田重夫外務審議官ら幹部を現地に派遣し、交渉に当たらせた。終盤には武井俊輔外務副大臣も現地入りした。…首相は記者団に「『核兵器のない世界』の実現に向けた国際社会の機運を高め、現実的な取り組みを粘り強く進めていきたい」と改めて強調した。 - ★社説[NPT会議 再び決裂]「核軍縮」への打撃深刻 沖縄タイムス 2022/8/28
米英仏は合意文書案にあった「核の先制不使用」を呼びかける文章の削除を要求した。「核の傘」の下にある日本など同盟国の抑止力低下に対する懸念に配慮した形である。
米国は、オバマ政権時代に「核の先制不使用」を検討したが、当時の安倍政権がそれに懸念を伝えた経緯もある。 - ◆(時時刻刻)NPT、揺らぐ信頼 採択目前、ロシアが拒否 ウクライナめぐり記述に不満 朝日新聞 2022年8月28日
首相は27日、記者団の取材に応じ、「ロシア1カ国の反対により、コンセンサスが成立しなかったことは極めて遺憾」と批判。…
首相の指示で、外務省から武井俊輔副大臣らが現地入りするなど「重厚な布陣」(同省幹部)で協議に臨んだが、決裂に終わった。
首相は今回のNPT再検討会議を、11月に広島で開催する「国際賢人会議」や、来年5月の広島での主要7カ国首脳会議(G7サミット)につなげる道筋を描いていただけに、決裂は大きな痛手だ。 - ★藤田直央(朝日新聞編集委員=政治、外交、憲法)コメントプラス *上の記事について
【視点】この記事の終盤に、岸田首相が記者団の取材に応じ、その冒頭で決裂はロシアのせいだと述べた発言が出てきます。このNPT再検討会議の序盤で首脳としては異例の出席をしながら、これまで唱えてきた核保有国と非核保有国の「橋渡し役」という言葉を演説で使わなかった岸田首相。その時から感じていましたが、こんな物腰では、来年のG7広島サミットに多くは望めないなという思いです。…
例えば日本は「核兵器の先制不使用」が幻の合意案から削られたことに応じており、相変わらずです。米国の核の傘は日本への通常兵器による攻撃にも対応することと矛盾するからです。
しかし「核兵器の先制不使用」に関しては、中国は一般的に、ロシアはウクライナに関し、表向きには語っています。そこでなぜ日本は一歩踏み込み、米国も巻き込んで一致点を探らないのか。いくら首相などの異例のクラスを国際会議に送り込んでも、従来の延長線上でなく身を切るような提案がなければ、核保有国が国益をかけしのぎを削る核軍縮交渉には何ら響かないでしょう。 - ◆〈社説〉NPT会議決裂 核廃絶へ 歩み滞らせるな 信濃毎日新聞 2022/08/29
核廃絶に向けた核拡散防止条約(NPT)体制の限界が一層あらわになった。核軍縮に取り組む義務を果たそうとしない保有国の責任があらためて厳しく問われなければならない。…
土壇場で採択を阻んだロシアだけの責めに帰せない。最終文書案は、他の核保有国の意向も反映して後退を重ねた。「先制不使用」の採用を促す記述は米国が反対して削除されている。…
原爆の惨禍を知る日本は、保有国への働きかけを率先する責務がある。 - ◆(社説)核会議の決裂 保有国は独善自戒せよ 朝日新聞 2022年8月30日
この会議でも、大国が縛りを嫌う姿勢が目立った。核攻撃されない限り核を使わない「先制不使用」などを非保有国は求めたが、次々削られた。
- ◆遠のく「核なき世界」 逆行する米ロ中 NPT会議決裂〔深層探訪〕 時事通信 2022/9/3
バイデン米大統領は、かつて副大統領として仕えたオバマ元大統領が掲げた「核兵器のない世界」の理念を引き継いでいる。20年の大統領選で、米国や同盟国への核攻撃にのみ核兵器を使うという「唯一目的化」の実現を公約。この時、核使用をさらに厳格化する「先制不使用」に踏み込むことも一部で期待されていた。
しかし、ウクライナ侵攻でプーチン氏が核兵器を脅迫の道具にしたことで、バイデン政権は核の役割縮小方針を断念し、現状維持を余儀なくされた。 - ◆15歳のニュース 核軍縮さらに停滞 最終文書案、ロシアが反対 NPT再検討会議また決裂 全会一致ならず 毎日新聞 2022/9/3
核兵器の先制不使用や、核兵器の使用や威嚇をしないという非核保有国への保証といった提案もあったが、核保有国はことごとく拒否したんじゃ。核軍縮の義務を保有国が果たさないのなら、核を保有しようとする国も出てくるかもしれん。NPT体制崩壊の恐れもあるんじゃ。
- ◆NPT再検討会議2022 決裂再び <5> 被爆地 中国新聞 2022年9月4日
国際社会に核兵器廃絶をアピールする好機となるだけに「日本が取り組むべき課題はまだある」…(ICAN(アイキャン))のフィン事務局長は被爆国政府の奮起を促す。その政府を後押しする役割が広島に求められている。