核情報

2016. 8.26

先制不使用宣言しても「一抹の疑念」で北を抑止──
 阿部・元国連事務次長の「発言」は抑止弱体化懸念への代表的反論?

核の先制不使用政策の採用をオバマ政権が検討していると伝えられていることに関し、8月16日、アジア太平洋地域の15カ国の元指導者や専門家など45人がこれを支持する声明を出しました。朝日新聞(8月19日付け)によると、この政策では北朝鮮が通常兵器で攻めてくるのを抑止できないとの日本政府の懸念について、声明に賛同した阿部信泰・元国連事務次長が、「仮に米国が先制不使用を宣言しても、北朝鮮がそれを信じて通常兵器で攻めてくるだろうか。一抹の疑念でも残れば抑止力になる」と述べたと言います。どのような文脈でこの発言があったか、またそもそも発言がこの通りなのかは別として、これが先制不使用政策支持派の代表的見解であるかのように誤解されてしまうとしたら問題です。

参考 (核といのちを考える)核先制不使用、険しき道 オバマ氏、「核なき世界」へ前進探る 「核なき世界」へ前進探る 朝日新聞 2016年8月19日


  1. 通常兵器による報復の威嚇で抑止可能とペリー元国防長官
  2. 先制不使用政策とは?
  3. アジア太平洋地域の15カ国の元指導者や専門家など45人はなんと言ったのか?
  4. 朝日新聞による「日本政府の抑止力弱体化懸念vs反論」整理は?
  5. 米国の二人の専門家の先制不使用論は?
  6. すべての核保有国が先制不使用宣言をしなければ、米国の宣言の意味はない?
  7. 中国の先制不使用宣言は信用できないから米国の先制不使用宣言に反対?
  8. 参考

通常兵器による報復の威嚇で抑止可能とペリー元国防長官

ウイリアム・ペリー元米国防長官は、日本に対する北朝鮮の生物・化学兵器の抑止には通常兵器による報復の威嚇で十分だと述べています。北朝鮮は、通常兵器の報復で体制崩壊に追いやられることを知っており、それを無視して攻撃を仕掛けて来るほど北朝鮮は自殺的ではないとの立場です。さらに、北朝鮮程度の核兵器であれば、これも通常兵器による報復の威嚇で抑止できるとも述べています。(2009年10月21ー22日に笹川平和財団ーウッドロー・ウィルソン国際学術センター共催の「『核のない世界』に向けた日米パートナーシップ」と題された日米共同政策フォーラムでの発言)。

世界の核兵器の配備状況や核戦略に詳しい「米国科学者連合(FAS)」のハンス・クリステンセンは、懸念されるというシナリオをひねり出してくることの意味自体を問います。

また、そもそも北朝鮮が日本を生物化学兵器で攻撃しようとすると考えるのかが良く分からない。最悪のシナリオを描くのはいつでもでき、望んでいるものの正当性を論じることができるが、こういうものはほとんど価値のないものだ。なぜなら、様々な仮定や仮説的シナリオの泥沼に入ってしまうからだ。

(核情報への返答 2009/07/22)

出典:湾岸戦争では、核使用の脅しが化学兵器の使用を阻止? 核情報 2010. 1.25

先制不使用政策とは?

ここで、核兵器の役割を敵の核攻撃の抑止に限り、先に核兵器は使わないとする先制不使用政策を米国が宣言することについての基本的考え方を整理しておきましょう。

  1. 米国の通常戦力からいって、北朝鮮の通常兵器(及び生物・化学兵器)による攻撃を抑止するのに核兵器による報復の威嚇に頼る必要はまったくない。そもそも、米国が北朝鮮に対し核兵器を使うというのは非現実的で、通常兵器で報復すると言った方が信憑性がある。
  2. 先制不使用政策を採用すれば、数分で発射できる一触即発の陸上配備の核ミサイル(ICBM)の発射態勢も中止することができ、二つの政策変更を合わせれば、偶発的核戦争の可能性を少なくすることにより米国及び世界の安全保障が高まる。
  3. さらにこれにより、現在400基余りのICBMの配備を止めれば、それだけで配備戦略核兵器の数を1000発程度に減らせる。欧州配備の核爆弾も撤去できる。更なる低減も可能となる。
  4. 圧倒的通常戦力と核能力を持つ米国が先制不使用政策をとれば、核は使う兵器ではないという考えが強まり、核のない世界に向けた一歩となる。
  5. もし、その後、米国に倣う核兵器国が出れば、それだけ、核のない世界に向けた前進が期待できる。
  6. 他の国が先に核を使うことを考えた場合には、米国による核報復の可能性は残されているので、これが核攻撃に対する抑止となる。

アジア太平洋地域の15カ国の元指導者や専門家など45人はなんと言ったのか?

冒頭で触れた「アジア太平洋核不拡散・核軍縮リーダーシップ・ネットワーク(APLN)」が同16日に出した声明自体は次のように述べて米国に先制不使用政策採用を呼びかけ、アジア太平洋の米国の同盟国にはこれを支持するよう求めています。

先制不使用政策は象徴的価値と相当の現実的意味合いを持つ。その潜在的な利点は、可能性のあるマイナス面を大きく上回る。先制不使用政策は高いリスクを伴うドクトリンと核兵器配備の変更を促すことになる。先制不使用政策は、前方展開、[敵ミサイル発射の警報を受けてすぐ発射する]「警報即発射」態勢、戦場の指揮官への権限の事前委譲などの必要を無くし、偶発的あるいは権限のない使用の可能性を相当に低減することができる。先制不使用政策はまた、核兵器に関して高まっている人道性面からの関心に対応するものでもある。

出典:アジア太平洋核不拡散・核軍縮リーダーシップ・ネットワーク(APLN)
APLN Media Release: Asia Pacific Leaders Call for ‘No First Use’ nuclear policy AUGUST 16, 2016
APLN No First Use Statement 2016 AUGUST 16, 2016

朝日新聞による「日本政府の抑止力弱体化懸念vs反論」整理は?

ここで、核先制不使用、険しき道 オバマ氏、「核なき世界」へ前進探る 朝日新聞 2016年8月19日の問題の部分を見てみましょう

日本政府はこれまで米国の核抑止力のもとにあれば、北朝鮮に生物・化学兵器や通常兵器で攻撃される可能性も摘めると考えてきた。核攻撃で自国が壊滅させられかねないからだ。政府関係者は「米国が先制不使用政策を採れば、通常兵器で攻撃する限り核攻撃を受けないという誤ったメッセージとなり、安全保障上の危機が増す」と話す。・・・

[声明に]賛同した阿部信泰・元国連事務次長は朝日新聞の取材に「仮に米国が先制不使用を宣言しても、北朝鮮がそれを信じて通常兵器で攻めてくるだろうか。一抹の疑念でも残れば抑止力になる」と語る。

元国連事務次長(現・原子力委員会委員長代理)氏の発言とされるものは、ペリー元国防長官の説明でも分かる通り、先制不使用政策についての日本政府の懸念に対する代表的な反論ではありません。一抹の疑念が残るのは確かでしょうが、抑止力になるのはそれだけだという話ではありません。

米国の二人の専門家の先制不使用論は?

ジェイムズ・カートライト(元統合統合参謀本部副議長・元米戦略軍司令官)とブルース・ブレア(元ミニッツマンICBM発射オフィサー)が最近ニューヨーク・タイムズ紙への投稿で述べていることと阿部発言とされるものとの違いを見て下さい。

我が国の核以外の強さ--経済・外交の力、同盟関係、通常兵器及びサイバー兵器、それに技術的な優位性を含むーーは、歴史上類のない世界的な絶対的軍事力を形成している。

米国は、敵が核兵器の使用を慎む限り、米国及びその同盟国の重大な国益を守るのに核兵器を必要としていないのである。

ロシアや中国に対して核兵器を先に使えば、大々的な報復を呼び起こすことにより、我が国及び我が国の同盟国の存続そのものを脅かすことになるだろう。両国より劣位の脅威ーー例えば生物・化学兵器を持つ国々やテロリスト集団ーーに対して最初に核兵器を使うというのは不必要なことである。そのような脅威に対しては他の手段がある。北朝鮮に対する核の先制使用は、恐ろしい放射性降下物で日本を、そして場合によっては韓国を覆うことになる可能性が高い。

このような危険を減らすだけでなく、先制使用の可能性を排除することは、様々なプラス面を伴う。まず、地球的危機状態において、我が国に対する核による第一撃のリスクを減らす。他の国々の指導者達は、米国はその核兵器を核戦争に対する抑止としてのみ見ており、武力侵略のための道具とみなしていないと知っていることで、気を静められる。

この政策は、中西部に広がるサイロに陸上配備の戦略ミサイルやヨーロッパに配備された戦術核兵器など大量の核兵器を維持することを正当化する議論を無くしてしまうことでコストを削減できる。これらのミサイルは主として先制使用のためのものである。第2使用のためのものとしてはリスクの高いオプションである。なぜなら、敵の攻撃に対して極めて脆弱だからである。これらの核兵器を無くすのが最善のオプションだろう。

出典:End the First-Use Policy for Nuclear Weapons,By JAMES E. CARTWRIGHT and BRUCE G. BLAIR AUG. 14, 2016

朝日新聞の記事は、いろいろな概念を紹介していて先制不使用問題を考える上で便利なのでもう少し見ておきましょう。

すべての核保有国が先制不使用宣言をしなければ、米国の宣言の意味はない?

朝日新聞の記事からの引用です。

 先制不使用には、核軍縮を促す効果があるとされる。すべての核保有国が核の先制不使用を採用すれば、一斉に核兵器削減に踏み切っても安全保障上のバランスは崩れないとの考え方に立っている。また非核保有国は核兵器による威嚇や核攻撃を恐れなくて済み、国家間の信頼関係も増すとされる。

これ自体は間違いではありませんが、米国による先制不使用政策採用は、すべての核保有国が同じ先制不使用を採用しなければ意味がないのではないことに注意が必要です。米国単独の一方的宣言自体の持つ利点は上に見た通りです。

APLNの声明は「もし」他国が米国に倣えば、更なる利点があると次のように述べています。

もし、米国の例に倣ってすべての核武装国が先制不使用を採用すれば、この政策は世界的な核の自制の中核となり、戦略的安定性を高め、危機の際の不安定性を緩和し、そして、核兵器の使用をさせない規範をさらに強める可能性がある。

中国の先制不使用宣言は信用できないから米国の先制不使用宣言に反対?

朝日新聞の記事は、上の説明に続いて次のように解説します。

一方で中国は、1964年に最初の核実験に成功して以来、先制不使用を宣言しているものの、米国などからは疑問視されている。なぜなら核の先制不使用を宣言しても、本当に守るのか、外部からの検証が不可能だからだ。

この他の国の先制不使用宣言が信用できないというのは日本政府がよく持ち出す議論です。しかし、先制不使用政策の下で米国は核で報復する可能性を放棄するわけではありません。中国が先に核を使うことを考えた場合、この報復の威嚇による抑止が効くというのが抑止論の考え方のはずです。だから、中国の先制不使用政策が信用できるかできないかという議論は、米国が先制不使用宣言をすべきでないとする主張の正当化には繋がりません。

(政策は検証不能というのはその通りですが、中国のミサイルと核弾頭は別の所に保管されていてすぐに核攻撃が掛けられる態勢にはないと見られています。ただし、中国は戦略原潜の開発を進めているので、潜水艦に積んだミサイルの弾頭は別の潜水艦に積むというわけにも行かず、これまでの態勢と異なってくることが議論されています。)

ところが、日本政府は、中国その他の先制不使用宣言が信用できないから米国による先制不使用宣言には賛成できないとする説明を繰り返してきました。いくつか例を挙げておきましょう。

参考


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