核情報

2008.10.21

中パの原発協力合意?──注目すべき軍事用計画の現状

パキスタンのクレシ外相は、10月18日、パキスタンの2基の新規原発建設に中国が協力することになったと発表しました。しかし、外相は「国際原子力機関(IAEA)」や「原子力供給国グループ(NSG)」の承認の必要性の有無についても答えておらず、詳細は不明です。建設予定地チャシュマは、中国の協力で建設された発電用原子炉2基の他に核兵器用プルトニウムを生産するための再処理工場らしきものが建設されていると米国の研究者が指摘した場所です。

今回の合意は、9月6日に「原子力供給国グループ(NSG)」がNPT非加盟国への原子力協力を禁止したガイドラインでインドを例外扱いすることに合意し、10月10日に米印原子力協定が署名されたことに対応するものとみられています。ただし、パキスタンの場合は、すでに運転中の原発の燃料の供給問題を抱え、核兵器用供給を取るか、原発用供給を取るかという選択に迫られていたインドとは少し違います。インドの場合は、例外扱いによって輸入できるようになったウランを民生用に使い、浮いた国産のウランを軍事用に回すことによってすぐにでも核兵器製造能力を上げることができます。

パキスタンの場合は、新しい原発を2基作るという話ですから、その直接的影響が出るのは先のことです。ただし、実現すれば、NPTに加盟していない国に原子力協力をするという点でNPT体制のさらなる形骸化を招くことは間違いありません。また、これをきっかけに核兵器製造に直接使われうる濃縮・再処理技術を各国が印パに提供する事態にまで至る可能性もあります。

この機会に注目すべきは、チャシュマにあるとされる再処理工場や、その東80kmのところにあるフシュマで建設の進むプルトニウム生産炉です(地図, pdf)。

これらが、印パの軍拡競争の激化をもたらすことが心配されます。

以下、米印での報道の内容や「世界原子力協会(WNA)」などによりながら、チャシュマ原発計画について分かっている範囲でまとめました。また、核兵器用プルトニウム生産計画について、「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」の資料を中心にまとめました。ISISは、米国は、検証可能な「核兵器用核分裂物質生産禁止条約(FMCT)」の締結を最優先課題とすべきだと述べています。印パに対しては、条約締結まで生産停止を宣言することによって、不必要で危険な南アジア軍拡競争を避けるよう働きかける必要があります。

参考




  1. 原発計画
  2. 核兵器計画



1.原発計画

詳細不明な新たな中パ原子力協力

クレシ外相は、ザルダリ大統領の14日から17日までの訪中の成果として、原子力協力の合意がなされたと述べています。しかし、10月16日に発表された共同声明にある12項目の協定・覚書には、原子協力は入っていません。原子力に関連のあるものとしては、本文の中に「両者は、パキスタンの鉱物・エネルギー部門のさらなる開発・発展のための協力を促進することに合意した」とあるぐらいです。

10月16日、米国のCBS放送は、中国が米国などの反発を気にしながら中パ協力を進めようとしているようだと報じていました。この報道は、パキスタン及び西側の高官が「中国は、原子力計画拡大についてのパキスタンの希望を満たすうえで、米印の間で最近締結されたような野心的な民生用原子力計画に署名するのではなく、ステップ・バイ・ステップのアプローチを取ることで非公式に合意した」と述べていると伝えています。そして、パキスタンの高官が、中国は「我々の必要を満たすためにさらなる原子力発電用原子炉について検討する」ことに合意したと語ったことを伝えるとともに、中国がパキスタンとの原子力協力について西側と直接的な対立を避けたいと考えているとする別のパキスタン高官の話を紹介しています。

クレシ外相が18日の記者会見で発表した内容は、上記の状況を反映してか、中途半端なものでした。

10月18日のAP通信の記事は、次のように報じています。

チャシュマ3号炉及び4号炉は、パキスタンに68万キロワットの発電容量を追加することになるとクレシ外相は述べた。しかし、外相は、いつ原発を建設するのか、中国はどのような援助を提供するのかについては述べなかった。外相は、また、新しい原発の核物質がパキスタンの核兵器計画に転用されるのを防ぐ措置があるのかどうかについても話さなかった。

インドの『ヒンドゥー』紙は次のように述べています。

クレシ氏は、中国とパキスタンは2基の原子炉の建設についてIAEAから許可を必要とするのかという質問には答えなかったが、パキスタンは責任ある国家であり、その国際的な義務について理解していると強調した。

インドのPTI通信も、次のように報じています。

外相は、パキスタンと中国は、新しい原発について、IAEAと「原子力供給国グループ(NSG)」からの承認を求めなければならないかどうかという質問をかわした。

彼は、パキスタンは、その国際的義務について理解している責任ある国家だと述べた。パキスタンと中国は、過去において「困難な状況」のもとで原子力分野で協力しており、将来においてもそうするという。

中パ原子力協力関係の経緯

イスラマバードから南西に280kmの地点にあるチャシュマ原子力施設には、1970年代にフランスが小規模の原子力発電所と再処理工場を提供する計画がありましたが、パキスタンがNPTに署名しなかったため、この計画は中止になりました。

そのあと中国の協力で、2基の原発が導入されることになりました。中国の秦山1号機(PWR、30万 kW)の改良型です。1991年に契約された1号機は、2000年に運転を始めています。2004年5月に契約され、2005年に建設が開始された2号機は、2011年完成予定です。NPT未加盟国に原子力関連の輸出をすることを禁じた「原子力供給国グループ(NSG)」に中国が加入することが認められのは、2004年5月28日です。2号炉の建設はそれまでに契約していた話だということで、計画が進められました。

米印原子力協力協定に関連したロシアの動きについて『核情報』で以前に次のように説明したことがあります。

1992年に定められたNSGのガイドラインは、NPTの下での核保有国(米・露・英・仏・中)以外の国に対しては、その国がIAEAと包括的保障措置協定(その国のすべての核施設を保障措置下に置くもの)を結んでいない限り、原子力関連の輸出をしてはならないとしている。ただし、1992年4月以前に結ばれた契約は別とするとなっている。ロシアが1998年から2基(クダンクラム原発)の原子炉をインドに建設しているが、ロシアは、契約の起源は、ソ連時代1988年にさかのぼると主張して、この契約をまとめた。プーチン大統領が2007年1月にインドを訪問した際に提示した新たな原発建設計画は、NSGの規則の変更がなければ実施できない。

中国が、今回の3・4号炉の計画について、2004年のNSG参加以前の契約にその起源があるという論理で進めるのは難しいでしょう。パキスタンの「持続可能開発政策研究所(SDPI)」の核問題専門家A・H・ナヤールは、米印原子力協力と同等のものを米国に求めて断られたパキスタンが、取り残されたという感覚を持って中国に接近し、協力の同意までは得たということではないかと見ています。中国が先頭に立ってNSGでの例外扱いを求めると約束したかどうかは定かではありません。そもそも、今回の記者会見の内容が中国の予測の範囲内にあったのかどうか。共同通信の記事(2008年10月18日)は、SNGについて「クレシ外相は『なんとかしたい』と述べるにとどまり、具体的な方策については言及を避けた。」と報じています。

(ただし、チャシュマ原発計画はすべて、1991年の中パの契約に基づくものだとの論法が使われる可能性は残されています。参考:『パキスタン・中国の原子力計画はNSGの承認を必要としない』パキスタン・デイリー紙英文

中国製の原爆の設計図がカーン博士の闇市場で出回るという事件が示しているとおり、中国はチャシュマ原発の他にもパキスタンに様々な核協力をしてきたと見られています。

パキスタンの原子力発電用原子炉(運転中及び建設中)

出力建設開始完成
カラチ加圧重水炉(PHWR カナダ型)12万5000kW1966年1972年12月
チャシュマ1号加圧水型(PWR 中国製)30万kW1993年2000年6月
チャシュマ2号加圧水型(PWR 中国製)30万kW2005年2011年予定
合計42万5000kw稼働中

PWRの濃縮ウランは、中国から輸入
カラチ原発とチャシュマ1号炉は、IAEAの保障措置下
チャシュマ2号炉に関するIAEAとの保障措置協定は、2006年に署名。

出典:

パキスタンの原子力発電計画

  1. 2005年発表
     2030年までに880万kWに拡大
      (2015年までに99万kW、2020年までに150万kW)
      これには、中国製30万kW4基と100万kW7基が含まれるが、中国は同国での100万kW原子炉の建設計画を延期
  2. 2008年6月発表
     チャシュマに3号炉及び4号炉(各32万kW)を建設。
     2009年建設開始予定

出典:

「世界原子力協会(WNA)」

*今回の記者会見での発表の各34万kWという数字はは総出力で、ネット出力は32万kWか?

2.核兵器計画

パキスタンの核兵器

「米国科学者連合(FAS)」のハンス・クリステンセンと「自然資源防護協議会(NRDC)」のロバート・ノリスは、パキスタンの核兵器の数を約60発と推定しています。これらは、高濃縮ウランを長崎型の構造の原爆(爆縮型)の材料に使ったもので、基本的に中国が最初の核実験に使ったのと同じ型です。

核兵器用核物質生産計画

原料の高濃縮ウランは、核の闇市場を作ったA・Q・カーン博士が開発したものとして有名になったカフタ濃縮工場で作られています。(1983年濃縮開始、製造能力15-20tSWU/年)

「南アジアの核軍拡競争激化か──「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」分析 (チャシュマ核施設衛星写真他)」 (2007年1月25日)やパキスタン、3基目のプルトニウム生産炉建設中:米国の研究所、米印原子力協力に警鐘(2007年06月28日)にある通り、パキスタンはこれとは別にプルトニウム生産計画を持っています。ISISは、今回問題となっているチャシュマ核施設にある建物が再処理工場の可能性が高いとみています(最近または近々運転開始)。

プルトニウム生産用施設

プルトニウム生産用再処理工場

  1. ニューラブ施設(イスラマバード近郊。小規模)
  2. チャシュマ?

プルトニウム生産用重水炉(天然ウラン利用:発電設備はない)

 フシャブ(クシャブ) チャシュマの東80km

  • 1号炉 運転中 熱出力約5万kW 年間核兵器2-3発分
  • 2号炉 建設中 2008年11月運転開始?
  • 3号炉 建設中 2009年運転開始?

建設中の2基 熱出力各10万kW以上 毎年合わせて8-10発分以上

  • 2・3号炉の運転開始の時期はパキスタンの専門家A・H・ナヤール(2008年10月21日のeメイル)による。なお、ナヤールは、これらとチャシュマ3・4号炉の消費量ははパキスタンの国産のウランでまかなえる範囲にあると見る。
  • 2・3号炉の出力はISISの2008年9月の報告書の推定による。

ニューラブ施設は、フシャブ(クシャブ)の1号炉の使用済燃料を処理する能力を持つが、チャシュマの再処理工場は、フシャブで2号炉ができてもその燃料を再処理できることを意味するとISISは言います。

フシャブの重水炉

パキスタン、3基目のプルトニウム生産炉建設中:米国の研究所、米印原子力協力に警鐘(2007年06月28日)にある通り、フシャブでは、2号炉と3号炉が建設中です。

2008年9月18日の報告書(英文pdf)は、最近の衛星写真が、2号炉が完成に近いことを示していると論じています。

報告書にある衛星写真の一部について下にその概要を示しておきます。

衛星写真(Figure) 1 フシャブ核施設外観

左上 建設中のプルトニウム生産炉(2及び3号炉)

右上 最初に建設されたプルトニウム生産炉

右下 重水生産炉

衛星写真2 3号炉建設状況 2008年9月3日

衛星写真3 2及び3号炉建設状況 2008年9月3日

衛星写真4 2号炉及びその冷却塔建設状況 2008年9月3日

衛星写真5 1号炉 (右は冷却塔の列) 2008年9月3日

2006年7月の報告書は、2号炉の能力を次のように推定していました。

炉型 重水減速

重水必要量 100−150トン

原子炉容器直径 5メートル

熱出力 1000メガワット(100万kW)

プルトニウム生産能力  200kg/年(フル出力で年間220日と想定)

核兵器40−50発分/年(4−5kg/発として計算)

2008年9月の報告書は、この推定について論争が起きたことを考慮して、熱出力10万kW以上という数字を採用することにしたとしています。ISISは、2・3号炉がこれより相当高いだろうと見ており、そのようなレベルにある場合、あるいは将来出力が上げられた場合、合計の生産量は、英・仏・中などのレベルに達すると述べています。

プルトニウム生産計画の理由

ISISは、2007年1月の報告書(英文pdf)で濃縮ウランを使った核兵器を持つパキスタンは、次のような核兵器の改良のためプルトニウムが必要と判断したのではないかと論じています。

  • 現在開発中の巡航ミサイル用の小型核
  • 現在より威力の大きな核分裂型核兵器(50−100kt)
  • 実用水爆

核情報ホーム | 連絡先 | ©2008 Kakujoho