10月6日にトランプ大統領がシリア北部から米軍を撤退すると発表した後、トルコ軍が同地域にいるクルド人勢力に攻撃を掛けた結果、中東情勢は混迷を極めています。この状況の中、シリアから最短で約110キロメートルの地点にあるトルコのインジルリク基地に置かれた約50発の米国のB61型核爆弾のセキュリティーが注目されています。「米科学者連合(FAS)」の核問題専門家ハンス・クリステンセンらは、早急にこれらを撤去すべきだと訴えています。以下、主として、クリステンセンのブログ(Urgent: Move US Nuclear Weapons Out Of Turkey 2019年10月16日)を参考に、この問題について要約しておきます。
冷戦時代の遺物──米欧の政治的「きずな」
欧州配備の米国の核兵器について米国も受け入れ側の国々も公式には明確な情報を提供していません。以下、クリステンセンらの調査によって「公然の秘密」となっている状況を見てみましょう。
トルコ配備の核兵器は、現在ヨーロッパの「北大西洋条約機構(NATO)」諸国の5カ国6基地に配備されている約150発のB61型核爆弾の3分の1を占めます。他の4カ国はベルギー、ドイツ、イタリア、オランダです。ギリシャと英国に配備されていたものは、それぞれ、2001年と2004~2007年に米国に持ち帰られました。
もともと、米国の核兵器の欧州配備は、1949年に設立されたNATOが旧ソ連およびその同盟国側(「ワルシャワ条約機構(WTO)」(1955年設立))の圧倒的通常兵力に対抗するためとして進めたものです。1954年から核砲弾、核爆弾、短距離ミサイル、核地雷など米国のさまざまな核兵器の欧州配備が進められ、1971年には、その数は最高の約7300発に達しました。冷戦終焉時には約4000発だったその数は、大幅に減り、種類も核爆弾だけになったのですが、WTOが崩壊し、米ロの立場が完全に逆転しているにも関わらず、配備が続いています。NATOは、ヨーロッパ各国と米国の政治的きずなの象徴として、これらの核を配備し続けるべきだとの態度をとってきています。
欧州配備の米核兵器1954-2008年(クリステンセン/FAS)
出典:U.S. Nuclear Weapons Withdrawn From the United Kingdom – Federation of American Scientists
欧州配備の米核兵器 2019年(クリステンセン/FAS 2019)
■ 現在配備中の基地 ● 撤去した基地
出典:Urgent: Move US Nuclear Weapons Out Of Turkey – Federation of American Scientists
危険なトルコ配備
下の表にあるように約80発は米欧の「核共有(ニュークリア・シェアリング」の対象で、核戦争となった場合、トルコを除く受け入れ国4カ国のパイロットが自国の航空機で投下することになっています。インジルリク基地の状況は特殊で、米国もトルコも戦闘飛行隊を常駐させていません。非常時になると他所から航空機が飛来して運びだして使用する計画です。トルコのパイロットが投下に関わる計画かどうかは曖昧です。非常時の飛来はロシアに「核攻撃準備」を知らせるようなもので、モントレー国際大学院不拡散研究所ジェームズ・マーティン不拡散研究センターのジェフリー・ルイスは、この基地は「名ばかりの栄誉を与えられた」貯蔵施設に過ぎないと評しています。
トルコでの核配備は60年前に始まりました。クリステンセンによると、2000年時点ではインジルリクに90発が配備されていて、そのうち40発はトルコのF16機で投下されることになっていました。もともと別の二つの基地に配備されていたこれら40発は、2005年頃までに米国に撤去となりました。
残りの50発は、トルコにおける2016年7月のクーデター未遂事件の際に注目を浴びました。インジルリク基地のトルコ軍が関係していたということで、一時、同基地への送電が遮断され、米軍関係は基地からの移動を禁止されました。
クリステンセンは、自分たちは何年も前から撤去を主張していたのに、米政府が問題解決を先延ばしにして今の状況を招いたと批判します。現在では、核セキュリティーのために撤去を決定すると、関係が悪化しているトルコを放棄したと見られるという事態になってしまっているからです。しかし、今決定をしないと、さらに危険な状況の中での撤去を迫られることになりかねません。輸送にはC-17輸送機が2機必要だろうとクリステンセンは見ます。
10月14日には、ニューヨーク・タイムズ紙が、週末、国務・エネルギー両省高官らが撤収の検討、と報じました。同月17日には、民主・共和両党の上院議員が、インジルリク基地にある米空軍の人員及び「アセット」を他の場所に移す可能性について報告するよう大統領に要求する法案を提出しました。
クリステンセンは、「欧州における米国の戦術核についてどう考えるにしても、トルコはもはや容認できる場所ではない」と述べています。
国名 | 空軍基地名 | 核兵器 | 航空機 |
ベルギー | クライネブローゲル | B61-3/-4 20発 | F-16 |
ドイツ | ビュッヘル | B61-3/-4 20発 | PA-200 |
イタリア | アビアノ | B61-3/-4 20発 | F-16 (米軍) |
ゲディ | B61-3/-4 20発 | PA-200 | |
オランダ | フォルケル | B61-3/-4 20発 | F-16 |
トルコ | インジルリク | B61-3/-4 50発 | 無[飛来計画] |
計:5ヵ国 | 6基地 | 150発 |
出典:Urgent: Move US Nuclear Weapons Out Of Turkey – Federation of American Scientists
【追記】欧州配備の米国B61型核爆弾2021年(クリステンセン/FAS)
国名 | 空軍基地名 | 核兵器 | 各国運搬航空機 |
ベルギー | クライネブローゲル | B61-3/-4 15発 | F-16 |
ドイツ | ビュッヘル | B61-3/-4 15発 | PA-200 |
イタリア | アビアノ | B61-3/-4 20発 | F-16 (米軍) |
ゲディ | B61-3/-4 15発 | PA-200 | |
オランダ | フォルケル | B61-3/-4 15発 | F-16 |
トルコ | インジルリク | B61-3/-4 20発 | 無 |
計:5ヵ国 | 100発 |
- ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダの4カ国に配備されたそれぞれ15発ずつ、計60発が共有状態にある。
- イタリアのアビアノ基地配備の20発は米軍機用であり、トルコ配備の20発の投下用に割り当てられたトルコ機はなく、米軍の投下用航空機も常駐とはなっていないことに注意。
- 出典:NNSA Removes F/A-18F Super Hornet From Nuclear Bomb Fact Sheet Federation of American Scientists
参考
- トランプ大統領がシリア北部からの米軍撤収を指示 米国防長官 CNN 2019.10.14
- トランプ氏、トルコ配備の核兵器確認の発言か 米政府で初 CNN 2019.10.17
- Trump appears to confirm U.S. nukes are in Turkey, an admission that would break with longstanding protocol ワシントンポスト Oct. 17, 2019
*CNNの記事にあるトランプ大統領発言のビデオあり - 核爆弾50発を“人質”、米副大統領、トルコ訪問の本当の理由 Wedge Infinity 2019/10/19
- Senate Bill Seeks Alternatives to US Base in Turkey, Where Nuclear Bombs Are Housed CNSNews October 22, 2019
*記事で言及のジェフリー・ルイス(モントレー国際大学院不拡散研究所.ジェームズ・マーティン不拡散研究センター)ポッドキャスト発言は以下に - TAILKITS AND THE TURKS: US NUCLEAR WEAPONS IN TURKEY by ACW Podcast October 15, 2019
(欧州配備の核爆弾はB61-12 へのアップグレードが予定されており、この時に、現在配備のものを撤収した後、再配備を無期限に遅らせる手があるとの趣旨) - Building a Safe, Secure, and Credible NATO Nuclear Posture NTI January 2018
by Steve Andreasen, Isabelle Williams, Brian Rose,Hans M. Kristensen, and Simon Lunn(pdf) - Turkey coup attempt raises fears over safety of US nuclear stockpile Guardian Sun 17 Jul 2016
- How a stockpile of America’s nuclear weapons got tangled up in a Middle East crisis LA Times JULY 23, 2016
- U.S. Nuclear Weapons Withdrawn From the United Kingdom
Posted on Jun.26, 2008 in NATO, Nuclear Weapons, United Kingdom, United States by Hans M. Kristensen
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