
石破茂元防衛相が9月6日のテレビ朝日の番組で、米国の核の傘で守ってもらいながら「持たず、つくらず、持ち込ませず、議論もせず」でいいのかと発言して論議を呼んでいます。これでは抑止力が弱まりはしないか、という問いかけです。一方、日本に対する核以外の攻撃に対しても核で報復するオプションを米国が維持することを望んできた日本が「持ち込ませず」と言うのは勝手すぎないか、とも問えます。日本は米国が「核を先には使わない」という「先制不使用政策」をとることに反対しているのです。
米国は日本の核武装を防ぐために先制不使用宣言をあきらめた
オバマ政権が2009年と16年に「先制不使用政策」の採用を検討しながらこれを見送った主要な理由の一つが日本でした。16年には日本が不安を感じて核武装するかもしれないという懸念をジョン・ケリー国務長官が表明したと報じられました。先制不使用策採用を支持し日本自身の核依存度を減らす形で「持ち込むな」と言いやすくするのか。持ち込みを容認してすっきりさせるのか。ここで議論の前提となる要点をいくつか整理してみましょう。
「持ち込ませず」を巡る議論の前提整理
1)実は非核2.5原則──寄港密約
日本側の「持ち込み」の概念には、寄港・通過と配備が含まれる。米国側は事前協議の対象となるイントロダクション(導入=配備)には、寄港・通過は入らないと解釈。日本はこの定義の違いを理解しながら、事前協議要請がないのは寄港がないということだとの論法を使い続けた。民主党政権の岡田克也外相が委託した有識者委員会(座長:北岡伸一東京大学教授)は2011年3月「暗黙の合意による広義の密約があった」と結論づけた。安倍晋三首相も14年1月31日の衆院予算委員会で、寄港・通過の「密約」について「ずっと国民に示さずにきたのは間違いだった」述べている。
2)実は非核2原則?──沖縄再配備密約
有事の際の沖縄への再持ち込み合意の「密約」があったことを、1969年11月19日の佐藤・ニクソン「合意議事録」が示している。2009年12月に佐藤栄作元首相邸で存在が確認されたものだ(読売新聞報道)。米側が「日本を含む極東諸国防衛のため、重大な緊急事態が生じた際は、日本と事前協議を行ったうえで」沖縄への再持ち込みと通過の権利の承諾を必要とするとし、日本側は「そうした事前協議があれば、遅滞なくその要求に応える」と記されている。
有識者委は、この件は引き継ぎがされておらず密約と言い切れないとの結論を下した。だが、これらの二つの「密約」は今も米国側では活きていると見られている、と分析する日米の専門家が少なくない。石破発言の後、非核三原則を堅持すると主張した日本政府は二つの密約について米国と破棄の確認をすべきだ。
3)めざすは戦略原潜の寄港と日本母港化?
1992年以来、米海軍の水上艦船・攻撃原潜には核は搭載されていない。1991年9月27日、ブッシュ(父)大統領が一方的核削減措置の一環として、これらの艦船から核兵器を撤退すると宣言した。続くクリントン政権が水上艦船の非核化を決定する。最後まで作業の残っていた海上発射の核付きトマホーク巡航ミサイルの弾頭の解体が2012年に終了した。 残っている艦船用核兵器は戦略原子力潜水艦搭載の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)だけだ。戦略原潜は、特別な示威行為以外は寄港を必要としない。2003年以降、米国外の寄港例は3回だけだ。石破発言の後、「日本の安全保障政策に携わる関係者の1人は、非核三原則を見直し、核兵器を搭載した米軍の原子力潜水艦を日本に配備すれば済むと指摘」した(ロイター:9月6日)という。まさか戦略原潜の日本母港化要請ではあるまい。
4)海外配備は欧州配備の航空機用核爆弾のみ
地上発射の戦術核は、上述の一方的削減措置により全面的に撤去され、解体された(地対空用の核弾頭及び核地雷はすでに配備から外されていた)。現存の戦術核はB61型核爆弾約300発しかない。実際に配備されているのは欧州5カ国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコ)の6基地にある約150発だけだ。
5)欧州核のような核共有の検討?
石破元防衛相は核共有の検討が必要とも述べている(テレビ朝日9月7日)。上記5ヵ国に配備された核は、いざとなればトルコを除いて受入国のパイロットがそれぞれの国の「2重目的機」(通常兵器・核兵器のどちらでも搭載可能)に載せて爆撃任務を遂行する計画だ。通常は米国側の管理下に置かれ、米国大統領の使用許可があって初めて、受入国の航空機に搭載される。一方、受入国が欧州配備の核兵器の使用に関する協議に参加できる仕組みになっていて、受入国側にも拒否権が存在する。防衛相の望みはB61型核爆弾の配備と使用の拒否権か?
6)再配備の必要性は?
日本の外交官は2009年、上述のトマホーク用弾頭の維持を求めた。このとき、米科学者連合(FAS)の核問題専門家ハンス・クリステンセンはこう指摘した。「日本への配備に頼らない広範な核能力から言って、核の傘が日本に核兵器を再導入するオプションの維持を必要とするという一部の政府関係者の主張は、根拠が薄弱だ」(『世界』09年12月号 岩波書店)。戦略原潜のSLBMや、米本土のミニットマン3大陸間弾道弾(ICBM)、戦略爆撃機(一部はグアムに前方展開)があり、場合によってはノース・カロライナ州の基地に配備されている戦闘爆撃機も使えるからだ。最近の韓国への再配備論についても「軍部は必要性を感じていない」と述べている。戦略爆撃機の日本配備はどうか? 「これらの爆撃機はすでにグアムに配備されており、中国や北朝鮮からのミサイル攻撃にさらされやすい日本に置く必要はない」(核情報へのメール:17年3月19日)。
参考:
冒頭導入部
- 自民・石破氏「検証しないと」…核政策見直しに言及
- 石破氏「核配備」発言が波紋=自民に賛否、公明・野党は反対
- 【石破茂 単独インタビュー】日本は核武装できるのか?? テレビ朝日 コメ付きモーニングショー20170907
- NHKはリンク切れ
- 自民 石破元幹事長 米軍核持ち込みの是非 議論すべき 9月6日 17時28分
- 米軍の核持ち込み、禁止見直しの議論に言及 石破氏 朝日新聞 2017年9月6日
- 「ポスト安倍」自民・石破氏、核兵器配備論に加勢 中央日報/中央日報日本語版 2017年09月07日
米国は日本核武装を防ぐために先制不使用宣言をあきらめた
- 先制不使用断念──日本の核武装の懸念が一つの理由と米紙 岸田外相は平和公園でケリー国務長官に何を囁いたのか? 核情報 2016. 9. 7
ケリー氏は、米国の核の傘のいかなる縮小も日本を不安にさせ、独自核武装に向かわせるかもしれないと主張した
Obama Unlikely to Vow No First Use of Nuclear Weapons ニューヨーク・タイムズ 2016年9月5日
議論について知っている人々によると、カーター氏は、先制不使用宣言は米国の抑止力について同盟国の間に不安をもたらす可能性があり、それらの国々の中には、それに対応して、独自の核武装を追求する可能性があるとして、先制不使用宣言に反対したという。
‘No First Use’ Nuclear Policy Proposal Assailed by U.S. Cabinet Officials, Allies ウォールストリート・ジャーナル 2016年8月12日
- 先制不使用断念の理由の一つは日本核武装への懸念と米紙 日本の反核運動は黙っているのか? 核情報 2016. 9. 7 短縮印刷版(pdf)
1)実は非核2.5原則──寄港密約
- 密約調査命令と核兵器配備要請の矛盾
- 非核三原則・非核2.5原則
- 〇非核三原則
「核は持たず、作らず、持ち込まさず」という原則。1967年12月11日に佐藤総理大臣が国会で表明。
核の脅威にどう対処するのかという松野頼三議員の問いに対して:
「核は保有しない、核は製造もしない、核を持ち込まないというこの核に対する三原則・・・のもとにおいて日本の安全はどうしたらいいのか、・・・私はジョンソン大統領とこの前一九六五年に会ったときも、また今回会ったときも、日米安全保障条約というものは日本が受けるいかなる攻撃に対しても守ることができるのか、言いかえるならば、核攻撃に対してもこれはやはり役立つのかと、こういうことを実は申しております。ジョンソン大統領は、明らかにあらゆる攻撃から日本を守りますと、かように申しております。」
- 〇非核三原則国会決議
非核三原則は、1971年以後の国会決議で国是として確認されている。
- 〇非核2.5原則
川口順子外相の私的諮問機関「外交政策評価パネル」(座長・北岡伸一東大教授)は、2003年9月18日に提出した報告書の中で
北朝鮮が核兵器開発を本格化したとき、日本を守る抑止力を、どの程度制限するかは大問題。国民の良識を信頼して、実は(一時寄港は認める)2.5原則だったというべきではないか
と述べている。
- いわゆる「密約」問題に関する調査結果 外務省
2)実は非核2原則?──沖縄再配備密約
- 佐藤・ニクソン「合意議事録(1969年11月19日)」(英語、日本語)
- 特報「核密約文書」(2010年度新聞協会賞) : 読売プレミアム 2014年11月2日
核密約文書 佐藤元首相宅に 読売新聞 2009年12月22日
- 春名幹男 新資料・沖縄核密約──有事の核持ち込みは米国の「権利」 『世界』(岩波書店)2016年6月号
*著者が挙げているのは、メルビン・レアード国防長官に関するSECRETARIES OF DEFENSE HISTORICAL SERIES. Volume VII MELVIN LAIRD and the Foundation of the Post-Vietnam Military 1969-1973Although the agreement itself did not explicitly mention nuclear armaments, Article 7 further stated that the United States would carry out reversion “in a manner consistent with” Japanese policy banning the presence of nuclear weapons on Japanese soil as expressed in the 1969 Nixon-Sato communique. The United States would remove the weapons but retained the right to reintroduce them in time of crisis
・・・米国は核兵器を撤去するが、危機状態においてはreintroduce[再導入=再配備=再持ち込み]する権利を維持した。
- 2010年6月15日の岡田克也外務大臣記者会見
もう一つは、沖縄の核持ち込みに関して、佐藤内閣で密約があったのではないかということ、紙は佐藤信二さんのご自宅から出てきたのでありますが、このことについて、日本国政府としては、「少なくとも、今その密約は有効ではない」と考えている訳です。そもそも、「外交当局が全く関与していない、首脳同士がサインをしただけであり、しかも、それは政府の中で引き継がれていないということをもって、そういう密約はなかった」というのが我々の考え方ですが、仮にあったとしてもそれは有効ではないと考えておりますが、この点についても米国政府としても「そういう密約は、少なくとも今や有効ではない」ということは確認されているということです。……[確認をした時点は?]有識者の調査報告が出たときです。外務省としての報告と有識者の報告をご説明したと思いますが、その前の時点です。
- 外務省が「核密約」非公開要請 87年、公文書で裏付け 「際限ない」米側不快感 西日本新聞 2017年01月03日
- 沖縄の核Ⅰ - 原子力時代の死角 - 特別連載 - 47NEWS
- 沖縄の核 Ⅱ - 原子力時代の死角 - 特別連載 - 47NEWS
3)めざすは戦略原潜の寄港と日本母港化?
- 戦術核撤去・削減を約束する「ブッシュ大統領一方的核削減措置演説」─1991年9月27日
(英文)抜粋訳 核情報
* 墓場行きを免れるか核トマホーク、日本の協力で? 核情報 2009.6.4より - 持ち込ませず」は無理と橋下大阪市長──第7艦隊が核兵器搭載? 核情報 2012.11.19
- 日本は「非核三原則堅持」を見直すべきなのかーー非核三原則は二原則にするべき? ロイター 2017年09月06日
日本の安全保障政策に携わる関係者の1人は、非核三原則を見直し、核兵器を搭載した米軍の原子力潜水艦を日本に配備すれば済むと指摘する。「そろそろ非核三原則は二原則にするべきだ」と、同関係者は話す。
4)海外配備は欧州配備の航空機用核爆弾のみ
- オバマ政権、核兵器の唯一の役割は核攻撃の抑止と確信、昨年500発一方的に削減──バイデン副大統領、退陣直前の演説で 2017. 1.20
- 沖縄に配備されていた核兵器
Where They Were Robert S. Norris William M. Arkin William Burr NovemberlDecember 1999The Japanese island-of Okinawa hosted 19 different types of nuclear weapons during the period 1954-72,but at no time were more than about 1,000 warheads deployed there.
日本の沖縄には19種の核兵器が1954から72年に渡って置かれたが、どの時点をとっても配備数が約1000発を超えることはなかった。
*19のうちの一つは、核弾頭の入っていないものなので、実際には18種の核兵器が配備となる。
上の記事に関する説明National Security Archive Electronic Briefing Book No. 20 で挙げられている機密解除文書Excerpts from the text of the "History of the Custody and Deployment of Nuclear Weapons: July 1945 through September 1977"の"Appendix B: Chronology--Deployments by Country, 1951-1977"のこのページに沖縄配備の核兵器のリストがある。
(沖縄)(フィリピン)(韓国) - 上記リストから最初の19種の説明的粗訳(射程は各種資料から:米国の公式資料で確認したものではないので参考程度に)
- 非核爆弾[核弾頭の入っていないもので、これだけが異質のアイテム]
- 核爆弾
- 280mmm カノン砲[榴弾砲(射程約30km)]
*参考:核実験映像 - 8インチ・ハウィッツァー[榴弾砲(射程16-21㎞?)]
- マタドール[地対地・米国初有翼(巡航)ミサイル(射程約1100km)]
- 対潜爆雷
- 核地雷(ADM)
- オネスト・ジョン[地対地ロケット弾(射程5.5 - 26.5 km)]
- ナイキ・ハーキュリーズ[地対空ミサイル(射程約110㎞)]
- コーポラル[地対地ミサイル(射程100 km)]
- ホットポイント[核爆弾(パラシュート付き)]
- ラクロス[地対地ミサイル(射程19 km)]
- メース[地対地有翼(巡航)ミサイル(射程2253 km)]
- ファルコン[空対空ミサイル]
- リトル・ジョン[地対地ロケット弾(射程3.2 - 18.3 km)]
- アスロック[艦載用対潜ミサイル(核爆雷搭載)(射程11㎞)]
- テリア[艦対空ミサイル(射程58㎞)]
- デイビー・クロケット[無反動砲(核迫撃砲)(射程2-4㎞)]
*核実験映像 - 155mmハウィッツァー[榴弾砲]
5)欧州核のような核共有の検討?
- ずさんな保安体制の欧州配備の米国戦術核兵器──NPTにも違反 核情報 2008.6.26
*現在は欧州配備のB61型核爆弾は約150発に。
ハンス・クリステンセンのStatus of World Nuclear Forcesの表(現在最新更新2017年7月8日)参照。.
注hは、現在欧州5カ国6基地の配備数は約150発としている。
注iは、非配備の予備2200発は、戦略核2050発と非戦略核150発が含まれると推定されるとしている。この150発がB61型爆弾。B61型戦術爆弾(B61-3, -4, -10)の数は、配備中・予備合わせて、300発ということ。
6)再配備の必要性は?
- 戦術核の再配備「検討したことない」=韓国大統領府 聯合ニュース 2017/09/12 21:03
追補 日本核武装論の利用
- トランプ氏の“持論”だけでない 「日本核武装論」が米国で本気に語られ始めている 産経 2017.7.19
「韓国に米軍の戦術核を戻すか、日本に独自の核抑止力を整備させる。これほど速やかに中国の注意を引きつけられるものはないだろう」
・・・米保守系の有力コラムニスト、チャールズ・クラウトハマー
*言及されていているチャールズ・クラウトハマー投稿原文
- 日本は一夜で核武装可能…習氏に米副大統領 読売新聞 2016年06月25日
[バイデン副大統領は]習氏に「もしも明日、日本が核武装したらどうなる」と問いかけ、北朝鮮の核・ミサイル開発を放置すれば、日本が核武装を選択するかもしれないと警告することで、北朝鮮の説得に協力するよう求めたという。
*類似のコメント
日本は「非核三原則堅持」を見直すべきなのかーー非核三原則は二原則にするべき? ロイター 2017年09月06日拓殖大学・海外事情研究所所長の川上高司教授・・・
拓殖大学の川上教授は「今このタイミングで議論が出てきたのは良かったと思う」と指摘。「日本がこれを言い出すと、米国と中国の尻に火がつく。特に中国に北朝鮮問題を本気で取り組ませるための特効薬になる」と話す。
**ただし、石破元防衛相は9月6日のテレビ朝日の番組で「日本は唯一の被爆国であり、核を持ったら、世界中どこが持ってもいいという話になる」とし「持つ」には反対している。
- これまでの核武装についての石破発言
「核の潜在的抑止力」のために原発維持をと石破茂自民党政調会長──潜在的抑止力達成は2050年以降の高速増殖炉の商業利用待ち? 核情報 2011.9.25