核兵器禁止条約早期締結の運動が進められている中、先制不使用問題など限定的な問題に関わっているのはエネルギーの無駄だというような議論を目にすることがあります。しかし、核兵器禁止条約と先制不使用とどちらが大事かという問題設定自体が問題の本質を見誤らせます。先に核を使わないと米国が約束することにさえ反対している日本政府は、当然、核兵器禁止条約の早期締結には反対します。世界の核兵器禁止条約推進運動に日本の反核運動が協力するための重要な課題の一つ──それが日本政府の先制不使用政策反対姿勢を変えさせることです。
- ことの本質は、「いくらなんでも先に使わない政策に反対するなんて」
- 先制不使用政策とともに他のステップも
- 世界の人々に対する説明責任
- 米国の反核運動は?
- 米国の核問題専門家は?小さなステップを支持できなければ禁止条約なんて……
- 核兵器禁止条約推進運動の整理
- 先制不使用に反対する日本の政策の整理
- 独自核武装の可能性を武器に米国の核軍縮を阻む日本
ことの本質は、「いくらなんでも先に使わない政策に反対するなんて」
先制不使用という言葉には、核攻撃に対する報復のための核使用の容認がが含まれるから、この言葉は良くないというような議論もありますが、ことの本質は容認するかしないかというところにはありません。
いくらなんでも、核を先に使うことはしないという程度のことを米国が宣言するのに日本が反対するのは情けない。そんな方針が日本政府にあるのなら、究極的核廃絶だ、ステップ・バイ・ステップ(段階的核削減アプローチ)だというような表現を使ってごまかしてみても、決して核廃絶に向けた積極的役割を日本政府が果たそうとするわけがない。せめて、米国の先制不使用宣言には反対しないという最初のステップを日本政府に踏ませることが日本の反核運動の課題であり、責任だ。こういう話です。日本政府が先制不使用宣言をしないようにと米国に働きかけているとの報道を受けて、被爆者団体が声を上げているのも同じ趣旨からでしょう。注1
ステップ・バイ・ステップという段階的アプローチが悪いというよりも、このアプローチを唱えながら小さなステップにさえ抵抗する日本の姿勢が問題なのです。段階的アプローチでは埒があかないから近道は核兵器禁止条約だと言ってみても、先に核を使わないという方針を米国がとることにさえ抵抗する日本が禁止条約交渉推進に本気で賛成するはずがないということです。
核兵器禁止条約推進運動に参加したり後押ししたりしたいと思うなら、当然、日本の先制不使用反対の政策を変えさせることに今全力を挙げて取り組むべきでしょう。オバマ政権に残された時間はわずかです。
先制不使用政策とともに他のステップも
核兵器の唯一の役割を敵による核攻撃の抑止に限り、核を先には使わないという政策なら、ほかのステップも採用しやすくなるという考え方が先制不使用論の背景にあります。
核攻撃を受けたら、いずれ核兵器で報復するぞという脅しのためにだけ核兵器が必要という考えに立てば、一方的大幅核削減も可能になる。いずれ報復するということなら、敵の攻撃に対する脆弱性の小さい少数の核兵器があればいい。例えば、戦略潜水艦に核兵器を積んで、普段はロシアに届かないような距離のところで航行する。大陸間弾道弾(ICBM)は、敵のミサイルが到達する前に発射しなければ使えなくなるという考えに基づき、敵のミサイル発射を探知し次第、即座に発射できる態勢に置かれている。抑止のためだけなら、これらの核戦争遂行用の核兵器は必要なくなる。一触即発の警戒態勢を解除すれば偶発的核戦争の可能性も小さくなる。米国が先制不使用政策採用の先頭に立つことにより、最終的にお互い核攻撃の抑止のためだけに核があるとの考え方が浸透すれば、では、お互いの核をなくせばいいとの発想も可能となり、核のない世界も構想しやすくなる。
参考:
世界の人々に対する説明責任
先制不使用と一触即発の核ミサイル発射態勢の解除は、核戦争の危険を減らすことによって、人類滅亡の可能性を減らす一歩です。
安倍晋三総理大臣に聞いてみなければなりません。
総理、先制不使用を米国が宣言すると、具体的にどのような形で日本の安全保障が弱まるというのでしょうか。
総理、北朝鮮が核の使用以外の何をしたとき、米国が北朝鮮に核攻撃をかけるべきだというのでしょうか。
私たち反核運動は、日本政府の政策を米国の反核運動に対し、また、世界の人々に対し明らかにする責任を持っています。
マスコミも、米国が先制不使用を宣言すると抑止力が弱体化するから困るというような政府関係者のあいまいな発言を紹介するだけに終わるのではなく、抑止力の弱体化という言葉で政府が何を意味しているのかを明らかにして欲しいものです。
米国の反核運動は?
米国の反核運動は先制不使用問題に焦点を当てています。米国元政府高官・科学者ら日本に先制不使用支持要請や、日本政府に米国の核兵器先制不使用政策に反対しないよう求める国際公開書簡からも分かる通りです。
9月1日にもオバマ大統領に先制不使用政策を採用するよう求める書簡への署名をウエブ上で集めるためのお知らせがメールで流されています。米国の核兵器政策として「先制不使用」宣言をするようオバマに言おう、まだ時間はある、と呼びかけているのはプラウシェアーズ平和財団です(名前は聖書の「剣を鋤に」から)。
米国の核問題専門家は?小さなステップを支持できなければ禁止条約なんて……
憂慮する科学者同盟のグレゴリー・カラキー(上級アナリスト:世界安全保障プログラム中国プロジェクト・マネジャー)は言います。
核兵器を完全に禁止する核兵器禁止条約を支持することは、米国が日本を守るために核兵器を使う可能性を完全に無くしてしまうことを意味する。先制不使用は、米国の拡大抑止を維持するものであり、禁止条約より遙かに小さなステップである。安倍政権がこの小さなステップを支持できないとすると、核兵器禁止条約を支持しないであろうことは明らかである。ただし、核兵器禁止条約の議論をしたところで実際には核兵器禁止条約なんてできるはずがないから核兵器禁止条約に関する国際的な議論を支持しても大丈夫だというひねくれた立場を日本が取っている場合は別である。実際は、どうも、安倍政権、とりわけ岸田外務大臣がやっているのは、これのようである。
出典 核情報へのメール(2016年8月27日)
参考
- 核軍縮に怯える被爆国日本
*日本の政策変更を訴えるカラキー氏のビデオメッセージ(2009年7月18日)が見られる。 - 核兵器非人道性声明に日本署名──「拡大抑止政策と整合」と説明する政府
*もう一つのごまかしの例
核兵器禁止条約推進運動の整理
核兵器禁止条約推進運動について大雑把に整理すると
論理
- 核不拡散条約(NPT)第6条に「各締約国は……全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」とあるにも拘わらず、1970年の発効から45年以上経った今も大量の核兵器が存在し、交渉は始まっていない。
- 日本を含め、核の傘の下にある国々は、ステップ・バイ・ステップの漸進的アプローチで核廃絶を目指すべきと言うが、まったく、進展がない。
- 核兵器国が最初は交渉に参加しないとしても、早く交渉を初めて、条約を成立させることにより、核に対するタブーを強化することが必要。
現状
- 推進派諸国は、国連核軍縮作業部会(OEWG)で、8月19日、条約の交渉を2017年から始めるよう勧告する報告書を賛成68、反対22、棄権13で採択。
- たとえ何らかの交渉が始まったとしても核を先に使わないということにさえ反対する日本(及び核の傘の下にある他の国々)や核兵器国は核兵器禁止を支持することはあり得ないという状況をどう変えるかという問題は残る。日本の政策を変えることによって米国の政策変更を可能にすることが禁止条約推進運動にとって重要。
先制不使用に反対する日本の政策の整理
日本の先制不使用反対政策について大雑把に整理すると
- 日本は少なくとも1982年以降、日本に対して通常兵器、生物兵器、化学兵器による攻撃があった場合には米国が核兵器で報復するオプションを維持することによってこれらの兵器による攻撃を抑止するのが、米国が日本に提供している核の傘だとの立場を維持している。
- つまり、核兵器の唯一の役割を敵による核攻撃の抑止に限り、核を先には使わないという政策を米国が採用することに反対している。
- この方針は、国会でも、首相、外務大臣、官僚などが繰り返し証言している。
- 唯一の例外と思われるのは、民主党時代の岡田外務大臣で、大臣就任の記者会見に始まり、先制不使用支持の姿勢を明確にした。注2
- それでも、外務省の方針を変えることはできず、民主党政権の鳩山首相も国会で先制不使用反対の証言をしている(外務省の用意した文書を読んでいる)。
- 今回、日本がオバマ政権に対し、先制不使用政策を取らないように働きかけたのは、これまでの歴史から当然予測されたことで、突然出てきた話ではない。
- 国民が今回の日本政府の動きについて驚いているとしたら、私たち日本の反核運動とマスコミが日本政府の先制不使用反対の姿勢について明確に説明することに失敗してきたことを意味する。
- 現状から言って核兵器禁止条約の交渉開始を日本が支持する可能性があるのは、UCSのカラキーが言うとおり、最初からごまかしを目論んでいる場合だけである。
- 核兵器以外の攻撃も核報復の脅しで抑止したいと望むということは、米国以外の核兵器がすべてなくなっても、米国の核兵器を維持して欲しいという発想である。
- 米国では、米国が先制不使用政策をとると核抑止力の弱体化に不安を覚えた日本が核武装するのではとの懸念があり、これが米国の核軍縮の動きを阻止する役割を果たしている。
- 先制不使用反対の発想が変わらない限り、日本が北東アジア非核地帯構想を支持することもあり得ない。非核地帯条約では、域内の国に核攻撃をかけないことを核保有国が約束することが求められる。北朝鮮が核を放棄しても、他の兵器を持っている限り、北朝鮮に核攻撃をかけないと米国が約束するのは困るというのが日本の立場。だから、北朝鮮がたとえ核を放棄しても、日本は非核地帯を支持できない。また、中国の通常兵器による攻撃も核報復の脅しで抑止して欲しいと望みながら、絶対日本に核兵器を持ち込まないよう国際法で米国を縛ることを日本が望むだろうか。米国が日本に核兵器を持ち込みたいと思うかどうかは別問題。
独自核武装の可能性を武器に米国の核軍縮を阻む日本
日本は米国の立場を代弁するのを止めて被爆者の思いに沿って唯一の被爆国として核兵器禁止条約推進のリーダーシップを取るべきだいうようなことが良く言われます。しかし、実際は、日本は米国の立場を代弁しているのではなく、米国政権内の核軍縮抵抗派と結託して、良識派の核軍縮の動きを阻止する役割を果たしているのです。そして、日本の懸念を無視すると日本が核武装をするかもしれないという議論が、米政権内における先制不使用政策採用反対の有力な論拠となっています。日本は結果的に、核武装の脅しで米国の核軍縮に向けた動きを阻んでいるのです。余りにも情けない。
安倍総理に聞いてみましょう。総理、先制不使用なら核武装ですか?
参考:
- 生物・化学兵器の脅威には、通常兵器抑止の方が信憑性──米国科学アカデミー1997年報告書 核情報 2010. 1.15
- 先制不使用問題早わかり 核情報 2009.6.19
- G7外相広島宣言──長年「非人道性」を訴えてきた日本? 核情報 2016. 4.16
- 注1
日本原水爆被害者団体協議会事務局長 田中煕巳 談話 2016年8月18日
……
核兵器の先制使用を否定してこなかった米国が政策転換し先制不使用の立場を取ることは、半歩前進です。
これについて唯一の戦争被爆国首相が反対するは私たち被爆者や多くの国民気持ちに相反するもです。
北朝鮮に対する核の先制使用を否定しないことそ、核戦争のリスクと地球上にふたたび被爆者をつくる危険を高めことなります。
出典:オバマ米政権が検討している核兵器の先制不使用について安倍首相が反対の意向との報道を受けて、田中日本被団協事務局長談話(pdf)
長崎被爆5団体の首相・外務大臣宛て要請文 2016年8月24日
米国のワシントン・ポスト紙は、オバマ政権が導入を検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍総理がハリス米太平洋軍司令官と会い、反対の意向を伝えたと報じた。
オバマ大統領は、先の広島訪問を契機に、核実験の全面禁止や核兵器予算削減など明確に核兵器政策の改善に向け帰国後動いている。この核兵器の先制不使用もその一つと言える。……
オバマ大統領は帰国後、誠実に努力をしていると思われるが、一方、「世界唯一の核兵器被害国日本」の変わらぬ安倍総理の姿勢が問われている。
私たち長崎の被爆者5団体は米国の核兵器の先制不使用宣言を歓迎するとともに、国連総会における「核兵器禁止条約」への我が国の対応を厳しく糾弾し、同条約の早期制定に向け真摯に努力されるよう強く要請する。
- 注2
安倍首相 核先制不使用、米司令官に反対伝える 米紙報道 毎日新聞 2016年8月16日 の次の部分の問題について
2010年には当時の民主党政権が、米国が配備している核トマホーク(巡航)ミサイルの退役を検討していることについて、日本に対する拡大抑止に影響が出るのかどうかを問う書簡を、岡田克也外相がクリントン米国務長官(いずれも当時)などに対して送ったと公表している。核軍縮を目指す核専門家からは「核兵器の廃絶を目指す日本が、皮肉なことにオバマ政権が掲げる『核兵器のない世界』の実現を阻んでいる」という指摘も出ている。
岡田外相、昨年末、核付きトマホークの延命を求めないと米国に書簡──核兵器の役割を核使用の抑止に限定する案についての話し合いを呼びかけ 核情報 2010. 1.27で紹介している書簡のことだろうが、この記事の全体の流れから言って、岡田外相が先制不使用政策に反対したかのようにとれ、大きな誤解を招く内容となっている。
岡田書簡は、平たく言うと、核付きトマホークの退役に反対する動きを日本の外交官がしているとの報道を受け、特定のシステムの退役について反対するというのは岡田外相の考えではないと国務・国防両長官に明確に伝えたもの。その上で、退役の後の抑止についてはちゃんと説明を受けたいと述べている。さらに先制不使用を支持する立場から、このテーマについても協議したいと呼びかけているのである。
この書簡があったからこそ、日本の懸念を無視すると日本が核武装する可能性があるとして核付きトマホークの退役に反対していた勢力の主張の根拠が崩れ、退役が確定したとUCSのカラキーらは書簡を評価している。
内閣総理大臣 安倍 晋三 様
外務大臣 岸田 文雄 様核先制不使用「反対」報道及び核兵器の法的禁止交渉勧告の報告採択について(要請)
米国のワシントン・ポスト紙は、オバマ政権が導入を検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍総理がハリス米太平洋軍司令官と会い、反対の意向を伝えたと報じた。
オバマ大統領は、先の広島訪問を契機に、核実験の全面禁止や核兵器予算削減など明確に核兵器政策の改善に向け帰国後動いている。この核兵器の先制不使用もその一つと言える。
一方、ジュネーブの国連欧州本部で開かれていた核軍縮に関する作業部会は19日、核兵器の法的禁止についての2017年の交渉入りを、「幅広い支持」を得て国連部会に勧告するとの報告書を賛成多数で採択した。これにより今秋の国連総会で議論が本格化する見通しで、核兵器禁止条約制定に向け大きく前進することと思われる。報告書は参加国の総意を目指したが、核保有国など一部の国の反対があり、採決の結果、賛成68、反対22、棄権13で採択されたが、卑劣にも我が国は棄権に回った。
我が国はこれまでも米国の「先制不使用」政策の動きに対しては、「核の傘」にほころびが出るなどと反対を表明してきた。また、核兵器禁止条約制定についても国連を舞台に、多くの国々が人道的立場から核兵器の廃絶を求める行動にも終始、消極的対応をとってきた。この一連の行動により、我が国の「世界唯一の核兵器被害国日本」の肩書は今や信頼を失っている。「先制不使用」の米紙の報道も、その流れと見られるが、事実とあれば、極めて遺憾と言わざるを得ない。
我が国は、オバマ大統領の広島訪問を契機に、各国の首脳に被爆地広島・長崎訪問を呼びかけ、原爆の惨状を共有することを求めるなど、これまでと違い、核兵器廃絶への先導的役割を果たすかに見えた。しかし、我が国の米国追随の実態はオバマ大統領の広島訪問後も依然としてなんら変わらず、あの時の安倍首相のメッセージはなんだったのか、疑問視せざるを得ない。
オバマ大統領は帰国後、誠実に努力をしていると思われるが、一方、「世界唯一の核兵器被害国日本」の変わらぬ安倍総理の姿勢が問われている。
私たち長崎の被爆者5団体は米国の核兵器の先制不使用宣言を歓迎するとともに、国連総会における「核兵器禁止条約」への我が国の対応を厳しく糾弾し、同条約の早期制定に向け真摯に努力されるよう強く要請する。
2016年8月24日
長崎県被爆者手帳友の会 会長 井原東洋一
長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会 議長 川野 浩一
長崎県被爆者手帳友愛会 会長 中島 正徳
一般財団法人 長崎原爆被災者協議会 会長 谷口 稜曄
長崎原爆遺族会 会長 正林 克記
(印略)