2005年の来日時撮影(11月19日、日比谷野外音楽堂)
2019年10月6日、英国再処理施設の地元で反対・監視運動を約30年に亘って展開して来たマーティン・フォーウッドさんが亡くなりました(享年79歳)。刑事、憲兵(ベルリンの壁に派遣)、英国気象庁の技官などの経験を持ち、原子力産業に関する大量の文書を所蔵する彼は、ジャーナリストや活動家にとって、再処理事業者や政府の誰よりも信頼のできる情報源だったと英ガーディアン紙の追悼記事(10月16日)が評しています。以下、日本の使用済み燃料の再処理に関する謎の解明に彼の情報が貢献した二つの例を挙げておきます。
解明例1 2013年英国保管プルトニウム急増の謎
2014年9月、日本原子力委員会事務局は、英国保管分の日本のプルトニウムの量が2013年に約2.3トン純増と発表しました。事務局は、9月16日の会議でその理由を「英国の再処理施設のほうで処理が進んだ」結果と説明しました。
しかし、英国のTHORP(ソープ:酸化物燃料再処理工場)における日本の軽水炉(普通の原発)の使用済み燃料の再処理は2004年に終了しているとの情報が以前にフォーウッドさんからもたらされていました。そして、11年12月に米プリンストン大学のフランク・フォンヒッペル名誉教授から、2004年終了なら、日本が2011年に発表した10年末現在の英国保管のプルトニウム量約17トンは計算より数トン少ないとの指摘がありました。その後、2年弱経過したところにでてきたのが上記の増大発表です。
2014年11月13日、再処理は10年前に終わっているとの「核情報」の指摘を受け、原子力委事務局は、2.3トンは2013年に実際に日本の使用済み燃料を再処理して分離されたものではないとの説明を電気事業連合会から得たと阿部知子議員事務所に対し認めました。
増加はその後も続き、2018年9月の発表では、17年末までの増加分が合計約3.6トン、さらに約0.6トンが追加予定となりました。追加分は19年頃までに「分離し、その後在庫として計上」と、実態とは異なる説明を繰り返しました。
再処理施設の閉鎖・除染に当たっている英「原子力廃止措置機関(NDA)」からフォーウッドさんが2016年に得た回答で、実態が明らかになりました。要約するとこういうことです。
- THORPにおける日本の軽水炉の使用済み燃料の剪断作業は04年9月に終了、酸化プルトニウム製造は05年3月31日までに終了(東海ガス冷却炉の使用済み燃料の再処理は06年に終了)。
- プルトニウムは各年の個々の顧客の使用済み燃料の再処理量とは関係なく書類上割り当てられ、THORP運転終了に合わせて割り当てが完了する。
遅くとも、2005年の時点で、日本の軽水炉の使用済み燃料の再処理及び酸化プルトニウムの製造は終わったが、あと4.2トン(核兵器500発分以上)が割り当て追加予定であると日本政府は発表すべきでした。ところが、2005年原子力政策大綱策定の過程で、この4.2トンの存在については全く触れられていません。そして、2014年になって、前年に英国保管分の約2.3トンの純増があったと原子力委事務局が発表した際にも、その理由を説明せず、2018年まで、日本の軽水炉使用済み燃料の再処理が続いているかのような説明を繰り返しました。隠ぺいか無能力か、どちらも大問題です。THORPの運転は2018年11月に完全に終了しました。
原子力委事務局は19年7月の発表でやっと、18年末の英国保管分は約21.2トン、約0.6トンが「今後在庫として計上」予定として、これから分離という意味の表現を削除しました。再処理工場閉鎖の発表があった後では、さすがに、これから分離・計上とは言えなくなったということでしょう(ただし、英文の方は改められていません)。
解明例2 東海ガス冷却炉使用済み燃料のプルトニウム
「核情報」では、最近、日本は軽水炉からのものよりも、核分裂性同位体含有率の大きなプルトニウムを相当量持っているのでは? との米国の核問題専門家の質問に答えた際にも、上述の件に関するやり取りの中で2014年10月にフォーウッドさんから送られてきていた資料に助けられました。普通の原発(軽水炉)からのプルトニウムでも核兵器は作れますが、核分裂性同位体含有率の高いもののことを中国が特に気にしているというのが質問をした専門家の説明でした。質問があったのは昨年10月17日、香港に隣接する中国深せん市での会議でのこと。質問者は、米国の核兵器研究・開発に携わってきたロスアラモス国立研究所のシグフリード・ヘッカー元所長です。
おそらく、英国で再処理された東海原発(ガス冷却炉)の使用済み燃料からのプルトニウムのことだろうと答えました。東海原発(1966~98年運転)は、軍事用プルトニウム生産と発電の両方を行う二重目的炉である英国コールダーホール型炉を日本用に改良したもので、北朝鮮の寧辺(ヨンビョン)の実験用原子炉の親戚にあたる炉です。帰国後データを確認してからメモを送りました。
フォーウッドさんがNACインタナショナル社の1995年の資料から抽出して作成した東海ガス冷却炉使用済み燃料再処理予定表(1969年~2005年)によると、再処理量は合計約1642トン、すべての同位体を含む全プルトニウム(Put)の回収量は3620㎏、核分裂性同位体(Puf)だけだと2862㎏、核分裂性同位体の割合(Puf/Put)約79%です(2018年末の日本の保有量(Put)45.7トンの核分裂性割合は平均66.3%)。この表から得られるトン当たりのプルトニウム(Put)回収量約2.2㎏を、英国に実際に送られた東海の使用済み燃料の量1510トン(資源エネルギー庁の福島みずほ議員事務所への回答:2013年1月16日)に当てはめると、回収プルトニウムの量(Put)は約3300㎏となります。
このうち日本に返還されたのは、Pufにして660㎏(1970~81年に輸送)だけです(原子力資料情報室英文誌1990年3/4月号及び 秋葉忠利議員への1993年10月1日政府答弁書)。英米の専門家による『プルトニウムと高濃縮ウラン1992年』は、これから、Puf/Put83%との推定値を用いて、返還Putを約800㎏と算出しています。NACの表によると、該当時期の1978年1月までの回収量(Put)が約797㎏、Pufが約651㎏、Puf/Putは81.7%。この割合を使うと返還済みPutは約807㎏となり、上記推定と符合します。このおおざっぱに言って約800㎏のプルトニウムはほぼ研究・開発で使われたと推測されます。
英国に残っている東海原発のPutは3300㎏-800㎏=2500㎏となります。(英国からはこのほかに軽水炉からのプルトニウム255㎏(Put)がプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料として1999年に高浜原発に送られましたが、品質保証データねつ造問題のため2002年に送り返されています。)
なお、英国にはMOX燃料製造工場がなく、東海原発分を含む合計約22トンの英国保管分が放置されたままになっています。それにもかかわらず、日本は、年間8トンものプルトニウム分離能力を持つ六ヶ所再処理工場の運転を2022年初頭に開始して、不要なプルトニウムを取り出そうとしています。
(簡略版初出 平和フォーラム『ニュースペーパー』2019年12月号)
参考
- Martin Forwood obituary, Guardian, 2019年10月16日(右の写真はこの記事より引用)
- 2019年7月30日発表『我が国のプルトニウムの管理状況』(pdf)
- Endless Trouble: Britain's Thermal Oxide Reprocessing Plant (THORP)
*フォーウッドの遺稿となったGordon MacKerron及びWilliam Walkerとの共著
核情報関連記事
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隠ぺいか無能力か、どちらも問題だ 2016.11. 7 - なおざりなプルトニウム管理
再処理委託先の英国で核兵器約3000発分が「放置」 2018. 5.25 - NPT の時間です。日本は自国のプルトニウムが何処にあるか知っていますか? 2015. 5.29
資料編 東海ガス冷却炉(GCR)使用済み燃料から分離されたプルトニウム
*シグフリード・ヘッカー元ロスアラモス国立研究所所長に送ったメモから
要約
東海ガス冷却炉(GCR)使用済み燃料
すべて英国に搬出 1510トン
燃焼度 3300~3500MWd/トン
使用済み燃料内のプルトニウム 約3300㎏(全プルトニウムの量:Put)
1981年までに日本に輸送 約800㎏ (核分裂性プルトニウムの量:Puf 660㎏)
英国に残存のプルトニウム 約2500㎏ (Put)
プルトニウムの同位体組成 核分裂性約80%
1995年 NACインターナショナルの資料による計算:約79%
*オルブライトらは1992年の著書で83%と推定
参考
日本のプルトニウム保有量
2018年末 45.7トン
国内 9.0トン (核分裂性の割合67%)(Put: 9,022kg, Puf: 6,073kg)
英仏 36.7トン
英国 21.2トン(+割り当て予定0.6トン)
上記は東海GCR分を含む
*英国にはMOX燃料製造工場がない。(⇒プルトニウム削減の第一歩は再処理工場運転放棄)
仏 15.5トン
各種数字と出典の説明
英国に送られた東海ガス炉使用済み燃料:1510トン
下の表(日本のプルトニウム保有量)より
累積発生量 | 英搬出量 | 仏搬出量 | 東海搬出量 | 六ヶ所搬出量 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
(集合体) | (ウラン重量) | (集合体) | (ウラン重量) | (集合体) | (ウラン重量) | (集合体) | (ウラン重量) | (集合体) | (ウラン重量) | |
GCR | 132,298 | 1,510 | 132,298 | 1,510 | - | - | - | - | - | - |
BWR | 77,012 | 13,523 | 10,116 | 1,866 | 7,069 | 1,279 | 3,513 | 644 | 9,714 | 1,683 |
PWR | 24,600 | 10,758 | 1,932 | 817 | 3,739 | 1,666 | 1,001 | 376 | 3,872 | 1,661 |
出典 資源エネルギー庁(福島みずほ議員事務所への回答:2013年1月16日)
この英国に送られた東海ガス冷却炉の使用済み燃料は、すべて、2006年1月までに再処理終了
Would NDA please provide the exact date when the reprocessing of Tokai Magnox spent fuel was completed in B205 ? January 2006
出典:「原子力廃止措置機関(NDA)」からフォーウッドへの回答 2014年11月11日
燃焼度:3300~3500MWd/t
次の二つの数字がある。
- 取替燃料平均取出燃焼度 3300MWd/t
出典:黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉(GCR) (02-01-01-06)
表1 東海発電所の設計要目 - 設計燃焼度 3500MWd/t(平均)
出典:動力炉の運転特性とその解析(立花,江連)、日本原子力学会誌Vol. 12, No.4 (1970)
第8表 東海発電所の主要特性(213ページ)
上記1510トンの使用済み燃料に含まれるプルトニウムの量:約3300㎏ (Put)
下の表から
マーティン・フォーウッドがNACインタナショナル社の1995年の資料(World Reprocessing Summary 1995ドラフト)から抽出して作成。(2014年10月27日核情報に提供)
tons | Puf | PuT | |
Nov-69 | 53.81 | 71.78 | 85.28 |
May-70 | 33.48 | 50.48 | 61.04 |
Dec-71 | 102.86 | 158.86 | 193.34 |
Jul-72 | 32.49 | 47.62 | 57.14 |
May-74 | 94.85 | 160.40 | 199.75 |
Jan-77 | 42.04 | 69.35 | 86.04 |
Jan-78 | 57.00 | 92.81 | 114.78 |
Jan-79 | 54.00 | 92.20 | 115.41 |
Jan-80 | 29.00 | 50.89 | 64.23 |
Jan-81 | 51.00 | 90.21 | 114.22 |
Jan-84 | 1.48 | 2.61 | 3.31 |
Jan-85 | 47.49 | 83.41 | 105.80 |
Jan-86 | 81.99 | 143.86 | 182.34 |
Jan-89 | 4.18 | 7.31 | 9.28 |
Jan-91 | 181.00 | 321.67 | 410.91 |
Jan-92 | 51.00 | 90.82 | 115.85 |
Jan-93 | 68.96 | 123.75 | 158.25 |
Jan-94 | 68.96 | 125.88 | 161.71 |
Jan-95 | 68.96 | 127.67 | 164.56 |
Jan-96 | 68.94 | 130.22 | 168.79 |
Jan-97 | 41.84 | 76.61 | 97.90 |
Jan-98 | 41.84 | 76.61 | 97.90 |
Jan-99 | 41.84 | 76.61 | 97.90 |
Jan-00 | 41.84 | 76.61 | 97.90 |
Jan-01 | 41.88 | 76.69 | 98.00 |
Jan-02 | 41.91 | 76.74 | 98.07 |
Jan-03 | 58.4 | 106.94 | 136.66 |
Jan-04 | 58.40 | 106.6 | 136.32 |
Jan-05 | 80.66 | 146.77 | 187.82 |
Total | 1642.10 | 2861.98 | 3620.50 |
この表が示す計画では、1642.10トンの使用済み燃料から、核分裂性プルトニウムが2861.98㎏、全プルトニウムでは3620.50㎏が分離されることになっている(核分裂性含有率約79%)。同じ割合(トン当たり約2.2㎏(Put))を当てはめると、実際に送られた1510トンから取り出されたプルトニウムの量は3322㎏(Put)となる。
英国で東海ガス冷却炉使用済み燃料から分離されたプルトニウムのうち、日本に送られた量:660kg(Puf)
NUKE INFO TOKYO 16 (Mar. /Apr. 1990), p.3, CNIC (原子力資料情報室の英文機関誌)の下の表が1970~1981年の13回の輸送で660㎏(Puf)が英国から日本に輸送されたことを示している。
(between 1970 and 1981 over 13 shipments)
*同様の表は、原子力資料情報室『脱原発年鑑96』 224ページにも掲載されている。
全プルトニウム量に換算すると:約800㎏
オルブライトら(1992年)は、NUKE INFO TOKYOの660kgという数字から、核分裂性含有率を83%と推定して、全プルトニウム量を約800㎏としている。
- 1996年版 Plutonium and Highly Enriched Uranium 1996―World Inventories, Capabilities and Policies (pdf) でも同様の記述
前述のNACインタナショナル社の1995年の資料によると1978年1月までに分離された量は
Put=797.37kg
Puf=651.3kg
Puf/Put=~0.817
660kg/0.817=~807kg つまり、約800kgとなる - この1981年までに輸送された660㎏(Puf)は、2019年11月までに日本に返還された東海ガス冷却炉のプルトニウムの総量。下の表が1993年までの返還量は660㎏のままであることを示している。(980㎏-320㎏=660㎏)
*政府が示した下のプルトニウムの量はすべて核分裂性プルトニウムの数字
英 〜1992年12月31日 980kg (うち320kgは購入分) 仏 〜1992年12月31日 190kg (うち5kgは購入分) 1993年1月5日あかつき丸 1060kg 仏合計 1250kg 英仏合計 2230kg 出典 衆議院議員秋葉忠利君提出プルトニウムの需要と供給に関する質問に対する答弁書 1993年10月1日
- 下の表では、1980年の輸送量が193㎏(Puf)となっていて、上記原子力資料情報室の190㎏(Puf)と3㎏の差がある。
出典:2014年7月31日 原子力規制庁放射線防護対策部放射線対策・保障措置課保障措置室から照屋寛徳衆議院議員事務所宛て回答「英米仏から我が国へのプルトニウム輸送量等について(追加回答)
- 英国は、1999年に255㎏(Put)をMOX燃料の形で日本に送ったが、これは、データ捏造問題のため2002年英国に送り返された。 なお、フランスは、1999年から2018年の間に、5093㎏(Put)をMOX燃料の形で日本に送っている。4317㎏が装荷済み。776㎏が2018年末現在、各地の原発で保管されている。
- 米国は、1962~1991年に113.5㎏のプルトニウムを日本に送っている。
出典:日本のプルトニウム保有量 の「MOX燃料輸送」及び「1993年までの米国からの輸入量」の項 - 2016年に米国に送られた臨界集合体のプルトニウム331㎏(Put)(Puf 293kg)の提供国内訳:英国236㎏、英国93㎏、フランス2㎏。
出典:米国が返還を要求したプルトニウムとは? 日本の再処理も核セキュリティー・サミットの課題 2014.3.18